内視鏡検査の進歩は診断面のみならず,治療面でも大きい展開をみせている.消化管出血に対する止血術,ポリペクトミーや粘膜切除術などの手技は,内視鏡医の誰もが修得しておかなければならない基本的テクニックであり,これなくして消化器科診療は成り立たない.そして内視鏡治療の分野の進歩はとどまるところを知らず,その適応はどんどん拡大されている.そこには独創的な手技を考案する先駆者達の卓越した功績,各種処置具の開発に負うところが大きい.同時にわが国では学会やセミナー,雑誌など,新しい技術情報を伝達する機会に恵まれていることも有難い.

 多くの患者は内視鏡治療の恩恵によって,開腹手術を受けることなく,より快適に治療を受けることができるものの,治療手技が複雑になるにしたがって,予期せぬ偶発症が発生する機会も増加している.そのため少なからぬ医師や病院が医療粉争に巻き込まれ,患者側も医者側も辛い思いをしている.診断面での誤診,治療面での偶発症の発生を極力防止しなければならない.そのためにはインフォームド・コンセントを充分にして,器具・器械の点検を怠らず,細心の注意を払いながら操作をする…,文章に記すのは簡単であるがその実行は余りにも難しい.

 より安全で合理的な内視鏡治療手技を普遍化するために,日本消化器内視鏡学会卒後教育委員会では卒後セミナーやガイドラインなどを通じて,学会会員への啓発を繰り返している.本書はこれらの努力をさらに進めて,安全な治療内視鏡手技を普及する目的で,多くのイラストを用いてわかりやすく解説することを企画した.執筆を依頼したのはその方面ではわが国の先駆者達であり,学会やセミナーなどで中心的な役割を果している気鋭の研究者ばかりである.わが国の内視鏡治療の最先端があますところなく記述されており,編者としても満足のゆく内容になったと自負している.本書によってより安全な内視鏡治療が普及することと期待するとともに,若い内視鏡医が本書からヒントを得て,斬新なアイディアで新しい治療手技を開拓するきっかけとなれば編集者冥利に尽きる.

 本書を上梓するに際して,中外医学社の荻野邦義部長の多大なるご尽力に対して深甚なる感謝を表す.

1999年秋

多田正大

幕内博康


目 次

§1.安全な内視鏡治療のために

 A.インフォームド・コンセントの実際〈小越和栄〉2

    a. インフォームド・コンセントはどのように行うべきか  2

    b. 内視鏡検査と治療におけるインフォームド・コンセントの内容  3

    c. インフォームド・コンセントの実際  4

 B.高周波,レーザー,マイクロ波の基礎知識〈井田和徳,奥田順一〉7

    a. 高周波電流の基礎知識  7

    b. レーザーの基礎知識  9

    c. マイクロ波の基礎知識  11

 C.偶発症の発生頻度とその対応の実際〈金子榮藏〉13

    a.偶発症頻度の推移  13

    b.機種別偶発症  13

    c.主な手技の偶発症の実態と対策  15

    d.安全な内視鏡を目指して  16

 D.医事紛争と医師賠償責任保険制度〈浦野正幸〉19

    a.医師の民事責任の考え方  20

    b.消化器内視鏡に関する裁判例  22

    c.医師賠償責任保険制度  29

§2.消化管出血に対する内視鏡治療

 A.食道静脈瘤出血

  1.内視鏡的硬化療法〈豊永 純,酒井照博,於保和彦〉32 

   適応と限界  32

    a.急性出血例  32

    b.待期,予防例  33

   準備・前処置  33

   手技の実際  34

    a.治療法  34

    b.注入法  35

    c.治療手技  35

   後処置  37

    a.経口投与  37

    b.経静脈投与  37

    c.検査  37

    d.食事  38

   治療成績  38

   治療効果判定  38

  2.内視鏡的静脈瘤結紮術〈山本 学,鈴木博昭,池田圭一〉40 

   適応と限界  40

   準備・前処置  40

    a.準備するもの  40

    b.前処置  42

   手技の実際  42

    a.EVLの基本手技  42

    b.EVL・AS併用療法  44

    c.EVLによる止血法の実際  44

   後処置  45

   治療成績と偶発症  45

    a.治療成績  45

    b.偶発症  46

    c.硬化療法との比較  46

   再発に対する対策と考え方  46

 B.消化性潰瘍出血

  1.局注法〈浅木 茂〉48 

   適応と限界  48

    a.潰瘍出血の占める割合  48

    b.内視鏡的止血の対象とした潰瘍出血の割合  49

   前処置  49

   手技の実際  49

    a.純エタノール法  50

    b.HSE法  52

   治療成績  53

  2.クリップ止血法〈小沢俊文,長南明道,望月福治〉56 

   適応と限界  56

    a.原理  56

    b.特性  56

    c.適応  56

    d.限界と禁忌  56

   準備  57

   手技の実際  58

    a.回転クリップ装置(HX-5LR-1)の構造  58

    b.クリップ装填の仕方  59

    c.クリッピングの実際  60

    d.手技上のポイント  61

    e.潰瘍の性状別クリッピング法  62

    f. クリッピング困難例における工夫  62

   合併症  63

  3.ヒータープローブ法〈清水誠治,川井啓市〉64 

    a.装置の概要  64

    b.ヒータープローブ法の特性  64

   適応と限界  65

   手技の実際  65

    a.出血点の確認  65

    b.焼灼の方法  65

    c.プローブに付着した組織の除去  68

    d.ヒータープローブ法の利点  68

   治療成績  69

  4.レーザー止血法〈中原 朗,樫村博正〉71 

   適応と限界  73

   準備・前処置  74

   手技の実際  74

   後処置および治療効果判定  76

   治療成績と偶発症の発生頻度  77

  5.高周波電流凝固法とアルゴンプラズマ凝固法〈平塚 卓,平塚秀雄〉78 

   適応と限界  80

   準備・前処置  80

    a. 電子内視鏡・ファイバースコープ  80

    b.高周波発生装置  81

    c.高周波凝固子  81

    d.対極板  82

    e.APC装置  82

    f.APCプローブ  82

    g.前処置  82

   手技の実際  83

    a.高周波凝固法  83

    b.APC  84

   後処置  85

   治療成績と偶発症の発生頻度  85

§3.ポリペクトミーと粘膜切除術

 A.早期食道癌の内視鏡治療〈幕内博康〉88

   食道癌の治療方針からみたEMRの位置づけ  88

   EMRの適応  89

   食道EMRの方法,特殊性および手技  89

    a.食道のEMRの特殊性  89

    b.前処置と準備  90

    c.EEMR-tube法の手技  90

    d.後処置  93

   EMRの成績  93

 B.食道良性腫瘍の内視鏡治療〈幕内博康〉96

   適応と限界  96

    a.leiomyoma  96

    b.papilloma  96

    c.granular cell tumor  97

    d.cyst  97

    e.hemangioma,lymphangioma  97

   準備・前処置  97

    a.準備するもの  97

    b.前処置  98

   手技の実際  98

    a. 1cm未満の粘膜下腫瘍に対するスネアポリペクトミー  98

    b. 粘膜下腫瘍に対するEMRの応用  98

    c.cutting polypectomy  98

    d.食道嚢腫に対する開窓術  101

   後処置  101

   偶発症と予防  102

    a.食道穿孔  102

    b.術中出血,術後出血  102

 C.早期胃癌,ポリープの内視鏡治療

  1.ポリペクトミー〈横山善文,大原弘隆,城 卓志〉103 

   適応  103

    a.臨床症状  103

    b.形態と組織型  103

   準備・前処置  105

    a.術前チェックと前処置  105

    b.内視鏡  106

    c.切除機器  107

    d.ペースメーカー装着者  107

   手技の実際  107

    a.内視鏡挿入,絞扼部位の選定  107

    b.スネアの操作  108

   留置スネア法  110

    a.装置の概要と操作手順  111

    b.留置スネア併用ポリペクトミー  112

   後処置  113

  2.EMR〈小泉浩一,竹腰隆男〉115 

   適応と限界  115

    a.絶対的適応  115

    b.相対的適応  115

   準備・前処置  118

   手技の実際  118

    a.endoscopic double snare poly-pectomy(EDSP)法  118

    b.endoscopic resection with local injection of HSE(ERHSE)法  120

    c.strip biopsy法  121

   後処置  123

   治療成績と偶発症の発生頻度  123

  3.キャップ法(EMRC法)〈井上晴洋〉127 

   適応と限界  127

   準備・前処置  127

   手技の実際  127

    a.キャップ法(EMRC法)  127

    b.EMRC法の実際の手順  129

   後処置  133

   治療成績と偶発症の発生頻度  133

   治療効果判定  133

  4.早期胃癌の内視鏡治療効果判定とサーベイランス〈多田正弘,山口研成〉135 

    a.完全切除の効果判定  135

    b.再発の早期発見のためのサーベイランス  136

    c.再発を発見したときの対応  138

 D.進行胃癌のレーザー治療〈中村哲也〉141

   適応と限界  141

   準備・前処置  142

   手技の実際  143

   患者に対するケアおよび後処置  148

   治療成績と偶発症の発生頻度  148

   進行胃癌に対する内視鏡治療の展望  149

   治療効果判定  150

 E.早期大腸癌,ポリープの内視鏡治療

  1.ポリペクトミー〈多田正大,草場元樹,沖 映希〉151 

   適応と限界  151

    a.腫瘍径からの限界  151

    b.深達度からの限界  152

    c.組織型からの限界  152

    d.患者側の条件からの限界  152

   準備・前処置  152

   手技の実際  153

    a.高周波電流  153

    b.スネアをかける位置  153

    c.分割切除  156 d.hot biopsy  156

    e.切除断端に対する処置  157

    f.切除腫瘍の回収  157

   後処置  160

   偶発症とその対策  161

    a.出血  161

    b.穿孔  162

    c.ガス爆発  162

    d.その他の偶発症  162

  2.EMR〈工藤進英,木暮悦子,山野泰穂〉163 

   適応と限界  163

    a.肉眼形態,腫瘍径からみた適応と限界  163

    b.pit pattern診断からみた適応と限界  165

    c.sm浸潤度分類からみた追加切除の条件  166

   準備・前処置  168

   手技の実際  168

    a.EMRの手技  168

    b.大きな病変に対する分割 : EMR(EPMR)の実際  170

   後処置  170

   治療成績と偶発症の発生頻度  170

    a.治療成績  170

    b.偶発症の発生頻度  171

   治療効果判定  171

  3.早期大腸癌,ポリープの内視鏡治療効果判定とサーベイランス

    〈五十嵐正広,小林清典,勝又伴栄〉173 

    a.治療後の経過  173

    b.治療後の判定とサーベイランス  177 c.再発癌の取扱い  178

§4.消化管狭窄に対する内視鏡治療

 A.切開,レーザー治療,ステント留置術など〈嶋尾 仁,森瀬昌樹,比企能樹〉182   適応と限界  182

    a.治療の対象  182

    b.適応と限界  183

   準備・前処置  183

    a.スタッフ  183

    b.準備機器・設備  184

    c.前処置  184

   手技の実際  185

    a.良性狭窄の拡張  185

    b.悪性狭窄の拡張とステント挿入術  185

   後処置  188

    a.術当日  188

    b.術後第1日目  188

    c.術後第2日目以降  188

    d.退院後の経過観察  188

   食道噴門部悪性狭窄に対するステントの治療成績  188

    a.食事摂取改善効果  188

    b.食事摂取持続期間  189

    c.在宅期間  189

   偶発症とその対策  189

    a.穿孔  189

    b.食道潰瘍  189

    c.ステントの位置変位,脱落  189

    d.tumor ingrowth  190

    e.tumor overgrowth  190

   予後  190

  B.幽門狭窄に対する内視鏡的胃瘻造設術〈上野文昭〉191

   適応と限界  191

   準備・前処置  192

    a.人員,設備,機器,器具  192

    b.術前評価とインフォームド・コンセント  192

    c.前処置  193

   PEGの方式と手技の実際  193

    a.プル法  193

    b.プッシュ法  195

    c.イントロデューサー法  195

   後処置  196

    a.ドレナージチューブとしての使用  196

    b.胃瘻チューブと造設部位の管理  197

    c.胃瘻チューブの交換  197

   治療成績と偶発症の発生頻度  197

    a.治療成績  197

    b.偶発症  197

    c.治療効果判定  198

  C.炎症性腸疾患の狭窄拡張術〈松井敏幸〉199

   適応と限界  199

    a.目的と原理  199

    b.適応  200

    c.限界  201

   拡張術に要する器具  201

   手技の実際  202

    a.TTSバルーン拡張  202

    b.OTWバルーン拡張  203

   上部消化管と下部消化管の違い  207

   合併症  207

   成績  208

    a.短期成功率  208

    b.長期成功率  208

    c.再拡張  208

§5.胆道疾患の内視鏡治療

 A.内視鏡的乳頭括約筋切開術〈池田靖洋〉212

   適応と禁忌  212

   準備・前処置  212

   手技の実際  213

   EST後の切石法  216

   合併症と対策  217

    a.出血  217

    b.穿孔  217

    c.急性膵炎  218

    d.急性胆管炎  218

    e.バスケット嵌頓  219

   後処置  219

   経過観察  219

 B.内視鏡的乳頭バルーン拡張術〈峯 徹哉〉220

   適応と禁忌  220

    a.適応  220

    b.禁忌  221

   方法  221

   前処置  221

   手技の実際  221

   採石・砕石  223

   合併症  223

    a.早期合併症  223

    b.後期合併症  223

   問題点  224

 C.胆道結石除去術

  1.経乳頭的砕石術〈平田信人,藤田力也〉225 

   適応と限界  225

    a.結石の存在部位からみた適応  225

    b.結石の数,存在様式からみた適応  225

   準備・前処置  226

    a.治療に関するもの  226

    b.患者監視に関するもの  226

    c.薬剤  226

    d.前処置  226

   手技の実際  226

    a.静脈麻酔  226

    b.胆汁培養  227

    c.様械式砕石バスケット(EML)による採石  227

    d.バスケット鉗子による採石  228

    e.エンドトリプターによる嵌頓解除  231

    f.バルーンカテーテルによる採石  231

    g.α型経鼻胆管ドレナージ(NB)チューブの留置方法  232

    h.経口胆道鏡による砕石  233

   後処置  233

   治療成績と偶発症の発生頻度  233

    a.治療成績  233

    b.偶発症  235

   治療効果判定と長期予後  235

    a.治療効果判定  235

    b.長期予後  235

  2.経皮経肝的結石除去術〈乾 和郎,中澤三郎〉236 

   適応と限界  236

    a.PTCS  236

    b.PTCCS  236

   準備・前処置  238

   手技の実際  239

    a.瘻孔形成  239

    b.胆道鏡下切石術  241

   後処置  243

    a.瘻孔形成術  243

    b.胆道鏡下切石術  243

   治療成績と偶発症の発生頻度  244

   治療効果判定  244

 D.内視鏡的減黄術(内視鏡的逆行性胆管ドレナージ術)〈望月直美,中島正継〉245

   適応と限界  245

   準備・前処置  246

    a.前処置  246

    b.器具  246

   手技の実際  249後処置  253

   治療成績と偶発症の頻度  253

   治療効果判定  253

   ERBDの意義  254

§6.One Day Surgeryとしての内視鏡治療

 ■ One Day Surgeryの実際〈神保勝一〉258

    a.外来での内視鏡治療の適応  258

    b.外来での内視鏡治療の限界  261

    c.偶発症防止対策  261

    d.内視鏡治療の偶発症を防ぐための工夫  261

    e.偶発症と病診連携  263

索 引  267