小児救急医療が,保護者・家族からの視点と提供側の一員である病院小児科医からの視点との両面から社会問題化されて久しい.多くの関係者がその医療提供体制の拡充に向けてあらゆる知恵を絞っての努力を始めたといえるであろう.ただ,そこには医療提供側が主体的に行わざるを得ない面が大きいこともあるが,いかに患児家族の視点を盛り込んで協働して体制構築を行っていくかという課題が残っている.この点はきわめて重要な意味合いを含んでいるといえ,すなわち患児家族と協働で体制作りを行うことにより,今,わが国の子ども達が置かれている養育環境の問題を,大人自身が,社会自体が再考する契機になると考えられるからである.いかにわが国の養育環境が粗悪化・劣化しているか,を子どもに関係する職種の大人達が早急に気づいて,社会啓発をしないといけない時代となっている.子ども達の傷病の多くが,養育環境の劣悪化によって起こっているかを,小児医療関係者はもっと真摯に受け止め,その環境改善の社会的リーダーになる必要がある.さらには,このような養育環境の劣悪化を最も感じないといけない部署が小児救急医療現場であろう.
 このようなわが国の養育環境背景を踏まえて,もっとグローバルな視点に立っての小児救急医療の提供を行うことを,小児救急医療スタッフが自覚し,自発的な行動を行う必要がある.すなわち,傷病治療にのみ終始することなく,その患児の性格〜家族の性格,家族構成を含めて家庭環境〜養育環境を加味しての対応が求められているといえる.つまり,子ども達がその年齢にふさわしい身体的・社会心理的・知的発達を継続的に示し,その潜在能力を十分に開花させてあげることがプライマリケア医の役割という基本概念を常に認識しておく必要がある.
 実際にこのような患児家族の心理精神面を配慮した傷病治療・看護が,トータルケアとして望まれるわけであるが,このためには,小児救急疾患の病態,そして治療概念を十分に把握したうえで,看護にあたる必要がある.そこで初めて小児救急医療の質の向上がはかられることになる.このような医療提供側のたゆまぬ努力が,患児家族の満足を導くものであり,この満足感による心の余裕が家族に生まれることにより,患児の養育環境の是正,そして健全育成への努力が始まるものと考えられる.「治った」だけではなく「予防する・これから気を配る」を患児家族に植えつけることができて初めて小児救急医療が達成されたといえるのではないかと考えている.
 さらに,今,子ども達の疾病構造も強く変化しており,いわゆるbio-morbidityといわれた感染症や栄養障害などの身体的疾患からco-morbidities,あるいはnew-morbidityとよばれる多様な要因に基づく心身の複合的病態を呈する疾患へと変わってきた.このような疾病構造の変化の中で,より基本的な小児救急看護マニュアルを身につけるとともに,その卓越したスキルをもって,身体的異常の向こうに見え隠れする心理的背景へ踏み込んでの医療看護が求められている.いずれにせよ,われわれ小児医療関係者は常に社会的弱者を相手にしていることを忘れないで対応することが最も基本的で重要なことと考えている.
 本書が,全国で小児救急医療の現場で多忙ながら献身的な御尽力を日々行っておられ,そして,心から子ども達を愛して止まない看護師の皆様に,小児救急看護の基本的対応法の習得に役立つとともに,より正確なスキル獲得への足がかりとなるとともに,全人的看護の一助となることを心から願っています.

2006年9月
市川光太郎


目次

1 総 論
  1.小児救急看護の基本 〈日沼千尋〉
    ●小児救急医療における子どもと家族の特徴
    ●小児救急医療における看護の役割と課題
  2.小児救急外来での看護対応の基本 〈白石裕子〉
    ●小児救急外来の特徴と看護者に求められる能力
  3.小児救急病棟での入院看護の基本 〈古川恵子〉
    ●小児救急医療の特徴
    ●小児救急病棟の特徴
    ●面会と付き添い
    ●子どもと家族の看護をする看護師の役割
    ●看護師の基本姿勢
    ●病棟保育士,心理士の役割
  4.小児救急入院児と家族への心的支援 〈横尾京子〉
    ●救急看護における心的支援の必要性
    ●入院した子どもの心的支援
    ●親に対する心的支援
    ●きょうだいに対する心的支援

2 頻度の高い小児救急疾患
 I.熱性疾患
  1.生後3カ月未満児の発熱 〈黒澤茶茶 上谷良行〉
  2.病巣不明熱 〈西村奈穂〉
  3.高熱性ウイルス性疾患 〈細矢光亮〉
  4.川崎病 〈清沢伸幸〉
 II.中枢神経系疾患
  1.有熱性痙攣 〈石橋紳作〉
  2.無熱性痙攣 〈山本克哉〉
  3.ウイルス性髄膜炎 〈船曳哲典〉
 III.呼吸器疾患
  1.下気道感染症 〈渡部誠一〉
  2.喘息性疾患 〈村田祐二〉
  3.クループ症候群 〈手塚純一郎〉
  4.細気管支炎 〈菊池敦生〉
 IV.消化器疾患
  1.嘔吐下痢症(感染性胃腸炎〜食中毒を含む) 〈木野 稔〉
  2.腸重積症 〈庄子智史〉
  3.急性虫垂炎 〈つる知光 深堀 優 赤岩正夫〉
  4.周期性嘔吐症(アセトン血性嘔吐症,自家中毒) 〈大田千晴〉
 V.腎尿路疾患
  1.尿路感染症 〈泉 裕之〉
 VI.血液疾患
  1.特発性血小板減少症(ITP) 〈石井榮一 西 眞範〉
  2.急性貧血 〈酒井道生〉
  3.救急で経験される悪性疾患 〈神薗淳司〉
 VII.アレルギー疾患
  1.蕁麻疹,血管性浮腫 〈島袋林秀〉
  2.アレルギー性紫斑病 〈大橋玉基〉
 VIII.境界疾患・事故外傷
  1.鼠径ヘルニア(嵌頓) 〈市川 徹〉
  2.精索捻転(急性陰嚢症 〈村上研一 高松英夫 田原博幸〉
  3.頭部外傷 〈吉田雄樹〉
  4.腹部外傷 〈韮澤融司〉
  5.誤飲 〈小濱守安〉
  6.肘内障 〈小松充孝〉

3 見逃せない小児救急疾患
 I.中枢神経系疾患
  1.化膿性髄膜炎 〈長村敏生〉
  2.急性脳症・脳炎 〈市川光太郎〉
 II.循環器疾患
  1.急性心筋炎 〈久保 実〉
 III.境界疾患・事故外傷
  1.誤嚥(気道異物) 〈千代孝夫〉
  2.熱傷 〈若月 準〉
  3.熱中症 〈有吉孝一〉
  4.溺水 〈松茂良 力〉
  5.児童虐待 〈市川光太郎〉
 IV.突然死・急死,危急状態への看護対応
  1.乳幼児突然死症候群 〈市川光太郎〉
  2.乳幼児突発性危急状態 〈市川光太郎〉
  3.窒息 〈柳井真知〉
  4.小児救急における看取りの看護
    ─救急外来で死亡した子どもと家族への対応─ 〈島田誠一〉

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