恩師の矢崎義雄先生から教えていただいたことのひとつに「Listen to the patient, he is telling you the diagnosis.」というOslerの言葉がある.筆者自身も臨床医は経験した症例に育まれて成長していくものであると信じている.臨床例はそれぞれが独特の特徴を持っており,また現代の医学知識でも解決のつかないことは多い.臨床症例の経験を積み重ねることは医師個人の成長の糧であると同時に医学の進歩の源泉でもある.

 最近の循環器診療は,診断面では画像診断の進歩に支えられ,治療面ではカテーテルによる血管内治療の進歩によって劇的な変貌を遂げてきた.これから臨床経験を重ねていく若い医師にとって重要なことは,病歴,画像などの基本的な情報から,診断のプロセスや治療の戦略を考える能力を修得することにあると思われる.その意味で知識の蓄積だけでなく,症候を中心として勉強することが何より大切である.特に画像診断は日進月歩であり,循環器診療における治療戦略が画像から得られる情報を中心に組み立てられている現在では,症候と画像を基に診療計画を立てる基本的能力が循環器内科医に問われているといって過言でない.

 本書は5年にわたって「臨床医」に掲載された「Lessons of the Month」を装いを新たにして単行本化したものである.症候をタイトルとして病歴とレントゲン,心電図,心エコーなどの基本的な画像から診断や治療戦略を考える中で,疾患の一般的な知識を身につけてもらうといった切り口で企画した連載である.5年前といえば,筆者が丁度信州大学から東京医科歯科大学に移動した時期であり,初期に掲載したのはほとんどが筆者自身が信州大学で経験した症例である.その後は東京医科歯科大学の教室員や教育関連病院の諸先生方の協力を得て,60例あまりの症例が蓄積してきた.執筆者には各領域の専門家が揃っており,それぞれの著者が症例をどう考え,どう治療するかといった点にまで触れてあり,初学者には大いに参考になることであろう.

 5年間の診療面での進歩は大きい.この間に虚血の領域では新しいデバイスが次々と登場し,アブレーションも飛躍的に適応が拡がった.植え込み型除細動器,両室ペーシング,経皮的中隔心筋焼灼術などが臨床の現場に導入されるに至っている.CTやCARTOなど画像診断の進歩も著しい.連載をする過程で新しく登場した診療法についても問題に取り入れ,最新の診療法を学べるような企画をしてきた.

 この連載企画は,研修医や若い循環器医師を念頭に行ってきたものであったが,あらためて読んでみると,最新の循環器診療に必要な知識が包含されており,循環器診療に関心を持つより広い層の読者に役立つのではないかと思われる.一般的な疾患や合併症から,有名ではあるが比較的稀な疾患に至るまでほとんどの循環器疾患を包含できたように思われる.日常見ることのできない貴重な画像も数多く含まれている.そういった意味では,循環器専門医を目指す医師の知識の整理にも十分耐えられる内容となっている.循環器診療に携わり,また興味をもつ諸賢の勉強の一助となれば編者としてこれにすぐる喜びはない.

  2004年8月

    磯部光章


目次

§1.虚血性心疾患

1.進行性の労作時息切れと胸痛を訴える39歳男性  1

2.明け方に前胸部圧迫感の発作を訴える67歳男性  4

3.安静時胸痛を訴える69歳男性  7

4.労作時に胸痛を訴える66歳男性  10

5.胸痛を主訴に来院し心電図上ST低下と陰性T波を認めた71歳男性  13

6.胸痛発作後に徐脈,低血圧を生じた80歳男性  18

7.急性心筋梗塞発症第7病日,血行動態の急激な悪化を認めた77歳女性  22

8.心筋梗塞を併発した49歳SLE女性  26

9.前胸部痛にて来院し突然意識を消失した74歳男性  30

§2.心不全,心筋症

10.運動中に失神した20歳女性  33

11.胸痛,めまい,労作時息切れを訴える67歳女性  36

12.労作時呼吸困難を訴える58歳男性  39

13.心拡大を伴う小児の心筋疾患  42

14.胸部圧迫感・呼吸困難を訴えた45歳女性  46

15.労作時息切れを訴えた54歳女性  49

16.胸痛と感冒症状を契機に心不全を示した36歳女性  52

17.心不全と心内血栓の精査のために来院した22歳女性  55

18.好酸球増多とうっ血性心不全を示した62歳男性  58

19.咳嗽,嘔気が出現した筋ジストロフィーの15歳男性  61

20.呼吸困難・意識障害の精査のために来院した75歳男性  64

21.意識消失により搬送された23歳女性  68

22.胸痛が主訴で心電図上ST上昇を認めた60歳女性  71

23.食欲低下をきたした成長障害のある30歳女性  74

24.労作時胸痛と左室肥大をきたした50歳女性  77

25.ランニング後急死した18歳男性  80

26.頻脈治療と心不全の精査のために来院した24歳男性  84

27.急性心不全で発症し特異な心エコー所見を呈した30歳男性  87

§3.不整脈

28.頻拍による血行動態の悪化で血液透析が困難であった慢性腎不全の53歳女性  91

29.動悸,失神により救急車にて搬送された68歳男性  94

30.多剤抵抗性の発作性頻拍の治療のため来院した59歳男性  98

31.めまい発作を訴えた73歳男性  101

32.動悸を訴えた67歳女性  104

33.wide QRS頻拍からnarrow QRS頻拍への移行を示した68歳男性  108

34.動悸発作で救急来院した58歳男性  111

35.動悸発作を訴えた30歳男性  114

36.労作時のふらつき感を訴えた42歳女性  118

37.心肺停止から蘇生した46歳男性  121

38.陳旧性心筋梗塞に頻拍発作を合併した70歳女性  124

39.心不全治療経過中に突然意識を消失した77歳女性  127

40.失神発作で救急来院した58歳男性  130

41.wide QRS tachycardiaを示した23歳男性  133

42.意識消失発作で来院した聾の28歳女性  136

43.完全房室ブロックに恒久型ペースメーカー植え込み後,突然の息切れと眼前暗黒感を訴える66歳男性  138

44.動悸の改善とともに悪心,嘔吐,食欲不振が出現した77歳女性  141

45.意識消失を繰り返す36歳男性  143

§4.弁膜症

46.体動時の動悸を訴えた57歳女性  145

47.労作性呼吸困難を主訴に来院した75歳男性  148

48.労作時の息切れが増強した62歳男性  152

49.労作時息切れを訴えた62歳男性  155

50.発熱と息切れを訴える24歳男性  159

51.検診で心電図異常と心雑音を指摘された44歳男性  162

§5.先天性心疾患

52.内科領域でみる先天性心疾患: 19歳男性  165

53.心雑音精査にて入院した高齢女性  169

54.チアノーゼを呈する心房中隔欠損症の59歳女性  173

55.発熱を主訴に来院した42歳女性  175

56.息切れと胸部連続性雑音を認めた30歳男性  178

§6.血管,心膜,その他

57.突然の胸背部痛1カ月後に受診した52歳女性  180

58.胸痛と呼吸困難を訴え,左冠動脈主幹部の閉塞を認めた42歳男性  183

59.体動時の呼吸困難を訴えた70歳女性  188

60.会社健診でII音分裂と左第2弓の突出を指摘された若年女性  191

61.眼前暗黒感・間欠性跛行・全身倦怠感を訴える68歳女性  195

62.胸痛,発熱,咳嗽を訴える75歳女性  197

63.急激に進行する労作時呼吸困難を訴えた58歳男性  200

64.胸部外傷によってショックを呈した18歳男性  203

65.一過性脳虚血発作を契機に心臓粘液腫と診断された63歳女性  207

66.心嚢水と難治性右心不全の治療のために来院した70歳女性  211

67.労作時の呼吸困難を訴えた42歳男性  213

疾患名一覧  216

索引  217