2003 年の厚生労働省統計によると,日本における糖尿病患者数は予備軍も含めて 1620 万人と,5 年前に比べさらに増加している.糖尿病の診療は数千名の専門医だけでは到底不可能であり,様々な診療科の医師や多くの実地医家に委ねられることとなる.ここ 10 年の間に経口血糖降下薬やインスリン製剤の種類が増え,治療の選択肢が広がってはいるものの,残念ながら糖尿病患者数の減少にはつながっていない.また,糖尿病診療に際しては血糖管理に加えて,血圧・脂質・体重の管理,急性合併症,細小血管症,大血管症など様々な合併症の進展予防対策が重要であるが,糖尿病腎症による血液透析患者が年々増加していることからもわかるように,糖尿病合併症のコントロールもうまくいっていないのが悲しい現状である.糖尿病を専門としない医師から糖尿病診療は難しいという声をよく聞くが,糖尿病専門医であっても糖尿病の治療は難しいと感じているのが本音であろう.本書は多くの医師から挙げられた糖尿病診療に関する疑問に答えるために生まれたものであり,読者が通読することを前提にしてはいない.知りたいこと,読みたいことだけを精読していただければよいだろう.
 本書の構成だが,まず糖尿病の臨床に必要な基礎知識と,様々な状況下での診断の進め方に関する理解の確認から始めたい.続いて,血糖管理のための食事療法・運動療法と薬物療法(経口血糖降下薬,インスリン製剤の使い分け)に関する疑問について十分な紙面を割いた.これらの疑問にまず自ら答えていただきたい.そして自信がない項目について読み進めていただくことをお勧めする.読み終わったあとに,あなたなりの治療指針が立てられるようになれば幸いである.体重・血圧・脂質の管理は,糖尿病合併症の進展抑制のために不可欠であるが,これらに関する疑問についても触れた.糖尿病診療における最終的な目標は血糖管理ではなく,健常者と変わらない QOL の維持と健康寿命の確保にあり,したがって,糖尿病合併症の予防とマネージメントが不可欠となってくる.本書では急性合併症から,頭から足先にまで及ぶ慢性合併症をきちんと管理するために必要な糖尿病合併症の病態の特徴と診断・治療法について,疑問に答える形で専門家にご解説いただいた.そして最後に,効果的な診療を進めるために重要な病診連携,チーム医療のあり方と,糖尿病非専門医,一般臨床家が知っていると得する糖尿病トピックスを取り上げた.
 今日の糖尿病診療はただ血糖管理するだけでは不十分であり,糖尿病を専門とする者であろうとなかろうと,糖尿病患者の長期予後を改善する治療を心がける必要がある.本書を読むことで糖尿病診療の疑問が一つでも解決され,目の前の大切な患者への臨床スキルアップに反映されれば,編者として幸甚である.

2007年 4月
寺内 康夫


目次

A.糖尿病に関する基礎知識
 1.糖尿病の説明,どうしよう?〈坂口一彦,春日雅人〉
 2.インスリン分泌能・インスリン感受性の評価,どうしよう?〈石田俊彦,松原修司〉
 3.糖尿病患者数はどう変化しているのですか?〈松平 透,西村理明,田嶼尚子〉
 4.食後高血糖がなぜ今問題となっているのですか?〈森 豊〉
 5.メタボリックシンドロームの診断,どうしよう?〈船橋 徹〉
 6.メタボリックシンドロームの病態は?〈櫻井 勝,篁 俊成〉
 7.メタボリックシンドロームと糖尿病との関連は?〈寺内康夫〉
 8.メタボリックシンドロームと心血管病との関連は?〈小田原雅人〉

B.糖尿病の診断
 1.糖尿病の診断,どうしよう?〈葛谷 健〉
 2.糖尿病の病型分類: 1 型や 2 型の判定,どうしよう?〈荒木栄一,西岡裕子〉
 3.糖尿病の病態評価,どうしよう?
   インスリン分泌不全,インスリン抵抗性のポイント〈伊藤英介,石田 均〉
 4.自覚症状がまったくなく,検診結果を踏まえて患者が受診したら?
                        〈浅野昭道,小泉順二〉
 5.口渇,多尿,体重減少など自覚症状が強い患者が受診したら?〈為本浩至〉
 6.学校検診で糖尿病の疑いがあると診断された小児が受診したら?〈佐々木 望〉
 7.血糖が高い妊婦が受診したら?〈佐中眞由実〉
 8.糖尿病の疑いのある高齢者が受診したら?〈明嵜太一,横野浩一〉
 9.耐糖能異常の疑いのある人が受診したら?〈伊藤千賀子〉

C.糖尿病の治療
 1.食事療法,なぜ大切?〈細川雅也,津田謹輔〉
 2.機能性食品の摂取について?〈梶本佳孝〉
 3.外食,どうしよう?〈本田佳子〉
 4.糖尿病食でおいしさを求めるにはどうしよう?〈横山淳一〉
 5.運動療法,なぜ大切?〈佐藤祐造,宇野智子〉
 6.運動療法,どう指導したらいいですか?〈清野弘明,藤沼宏彰〉
 7.激しい運動をするインスリン治療中の患者,どうしよう?〈鴇田 藍,岡 芳知〉
 8.経口血糖降下薬はどう使い分けたらいいのですか?〈黒江 彰,清野 裕〉
 9.SU 薬はどう使ったらいいのですか?〈山内俊一〉
 10.グリニド薬はどう使ったらよいのですか? SU 薬との使い分けは?〈山内恵史〉
 11.α−グルコシダーゼ阻害薬はどう使ったらいいのですか?〈加藤浩之,田中 逸〉
 12.ビグアナイド(BG)薬はどう使ったらいいのですか?〈平尾紘一〉
 13.チアゾリジン薬はどう使ったらいいのですか?〈佐藤 譲,山科光弘〉
 14.インスリン療法の開始のポイントは?〈弘世貴久〉
 15.インスリン製剤の使い分け,どうしよう?〈楢崎香苗,加来浩平〉
 16.インスリン療法と経口血糖降下薬との併用,どうしよう?〈陣内秀昭,陣内冨男〉
 17.インスリン自己注射指導,どうしよう?〈丸山太郎〉
 18.血糖自己測定の指導,どうしよう?〈近藤琢磨,吉岡成人〉
 19.インスリン自己注射を拒否する患者を目の前にしたら,どうしよう?〈百木忠久〉
 20.インスリン投与量と回数はどう決めるの?〈水野有三〉
 21.インスリン治療中の sick day の注意(sick day rules)は,どうしよう?
                           〈小林哲郎〉
 22.妊婦の血糖管理,どうしよう?〈和栗雅子〉
 23.どんな治療をしても血糖が下がらない,どうしよう?〈遅野井 健〉
 24.血糖の変動が激しい,どうしよう?〈柴 輝男〉
 25.無自覚低血糖,どうしよう?〈山田研太郎〉
 26.やせたいのにやせられない,どうしよう?〈吉松博信〉
 27.太りたいのに太れない,どうしよう?〈大橋 健〉
 28.体重変動が大きい,どうしよう?〈宮崎 滋〉
 29.血圧が下がらない,どうしよう?〈小川 晋,伊藤貞嘉〉
 30.起立性低血圧で困っている,どうしよう?〈山下滋雄〉
 31.LDL コレステロールが下がらない,どうしよう?〈高橋仁麗,石橋 俊〉
 32.中性脂肪(トリグリセリド)が下がらない,どうしよう?〈芳野 原〉
 33.HDL コレステロールが低い,どうしよう?〈多田紀夫〉
 34.HDL コレステロールが異常に高い,どうしよう?〈山下静也〉
 35.糖尿病患者の抗血栓・抗血小板療法,どうしよう?〈中山雅文,小川久雄〉
 36.思春期糖尿病患者の診療,どうしよう?〈内潟安子〉
 37.老年期糖尿病患者の診療,どうしよう?〈森 聖二郎〉
 38.患者教育,どうやったら効果が上がりますか?〈坂根直樹〉

D.糖尿病合併症
 1.糖尿病患者の意識障害,どうしよう?〈林 道夫〉
 2.傷の治りが悪い! どうしよう?〈藤井仁美,宮川高一〉
 3.肺炎だ,どうしよう?〈松元信弘,中里雅光〉
 4.糖尿病性神経障害の診断,どうしよう?〈中村二郎〉
 5.足の感覚が鈍い,どうしよう?〈栗田 正,松葉育郎〉
 6.足が痺れる,痛い! 何とかしてくれ! どうしよう?〈真田 充,安田 斎〉
 7.糖尿病網膜症の外来マネージメント,どうしよう?〈佐藤幸裕〉
 8.突然,視力が低下した,どうしよう?〈福嶋はるみ,加藤 聡〉
 9.糖尿病性腎症の診断,どうしよう?〈羽田勝計〉
 10.微量アルブミン尿を認めるようになった,どうしよう?〈猪股茂樹〉
 11.タンパク尿が増えてきたら,どうしよう?〈早坂恭子,赤井裕輝〉
 12.血清クレアチニンが増えてきたら,どうしよう?〈鈴木大輔〉
 13.糖尿病足病変はどうして起こるのですか?〈新城孝道〉
 14.糖尿病足病変の予防,どうしよう?〈吉田洋子〉
 15.糖尿病足病変を認めたら,どうしよう?〈細川和広〉
 16.日本人糖尿病患者の心血管疾患の実態は?〈曽根博仁,山田信博〉
 17.虚血性心疾患をみつけるにはどうしよう?〈宮崎哲朗,代田浩之〉
 18.トレッドミル負荷試験陽性,どうしよう?〈道下一朗〉
 19.慢性心不全の管理,どうしよう?〈吉岡 淳,野出孝一〉
 20.日本人糖尿病患者の脳血管疾患の実態は?〈清原 裕〉
 21.頸動脈エコーでプラークがみつかった,どうしよう?〈片上直人,山崎義光〉
 22.MRI で多発性ラクナ梗塞を認めた,どうしよう?
               〈仲 博満,野村栄一,松本昌泰〉
 23.急にろれつが回らなくなった,どうしよう?〈赫 洋美,内山真一郎〉
 24.体がむくんできた,どうしよう?〈池田洋一郎,南学正臣〉
 25.皮膚病変が改善しない,どうしよう?〈相馬良直〉
 26.痒くてたまらない,どうしよう?〈池澤善郎〉
 27.ED,どうしよう?〈石井延久〉
 28.排尿障害,どうしよう?〈石浦嘉之〉
 29.糖尿病患者が予期せず妊娠した,どうしよう?〈杢保敦子,穴澤園子〉
 30.PCOS がみつかった,どうしよう?〈沖 利通,堂地 勉〉
 31.歯周病が治らない,どうしよう?〈柴崎貞二〉
 32.突然聴力が低下した,どうしよう?〈山根英雄,津村 圭〉
 33.頭痛が治らない,どうしよう?〈清水利彦,鈴木則宏〉
 34.めまいがひどい,どうしよう?〈寺本 純〉
 35.脂肪肝がみつかった,どうしよう?〈島袋充生〉
 36.副腎腫瘍がみつかった,どうしよう?〈山田佳彦〉
 37.骨粗鬆症,どうしよう?〈稲葉雅章〉
 38.夜間呼吸が止まっている,どうしよう?〈巽 浩一郎〉
 39.眠れない,どうしよう? (うつ病も含む)〈内山 真〉
 40.やる気が起こらない,どうしよう?〈井上雅寛,森谷 光〉

E.効果的な糖尿病診療のために
 1.どんな状況で糖尿病専門医へ紹介したらいいのですか?
                  〈森 典子,貴田岡正史〉
 2.糖尿病のチーム医療〈渥美義仁〉

F.一般臨床家が知っておきたい糖尿病に関する知識
 1.科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン(2004)〈野田光彦〉
 2.糖尿病療養指導士〈北村信一,石井達哉〉
 3.劇症 1 型糖尿病〈今川彰久,花房俊昭〉
 4.非定型抗精神病薬と糖尿病〈岡崎由希子,門脇 孝〉
 5.新しい治療法: GLP−1 アナログ,DPP−W阻害薬,吸入インスリン〈佐々木 敬〉
 6.膵島移植〈松本慎一〉
 7.内臓肥満とアディポサイトカイン〈木原進士〉
 8.糖尿病原因遺伝子〈山縣和也〉
 9.インクレチンとインスリン分泌〈山田祐一郎〉
 10.膵β細胞の再生医療〈山田聡子,小島 至〉

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