推薦文

 最近の心臓外科学の進歩は目覚しいが,一方では日本における疾病構造の変化と共に手術対象患者も大きく変りつつある.従来のような先天性心疾患・リウマチ性心疾患は,虚血性心疾患・動脈硬化性心,血管疾患の著増のために相対的に減少してきた.むしろ狭心症・心筋梗塞・解離性大動脈瘤・感染性心内膜炎・難治性不整脈などの手術が増加し,従って対象患者は小児にも増して成人ないし老年者が増加しつつある現況である.成人ないし老年者はその年齢とともに生活史が異なり,各個人のもつ身体的・精神的障害や機能異常も格段に大きく,従って心臓手術に当って考慮すべき因子も複雑,多岐にわたり十分な考慮が各症例ごとになされなければならない.

 このような観点から最近の心臓外科にたずさわる医師・医療従事者にとって術前,術後の患者管理は一層難しく多くの問題点を抱えておりその成否は手術成績を大きく左右する.予てよりこのような心臓手術チームのための患者管理マニュアルの一層の充実が強調されてきた.本学第二外科三石績講師が今回上梓された本書はまさに時宜にかなったものといえよう.本書は,成人の術前の準備とそのチェックリスト,ICU管理の基本,体外循環と体液 電解質変動,典型的な術後経過,合併症の対策を述べ,小児心臓手術についても同様な内容について触れ,最後に昨今増加しつつある心臓再手術の問題点についても述べられている.その記述は明確で分り易く親しみ易い内容となっている.

 すでに著者は『心臓外科チームのための基本手術マニュアル』を出版され好評を博しており,今回の「患者管理マニュアル」と併せて,心臓外科医はもちろん,心臓内科医,一般内科医,研修医,ナースなど多くの方々にこれらを推薦し,広く読まれることを期待している.

1990年9月

帝京大学医学部長

第二内科主任教授

宮下 英夫

序文

 本邦の心臓外科の先駆者であった榊原仟教授は,次のような言葉をわれわれにのこしている.

「胸壁と心臓との距離は数センチだが,外科医が到達するまでに二千年の年月を要している.科学の発達には月日が要る.」

 エジプトのミイラの頭蓋にも脳外科の痕跡をみることができる.多くの内臓外科の歴史が数百年から数千年に及ぶのにくらべ,切り開くことがそのまま死につながる心臓ではその外科の歴史は,長い人類の歴史のなかの今世紀に集中しているにすぎない.

 飛行家のチャールズリンドバーグがある日夢みた開心術のための人工心肺のアイデアは,アレキシスカレルという医学界の奇才と結びつくことで,カレルリンドバーグポンプという今日の人工心肺の原型を産み出した.今世紀の前半は,他の臓器に大きく遅れをとっていた心臓の手術,とくに開心術がその実現にむけて一歩々々進み出した時期にあたる.この方面でのギボン,リレハイ,コルフなどの貢献も忘れることができない.

 そして世紀の後半は安定した開心術補助手段をもとに数多くの心臓疾患に対して外科医の挑戦が行われ,心疾患治療体系の整備が行われた.今日,心臓病の治療体系に心臓外科の占める位置は計り知れず大きい.心臓移植,人工心臓などに若干の問題をのこしつつ,体系の基本はほぼ完成に近づきつつあることは間違いない.

 このような時期に心臓外科医がなすべきことは大きく2つに集約されると考える.一つは勿論未解決領域に対する努力の傾注であるが,残る一つは体系全体の整理・規格化による診療内容の質の向上である.

 本書の意図はまさにこの心疾患治療体系の整理・規格化にある.マニュアル化することによる診療の安全性の向上,エラーの減少,結果のフィードバックの容易さなどが科学的にも期待しうる.

 実際に本書の内容を見る読者は,各頁に単なる事項の羅列ではない,著者の深い経験からわき出た透徹した術後管理法の哲学を感じとるであろう.単なる知識の伝播ではなく,読者に患者の術後管理を追体験させるような活々とした臨場感あふれる構成はさすがである.現在ICUで実際に応用されている診断法,治療法は周辺領域の知識・技術の寄せ集めが多く,応用しやすい体系づけられた成熟した手引き書がない現状に,本書が一石を投じたことは確かであり,反響が楽しみでもある.

 心臓外科にかぎらず患者管理のマニュアルは,書斎の深い思索から生まれるのではなく,患者の枕頭で,いかにして救命しようかと悩む若い医師によって語られることが自然である.三石績君は大学の中心的存在として,心臓外科の病棟,手術室,ICUで昼夜の別なく活躍している青年外科医であり,現場を熟知しているリーダーである.著者に人を得た本書は,他にいかなる類書があろうとも実際の患者管理マニュアルとはいかなるものかをもっとも適確に示してくれる最善のテキストであると信ずる.願わくば,この若い外科医の熱意・闘志が読者諸兄姉に何らかの刺激をあたえんことを祈る.

1990年初秋 東京本郷にて

東京女子医科大学日本心臓血圧研究所循環器外科主任教授

小柳 仁

自序

 細部の問題は別として,心臓外科の治療体系は基本的には一応の完成に近づいたものと考えられる.それゆえになお一層,術後の治癒の質が問われる時期になっている.なかでも,治療に参画する“心臓手術チーム”としての“患者管理”の総合力が,手術成績向上のための決め手となる.

 この辺の事情から,このたび中外医学社が新しい“患者管理”専門書を企画し,最新の知識を簡明に概説しつつ読者の思考行程を巧みに誘導するマニュアルとなる原稿を,との依頼があった.

 著者は2年前に,へるす出版から『心臓外科チームのための基本手術マニュアル』を出版していたこともあり,「患者管理について」も同じ手法で執筆してみることを承引した.すなわち,実際に心臓手術の術前・術中・術後の“患者管理”にあたる“心臓手術チームのための”実用的な“マニュアル”となることを企図している.どのように心臓血管系は働いているか,それをどのように測定しモニターするか,どのように心血管系機能を変化させてゆくかということである.

 ここで,この本に記述した内容・考え方に計り知れない教示をあたえてくれたNew England Medical Center (Boston)はじめ米国有数の心臓外科の諸施設,わが国屈指のセンターや大学,それに教室で夜となく週末となく休みなく苦楽を共にしている先輩同僚の先生がたに感謝の意を表したい.

 終わりにのぞみ,推薦文を賜った帝京大学医学部長で循環器内科学の宮下英夫教授,ならびに序文を賜った東京女子医科大学日本心臓血圧研究所循環器外科の小柳仁教授に深甚なる謝意を表する.また,著者にこうした活動を可能にしてくださる教室の冲永功太主任教授,赤坂忠義助教授に厚くお礼申し上げる.

 本書がすべての点で著者の希望通りに満足すべき体裁で完成したのは,ひとえに中外医学社の青木三千雄社長,同企画部小川孝志氏ならびに同編集部風間計博氏の好意と熱意によるものであり,ここに記して心から厚くお礼を申し述べる.

1990年9月 最愛の娘からの子離れに努力しつつ

三石 績

目次

1.術前の準備 1

1.特殊な問題 2

2.検査所見 4

3.輸血のリスク 14

4.術前薬 15

5.術前チェックリスト 16

2.ICU管理の基本 19

1.ICU入室 19

2.ICUにおけるモニタリング 22

3.術後早期の典型的経過 32

3.心臓外科術後“循環管理” 37

4.体外循環と体液,電解質変動 43

1.体内水分の分布 43

2.体外循環が腎および代謝におよぼす影響 45

3.術直後の輸液 46

4.乏尿および腎不全 48

5.高カリウム血症 58

6.低カリウム血症 60

7.高血糖 61

8.アシドーシス 61

9.アルカローシス 63

5.典型的な術後経過 65

パターン1 65

パターン2 67

パターン3 68

1.A-Cバイパス術の術後 70

2.大動脈弁外科の術後 73

3.僧帽弁外科の術後 74

4.不整脈外科の術後 78

5.大血管外科の術後 78

6.合併症対策 81

1.術後のルーチン 81

2.呼吸器合併症対策 85

3.循環器合併症対策 87

4.体重増加・一過性腎不全・急性副腎機能不全 92

5.血液学的合併症と抗凝血薬療法 94

6.術創処置および創感染 97

7.神経学的合併症 101

8.消化器合併症 107

9.栄養 112

10.弁置換後の諸問題 113

11.退院へ向けて 116

7.小児心臓手術 119

1.チアノーゼ型心疾患 119

姑息手術

姑息手術をしておいて,後にdefinitive repairとなるもの

総肺静脈還流異常症

2.非チアノーゼ型心疾患 124

大動脈縮窄症 動脈管開存症

心房中隔欠損症 心室中隔欠損症

共通房室弁口 両大血管右室起始症

単心室 心室の流出路障害

8.小児の術前準備 131

1.はじめに 131

2.診察 131

3.年代別にみた術前の事情 134

4.入院時検査 135

5.術前チェックリスト 139

9.小児心臓手術の術後管理 141

1.手術室から小児ICUへ 141

2.PICU入室 142

3.モニター 144

4.ドレーンからの出血 148

5.呼吸管理 150

6.循環管理 156

7.輸液・電解質,および腎不全 173

8.術後早期における代謝 176

10.小児心臓手術の典型的な術後経過 179

大動脈縮窄症 動脈管開存症

心房中隔欠損症 心室中隔欠損症

肺動脈絞扼術 心内膜床欠損症

両大血管右室起始症 FONTAN(型)手術

重症肺動脈弁狭窄・純型肺動脈閉鎖

体肺短絡術 FALLOT四徴症

完全大血管転位症 総肺静脈還流異常症

超低体温と循環停止

11.心臓再手術 189

1.再手術における手技上の問題 189

2.後天性心疾患の再手術 190

3.先天性心疾患の再手術 193

12.精神面のサポート

−心臓手術後ICUにおけるナーシングについて 199

1.予定手術の場合 200

2.緊急手術の場合 204

13.Flow Sheetへの記録

Stanford大学病院におけるナーシング記録 205

ICU Cardiac Flow Sheet 210

14.心・肺移植の患者管理

−Johns Hopkinsマニュアル 217

1.術前の評価 217

2.手術 221

3.術後の回復 225

4.免疫抑制 227

5.術後,特に注意するべきこと 229

6.「除神経支配」の影響 230

7.血行動態 231

8.呼吸器系 232

9.腎機能 232

10.感染 233

11.精神面のサポート 235

12.栄養 236

13.理学療法 236

略語 238

索引 241

薬物索引 245