第3版の序

 末期慢性腎不全患者に対する腎機能代替療法には,血液浄化法(血液透析および腹膜透析)と腎移植とがある.抗免疫療法の進歩により血液型不適合に対しても腎移植が可能になり,腎提供者(ドナー)の選択肢は著しく広がった.
 このことは新たな道義的かつ倫理的な課題を醸し出してはいるが,腎不全患者に対する治療法として総合的な見地からみて,腎移植が現時点で最善な方法であると考えられる.しかし,日本では種々の事由のために年間の腎移植施行例は1,000例内外に止まっている.このため,大半の腎不全患者は血液浄化法を選択せざるを得ない.過去約40年腎機能代替療法に携わった者の一人として往時に比較して血液浄化法の大きな進歩・発展を実感してはいるが,生体腎の精緻・巧妙な機能の全てを代行できてはいない.わが国腎不全患者の95%以上が選択する(せざるを得ない)血液透析療法の質を,さらに高めなければならない所以がここにある.2005年12月末現在の日本透析医学会・統計資料によると,透析患者総数は257,765人に達し,2005年の新規導入患者数は36,063人である.この導入患者の平均年齢は男性で65.4歳,女性で67.6歳である.
 患者の高齢化は顕著であり,一方基礎疾患としての糖尿病性腎不全の増加も継続している.こうした状況は血液透析に関して言えば,同療法の最も基本を成す血管アクセスの新規作製・修復を困難にしている.患者の高齢化や長期透析継続に起因して通院困難患者が増加し,これら患者の収容先・終末期医療・患者/家族と透析スタッフの人間関係などのあり方がこれまで以上に問われてきている.本書が世に出て8年が経過したが,上記のような周辺の事情を勘案し改訂の機会を幸いに得たので,若干の追加と変更を試みた.本書が透析スタッフの日常業務の一助になれば,望外の喜びである.

2006年9月
札幌北クリニック院長 大平整爾



第2版の序

 本書は,慢性透析療法に携わる透析スタッフに,最小必要限の実務的作業上の知識と周辺知識を習得していただくために企画されたものである.小型ながら,できるだけ必要事項を盛り込み簡明な記述を心掛けた.
 しかし,透析医療が今日直面する課題は極めて広範囲にわたり,その取捨選択には困難が伴った.初版は多くの透析スタッフの方々に活用していただく幸運を得たが,この度,改訂第2版を刊行する機会を得たので若干の事項を追加し,関連する資料を添えることにした.改訂版でも臨床の場で直ちに必要な技術や知識を主体にしており,個々の詳細については巻末に掲げた文献の一読をお勧めしたい.
 透析医療に従事するスタッフは,専門性に立脚しつつ,本療法が抱える社会性と人間性に関わる諸課題に対応し得る能力が問われるものである.日々の研鑚が広い範囲に及ばなければならないことを心に深く刻んでおきたい.現在透析医療を取り巻く問題には,1)チーム医療,2)患者の高齢化,3)高齢患者の透析導入,4)高騰化する医療費問題,5)終末期医療などの難問が控えている.
 むろん,6)主として医学・医術上の課題も少なく,透析医療の現場を預かる者は,まず,今日可能な限り最良の「透析治療」を患者に与えうる正確で安全な技量の習得に努めるべきであろう.透析療法は現代医療が抱え込んでいる課題を全て内蔵しているといってよい.したがって,本療法の可否は将来的にすべての臨床領域に影響を与えうるものとも考えられ,透析スタッフの担う責務の大きいことを自覚しておきたい.

2001年2月
日鋼記念病院 院長 大平整爾



初版の序

 透析療法は今や全国に普及し,きわめて一般的な腎不全治療法となっている.
 慢性透析を継続する患者数は未だにプラトーには達せず,増加の一途を辿っている現況を認識いたしたい.透析療法を必要とする基礎疾患の変貌や高齢透析者の増加などに,近年の透析医療の特徴の一端を垣間見ることができる.透析医療はチーム医療を要する典型的な医療分野の一つであり,医師・看護婦・技師・栄養士・薬剤師・MSW・ボランティア等々の緊密な連携が欠かせない.私共はこの療法を社会的な見地からも検討しなおす時期にきていることをも痛感するが,本書は透析治療の根本をなすごく一般的だが重要な基礎的知識と技術などに的を絞った.慢性腎不全を病む方々に対して安定した透析技術を提供することが,透析療法のまず第一歩であると考えるからである.
 在宅血液透析が保険上認可され,また一つ新しい波が透析医療に押し寄せている.在宅医療は患者と介護者とが自主的に行う治療であるが,この人々に十分で不安のない教育と実技を与えることも私共透析スタッフの大きな責務の一つであろう.  その意味でも,幅広く正確な知識と実技能力を個々の透析関係者が身につけなければならないと痛感する.

1998年4月
日鋼記念病院 院長 大平整爾


目次

§1.腎機能代行療法の現況
     A.急性血液浄化法
     B.慢性血液浄化法
     C.腎臓移植

§2.血液浄化療法に携わる医療従事者
     A.関係する医療スタッフ
     B.透析医療におけるチーム医療

§3.医の倫理と透析におけるインフォームド コンセント

§4.腎機能代行療法を要する病態

§5.各種の血液浄化法とその原理
     A.血液透析とその変法
        1.血液透析
        2.血液濾過
        3.血液透析濾過
        4.直接血液灌流型β2‐ミクログロブリン吸着器
     B.腹膜透析

§6.透析液組成と水処理

§7.透析療法の効果判定
     A.症候論
     B.溶質の推移
     C.適正透析
        血液透析

§8.血液透析用ブラッド アクセス
     A.ブラッド アクセスの意味と種類
        1.外シャント
        2.内シャント
           a)単純吻合
           b)血管移植法
        3.非シャント
           a)穿刺法
           b)動脈表在化法
           c)ジャンピング グラフト法
           d)血管内カテーテル留置
     B.内シャントの作製法
        1.内シャント作製の時期
        2.内シャント作製の実際
           a)術前の説明・同意と検査
           b)術前準備
           c)皮膚切開(皮切)
           d)血管の剥離
           e)吻合の準備と吻合法
           f)術後の管理と処置
           g)内シャント作製の基本
     C.内シャントの使用法
        1.穿刺針
        2.皮膚消毒
        3.穿刺部位
        4.穿刺操作
        5.血流量不足と静脈圧上昇
     D.内シャントの形態と機能の把握
     E.内シャントその他の開存率
        1.年齢と性
        2.糖尿病性腎不全
        3.非定型的内シャントの増加
     F.内シャントの合併症対策

§9.腹膜透析用ペリトネーアル アクセス
     A.CAPD用カテーテル
     B.CAPDカテーテル挿入の手技
        1.腹腔内の局所解剖
        2.術前の準備
        3.麻 酔
        4.術野の消毒
        5.皮膚切開
        6.腹腔内操作
        7.閉腹操作
     C.腹腔内への液注入量の調整

§10.抗凝固剤の種類とその使用法
     A.ヘパリン
     B.低分子量ヘパリン
     C.メシル酸ナファモスタット(MN)

§11.血液透析の実際
     A.開始の時期決定
     B.体外循環(HD)の準備
     C.患者の入室
     D.穿刺と血液回路への接続
     E.血液透析の開始
     F.血液透析中の患者観察とケア
        1.血圧の変動
        2.頻 脈
        3.呼 吸
        4.発 熱
        5.疼 痛
        6.掻痒感
        7.不均衡症候群
     G.血液透析中に起こりうる事故
        1.透析液
        2.血液漏出(リーク)
        3.ブラッド アクセス
        4.空気混入
        5.針刺し事故および血液汚染物との接触
     H.返血操作と透析の終了
     I.基準体重の設定
     J.心胸比(CTR)の算出での注意点

§12.腹膜透析の実際
     A.患者の選択
     B.患者教育
     C.CAPD開始の時期
     D.CAPD用透析液の種類
     E.バッグ交換システム
     F.バッグ交換手技の実際
     G.透析量
     H.カテーテル ケア
     I.CAPDにおける食事のポイント
     J.CAPD療法の問題点・合併症
        1.腹膜炎
        2.出口部/トンネル感染症
        3.透析量の不足
        4.低栄養
        5.限外濾過不全
        6.体液過剰
        7.低回転骨
        8.脂質代謝異常
        9.硬化性腹膜炎または硬化性被嚢性腹膜症
        10.患者および介護者の負担
        11.使用物品の廃棄処分
        12.腹膜機能の検査法

§13.透析患者の合併症と治療概論
     A.合併症を生む基盤
     B.具体的な合併症

§14.透析患者と薬剤投与

§15.透析室の運営・管理
     A.「血液透析」業務
     B.感染対策
     C.患者・家族への指導
     D.症例検討など院内勉強会と院外活動
     E.透析チームの心身管理

§16.透析患者のデータ整理と管理

文 献

索 引