改訂5版の発刊にあたって

 心電図に関するテキストブックや解読書は店頭に並ぶ医学書のなかでも種類が多い.その理由は,心電図が日常診療に際しての心臓の検査として必要欠くべからざるものであり,かつ広い医学の領域にわたって利用されていることがあげられる.幸いに「心電図トレーニング」は数多い心電図の著書の中でも発刊以来非常に多くの読者の支持を得ることが出来たのは,私にとって望外の喜びである.

 医療は時代とともに変遷するので,本書も第1版以来何度か改訂してきた.新しい概念や言い足りない部分を入れたりして,内容が次第に充実してきた.しかし,気がついてみると,内容が濃くなったために配列や文章が多少複雑になっていたようにも思われる.それでもなお多くの方々のご支援を得ていたのは有り難いことであった.

 今回,本書の在庫が殆どなくなったという機会に,さらに新しい項目や解説を必要とする部分などに手を加え,全体の構成も整理して,よりわかりやすい心電図のスタンダードの教科書となるような改訂に心がけた.

 わかりやすく,図が奇麗で,心電図の入門書としてばかりでなく,実際の診療にも最大限に利用出来るようにというのが本書の目的である.また本書で特記すべきは,印刷が奇麗で内容が充実している割に価格が安いということである.これは著者がなるべく多くの読者に利用してもらうために,中外医学社の荻野邦義氏や青木三千雄社長に無理難題を言って実現したものであり,両氏に御礼を申し上げる次第である.

 本書が今後の医療を担う医学生のテキストブックとして,あるいは研修医や第一線で活躍する医師やナース,および検査技師などの多数の方々の参考書として利用されることで,循環器疾患の診断の基礎の理解に心電図が大きな役割を占めていることがわかって頂けることと期待している.最新の医療技術の進歩の中でも,心電図は医学に携わるすべての人々に必要な検査として揺るがぬ地位を占めている.本書は単に心電図のみならず,自ずと心臓疾患の診断と治療まで理解することが出来るようになることも意図されている.

 改訂5版の出版にあたり,これまでの多数の読者をはじめ,本書を支持して下さった関係各位に厚く感謝の意を表します.

  1997年6月  緑の深まるころ  

          著者

初版の序

 私が心電図を教える数多くの機会,すなわち医学部の学生の講義をはじめ医師会の先生方の講習会,ナースの教育,臨床検査技師国家試験の指定講習会などの経験を通じて特に感じるのは,せっかく心電図の基礎的理論や診断基準を覚えても,波形自体に対する馴れがないために実際の心電図をみても判読ができない方々が少なくないことである.そこで初心者が実地に心電図の判読ができるようにトレーニングするためには,まず心電図の波形の変化を視覚的に判別できることが先決と考えている.

 本書がまず波形に馴れるためのトレーニングを最初の項に入れ,また全体を通じて心電図の図中に少しオーバーなぐらい波形を記号で明示したのも以上の理由からである.

 さらに本書の特色は,説明に用いた心電図と全く同じものを,説明を除去してトレーニング用として別の頁に載せたことである.これは従来の成書が心電図の図中に説明があり,それで判読のトレーニングをしようとすると,今後はその説明が目ざわりになり,説明抜きの同じ心電図が練習用にあれば便利であると思ったからである.そして本書をくり返し読むことにより,かなり高度な心電図の判読も可能となることを期待した.

 また本書では心電図判読に際して実地に問題となりそうなことを注意すべき点としてそれぞれの項目で述べ,さらに心電図モニターに関しても記述し,単なる心電図のトレーニングのみでなく,ベッドサイドでも役立つように心がけた.

 本書が初心者向きの心電図判読のトレーニングを目的としたために電気生理学的な理論的背景については最小限度の記載にとどめ,挿図の説明も思い切って初心者向きに模式化するように努めた.したがって本書を読まれた後でより深い理論的な問題について勉強したいと思ったときには,その読者は,ひと通りの心電図の判読力が身についたことを意味し,学術的な心電図の解説書へのステップアップすることをおすすめする.

 本書が心電図の判読力をつようと心がける実地医家の先生方・研修医・医学生はもとより,ナースや臨床検査技師など多くの方々に広く役立つものとなれば幸いである.

 本書の出版に際して,日本大学第2内科波多野道信主任教授に深く感謝するとともに,第2内科心臓研究班の諸兄,日本大学板橋病院循環機能検査室の諸女史,関連各部門のナース諸女史に感謝いたします.

 また本書の出版の機会を与えて下さった中外医学社の青木三千雄社長,および荻野邦義氏,森本俊子女史の御努力と御支援に感謝したします.

1980年1月


目次

心電図判読に必要な基本的知識とそのトレーニング

第1部

I.心電図の波形になれるためのトレーニング 2

A.心電図の波形とその意味は? 2

B.P波とT波の形にはどんなものがあるでしょう? 3

C.QRSの波形にはどんなものがあるでしょう? 4

D.STの波形にはどんなものがみられるでしょう? 6

E.心電図の波形の実例について 8

II.心電図波形の計測のためのトレーニング 18

A.心電図の波形の幅は何を表わし,どう計測するのでしょう? 18

B.心電図の波形の高さや深さは何を表わし,どう計測するのでしょう? 20

III.心電図の基礎知識のトレーニング 24

A.心電図の誘導法とは? 24

1.双極誘導とは? 25

2.単極誘導とは? 25

B.心電図は何故12個の誘導が必要なのでしょうか? 28

C.心臓の興奮と各誘導の関係は? 29

1.双極誘導と心臓の興奮 29

2.単極誘導と心臓の興奮 29

D.12誘導心電図の波形の成り立ちは? 30

E.CCU,ICU,ハイケアー室での患者観察用心電図の誘導は? 35

F.心電図の電極とは? 37

G.長時間の心電図(HOLTER心電図)とは? 38

IV.正常心電図についてのトレーニング 42

A.肢誘導ではどの誘導にどんな波形が記録されるのでしょうか? 42

1.標準肢誘導の波形は? 42

2.単極肢誘導の波形は? 43

B.胸部誘導の正常の波形は? 46

C.心電図の横(時間)の計測とその正常値について 50

1.P波の幅 50

2.PR(PQ)時間 52

3.QRS幅 53

4.QT時間 54

a)HEGGLINとHOLZMANの式 54

b)BAZETTの式 55

5.R-R間隔 55

D.心電図の縦の計測とその正常値について 56

V.心電図波形の横軸(時間)に変化のあるもの 58

A.P波の幅に異常がみられるときには何を考えたらよいでしょうか? 58

B.PR時間に異常がみられるときには何を考えたらよいでしょうか? 61

1.PRの延長がみられるときは? 61

2.PRが短縮したときは? 61

3.PR時間がP波の形とともに種々にかわるときは? 61

4.PR時間がP波の形,およびP-P間隔とともにかわるときは? 61

C.QRSの幅が増大したときには何を考えたらよいでしょうか? 63

1.右室肥大または左室肥大 63

2.右脚ブロックや左脚ブロックなどの心室内伝導障害 63

3.WPW症候群 64

4.心室性不整脈 65

5.高度の高カリウム血症 65

6.薬剤の影響 65

D.QT時間が変化したときは何を考えたらよいでしょうか? 65

1.QTの延長がみられるものは? 65

2.QTの短縮がみられるものは? 65

VI.心電図の縦軸(mV)に変化のあるもの 66

A.P波の高さが変化したときは何を考えたらよいでしょうか? 66

B.QRSの振幅に変化がおこったときは何を考えたらよいでしょうか? 66

C.T波の振幅が変化したときは何を考えたらよいでしょうか? 67

D.U波の振幅が変化したときは何を考えたらよいでしょうか? 67

VII.電気軸とは? 68

A.電気軸はどのように表現されるでしょう? 68

B.肢誘導から電気軸はどのように計算されるのでしょうか? 68

C.電気軸のおおよその見当を速やかに判断するには? 70

D.電気軸の臨床的評価 71

1.左軸偏位 71

2.右軸偏位 72

3.極端な軸偏位 72

4.時計方向回転と反時計方向回転とは? 72

第2部

異常心電図判読のトレーニング

心電図のチェックポイント 82

I.不整脈についてのトレーニング 83

1.不整脈の種類にはどんなものがあるでしょう? 84

2.不整脈の治療の要点は? 85

a)抗不整脈薬 85

i)抗頻脈性不整脈薬 85

ii)抗徐脈性不整脈薬 88

b)電気的治療法 89

c)外科的療法など 89

3.不整脈の危険性と治療の要点は? 89

4.不整脈判読のヒントは? 91

A.洞結節の刺激生成異常とは? 93

1.洞性頻脈とは? 93

2.洞性徐脈とは? 95

3.洞性不整脈とは? 97

B.ペースメーカーの移動とは? 101

C.異所性刺激生成異常とは? 103

1.能動的刺激生成異常とは? 103

 期外収縮とは? 104

i)上室性期外収縮とは? 105

ii)心室性期外収縮とは? 110

iii)心室性期外収縮の重症度分類(LOWN分類) 115

 心房細動とは? 119

 心房粗動とは? 121

 発作性上室性頻拍とは? 125

 心室頻拍とは? 129

 Torsades de PointesとQT延長症候群とは? 134

 心室細動とは? 135

2.受動的刺激生成異常とは? 142

 補充収縮・補充調律とは? 142

D.興奮伝導障害とは? 146

1.洞房ブロックとは? 147

2.同(結節)機能不全症候群とは? 151

3.房室ブロックとは? 153

4.心室内伝導障害とは? 165

 右脚ブロックとは? 166

 左脚ブロックとは? 168

 左脚分枝ブロックとは? 171

 2枝(束)ブロックとは? 174

E.人工ペースメーカーの心電図とは? 179

1.人工ペースメーカーとは? 179

2.人工ペースメーカーの種類は? 179

3.人工ペースメーカーの適応は? 179

4.人工ペースメーカーの心電図所見は? 185

a)心房ペーシングの心電図 182

b)心室ペーシングの心電図 182

c)心房心室順次ペーシングの心電図 183

d)カテーテル電極が単極のときと双極のときでは心電図に差があるでしょうか? 184

e)心電図上にみられる人工ペースメーカーのスパイクについて 185

f)右室心尖部心内膜下人工ペーシングの心電図とは? 185

g)人工ペースメーカーの心電図に,他の波形が混在しているときには何を考えたらよいでしょうか? 188

5.人工ペースメーカー使用中の患者さんに対する注意事項 191

6.人工ペースメーカーが作動していないときには何を考えたらよいでしょうか? 192

F.その他の不整脈 198

1.房室干渉解離とは? 198

2.副収縮(副調律)とは? 200

II.早期興奮症候群の心電図のトレーニング 204

A.WPW症候群とは? 204

B.LGL症候群とは? 211

C.非典型的WPW症候群とは? 220

1.PR短縮のないWPW症候群 220

2.潜在性WPW症候群 221

3.間欠性WPW症候群 221

III.心筋梗塞の心電図のトレーニング 222

A.心筋梗塞に特徴的な波形とは? 222

1.異常Q波 222

2.ST上昇 222

3.冠性T波 224

B.心筋梗塞の部位診断はどのように行われるのでしょうか? 225

C.心筋梗塞の発病後の時期を心電図でどのように判断できるでしょうか? 236

D.心筋梗塞とまぎらわしい心電図所見を呈するものは? 237

1.異常Q波 237

2.ST上昇 237

3.冠性T波 237

E.心筋梗塞の患者さんの心電図モニターの役割は? 238

F.心筋梗塞の不整脈監視の要点は? 241

IV.狭心症の心電図のトレーニング 252

A.労作性狭心症の心電図は? 252

B.安静時狭心症の心電図は? 255

C.無症候性の心筋虚血 256

V.運動負荷心電図のトレーニング 260

A.運動負荷心電図はどのようなときに行われるのでしょうか? 260

B.マスター2階段試験とは? 261

C.トレッドミル運動負荷試験とは? 265

D.エルゴメーター運動負荷試験とは? 271

VI.心膜炎の心電図は? 272

VII.STやT波の変化のトレーニング 274

A.ST降下を示す主なものは? 275

B.ST上昇を示す主なものは? 277

C.陰性T波または平低化T波をみるものは? 278

D.増高または尖鋭化したT波を示すものは? 280

VIII.電解質異常の心電図のトレーニング 286

A.高カリウム血症の心電図は? 286

B.低カリウム血症の心電図は? 292

C.高カルシウム血症および低カルシウム血症の心電図は? 297

IX.QT延長症候群の心電図トレーニング 306

X.左室肥大の心電図のトレーニング 310

XI.右室肥大の心電図のトレーニング 314

XII.左房負荷の心電図のトレーニング 327

XIII.右房負荷の心電図のトレーニング 330

XIV.陰性U波の心電図のトレーニング 334

XV.強心配糖体およびそれに関連した心電図所見のトレーニング 336

1.ジギタリス薬による心電図所見は? 337

a)治療量でみられる心電図所見 337

b)中毒量でみられる心電図所見 337

2.ジギタリス中毒の治療 337

XVI.心筋炎と心筋症の心電図のトレーニング 344

A.心筋炎の心電図は? 344

B.心筋症の心電図は? 345

1.肥大型心筋症の心電図は? 345

2.拡張型心筋症の心電図は? 345

3.2次的心筋症の心電図所見は? 346

付)ミネソタコード 349

索引 351