わが国の糖尿病患者数は,生活スタイルの欧米化,とくに食事内容の変化,車社会の発達や家電製品の普及などに伴う運動不足,ストレスの増大などがあいまって,近年増加の一途を辿っています.最近の厚生省糖尿病調査研究事業の報告によれば,40歳以上の10人に1人が糖尿病であり,全国では500〜600万人の糖尿病患者がいると推定されています.しかも,その内治療を受けているものは3分の1にすぎないといわれ,残りの莫大な数の糖尿病患者は適切な診療を受けることなく,放置されていることになります.

 「専門医にきく糖尿病の臨床」が前沢秀憲教授,水野美淳教授の編集によって,中外医学社から出版されたのは1976年4月であり,すでに21年の長い年月が経過しました.この間,糖尿病の成因や病型分類,インスリン分泌の分子機構の解明,インスリンの作用機序,とくにインスリン受容体の構造と機能,インスリンの細胞内情報伝達の機構,血糖コントロールの意義とさまざまなコントロール指標の登場,ヒトインスリン製剤の開発・普及やペン型インスリン注射器の登場,血糖自己測定の普及,作用機序の異なる経口糖尿病薬の開発,糖尿病の慢性合併症の成因に関する研究の進歩など糖尿病の基礎と臨床両面における研究の進歩にはまことにめざましいものがあります.

 この時期にあたって,「糖尿病−専門医にきく最新の臨床」と題する,新たな書物の出版を企画いたしました.すなわち,糖尿病の診断,管理,治療,合併症,成因・病態・疫学に分けて,日頃第一線の医療現場で糖尿病患者の診療にあたっていらっしゃる医師やコメディカルスタッフの方々が疑問に思っている項目を抽出し,それらについて1〜2人の専門の先生方にお聞きするという形式で,回答をご執筆いただくことにしました.診療・研究・教育にご多忙の中,本書の企画の趣旨をよくご理解いただき,限られた紙数の中で回答をお寄せいただきました専門家の先生方に心より厚く御礼申し上げます.

 糖尿病の診療においては,唯一絶対の考え方がない場合も稀ではなく,2人の専門家のご回答の微妙な違いの中に,それぞれの先生方の考え方の違いを読みとっていただくことは,むしろ本書の企画の目的にかなうものと考えております.

 前書が出版された当時に比べますと,糖尿病の基礎研究の面ばかりでなく,糖尿病患者の抱える問題もかなり異なってきております.新しく企画された本書が,第一線の医師,コメディカルの方々にとって,糖尿病への理解をより一層深め,明日からの診療に役立つものと確信しています.

 本書の出版にあたって,中外医学社の荻野邦義氏に御尽力いただきました.この場をお借りして併せて深く感謝いたします.

     1997年4月  

岩本安彦,山田信博  

◆執筆者(執筆順)

中川昌一 北海道大学名誉教授/天使女子短期大学教授

寺内康夫 東京大学第3内科

羽倉稜子 朝日生命糖尿病研究所副所長

藤田 準 京都大学病態代謝栄養学

清野 裕 京都大学病態代謝栄養学教授

津田謹輔 京都大学総合人間学部教授

島 健二 徳島大学臨床検査医学教授

小坂樹徳 虎の門病院顧問

吉永英世 虎の門病院健康医学センター部長

大森安恵 東京女子医科大学名誉教授

豊田長康 三重大学産婦人科教授

春日雅人 神戸大学第2内科教授

山下亀次郎 筑波大学臨床医学系内科教授

金澤康徳 自治医科大学大宮医療センター センター長・教授

石田 均 京都大学病態代謝栄養学助教授

河盛隆造 順天堂大学内科教授

三木啓之 大阪大学第2内科

難波光義 大阪大学第2内科講師

原納 優 国立循環器病センター動脈硬化代謝臨床栄養内科部長

小林 正 富山医科薬科大学第1内科教授

河原玲子 東京女子医科大学糖尿病センター教授

小林哲郎 虎の門病院内分泌代謝科医長

河津捷二 群馬大学第2内科助教授

柏木厚典 滋賀医科大学第3内科助教授

北村信一 東京都済生会向島病院院長

武田 倬 松江赤十字病院第1内科部長

松浦信夫 北里大学小児科教授

貴田嘉一 愛媛大学小児科教授

井藤英喜 東京都老人医療センター内分泌科部長

池上博司 大阪大学第4内科講師

荻原俊男 大阪大学第4内科教授

阪本要一 東京慈恵会医科大学柏病院総合内科助教授

松岡健平 東京都済生会中央病院副院長

中井継彦 福井医科大学第3内科助教授

本田佳子 虎の門病院栄養部部長

村勢敏郎 虎の門病院内分泌代謝科部長

土井邦紘 土井内科院長

佐藤祐造 名古屋大学総合保健体育科学センター センター長・教授

 藤沼宏彰 太田西ノ内病院運動指導室長

 阿部隆三 太田西ノ内病院副院長

 花房俊昭 大阪大学第2内科講師

 船間敬子 東京慈恵会医科大学柏病院総合内科

 柴 輝男 三井記念病院内科糖尿病科科長

 水野 昭 徳島大学臨床検査医学

 葛谷英嗣 国立京都病院臨床研究部部長

 梶沼 宏 東邦大学大橋病院糖尿病科教授

 菊池方利 朝日生命成人病研究所副所長

 堀田 饒 名古屋大学第3内科教授

 加藤星河 洛和会音羽病院内科医長

 田坂仁正 東京女子医科大学糖尿病センター教授

 齋藤 康 千葉大学第2内科教授

 門脇 孝 東京大学第3内科講師

 葛谷 健 塩谷総合病院糖尿病センター長

 加藤 聡 東京女子医科大学糖尿病センター眼科講師

 堀 貞夫 東京女子医科大学糖尿病センター眼科教授

 山本浩司 大阪大学第2内科

 斉藤喜博 大阪大学眼科講師

 山本禎子 東邦大学佐倉病院眼科

 山下英俊 東京大学眼科講師

 吉川隆一 滋賀医科大学第3内科教授

 羽田勝計 滋賀医科大学第3内科講師

 片山茂裕 埼玉医科大学第4内科教授

 高橋千恵子 東京女子医科大学糖尿病センター助教授

 馬場園哲也 東京女子医科大学糖尿病センター

 高橋良当 東京女子医科大学糖尿病センター講師

 内村 功 東京医科歯科大学第3内科講師

 新城孝道 東京女子医科大学糖尿病センター講師

 日高秀樹 滋賀医科大学第3内科講師

 嶋田昌子 虎の門病院内分泌代謝科

 大久保実 虎の門病院内分泌代謝科

 辻井 悟 天理よろづ相談所病院糖尿病センター

 増田一裕 京都大学病態代謝栄養学

 桑島正道 徳島大学臨床検査医学助教授

目 次

A.診 断

    1.1型と2型/IDDMとNIDDM…2

    2.病型鑑別の指標…4

    3.診断の進め方とGTTの意義…6

    4.GTTにおけるインスリン反応(IRI測定の意義)…9

    5.スクリーニング検査としてのHbAlc, GA…12

    6.WHOの判定区分と日本糖尿病学会の診断基準…14

    7.境界型−その設定,分析と対応…16

    8.耐糖能障害(IGT)−その定義,非恒常性,

     臨床的意義と対応…19

    9.妊娠糖尿病と糖尿病妊婦…22

   10.maturity-onset diabetes in the young(MODY)…24

   11.内分泌疾患と糖尿病…27

   12.インスリン分泌不全の意義…30

   13.インスリン抵抗性の意義…32

   14.インスリン分泌の検査法…34

   15.インスリン抵抗性の検査法…37

   16.NIDDMの多様性…40

   17.血液および尿中ケトン体の意義…41

   18.slowly progressive IDDM…44

B.管理(マネージメントとコントロール)

    1.糖尿病のコントロール:代謝的指標は…48

    2.糖尿病のコントロール:身体的指標は…51

    3.糖尿病のコントロール:合併症の関係は…54

    4.アルコールの許容量は…56

    5.小児糖尿病(NIDDMとIDDM)…59

    6.妊娠糖尿病の管理…62

    7.糖尿病妊婦の管理…64

    8.高齢者の糖尿病(コントロール基準)…66

    9.血糖自己測定−実際と意義…68

   10.インスリン依存性糖尿病のハネムーン…71

   11.入院させるべき病態,症状は…74

   12.患者教育・教育入院・糖尿病教室とは…76

C.治 療

I.食事療法

    1.交換表の意義…80

    2.糖尿病食事療法における主食と副食の重み…82

    3.動物性脂肪,コレステロールの考え方…84

    4.食物繊維とは…87

    5.カルシウムや果物の摂り方…90

    6.glycemic index(GI)とは…92

    7.VLCD療法とは…94

II.運動療法

    1.運動療法の実際…96

    2.運動療法の意義と評価…99

III.インスリン療法

    1.適 応…102

    2.禁 忌…103

    3.実 際…104

    4.注意点…106

    5.経口剤との併用…108

    6.インスリン製剤について…110

    7.インスリン非依存型糖尿病に対して…113

    8.強化インスリン療法とは…116

    9.インスリン持続皮下注入療法の実際…119

   10.新しいインスリン製剤−超速効型インスリン…122

   11.インスリンの非注射製剤の展望…124

   12.インスリン療法の副作用…126

   13.GLP-1の臨床応用について…128

   14.IGF-1の臨床応用について…130

IV.薬物療法

    1.経口血糖降下剤…132

    2.経口血糖降下剤の副作用…134

    3.薬物療法の使い分け…136

    4.sulfonylurea剤…138

    5.SU剤の二次無効とメカニズム…140

    6.biguanide剤…142

    7.α-グルコシダーゼ阻害剤…144

    8.インスリン抵抗性改善剤…146

    9.肥満NIDDMの薬物療法…148

   10.肥満に対する薬物療法…150

   11.経口剤からインスリンへの切り換え…152

   12.インスリンから経口剤への切り換え…154

   13.新しい薬物療法−展望(合併症治療薬は除く)…155

   14.ステロイド糖尿病…158

   15.肝疾患の合併…160

D.合併症

I.眼・網膜症

    1.病態・病期…164

    2.内科的治療…168

    3.眼科的治療…170

    4.急激なコントロール改善の影響…172

    5.follow upのこつ…174

    6.腎症と網膜症の解離…176

    7.白内障への対応…178

II.腎 症

    1.評価法…180

    2.分類と予後…182

    3.蛋白制限食…184

    4.ACE inhibitor…186

    5.腎透析への導入…188

    6.腎症: 腎透析後の管理…190

    7.腎移植の現状…192

    8.膵移植の現状…195

III.神経障害

    1.評価法(検査・診断)…198

    2.Posttreatment neuropathy…200

    3.治療薬…202

    4.自律神経の合併症…204

IV.壊 疽

    1.神経症と血管合併症(成因)…206

    2.foot careとその治療…209

    3.感染への対策…212

V.大血管症

    1.特 徴…214

    2.閉塞性動脈硬化症…216

    3.脳血管障害…218

    4.心疾患…220

VI.脂 質

    1.高コレステロール血症…222

    2.高トリグリセリド血症…224

    3.高Lp(a)血症…226

    4.低HDL血症…228

    5.Syndrome X…231

    6.食事療法…234

VII.糖尿病性昏睡

    1.種 類…236

    2.治療法…238

    3.対策,治療の合併症…240

VIII.高血圧

    1.高血圧と糖尿病…241

    2.高血圧時の治療薬の特殊性…244

IX.その他の合併症

    1.起立性低血圧症…247

    2.感染症…250

    3.AGE…253

    4.インポテンスの診断と治療…256

    5.DCCT…258

    6.抗血小板療法…260

   

E.成因・病態・疫学

    1.糖尿病の実態…264

    2.日本人の糖尿病と世界の糖尿病…266

    3.糖尿病の遺伝子異常と病態は…268

    4.インスリン分泌不全が先か,インスリン抵抗性が先か…270

    5.MRDMとは…271

    6.血糖調節:肝の役割は…274

    7.血糖調節:筋肉の役割は…276

    8.Brittle型糖尿病…278

    9.ドーンフェノメノンとソモジー効果…281

   10.glucose toxicityとは…284

   11.IDDMの成因…286

   12.遺伝子診断…288

 

 

索 引…291