本書は,過去10年間にわたる小児白血病の基礎的・臨床的研究の進歩を,実際の臨床の場で役立つようにハンドブックとしてまとめたものである.この内容は,わが国における小児白血病の診療にかかわる研究の最高水準を,実際の診療情報のエビデンスをもとに包括的に示している.

 わが国では年間約800人の小児の白血病が新発生し,約200の施設で治療を受けている.これらの施設は8つのグループに所属し,それぞれでのグループで治療研究に取り組んできた.1989年に若手の医師が集まり,AT(aggressive therapy)研究会が結成され,全国規模での共同治療研究の機運が高まってきた.1991年に厚生省がん研究助成金による「小児の難治性白血病および類縁疾患の病態解明と診断・治療法の開発に関する研究」班(班長 長尾大1991〜95,月本一郎96〜99,水谷修紀00〜現在)が発足し,全国規模での研究が始まった.その後全国の治療研究グループも4つに統合され,全国規模での科学的・倫理的に評価が可能な,多施設共同研究へむけての基盤整備が始まってきた.

 小児の白血病は,近年の分子生物学的手法を用いた診断技術の進歩と,集学的治療により,約70%が完治するようになってきた.しかしながら,小児がんを克服していくためには,治療によるための身体的や精神的犠牲も少なくない.子どもの健康とは身体的,精神的,社会的に正常であり,健康な成人への発育のレールの上に正しく乗っていることである.このことを白血病患児に当てはめてみると,身体的治癒とは,正常の発育を遂げて生涯を全うすること.精神的治癒とは,白血病に罹患ということが正常の精神発達を妨げず,就学にも障害が残らないこと.社会的治癒とは,白血病に罹患したことが結婚,就職などの社会生活上になんら障害とならないことである.病気を克服した子供たちは,自分自身の病気の体験をありのままに受け止め,自分自身の生きる力にしている.彼らの努力により,もっとも厄介な社会的問題も少しずつは改善されつつあることは,永年彼らと一緒にがんと戦ってきた我々にとっては,喜ばしいことである.

 本書が白血病の子どもたちのケアに拘わる人たちのお役に立てれば,望外の喜びである.また,本書についてのご意見,ご叱正を是非ともお聞かせ頂き,今後の糧にさせて頂く所存である.

  2003年7月

    月本一郎


目 次

1.小児白血病──その原因と発症機序を考える〈水谷修紀〉 1

 A.小児白血病はいつはじまるのか?…1

 B.小児白血病はなぜ起こるのか…3

2.小児白血病の疫学〈月本一郎〉 11

 A.小児悪性腫瘍で白血病が占める割合…11

 B.小児白血病の発症頻度…13

 C.病 型…14

 D.年齢分布…17

 E.性差…20

 F.発症要因…20

 G.予 後…24

3.白血病の分類〈別所文雄〉 30

 A.形態学的分類…30

 B.免疫学的マーカーによる分類…32

 C.Mixed cell leukemia…32

 D.骨髄異形成症候群(MDS)…35

4.白血病の診断〈小泉晶一〉 37

 A.症 状…37

 B.身体所見…38

 C.血液検査…39

 D.診断と分類の手順…39

 E.初診時の特殊症状や所見と緊急治療…42

 F.特殊な白血病…43

 G.鑑別診断…45

5.小児白血病の染色体・遺伝子異常〈林 泰秀〉 47

 A.ALLの染色体異常…48

 B.AMLの染色体異常…52

 C.Mixed-lineage白血病…54

 D.乳児白血病の染色体異常…54

 E.骨髄異形成症候群myelodysplastic syndrome(MDS)…55

 F.Down症候群に合併する白血病…55

 G.白血病の発症と進展のメカニズム…56

6.微少残存白血病の検出法とその意義〈坂田尚己,河 敬世〉 59

 A.MRD検出法とその意義について…59

 B.総括…65

7.白血病の薬剤感受性とその臨床応用〈本郷輝明〉 69

 A.MTT法の原理と実際…69

 B.急性リンパ性白血病(ALL)細胞の薬剤感受性について…71

 C.急性骨髄性白血病(AML)細胞における薬剤感受性について…73

 D.薬剤感受性の臨床応用について…74

8.急性リンパ性白血病(ALL)の治療戦略: Risk再評価と

 Intergroup研究の拡大への提言〈土田昌宏,月本一郎〉 77

 A.小児ALL治療研究グループとInternational-BFM(I-BFM)

   研究グループから学ぶもの…77

 B.小児ALLの予後因子と治療戦略…87

 C.TCCSG ALL L99-15における初期反応を加味した層別化基準…89

 D.層別化の後方視的解析…90

 E.危険群層別化…98

 F.中枢神経再発予防(18Gyからの脱却)をめざす…98

 G.治療期間…99

8a.Ph陽性ALLの治療戦略〈岡村 純〉 102

 A.背 景…102

 B.臨床的特徴…102

 C.小児Ph陽性ALLへの治療戦略…103

8b.NK-lineage leukemiaの診断と臨床病態〈杉田完爾〉 109

 A.NK細胞の分化と機能…109

 B.NK-lineageの同定法…109

 C.NK-lineage leukemiaの診断,臨床像,治療…111

9.急性骨髄性白血病(AML)の治療戦略〈花田良二〉 118

 A.我が国のAML治療の現状…118

 B.欧米における小児AMLの治療…122

 C.AMLの予後因子…124

 D.今後の方向性…125

9a.急性前骨髄球性白血病における最近の治療戦略〈今泉益栄〉 127

 A.臨床像および血液学的特徴…127

 B.ATRAによる分化誘導療法…127

 C.ATRAと化学療法の併用による治療成績…129

 D.特異的細胞遺伝学的異常検出によるMRDモニタリング…129

 E.難治性APLに対するAs2O3治療…131

9b.Down症候群に発症した白血病〈工藤寿子,小島勢二〉 134

 A.急性骨髄性白血病(AML)…134

 B.一過性骨髄異常増殖症…138

 C.急性リンパ性白血病(ALL)…139

 D.薬剤感受性…140

 E.骨髄移植…140

10.慢性骨髄性白血病の治療戦略〈上田一博〉 143

 A.小児におけるCML概説…143

 B.病態,細胞遺伝学的異常…144

 C.病期別症状および所見…145

 D.CMLの診断…147

 E.CMLの治療…148

 F.小児成人型CML治療ガイドライン(案)…152

 G.CML治療で今後明らかにすべき問題…156

11.骨髄異形成症候群〈真部 淳〉 158

 A.総論…158

 B.各論…160

12.中枢神経白血病〈鶴澤正仁〉 170

 A.歴史…170

 B.発生のメカニズム…170

 C.症状…172

 D.診断…173

 E.中枢神経再発の予防治療…174

 F.中枢神経白血病の治療…175

 G.国内の現況…179

13.乳児白血病〈石井榮一,磯山恵一〉 183

 A.乳児白血病の疫学と発症要因…183

 B.乳児白血病の臨床的特徴…184

 C.乳児ALLの治療成績…186

 D.乳児AMLの治療成績…189

 E.治療成績のまとめと今後の展開…191

14.思春期の白血病〈堀部敬三〉 194

 A.病型分布の特徴…194

 B.思春期AMLの病型分布と治療成績…195

 C.思春期ALL…196

 D.思春期白血病の治療にあたっての留意点…202

15.小児の治療関連二次性白血病─最近の動向と小児二次性白血病

 登録149例の分析─〈恒松由記子〉 205

 A.二次性白血病の定義と疫学…206

 B.TRL研究のレビュー…207

 C.小児のTRLの頻度…209

 D.わが国における小児の二次性白血病の発生状況…210

 E.TRLの本質と監視治療戦略…215

16.造血幹細胞移植〈矢部普正〉 219

 A.白血病治療における造血細胞移植の歴史…219

 B.造血細胞移植の適応…220

 C.造血細胞移植の成績…227

 D.骨髄バンク,臍帯血バンクの現状…230

17.小児白血病支持療法〈小原 明〉 233

 A.感染予防…233

 B.感染症治療…236

 C.輸血…241

 D.造血因子,G-CSF…242

 E.大量輸液…242

 F.治療薬副作用…243

 G.腫瘍溶解症候群…248

 H.hyperleukocytosis…249

 I.上大静脈(SVC)症候群…249

 J.ADH分泌不全症候群(SIADH)…249

 K.高Ca血症…250

18.遺伝子治療〈辻 浩一郎〉 251

 A.遺伝子治療の概念…251

 B.遺伝子の導入法…251

 C.体細胞遺伝子治療と生殖細胞遺伝子治療…252

 D.造血器腫瘍に対する遺伝子治療…252

19.晩期障害〈前田美穂〉 256

 A.成長障害…256

 B.内分泌障害…259

 C.中枢神経系の障害…260

 D.心機能障害…261

 E.肝機能障害…262

 F.膵機能障害…262

 G.腎機能障害…262

 H.骨の異常…262

 I.眼の障害…263

 J.免疫機能障害…263

 K.二次癌…263

 L.社会的問題…264

20.小児白血病患児の看護〈渡邊輝子〉 267

 A.環境モデル…267

 B.看護の中心となるもの…269

 C.治療の段階による看護…271

21.子どもと家族への精神的支援〈堀 浩樹,駒田美弘〉 279

 A.患児について…279

 B.家族について…281

 C.医療従事者が考えておくべきこと…282

 D.病名告知,子どもへのインフォームドコンセントについて…284

 E.精神的支援のためのシステムの充実…285

22.ターミナルケア〈細谷亮太〉 288

 A.緩和医療への移行(CureからCareへ)…288

 B.痛み,苦しみ,不安のコントロール…290

 C.家族と同胞のサポート…292

23.多施設共同臨床研究のあり方〈牧本 敦,高上洋一〉 297

 A.日本の臨床実践(プラクティス)と臨床研究(スタディ)の現状…297

 B.EBMの実践とエビデンスの創生…298

 C.データセンターとプロトコールの解剖学…298

 D.本プロトコール作成とデータセンターの生理学…301

 E.臨床研究における情報管理…302

 F.今後の動向…303

24.小児癌の支援組織〈近藤博子〉 304

 A.財団法人がんの子供を守る会…304

 B.ファミリーエージェンシー…307

 C.スマートムンストン サマーキャンプ…308

 D.メイク・ア・ウイッシュ オブ ジャパン…308

 E.NPOファミリーハウス…309

 F.日本つばさ協会…310

索引…311