末期慢性腎不全の治療即ち腎機能代替療法には,腎移植と血液浄化法(血液透析および腹膜透析)とが存在するが,腎移植が期待ほどに進まない日本においては後者が療法の主体とならざるを得ない.そして,2005年12月末現在の患者257,765人の内,種々の理由や事情から約96%が血液透析療法下にある*1.腹膜透析の特性を生かすべき論議が盛んに進んでおりその兆しを昨今やや感じてはいるが,当分は維持血液透析が本邦における腎機能代替療法の主体を占めるであろうと推測される.
 この維持血液透析にはバスキュラーアクセス(血管アクセス,以下本書ではVAと略)が必要不可欠であり,その重要性は強調し過ぎることは決してない.維持血液透析は反復して行うことが必要であるため,使用に供するVAには,(1)穿刺が容易で,(2)必要な血流量が確保でき,しかも,(3)長期的に良好な開存性を有すること,(4)修復には手技上に容易さと経済性が求められることなどの諸条件が挙げられている.この諸条件を満たしているのは現時点では,前腕末梢に作製される橈骨動脈−橈側皮静脈間の皮下動静脈瘻 radio-cephalic arteriovenous fistula(RC-AVF)である.1998年末現在の統計調査では,自己血管使用の内シャント(AVF)が91.4%であり,人工血管使用の内シャント(AVG)は4.8%に止まっている*2.
 開存性や感染性の観点からAVFが現時点で最も望ましい形式のVAではあるが,AVF作製に供する脈管殊に静脈の欠如を主な理由にAVGを採用せざるを得ない症例も散見される.また一方には重度の心機能障害のために,心負荷を惹起する内シャントを回避しなければならない症例も存在する.その故に,動脈表在化法,血管内カテーテル留置法や毎回・直接大腿静脈穿刺法*3なども症例の特性を考慮して選択肢の中に入ってくる.つまり,患者の年齢・性別・全身状態・脈管の状態・予測される余命等々を勘案しつつ,個々の患者に最も適合したVAを選択することが重要となる.
 作製されるVAの短期的・長期的な成績には当該患者の脈管状態が最も影響するものであるが,既述の諸因子を考慮しなければならないVAの形式や作製部位の選択や穿刺・止血技術に加えて術者の技量が大きく反映するものである.VA不調時の修復法にも近年大きな変貌があり,専ら外科的手技に依存してきた修復がこのところinterventional angioplastyへと移行してきている.
 このようにVAを取り巻く状況は著しく変化してきており,日本透析医学会が「慢性血液透析用バスキュラーアクセスの作製および修復に関するガイドライン」*4(JSDT: VA-GL)を公刊した所以はここにある.JSDT: VA-GLは言わば原理・原則を広く記述したものであり,実地臨床の場では迷いの生ずる懸念もある.
 本書は,より日常臨床に即して実地医家の実用に益することを期して企画された.日常的にVAの作製・管理・修復に頭を悩ます透析医に,(1)何時,誰が何処にどのような形式のVAを作製するのか,(2)前腕末梢で典型的なAVFが作製し得ない場合,次の選択肢は何なのか,(3)作製したVAの穿刺時期と穿刺・止血の技術,(4)どのようにVAの形態と機能をモニターしていけばよいのか,(5)修復の時期と方法をどのように考え選択するのか,(6)VA-lossという事態は存在するのか等々の,数多くの卑近であるが日常的な難問にお答えできていれば,執筆者の望外の喜びである.
 忙しい臨床の合間を繰って分担執筆していただいた諸氏並びに面倒な編集の任に当たって下さった編集の各位に厚く御礼申し上げたい.なお,これまで長きに渡ってVAに関わるご指導ご鞭撻を賜った太田和夫先生と今 忠正先生に,心から感謝を捧げます.

文献
*1 日本透析医学会統計調査委員会. 図説 わが国の慢性透析療法の現況(2005年12月31日現在). 東京: 日本透析医学会; 2006.
*2 日本透析医学会統計調査委員会. わが国の慢性透析療法の現況(1998年12月31日現在). 東京: 日本透析医学会; 1999.
*3 Kaneda H, Kaneda F, Shimoyamada K, et al. Repeated femoral vein puncturing for maintenance haemodialysis vascular access. Nephrol Dial Transplant. 2003; 18: 1631−8.
*4 日本透析医学会. 慢性血液透析用バスキュラーアクセスの作製および修復に関するガイドライン. 透析会誌. 2005; 38: 1491−551.

2007年4月
大平整爾


目次

第1章 バスキュラーアクセスの歴史的変遷と今日的課題
                        〈大平整爾,内藤秀宗〉
 1.外シャント
 2.内シャント
 3.人工血管の登場
 4.動脈表在化法
 5.血管内カテーテル留置法の再登場
 6.VA修復法の変化
 7.日本における維持血液透析用VAの抱える諸課題

第2章 バスキュラーアクセスに関連するインフォームドコンセント
                        〈大平整爾,内藤秀宗〉
 1.現代医療の基本−インフォームドコンセント
 2.VA作製に臨んでのインフォームドコンセント

第3章 血液透析導入期におけるバスキュラーアクセス作製の基本と時期
                        〈大平整爾,内藤秀宗〉
 1.血液透析導入とVAの準備
 2.内シャント作製時の考慮事項
 3.術者の要件
 4.VA形式の選択
 5.VA作製の時期
 6.VA作製時における心機能把握
 7.血管内カテーテル留置法による血液透析導入
 8.VAの長期使用

第4章 自己動静脈使用の内シャント 〈春口洋昭〉
 1.術前管理
 2.手術方法
 3.術後管理

第5章 人工血管使用の内シャント 〈平中俊行〉
 1.AVGの合併症
 2.AVG作製後のモニタリング

第6章 血管内カテーテル留置法
【A】短期型留置カテーテル 〈久木田和丘,東 仲宣,宮田 昭〉
 1.留置法と留置部位
 2.管理法

【B】長期型バスキュラーカテーテル 〈宮田 昭,久木田和丘,東 仲宣〉
 1.長期型VAカテーテルとは?
 2.長期型VCの適応
 3.長期型VCのメリットとデメリット
 4.長期型VCの留置手技
 5.長期型VCの管理法
 6.長期型VCの合併症
 7.長期型VCの将来

第7章 動脈表在化法:適応・手技・管理 〈室谷典義,春口洋昭〉
 1.動脈表在化の適応
 2.動脈表在化法の作製手技
 3.動脈表在化法の管理および合併症
 4.VAが心機能に与える影響

第8章 バスキュラーアクセスの使用方法:穿刺時期・穿刺方法・固定方法
                   〈武本佳昭,池田 潔,新里高弘〉
 1.穿刺時期
 2.穿刺方法
 3.固定法

第9章 バスキュラーアクセスの穿刺および合併症に対する患者の不安・心配
                     〈大平整爾,室谷典義〉
 1.血液透析関連の重篤な事故
 2.VAに対する患者への説明
 3.透析患者の心理状態
 4.VAの機能,合併症および穿刺に関する患者の意識
 5.VA穿刺時の疼痛緩和対策
 6.VAに関連して明らかな身体的・精神的問題を現した事例

第10章 バスキュラーアクセス機能・形態のモニタリング
                 〈武本佳昭,水口 潤,酒井信治〉
 1.自己静脈VAの機能と形態のモニタリング
 2.グラフト使用VAの機能と形態のモニタリング

第11章 バスキュラーアクセスに関わる患者指導 〈東 仲宣,久木田和丘〉
 1.病期別における指導
 2.感染についての指導
 3.VA別管理指導
 4.日常業務別指導

第12章 バスキュラーアクセスに関わる透析スタッフの留意事項
                     〈池田 潔,春口洋昭〉
 1.狭窄の指標
 2.その他の項目

第13章 バスキュラーアクセスと心機能 〈杉本徳一郎,室谷典義〉
 1.透析患者の心機能:正常な心機能と透析患者で多くみかける病態
 2.VAと心機能のかかわり
 3.慢性血液透析用VAの作製および修復に関するガイドライン

第14章 バスキュラーアクセス合併症と修復法
【A】狭窄 〈土井盛博〉
 1.狭窄の発生部位と頻度
 2.狭窄の発生機序
 3.PTAの適応
 4.PTAの実際
 5.再狭窄の機序
 6.再狭窄予防
 7.PTAと外科的適応との境界

【B】閉塞 〈天野 泉〉
 1.原因
 2.治療前
 3.治療
 4.非血栓性閉塞への対応
 5.閉塞予防

【C】静脈高血圧 〈後藤靖雄〉
 1.静脈高血圧とは?
 2.静脈高血圧の症状
 3.静脈高血圧の治療法
 4.各種静脈高血圧に対するVAIVT
 5.合併症対策

【D】スチール症候群 〈春口洋昭〉
 1.概念と病態
 2.頻度と危険因子
 3.臨床症状と診断
 4.発症しやすい患者,スチール症候群の予測
 5.早期発見のための術後のフォローアップ
 6.治療

【E】過剰血流 〈春口洋昭〉
 1.過剰血流の概念
 2.過剰血流の症状
 3.過剰血流の診断
 4.過剰血流の予防
 5.治療

【F】瘤 〈深澤瑞也〉
 1.動脈瘤
 2.静脈瘤

【G】血清腫 〈深澤瑞也〉
 1.成因および予防
 2.診断
 3.治療
 4.特殊な血清腫

【H】感染 〈副島一晃〉
 1.VA感染の治療方針
 2.VA感染治療の実際
 3.当院における敗血症化したグラフト感染の治療

【 I 】皮膚欠損 〈久木田和丘,川村明夫〉
 1.自己血管内シャント上の皮膚欠損
 2.人工血管上の皮膚欠損
 3.皮膚欠損部と感染

【 J 】血管痛 〈久木田和丘,米川元樹〉
 1.内シャントが関与する痛みと類似した痛み
 2.内シャントに関与した痛みの対策

第15章 VAIVTに使用する器材
【A】拡張(用)バルーン関係のデバイス 〈佐藤 隆〉
 1.拡張(用)バルーンによる血管拡張術の適応
 2.拡張バルーンの分類
 3.拡張バルーン使用時の基本的手技とデバイス
 4.新たなデバイスの可能性
 5.今後の展望

【B】血栓除去関係のデバイス 〈天野 泉〉
 1.シース
 2.血栓除去用カテーテル
 3.手動吸引式血栓除去用デバイス
 4.薬理学的機械的血栓溶解療法用デバイス
 5.ハイドロダイナミック血栓除去用デバイス
 6.その他の小型血栓破砕デバイス

【C】ステント・ガイドワイヤー・シース・造影カテーテルなどのデバイス
                           〈後藤靖雄〉
 1.シース
 2.ガイドワイヤー,造影用カテーテル
 3.特殊なカテーテル
 4.ステント

第16章 バスキュラーアクセスと保険診療・医療費 〈武本佳昭,内藤秀宗〉
 1.VAの保険点数の変遷
 2.アメリカにおけるVAに関わる医療費
 3.VAの医療費についての検討

第17章 バスキュラーアクセスの形態と罹病率および死亡率
                  〈大平整爾,内藤秀宗〉
 1.VAの形態と使用頻度
 2.VA形態による罹病率・死亡率の差異
 3.カテーテル使用患者の特異性
 4.VA作製・維持・管理の重要性

索引