私が手の外科に興味を持ったのは昭和 47 年に卒業して北海道大学整形外科学教室に入局してしばらく経ってからです.北大整形外科は当時,部位別に脊柱,股関節,下肢,上肢の 4 つの班に分かれており,その他,腫瘍,側弯症,内反足,関節リウマチなどの特殊診療班が付随している構成でした.当時の上肢班のチーフは現在札幌医大整形外科名誉教授の石井清一先生でした.上肢班の術前 Discussion は弁当付きで必ず患者さんを全員で診察させていただき診療方針について検討するものでした.基本的にはエンドレスであり,入局間のない医師であっても意見をいうことのできるという非常に自由濶達な雰囲気に是非将来的に上肢班に所属して臨床の研究を行っていきたいとおぼろ気ながら思っておりました.その後,5 年目から専門領域として上肢の外科を選択し,ほぼ 30 年近くとなってまいりました.9 年目のときに Mayo Clinic へ留学し,臨床は Linscheid 先生,Dobyns 先生に,基礎は Chao 先生,An 先生のご指導を受け,手の外科の醍醐味が少し分かってきたような気がしました.帰国したときには,石井清一先生は札幌医大教授に異動されており,その後多くの先生のご指導を受けました.
 一昨年,出版社から整形外科医および手の外科医向けの手・肘の外科の本を書いてみないかとのお誘いを受けました.本邦におけるこの分野の教科書には,津下健哉先生の「手の外科の実際」という完成品があります.そのことをお話ししますと,イラストを多くして手・肘の外科の手術を分かりやすく解説するものとしてはどうかとのご助言をいただきました.当初は手術の説明に特化した手術書として,手術のイラストとその説明のみを示してはとの考えもありましたが,やはり手術を行うにあたっては病態,適応ということが問題になるであろうということもあり,手術のみでなくより多くの記述を加えることといたしました.
 執筆者としては私といつも仕事をさせていただいております北大整形外科同門の上肢の外科医の先生にお願いいたしましたが,関節リウマチに罹患した手指についてはこの方面で造詣の深い南川義隆先生にお願いいたしました.全ての原稿は私のところへ送っていただき筆者の先生には多くの加筆をお願いすることとなってしまいました.その結果,600 ページ近くの本となってしまいました.文献については当初は各単元ごとに記載することとしておりましたが,詳しい記載については他書に譲ることとして全てをカットさせていただきました.一部の文献については本文中に著者名を示してありますのでご面倒でも検索していただければと思います.
 また当初は単色刷りあるいは 2 色刷りと考えておりましたが,読者がイラストを見てより分かりやすいように多色刷りといたしました.多色刷りにすることについては出版担当者にご無理をお願いいたしましたが,ご快諾いただきました.本の名称については執筆者間で討論しましたがイラストが多く挿入されていることから「カラーアトラス手・肘の外科」とさせていただきました.
 本書に改めて目を通してみますと,ほぼ手・肘の外科全般を網羅しております.しかし,各分野が満遍なく書かれているものではないことおよび一部の重要な項目については重複しておりますことをご了承下さい.読者としては手の外科の外傷・疾患を扱う整形外科医,手の外科専門医,作業療法士やハンドセラピストを想定させていただきました.本書により手・肘の外科に興味を持ってもらえる若い先生がさらに増え,本書が手・肘の外科を扱う上での座右の書になればと期待しております.
 最後に本書を刊行するにあたり絶大なご協力をいただいた中外医学社編集部の小川孝志氏,秀島悟氏には心よりお礼を申し上げます.

2007 年 1 月吉日
北海道大学大学院医学研究科 整形外科学
三浪明男


目次

I.外 傷

A−1.骨関節外傷―肘関節および前腕
 a.上腕骨遠位端骨折(成人) 〈平地一彦〉
  A.解 剖
  B.診 断
  C.治 療
    1.内固定材料の選択
    2.麻酔と手術体位
    3.手術進入路
    4.骨折整復と内固定
    5.肘頭を骨切りしない展開
  D.高齢者の上腕骨通顆骨折と偽関節
  E.後療法
  F.合併症
 b.上腕骨顆上骨折(小児) 〈平地一彦〉
  A.診 断
  B.治 療
    1.保存治療
    2.持続牽引法
    3.徒手整復 経皮鋼線固定術
    4.観血的整復固定術
  C.内反肘
 c.上腕骨外顆骨折 〈平地一彦〉
  A.診 断
  B.治療法の選択
    1.保存治療
    2.手術治療
  C.合併症
 d.肘関節靭帯損傷 〈加藤博之〉
  A.尺側側副靭帯(UCL)損傷
    1.尺側側副靭帯(UCL)の構造とバイオメカニクス
    2.新鮮 UCL 損傷の原因
    3.新鮮 UCL 損傷の分類
    4.新鮮 UCL 損傷の治療方法
    5.陳旧性 UCL 損傷の診断
    6.治療(靭帯再建)
  B.外側側副靭帯(LCL)損傷
    1.外側側副靭帯複合体(LCLC)の構造
    2.新鮮 LCLC 損傷の原因
    3.新鮮 LCLC 損傷の分類
    4.新鮮 LCLC 損傷の治療方法
    5.陳旧性 LCLC 損傷の診断
    6.後外側回旋不安定症に対する靭帯再建術
 e.肘頭骨折 〈平地一彦〉
  A.手術適応
  B.解 剖
  C.治 療
    1.準備
    2.麻酔と手術体位
    3.手術進入路
    4.Tension band wiring
    5.プレート固定
    6.骨欠損に対する考え
    7.術後外固定,後療法
  D.合併症
 f.橈骨頭・橈骨頚部骨折 〈平地一彦〉
  A.解 剖
  B.診断と分類
  C.治 療
    1.準備
    2.麻酔と手術体位     3.手術進入路
    4.後療法
  D.小 児
  E.合併症
 g.前腕骨骨幹部骨折 〈平地一彦〉
  A.解 剖
  B.診 断
  C.分 類
  D.治 療
    1.準備
    2.麻酔と手術体位
    3.手術進入路
    4.内固定
    5.閉創
  E.後療法
  F.合併症
 h.Monteggia 骨折 〈平地一彦〉
  A.診 断
  B.分 類
  C.合併症
  D.治 療
    1.成人新鮮例
    2.成人陳旧例
    3.小児新鮮例
    4.小児陳旧例
 i.Essex−Lopresti 骨折 〈平地一彦〉
  A.発生機転
  B.診 断
  C.治 療
  D.予 後

A−2.骨関節外傷―手関節および手指
 a.手指の解剖と機能 〈三浪明男〉
  A.関 節
    1.掌側板と手鋼靭帯
    2.側副靭帯
    3.関節包
  B.指屈筋腱・腱鞘
  C.指伸筋腱
  D.伸展機構
  E.筋 肉
  F.神 経
    1.正中神経
    2.尺骨神経
  G.血 管
    1.動脈
    2.静脈
  H.リンパ管
 b.手関節 〈三浪明男〉
  A.手関節の構造
    1.骨
    2.関節
    3.靭帯
  B.手根骨の機能単位
  C.手関節の運動
 c.橈骨遠位端骨折 〈石川淳一〉
  A.分 類
  B.治療法
    1.保存治療(徒手整復,ギプス固定)
    2.経皮的ピンニング
    3.プレート固定
    4.創外固定法
    5.鏡視下整復術
 d.遠位橈尺関節障害 〈三浪明男〉
  A.機能解剖
    1.遠位橈尺関節(DRUJ)の解剖学的特徴
    2.DRUJ の運動学
  B.DRUJ 障害の診断
    1.視診
    2.Piano key 現象
    3.圧痛点
    4.徒手検査
    5.画像診断
  C.DRUJ 障害の症状
  D.DRUJ 障害をきたす疾患
  E.DRUJ 障害に対する治療方法
    1.保存療法
    2.手術療法
 e.遠位橈尺関節脱臼 〈石川淳一〉
  A.単独脱臼
  B.Galeazzi 骨折,橈骨遠位端骨折
  C.Essex−Lopresti 脱臼骨折
 f.舟状骨骨折と偽関節 〈三浪明男〉
  A.解剖と血行支配
  B.病 態
  C.診 断
  D.分 類
  E.治 療
  F.新鮮骨折に対する治療
    1.保存治療
    2.手術治療
  G.舟状骨偽関節に対する治療
    1.舟状骨偽関節の発生に関与する因子
    2.手術治療
 g.手根骨単独骨折 〈三浪明男〉
  A.月状骨骨折
  B.三角骨骨折
  C.豆状骨骨折
  D.有鉤骨骨折
  E.大菱形骨・小菱形骨骨折
  F.有頭骨骨折
 h.三角線維軟骨複合体損傷 〈石川淳一〉
  A.治療法
    1.保存療法
    2.手術治療
  B.関節鏡視下手術
    1.鏡視手技
    2.鏡視下部分切除術
    3.鏡視下縫合術
    4.鏡視下 wafer 法
  C.その他の手術治療
    1.尺骨短縮術
    2.Darrach 法,Sauve−Kapandji 法,Hemiresection−interposition arthroplasty
 i.手根不安定症 〈三浪明男〉
  A.定 義
  B.分 類
  C.臨床診断
  D.代表的な手根不安定症
    1.手根背屈変形
    2.手根掌屈変形
    3.手根背側亜脱
    4.手根尺側偏位
  E.合併症としての手根不安定症
  F.治 療
    1.保存治療
    2.手術治療
 j.SLAC Wrist 〈三浪明男〉
  A.概 念
  B.原 因
  C.分 類
  D.診 断
  E.治 療
    1.保存治療
    2.手術治療
 k.手指の骨関節外傷 〈石川淳一〉
  A.末節骨骨折
  B.中節骨骨折
  C.基節骨骨折
    1.骨幹部骨折
    2.基節骨頚部骨折
  D.PIP 関節部の損傷
    1.掌側板損傷
    2.PIP 関節側副靭帯損傷
    3.PIP 関節脱臼
    4.PIP 関節背側脱臼骨折
    5.基節骨骨頭骨折
  E.中手骨骨折
    1.骨幹部骨折
    2.頚部骨折
    3.基部骨折
  F.MP 関節脱臼
  G.MP 関節ロッキング
  H.母指 MP 関節靭帯損傷

B.腱損傷 〈三浪明男〉
 I.屈筋腱
  A.解 剖
    1.構造
    2.血行
    3.腱鞘構造
  B.腱損傷部位の分類
  C.治癒機構(修復様式)
  D.新鮮損傷
    1.診断
    2.腱縫合の時期
    3.腱縫合
  E.陳旧損傷
    1.治療原則
    2.Zone II における腱損傷
    3.Second-stage tenoplasty
    4.後療法
  F.腱剥離術
  G.Pulley 再建

 II.伸筋腱
  A.解 剖
  B.損傷別区分
  C.腱損傷の治療原則
  D.部位区分別損傷の治療
    1.Zone I および Zone II での伸筋腱損傷
    2.Zone III および Zone IV での腱損傷
    3.Zone V での腱損傷
    4.Zone VI〜 VIII における腱損傷
    5.母指における伸筋腱損傷

C.神経損傷 〈笠島俊彦〉
  A.神経の構造と損傷形態
  B.末梢神経損傷の手術治療法
    1.神経剥離術
    2.神経縫合術
    3.神経移植術
  C.腕神経叢麻痺
    1.腕神経叢の解剖
    2.神経展開法,電気生理学的診断
    3.神経移植
    4.肋間神経・副神経移行
    5.部分尺骨神経移行(Oberlin 法)
    6.遊離筋肉移植
    7.その他の機能再建術(肩および肘関節)
  D.その他の神経損傷
    1.腋窩神経
    2.筋皮神経
    3.橈骨神経
    4.正中神経
    5.尺骨神経
    6.指神経

D.切断指再接着(切断術も含む) 〈笠島俊彦〉
  A.再接着
    1.再接着の適応
    2.術前処置
    3.手術手技
    4.後療法
  B.手指切断術
    1.断端形成術
    2.指尖部形成術

E.Degloving Injury 〈笠島俊彦〉
  A.病 態
    1.Degloving injury
    2.Ring injury
  B.術前評価
  C.治療法
    1.血行再建術
    2.血行再建術が不可能な場合

II.変性疾患

A.肘関節 〈加藤貞利〉
 a.上腕骨外上顆炎
  A.概 念
  B.病 態
  C.症 状
  D.診 断
  E.鑑別診断
  F.治 療
 b.上腕骨内上顆炎
  A.概 念
  B.病 態
  C.症 状
  D.診 断
  E.鑑別診断
  F.治 療
 c.変形性肘関節症
  A.概 念
  B.病 態
  C.症 状
  D.診 断
  E.治 療

B.手関節 〈加藤貞利〉
 a.de Quervain 病
  A.概 念
  B.病 態
  C.症 状
  D.診 断
  E.鑑別診断
  F.治 療
 b.Intersection Syndrome(腱交差症候群)
  A.概 念
  B.病 態
  C.症 状
  D.診 断
  E.鑑別診断
  F.治 療

C.母指手根中手関節変形性関節症 〈三浪明男〉
  A.解 剖
  B.治療および適応
  C.手術治療
    1.靭帯再建術
    2.中手骨楔状骨切り術
    3.大菱形骨切除術±Tendon interposition
    4.LRTI−Burton 法
    5.人工関節置換術
    6.関節固定術

D.手 指 〈加藤貞利〉
 a.Bouchard 結節
  A.概 念
  B.病 態
  C.症 状
  D.診 断
  E.治 療
 b.Heberden 結節
  A.概 念
  B.病 態
  C.症 状
  D.診 断
  E.鑑別診断
  F.治 療

III.上肢における神経障害 〈大西信樹〉

A.上肢における神経障害
  A.胸郭出口症候群
  B.肩甲上神経麻痺
  C.尺骨神経麻痺
    1.肘部管症候群
    2.尺骨神経管(ギオン管)症候群
  D.橈骨神経麻痺
    1.橈骨神経管症候群
  E.正中神経麻痺
    1.円回内筋症候群
    2.手根管症候群

B.末梢神経麻痺に対する腱移行術による再建術
 ■腱移行術が成功するために必要な事項
  A.尺骨神経麻痺の再建術
    1.母指内転の再建
    2.示指外転の再建
    3.手内在筋の再建
  B.正中神経麻痺の再建術
    母指対立の再建法
 ■高位麻痺の場合
    1.母指屈曲の再建
    2.母指,示指,中指の手指屈曲の再建
  C.橈骨神経麻痺の再建術
    1.手関節の伸展
    2.母指,その他の手指の伸展機能再建

IV.骨壊死疾患

A.肘離断性骨軟骨炎 〈高原政利〉
  A.概 念
  B.原 因
  C.分 類
  D.診 断
  E.治療法
    1.保存療法
    2.手術療法

   B.月状骨骨折: Kienbock 病 〈三浪明男〉
  A.解 剖
  B.生体力学的検討
  C.月状骨骨折
    1.分類
    2.治療
  D.Kienbock 病
    1.概念
    2.疫学
    3.病因および病理
    4.症状および所見
    5.X 線所見
    6.MRI 像
    7.治療

V.関節リウマチ

A.肘関節リウマチ 〈三浪三千男〉
  A.肘関節の手術に必要な機能解剖
  B.肘関節リウマチの概念
  C.手術治療
    1.関節形成術滑膜切除術
    2.人工関節置換術

B.手関節リウマチ 〈岩崎倫政〉
  A.滑膜切除術
    1.適応
    2.術前インフォームドコンセントのポイント
    3.手術術式
  B.Sauve−Kapandji 法
    手術術式
  C.部分的手関節固定術
    1.術前検査
    2.手術術式
  D.全手関節固定術
    手術術式
  E.伸筋腱断裂
C.手指関節 〈南川義隆〉
  A.指関節の滑膜切除術
    1.PIP 関節の滑膜切除術
    2.MP 関節の滑膜切除術
  B.指関節形成術
    1.PIP 関節の関節形成術
    2.MP 関節の関節形成術
    3.ボタン穴変形
  C.スワンネック変形
  D.尺側偏位
  E.人工指関節
    1.人工指関節の歴史
    2.人工指関節の問題点
    3.シリコンインプラントの発展と問題点
    4.近年の動向
    5.人工指関節手術
  F.母指の病変

VI.拘縮,変形 〈石倉久光〉

A.Dupuytren 拘縮
  A.概 念
  B.疫 学
  C.病 態
  D.解 剖
  E.手術の適応
  F.手術治療
  G.後療法
  H.術後成績に影響を与える因子

B.Volkmann 拘縮
  A.概念,病態
  B.重症度の分類
    1.軽症
    2.中等症
    3.重症
  C.手術の適応
  D.治 療
    1.屈筋移動術
    2.腱移行術
    3.遊離筋移植

C.内反肘と外反肘
 I.内反肘
  A.概 念
  B.内反肘による障害
    1.上腕骨遠位端再骨折
    2.肘関節の後外側回旋不安定症
    3.遅発性尺骨神経麻痺
  C.内反肘に対する矯正骨切り術
    1.適応
    2.手術時期
    3.手術術式
 II.外反肘
  A.概 念
  B.外反肘における障害
    1.上腕骨外顆偽関節の動揺性
    2.遅発性尺骨神経麻痺
    3.治療
  C.外反肘に対する上腕骨矯正骨切り術
    1.適応
    2.手術手技

D.Madelung 変形
  A.概念,疫学
  B.病 態
  C.診 断
  D.手術適応
  E.治 療
    外科治療

VII.手の先天異常 〈加藤博之〉

  A.Failure of formation of parts: 形成障害(発育停止)
    1.横軸欠損(合短指症)
    2.長軸欠損(橈側列形成障害)
    3.尺側列形成障害
    4.母指形成不全
  B.Failure of differentiation of parts: 分化障害
    先天性近位橈尺骨癒合症
  C.Duplication: 重複
    母指多指症
  D.Abnormality of induction of digital rays: 指列誘導障害
    1.皮膚性合指症
    2.骨性合指症
  E.Constriction band syndrome

索 引