◆ 推薦のことば ◆
 最近の放射線治療成績の向上は著しい.CT,MRI,PETなど画像診断の進歩により比較的早期の癌が高率に見つかるようになったこと,同時に診断精度も格段に向上したこと,また放射線治療においても照射精度が飛躍的に向上し,コンピュータの発達により複雑な治療計画が短時間で行えるようになったこと,などが理由として考えられる.特に,ガンマナイフに起源をおく定位放射線治療法は長い放射線治療の歴史においてリニアックの照射精度向上のブレイクスルーで,脳を含め体幹部の腫瘍に対してもピンポイントの照射が行えるようになった.その結果,従来の照射技術では不可能な,腫瘍に限局した線量分布の作成が可能となり,正常組織の有害事象を増やすことなく1回線量および総線量の増加が可能となり,3cm以下の肺癌や肝癌では手術に匹敵する局所制御率が得られている.QOL重視の中で,定位放射線治療法によって受ける患者さんの恩恵は計り知れないものがある.問題は本法の標準化と普及である.本法を必要とする患者さん全てが,均しく本法による治療を受けることができるように保険収載されたことは大歓迎であるし,本法はあまねく普及すべき技術である.しかし,保険収載にあたって施設基準や常勤の放射線治療医,品質管理士や放射線治療専門の診療放射線技師の配置が盛り込まれたが,標準的な治療方法や,最も重要である精度管理についての制限は盛り込まれなかった.本書は保険収載にあたっての議論を補完するもので,定位放射線治療を行う全ての施設は本書を参考に精度管理を行い,質の高い定位放射線治療が多くの施設で行われるようになるべきである.また,こうした精度管理は通常の照射にも反映するので,施設全体のレベルアップにもつながる.
 本邦において放射線治療医の不足はもとより,こうした最先端の治療計画に参画し,精度管理を行う専任の品質管理士が不足している事態は深刻である.現在,放射線治療に関連する5つの学会および団体(日本放射線腫瘍学会,日本医学放射線学会,日本医学物理学会,日本放射線技術学会,日本放射線技師会)が放射線治療品質管理士を認定しているが,欧米の物理士や線量測定士と比較するとその歴史は浅く,品質管理士の業務内容にコンセンサスが得られているとは言い難い.本書は品質管理士が行うべき業務の一端を示している.
 定位放射線治療をすでに行っている施設,あるいは予定している施設の全ての放射線治療医,放射線治療品質管理士,および診療放射線技師は本書を一読されるようお願いする次第である.
     2006年3月
第19回 JASTRO会長
山田章吾
東北大学放射線腫瘍学分野

◆ 刊行にあたって ◆
 がんは3人に1人が死亡するという日本での死亡原因の第一位を占め,その克服は国民的課題の一つである.がんの治療には数多くあるが,その中でも3本柱と言われる手術,放射線治療,抗がん剤治療が主役を担っている.欧米では,がん患者の初回治療として放射線治療は約半数に用いられているが,日本では,その割合は20%程度であり,放射線治療が十分には活用されていない状況にある.
 放射線療法には,(1)機能・形態の温存に優れている,(2)いかなる部位でも自由に照射できる,(3)合併症を有する患者さんや,高齢者にも適応できる,という大きな利点を有している.高齢化社会の急速な到来,QOLの高い治療法への社会的要請の高まりは,「切らずに直す放射線治療」をがん治療の大きな柱の一つに押し上げつつある.
 その一方で,放射線治療には手術に比べると確実性に劣ること,放射線障害のリスクという課題がある.
 すなわち,根治性の向上と有害事象の軽減が放射線療法における最大の課題であるが,それを克服する革新的な医療技術として登場したのが定位放射線治療である.細くした放射線ビームを多方向から病巣部に集中させる本治療は,脳腫瘍,脳動静脈奇形などの脳内病変に対して大きな成果を挙げ,標準治療として認知されるに至った.
 この革新技術を体幹部の腫瘍に応用したのが,体幹部定位放射線治療である.本治療法に関して特記すべきことは,日本の放射線腫瘍医がその開発,実用化に中核的な役割を果たしたことである.体幹部の腫瘍においては,「動き」に如何に対応して,精度を維持,向上させるかが大きなポイントであるが,CTライナック,動体追尾システムの開発はその高精度化に大きく貢献した.臨床応用に関しても,多くのエビデンスを発信した.なかでも,高度先進医療として行われた,北海道大学,京都大学,東北大学,癌研病院の4施設の臨床成果は高く評価され,2004年には世界で初めて,体幹部腫瘍に対する定位放射線治療は保険収載され,保険診療として行うことが可能となった.最も良い適応とされ,また癌死亡原因の第一位を占める肺がんを対象とした多施設共同第 II 相試験(JCOG0402)が現在施行中であり,国内外で大きな注目を集めている.
 その一方で,本治療法は1回に10〜20Gyという大線量を照射する方法であり,一歩間違えば大きな有害事象に結びつくのは明白である.保険診療収載において,定位放射線治療の精度が規定され,施設基準が設けられたのはそのためである.
 適切に使用すれば極めて有効かつ低侵襲で有害事象の少ない優れた治療を行うためのガイドラインが必要な所以でもある.
 本書の作成には,高精度外部放射線治療研究会の数多くの放射線腫瘍医,診療放射線技師,医学物理士に参加していただき,大西先生が取りまとめられた.関係諸氏に深謝する次第である.
 本書が広く読まれ,日本で開発されたと言っても良い本治療法により,多くの患者が恩恵を受けることを願ってやまない.

     2006年3月
高精度外部放射線治療研究会代表世話人 平岡真寛

◆ 本書の発刊の経緯と利用法 ◆
 γナイフによる頭蓋内腫瘍に対する約30年間の臨床経験をもとに,1990年代に定位放射線治療技術が体幹部腫瘍に対しても応用され始めた.しかし体幹部腫瘍は,固定の困難さ,特に肺腫瘍における呼吸性移動や不均質補正という難題があり,新しい照射装置や治療計画方法が考案され,現在も試行錯誤が繰り返されている.新しい照射技術である体幹部定位放射線照射による治療は,おもに肺癌,肝臓癌に対して応用され,特に早期肺癌を対象にしてめざましい治療結果を示している.また,2004年4月に保険収載されて以来,多くの照射施設でこの技術を導入しつつあり,体幹部定位放射線照射施行施設は増加の一途をたどっている.最近では,手術不能な I 期非小細胞肺癌に対する根治的治療としての評価は十分高く,一部では手術可能症例に対する根治療法としての手術との比較試験を望む声すら上がっている.
 しかしながら,新しく体幹部定位放射線照射を開始した施設の中には,適切な方法や理論に必ずしも則っていないままに施行されているところも見受けられ,また一方では体幹部定位放射線照射に必要な方法や理論が十分に理解できないために,体幹部定位放射線照射に興味があっても開始できない施設が数多くある.
 体幹部定位放射線照射は,大線量を腫瘍部位に限局して短期間に照射するだけに,治療効果は絶大であるとともに,まちがった方法や理論により照射された場合の正常組織に対する障害は甚大なるものが予測される.前述のように大きな期待を担って評価を高めつつある体幹部定位放射線治療にとって,非適切な照射方法によりひとたび重篤な合併症が多く生じると本治療法に対する信頼は大きく崩れ,臨床的な位置づけを著しく損なう可能性が高い.
 そこで,体幹部定位放射線照射が安全に施行・応用されることを目標に,2004 年 3月に日本放射線腫瘍学会の土器屋卓志健保委員長より本治療法のガイドライン作成の指示を受けた.この指示を受ける形で厚生労働省科学研究費補助金による「先進的高精度三次元放射線治療による予後改善に関する研究班」(班長:平岡真寛)および日本高精度放射線外部照射研究会を中心にして,2年間十分な議論を重ねながら体幹部定位放射線治療方法の適切な方法と理論を検討した.本書をもとにして体幹部定位放射線治療施行の適切な指針が日本放射線腫瘍学会QA委員会で再編集され,日本放射線腫瘍学会より2006年3月に「体幹部定位放射線治療ガイドライン」として刊行されるに至った.
 本書の中で提言されている内容は,本来エビデンスとして確立したものに基づくべきであるが,最先端技術である体幹部定位放射線治療はエビデンスのない技法も多く,これらに関しては十分な経験を積んだ専門医のコンセンサスによってガイドラインとすることを許容した.
 本書の目的は,体幹部定位放射線治療が安全に遂行されるために,既に携わっているか今後開始しようとする放射線科スタッフ(放射線科医師・診療放射線技師・医学物理士・品質管理士・看護師ら)にとっての適切な方法と理論の指針を詳細に記すことである.内容は,日本放射線腫瘍学会版「体幹部定位放射線治療ガイドライン」の分かりやすい解説と,具体的な照射手法の記載を心がけ,本書を「詳説 体幹部定位放射線治療 -- ガイドラインの詳細と照射マニュアル」と命名した.
 ただし,体幹部定位放射線治療の照射方法および治療結果に対する最終的な判断と責任は,直接の治療担当者に帰属すべきものであり,本書を作成した「先進的高精度三次元放射線治療による予後改善に関する研究班」(班長:平岡真寛)・日本高精度放射線外部照射研究会および個々の執筆者らが責任を負うものではない.また,今後,定位放射線照射技術の進歩と治療結果の蓄積に伴い,2〜3年後をめどに順次改訂を予定している.

 なお,現在,高精度放射線治療外部照射研究会を中心に,最先端の治療技術である体幹部定位放射線治療の施行状況や成績・合併症について調査する機会を準備しておくために,体幹部定位放射線治療に関しての施行施設,症例登録に向けて検討中である.

     2006年3月
山梨大学医学部放射線科 大西 洋


目 次

1◆概説
Q1 体幹部定位放射線治療はどのように定義されますか?  2
Q2 体幹部定位照射の背景・治療成績を教えて下さい  5
Q3 体幹部定位放射線照射の対象疾患,禁忌を教えて下さい  10
Q4 体幹部定位放射線治療の保険適応について教えて下さい  13
Q5 体幹部定位放射線照射においてtargetはどのように設定したらよいでしょうか?  15
Q6 set-up marginとinternal marginの理解の仕方について教えて下さい  18
Q7 体幹部定位照射に用いる照射線量・分割法は
       どうすればいいのでしょうか?  21
Q8 体幹部定位放射線治療における
       リスク臓器と線量制限について教えて下さい  23
Q9 治療計画と照射時の主な基本的注意点には
       どのようなものがありますか?  26
Q10 治療後の画像変化の特徴について教えて下さい  30
Q11 肺定位放射線治療後の経過観察の仕方について教えて下さい  31
Q12 品質管理(QC)・品質保証(QA)とは何ですか?  33

2◆方法
Q13 どのような方法で照射すれば体幹部定位放射線照射といえるのですか?  36
Q14 体幹部定位放射線治療で定義される「照射中心の固定精度」とは何ですか?  38
Q15 体幹部定位放射線照射の保険適応を満たすために
       必要な機器を教えて下さい  41
Q16 照射中心に対する患者の動きや臓器の体内移動を制限する装置には
       どのようなものがありますか?  42
Q17 固定具を使用する際の注意点は何ですか?  43
Q18 固定精度測定の際のランドマークは何がよいですか?  45
Q19 体幹部定位放射線治療で用いられている固定具を教えて下さい  46
Q20 stereotactic body frameについて教えて下さい  49
Q21 定位照射を行う際の呼吸状態の設定方法には
       どのようなものがありますか?  50
Q22 治療計画におけるCT撮像法と呼吸性移動のマージン(internal margin)の
       取り方はどのようにしたらよいですか?  51
Q23 internal marginをできるだけ小さくするこつはありますか?  53
Q24 呼吸停止や呼吸同期のタイミング検出方法として
       どのような方法がありますか?  55
Q25 市販されている呼吸量モニタリング装置を教えて下さい  57
Q26 internal margin において,呼吸性移動以外の臓器の位置移動については
       どのように対処すればよろしいですか?  58
Q27 照射中の体動(骨格の移動)についてはどうすればよろしいですか?  59
Q28 治療計画時・治療の呼吸位相の関係について注意点は?  60
Q29 自由呼吸下での呼吸性移動の制限方法はありますか?  61
Q30 呼吸同期のための,呼吸位相カーブを用いた呼吸性移動の解析と
       利用法について教えて下さい  62
Q31 動体追跡照射と同期照射はどのように違うのでしょうか?  64
Q32 治療計画用CT撮影はコンベンショナルスキャンと
       スパイラルスキャンのどちらがよいか教えて下さい  65
Q33 治療計画用CT撮影時はシングルディテクタCTと
       マルチディテクタCTのどちらがよいか教えて下さい  66
Q34 治療計画用CT撮影時のスキャン時間・息止め方法について
       教えて下さい  67
Q35 治療計画用CT撮影時のスライス厚について教えて下さい  68
Q36 治療計画用CT撮影時の画像間隔について教えて下さい  69
Q37 治療計画用CT撮影時のスパイラルスキャンピッチについて
       教えて下さい  70
Q38 治療計画用CT撮影時のmAについて教えて下さい  71
Q39 slow scan(long scan time)CT撮影法について教えて下さい  72
Q40 定位照射に適切な照射エネルギーについて教えて下さい  73
Q41 体幹部定位照射をするための基本的なビーム設定について教えて下さい  74
Q42 アーク照射と固定多門照射の線量分布の違いや注意点はありますか?  78
Q43 D95,V20,HI,CIなどの線量分布の評価指標の定義を教えて下さい  80
Q44 処方線量はどこで規定すべきでしょうか?  82
Q45 体幹部定位照射に適切な線量計算アルゴリズムについて教えて下さい  83
Q46 肺体幹部定位照射において線量計算アルゴリズムによって
       線量分布にどのくらいの違いが生じるのですか?  85
Q47 線量計算を行う際の最適な計算グリッドサイズを教えて下さい  87
Q48 線量計算を行う際に不均質補正を考慮すべきでしょうか?  88
Q49 小照射野の線質(energy spectrum,PDD,TMR,output factorなど)は,
       一般的な照射野に比べてどのような違いがありますか?  90
Q50 ボディフレームなどの固定具を用いた場合に,その材質による線量計算への
       影響をどのように加味すればよいですか?  92
Q51 体幹部定位放射線治療における品質管理者について教えて下さい  93
Q52 アイソセンタの固定精度の確認の方法について教えて下さい  94
Q53 照射位置照合用CT装置(CT‐リニアックシステム以外の)から治療装置への
       移動寝台について教えて下さい  97
Q54 照射前位置確認での誤差許容値について教えて下さい  98
Q55 照射前アイソセンタ確認は患者皮膚マークだけでは
       駄目なのでしょうか?  99
Q56 照射直前のアイソセンタ位置確認の記録は残す必要がありますか?  100
Q57 照射中の患者やアイソセンタ位置の監視とそこでの状況判断は
       どのようにしたらよいですか?  101
Q58 照射中の患者やアイソセンタの位置移動の監視方法には
       どんな方法がありますか?  102
Q59 EPID(電子ポータル画像装置)を用いた位置照合について
       教えて下さい  103
Q60 金属マーカによる位置照合の利点を教えて下さい  104

3◆QA/QC
Q61 体幹部定位照射に求められる治療装置の精度管理の特徴は何ですか?  106
Q62 体幹部定位照射治療のQA/QCの基本について教えて下さい  107
Q63 体幹部定位照射の精度管理に必要な機器を教えて下さい  108
Q64 呼吸同期照射等の低MU積算照射時に,モニタ線量計の検証等についての
       注意点はありますか?  109
Q65 線量計算アルゴリズムの種類と特長について教えて下さい  111
Q66 肺体幹部定位照射における不均質補正の有無によるリファレンス線量の
       計算結果について教えて下さい  113
Q67 肺体幹部定位照射における不均質補正の有無による線量分布の
       計算結果について教えて下さい  114
Q68 不整形照射野の計算アルゴリズムについて教えて下さい  115
Q69 不均質補正における線量分布の検証は
       どのように行えばよいでしょうか?  116
Q70 不均質補正におけるMUの検証はどのように行えばよいでしょうか?  118
Q71 体幹部定位放射線照射(体幹部STI)の線量検証には,
       どのような検出器を使用すればよいでしょうか?  119
Q72 RTPSに登録されたビームデータで,体幹部SRT小照射野の
       線量計算を行った場合の計算精度はどのくらいですか?
      (どの程度の大きさの照射野までなら精度よく計算できますか?)  121
Q73 MLCによる非対称不整形照射野のMU値をどのように検証すべきでしょうか?  122
Q74 固定照射の場合のMU値をチェックする場合に
       どんな計算式を利用すればよいでしょうか?  124
Q75 原体(回転)照射の場合の線量検証(MU値)は
       どのように行いますか?  125
Q76 架台や照射野限定システムの回転に伴う動作確認は
       どのようなことを行えばよいのでしょうか?  126
Q77 治療装置のアイソセンタ位置の誤差量を定量的に
       計測する方法を教えて下さい  128
Q78 装置アイソセンタ位置を確認する際の有用なQAツールを教えて下さい  131
Q79 レーザポインタの管理項目と点検頻度について教えて下さい  135
Q80 X線シミュレータ装置の主な管理項目の
       実施方法について教えて下さい  137
Q81 治療計画用CT装置のQA,QCについて教えて下さい  139
Q82 CT寝台のたわみについて教えて下さい  141
Q83 電子ポータル画像装置(electronic portal imaging device: EPID)とは
       どのようなものですか?  142
Q84 電子ポータル画像装置(EPID)の管理項目と点検頻度について教えて下さい  143
Q85 線量率の精度管理について教えて下さい  145
Q86 照射野位置・サイズの精度管理について教えて下さい  146
Q87 照射野内での線量分布の精度管理について教えて下さい  147
Q88 絶対線量校正用電離箱線量計の精度管理について教えて下さい  148
Q89 線量分布測定装置の精度管理について教えて下さい  149
Q90 リファレンス線量計・フィールド線量計とは何ですか?  150
Q91 線量測定に使用するファントムについて教えて下さい  151

4◆資料
Q92 CT‐リニアックシステムの原理と特徴を教えて下さい  154
Q93 CT‐リニアックシステムによるアイソセンタ確認方法を教えて下さい  155
Q94 CT‐リニアックシステムの品質管理について教えて下さい  157
Q95 動体追跡照射法の原理と種類を教えて下さい  159
Q96 動体追跡照射法の利点・欠点を教えて下さい  159
Q97 動体追跡装置の QA/QC について教えて下さい  160
Q98 動体追跡(迎撃)照射法の具体的手順を教えて下さい  165
Q99 体幹部定位放射線治療で用いられる機器と連絡先について教えて下さい  166

索引  174