序
透析患者の診療は年を追う毎に問題点が山積してきているようである．わが国の経済状態の低迷により，ますます医療の分野にもしわ寄せがきていることが実感される．以前より透析医療は高額医療の代表として医療経済上の問題点とされ，やり玉にあげられてきている．透析患者数は年々増加し，現在ではおよそ23万人になろうとしている．しかも導入時の平均年齢は約64.7歳，全体の慢性透析患者の平均年齢も年々高齢化して約62.2歳になると報告されている．換言すれば透析治療というのは高齢者医療に変化しているということである．透析に導入される慢性腎不全の原因疾患は1998年頃より糖尿病性腎症による末期腎不全が第1位となり，加齢あるいは高血圧に起因する腎硬化症による影響が大きく寄与している．このような状況は，糖尿病による全身的な合併症，たとえば，網膜症，末梢神経症，血圧維持の異常，高脂血症，動脈硬化症，糖尿病壊疽など日常生活の活動度を阻害する合併症を多数有していること，さらに脳梗塞や心筋梗塞など生命の存続を危ぶむ合併症を内包していることを意味している．腎硬化症についても，加齢と高血圧による動脈硬化症などから同様の病態を生じる可能性が大きいといわざるを得ない．このことは透析医療の管理が複雑になり，治療自体も困難となってきているわけである．
以上のような事実は，ますます合併症の治療としての医療費が増大することを意味し，透析医療費の高額化へ進展する可能性が大きいことになる．今後の透析医療をどのように維持することがいいのかを関係者は真剣に考慮しなければならない時期にきているといえる．医療と社会経済は不可分な関係にあるが，経済的な問題から医療の内容が制約されることは問題である．しかし逆に，この関係を全く度外視することも問題になる．社会の福祉内容，医療倫理，経済状態すべてのことを総合的に検討する必要があると考えられる．
透析治療に関する書物は巷に多数あり，屋上屋を架すようなことになりかねないが，本書の特徴と執筆意図を述べてみたい．本書は腎不全−保存期から透析期における基本的な疑問について初心者にも理解できるように，Q&A 的に平易に解説して腎不全治療の理解を得られるように意図した書籍である．一般的な初心者に対する副読本というよりも，日常臨床の場で疑問になること，どのような考え方で診療をすべきかなどを重点的に述べたつもりである．現在では医療内容は治療者と被治療者の間の合意と信頼関係から成り立ち，インフォームドコンセントとして充分な説明が必要とされる．スタッフの知識の整理と同時に，患者さんへの説明においても，本書は役に立つのではないかと思われる．
ところが，本書の一部には，かなり著者の個人的な考え方を述べた部分が少なくない．先に述べたように，わが国の透析医療というのはさまざまな意味から岐路に立っていると著者は危惧しているためである．透析医療を中心に30数年を医師として過ごしてきたこれまでの経験から，今後の透析治療はどうあるべきか，昨今の医療情勢や経済状態などから安易な透析医療を避けるように努めるべきであると考えるようになった．透析患者数が増加することは，わが国の医療の充実を意味すると評価するべきなのかきわめて疑問に思うためである．高額な医療であることを考え，慎重に医療側も患者側も真摯に考慮するべきではないのかと思われる．わが国の600人に1人が透析患者であるということは，もはや特殊な医療とはいえない．末期腎不全の当然の治療法ともいえるが，さまざまな意味から透析導入の適応を充分考慮して，慎重に選択することが必要であると思われる．無制限な透析導入により，その後の治療に患者，家族，関係者が苦慮することのないようにしたいものである．このためには，むしろ保存期腎不全の治療の充実を図ることが現在の腎不全治療の主要な眼目であると思われる．日常的な医療であるにもかかわらず，実際は延命的な治療法であり，治療の選択を過つことのないようにすることが大切と考えるからである．読者の中には，著者のそのような独善的な考え方に必ずしも賛同できない部分もあるかもしれないが，今後の透析医療の方向性としては必然性のあるものと確信している部分なのである．ご批判・ご叱責などあれば，遠慮なくご指摘いただきたい．
2003年5月
北岡建樹
目次
第1章 腎臓病のとらえ方
1 健診で蛋白尿がみつかった場合の対処は？ 2
2 血尿の際に疑うべき疾患は？ 4
3 浮腫があれば腎臓病か？ 6
4 健診で尿の異常があった場合の注意点は？ 8
5 腎臓病にはどんな種類があるか？ 10
6 どのような症状があった場合に腎臓病を疑うか？ 12
7 腎臓病はどんな場合に発見されるか？ 14
8 腎機能を知るための検査法は？ 16
9 腎機能の障害はどのように評価すべきか？ 18
10 異常所見はどの病期にみられるか？ 20
11 腎臓病の治療方針の立て方は？ 21
第2章 保存期腎不全について
1 腎不全の原因にはどのようなものがあるか？ 24
2 糖尿病による腎障害とは？ 26
3 回復させることができる腎不全とは？ 28
4 急性腎不全とはどのような病態か？ 29
5 慢性腎不全とはどのような病態か？ 31
6 尿毒症とはどのような病像か？ 33
7 尿毒症の原因は？ 34
8 腎機能を悪化させる因子にはどのようなものがあるか？ 36
9 腎臓病ではなぜ貧血が起こるのか？ 37
10 腎性貧血はどう治療するか？ 39
11 高血圧はどのようにコントロールしたらよいか？ 40
12 保存期腎不全の治療方針は？ 42
13 腎不全の食事療法をどのように指導するか？ 44
14 低蛋白の食事療法にはどんな効果があるか？ 45
15 なぜリンの制限が必要なのか？ 46
16 低リン食にはどんな意味があるか？ 48
17 低蛋白食事療法の限界点は？ 50
18 漢方薬は有効か？ 使用上の注意は？ 51
第3章 透析期腎不全と血液浄化法
1 どのように透析療法開始の時期を決めるか？ 54
2 透析療法の原理はどのようなものか？ 56
3 透析療法はいったん開始したら中止できないか？ 57
4 透析療法を実施するにあたって知っておくべき注意点は？ 59
5 透析期の食事療法はどのように行うか？ 61
6 透析療法はどのようにして行われるか？ 63
7 透析療法にはどのような種類があるか？ 64
8 腹膜透析療法とはどんな透析か？ 66
9 血液透析療法とはどんな透析か？ 67
10 おのおのの透析療法の長所と短所は？ 68
11 血液浄化法にはどのようなものがあるか？ 69
12 血液濾過法（HF）にはどのような効果があるか？ 71
13 血液透析濾過法（HDF）とはどんな方法か？ 73
14 わが国の透析療法の現況，治療成績は？ 74
15 腎移植の可能性は？ 76
第4章 腹膜透析法（CAPD）
1 わが国の腹膜透析（CAPD）の現況は？ 78
2 CAPDの特徴はどのようなものか？ 79
3 腹膜透析の合併症にはどのようなものがあるか？ 80
4 硬化性被嚢性腹膜炎とはどんな病態か？ 81
5 トンネル感染とは？ 82
6 腹膜機能はどのように検査するか？ 83
7 腹膜透析から血液透析への変更は可能か？ 86
第5章 血液透析療法
1 透析治療の診療で注意すべき事項は？ 88
2 透析治療の前に準備すべきことにはどんなことがあるか？ 90
3 透析治療の条件とは？ 91
4 抗凝固薬をどのように使用するか？ 92
5 出血があるときの抗凝固薬の使い方は？ 93
6 ダイアライザはどのように選択するか？ 94
7 透析膜により効果はどう異なるか？ 96
8 ハイパフォーマンス膜とはどのようなものか？ 97
9 透析液にはどんな種類があるか？ 98
10 処方透析とは？ 99
11 透析治療の頻度はどのように決めるか？ 101
12 透析時間はどのようにして決めるか？ 102
13 血流量はどのくらい確保するか？ 103
14 除水量はどのように決めるか？ 104
15 透析患者における心胸比の意義は？ 106
16 ドライウエイトはどのように決めるか？ 108
17 体重増加量を少なくするにはどうしたらよいか？ 110
18 ドライウエイトはどのようにして変更したらよいか？ 111
19 シャントとは？ 113
20 シャントへの穿刺にはどんな工夫が必要か？ 116
21 表在化動脈とは？ 118
22 シャントを長持ちさせる方法は？ 119
23 内シャントの合併症にはどんなものがあるか？ 121
24 内シャントが閉塞したら？ 123
25 透析中にはどんな偶発症・症候が起こりうるか？ 124
26 透析中の事故にはどのように対処したらよいか？ 126
27 緊急時の対策は？ 130
28 災害時に透析患者に必要な注意点は？ 131
29 家庭透析とは？ 133
30 植え込み型人工腎臓，クローン腎臓は可能か？ 134
第6章 透析合併症と対策
1 腎不全・透析の合併症にはどんなものがあるか？ 136
2 透析患者の循環器系にはどのような問題があるか？ 137
3 血圧の目標をどの程度に設定するか？ 138
4 透析中の低血圧をどう防ぐか？ 139
5 慢性低血圧をどう考えるか？ 140
6 透析によりなぜ血圧低下が起こるのか？ 142
7 透析後の足のツレはなぜ起こるのか？ 144
8 透析困難症とは？ またその対策は？ 145
9 心不全を早期に発見するには？ 146
10 不整脈がみられた場合の対応は？ 148
11 胸痛発作が出現したらどうしたらよいか？ 149
12 貧血にはどう対応したらよいか？ 150
13 鉄剤の投与の原則は？ 151
14 エリスロポエチンの効果と副作用は？ 153
15 エリスロポエチン抵抗性の貧血とは？ その対応は？ 154
16 透析脳症とは？ 155
17 透析で手足がしびれ，冷たくなるのは？ 156
18 ムズムズ症候群とは？ 157
19 痒みに対する対策は？ 159
20 睡眠障害をどう治療したらよいか？ 160
21 骨が薄くなったということの意味，原因は？ 161
22 二次性副甲状腺機能亢進症とは？ 162
23 相対的/絶対的副甲状腺機能低下症とは？ 163
24 骨の障害をどう診断したらよいか？ 164
25 腎性骨症はどう治療するか？ 165
26 PEITとは？ 167
27 二次性腎嚢胞とは？ 168
28 透析患者はなぜ感染症にかかりやすいか？ 169
29 透析アミロイドーシスとは？ 171
30 バネ指・手根管症候群とは？ 172
31 透析関節症とは？ 174
32 アミロイドーシスをどう除去するか？ 176
33 吸着法によるβ2マイクログロブリン除去の効果は？ 177
34 透析患者の高脂血症はどう考えたらよいか？ 178
35 透析患者のC型肝炎とは？ 179
36 C型肝炎にはどんな対策が必要か？ 180
37 透析患者の便秘対策をどう行うか？ 181
38 糖尿病患者にどう対処するか？ 183
39 血糖コントロールの目標は？ 185
40 透析患者に薬を服用させるときの注意点は？ 186
41 利尿薬の服用はいつまで続けるか？ 188
第7章 検査成績の解釈
1 透析の効率を知るには何を行ったらよいか？ 190
2 透析治療を開始したらどのような検査を行うか？ 191
3 検査結果をどのように評価するか？ 193
4 検査成績をどの程度に維持すればよいか？ 194
5 適正透析とは？ 195
6 高カリウム血症にはどう対処するか？ 198
7 カルシウム濃度はどの程度に維持したらよいか？ 200
8 高リン血症はどう防止したらよいか？ 201
9 体重増加はどの程度まで許されるか？ 203
第8章 食事療法の意義と工夫
1 透析患者の食事療法の特徴は？ 206
2 食塩摂取量はどのように決めたらよいか？ 207
3 低リン食とは？ 208
4 なぜ高カリウム血症が危険なのか？ 209
5 どう高カリウム血症を防ぐか？ 211
6 高マグネシウム血症の注意点は？ 212
7 蛋白摂取量をどのように決めたらよいか？ 213
8 栄養障害の原因にはどんなことがあるか？ 214
9 水分摂取にはどのような工夫があるか？ 216
第9章 日常生活の注意点
1 日常生活はどの程度制限されるか？ 218
2 運動の許容範囲はどの程度か？ 運動療法とは？ 219
3 妊娠と出産は可能か？ 220
4 抜歯の際に必要な注意点は？ 221
5 手術が必要なときの注意点は？ 222
6 旅行の際に必要な注意点は？ 223
7 歩行障害や視力障害への対策は？ 224
第10章 社会保障，福祉，法的問題など
1 透析患者への介護はどのようになされているか？ 226
2 身体障害者手帳はどうすれば取得できるか？ 228
3 透析患者の医療保険・保険給付医療費の補助・医療制度はどうなっているか？ 230
4 介護保険の取得はどう行うか？ 232
5 更正医療とは？ 233
6 入院透析とは？ 234
＜メモ＞
腎障害の原因 17
GFRと尿素窒素，血清クレアチニン濃度の関係 19
糖尿病の合併症 27
急性腎不全と慢性腎不全の違い 29
慢性腎不全の病期分類 32
シャントの再循環 118
慢性血液透析患者の死因 137
尿毒症性脳症 155
尿毒症性末梢神経障害の原因 158
後天性腎嚢胞の合併症 168
透析患者の感染症 170
慢性便秘症の対策 182
糖尿病の合併症 184
1日の食塩摂取量 207
透析患者の日常生活の状況 227
索 引 237