序文

 われわれの体を構成している細胞は,その組成が一定に保たれている液(細胞外液)の中で生命活動を営んでおり,この液のpHや電解質濃度が少しでも変化すると直ちに生命活動に危険が及ぶ.細胞外液の組成を一定に保つ(体液の恒常性の維持)という重要な役目は主に腎臓が行っている.したがって腎機能が正常の時には輸液の選択が少々間違っていても腎臓が調節してくれるので大きな障害は生じない.しかし腎機能障害がある患者ではこの調節機能に余裕がないので輸液療法を間違えると危険である.

 水─電解質異常,酸塩基平衡異常は色々な診療科の患者で発生するし,輸液療法も毎日各診療科で行われている.これらの水─電解質の異常の原因検索や輸液の処方は医師が行っているわけであるが,しばしばその原理原則が間違っていると思われることに遭遇する.研修の初期の段階で水─電解質異常の病態生理の基本と輸液療法の原則を習得しておくことがたいへん重要である.

本書では特に現場の研修医,看護師,検査技師の方々に水─電解質,輸液の基本的なことが「よくわかる」ように編集した.看護師,検査技師の方々も医師の診療行為が「なるほど」と納得できれば事故も起きないであろう.患者のすみやかな回復のために,よいチームワークを形成してほしい.本書の執筆は救命救急をはじめとする臨床の現場で数多くの異常に遭遇し,対処している方々におねがいした.そして「わかりやすく」,「使いやすく」記載していただいた.

 本書の使い方としては,図と表を多く用いてあるので臨床現場で忙しい時にはこれらの図と表を見ただけですぐに患者のマネージメントに利用できるように工夫してある.そして患者の状態が改善し,時間ができた時にはぜひ解説文を読んで,異常発生のメカニズムや病態生理と,その対処法の原理原則について理解を深めていただきたい.

 本書が臨床現場での診療チームの方々にとって,水─電解質異常,酸塩基平衡異常の診断と治療,そして個々の患者の適切な輸液療法の選択にお役にたてば幸いである.

  2003年5月   

    編者


目次

1.体液の恒常性と腎臓〈遠藤正之〉

  1.暴飲暴食でも体の内部環境は一定  1

  2.水の調節  4

  3.ナトリウム(Na)の調節  6

  4.カリウム(K)の調節  7

  5.カルシウム(Ca)・リン(P)の調節  9

  6.酸塩基平衡の調節  10

2.電解質異常の見方と対処法

 A.ナトリウム濃度の異常〈山内文夫〉  13

  1.高ナトリウム血症  14

  2.低ナトリウム血症  18

 B.カリウム濃度の異常〈山内文夫〉  23

  1.高カリウム血症  23

  2.低カリウム血症  27 

 C.カルシウム濃度の異常〈堀田義雄,宮崎正信,河野 茂〉  31

  1.血清カルシウム濃度  31

  2.カルシウムバランスとその調節  32

  3.PTHの分泌調節  35

  4.高カルシウム血症  38

  5.PTH作用の過剰状態  39

  6.ビタミンD作用の過剰状態  40

  7.骨吸収亢進状態  41

  8.腎尿細管におけるカルシウム再吸収の亢進状態  42

  9.その他  42

  10.高カルシウム血症の鑑別診断  43

  11.低カルシウム血症  47

 D.リン濃度の異常〈西岡克章,宮崎正信,河野 茂〉53

  1.生体におけるリンの役割  53

  2.生体におけるリンの分布と出納  53

  3.リン濃度の異常  54

   1)低リン血症  54

   2)高リン血症  60

 E.マグネシウム濃度の異常〈宮崎正信,河野 茂〉64

  1.マグネシウムは何をしている?  64

  2.マグネシウムのバランス  64

  3.高マグネシウム血症  65

  4.低マグネシウム血症  68

3.酸塩基平衡異常の見方と対処法〈柳 秀高〉

 A.アシドーシス 73

  1.腎臓のH+排出,HCO3−再吸収のメカニズム  74

  2.アシドーシスとアシデミア  75

  3.血液ガスの読み方  75

  4.代謝性アシドーシス  78

  5.The plasma anion gap  78

  6.The plasma osmolal gap  79

  7.The urine AG (anion gap)  80

  8.アニオンギャップ正常の代謝性アシドーシス(高クロール性)  80

  9.アニオンギャップ陽性の代謝性アシドーシス  84

  10.呼吸性アシドーシス  87

 B.アルカローシス 91

  1.代謝性アルカローシス  91

  2.代謝性アルカローシスの治療  96

  3.呼吸性アルカローシス  97

  4.急性呼吸性アルカローシス  97

  5.慢性呼吸性アルカローシス  98

4.浮腫の鑑別と対処法〈遠藤正之〉

  1.浮腫とは  101

  2.浮腫の分類  101

  3.Starlingの法則  102

  4.浮腫を呈する患者の見方  103

  5.全身性浮腫のある患者の診察手順  104

  6.浮腫への対処法  105

  7.利尿薬  108

5.脱水の分類と対処法〈須藤 博〉

  1.脱水症とは  111

  2.脱水症の分類と病態生理  112

  3.脱水症の治療の考え方  114

  4.脱水症の治療の実際  118

6.輸液療法の実際

 A.水・電解質輸液の基本〈須藤 博〉121

 ■輸液を理解させるための生理学的基本■  121

  1.体液分布  121

  2.浸透圧について  122

  3.浸透圧osmolalityと張度tonicity  123

  4.浸透圧調節系と容量調節系  124

  5.等張液とfree water  126

  6.尿中電解質の意味  127

  7.体液分画の状態を個別に推測する  128

  8.どこに輸液するのか?  129

 ■輸液の実際■  132

  1.維持輸液とは?  132

  2.体液欠乏時の輸液の原則  133

  3.輸液製剤の分類とその使い分け方  134

  4.輸液の実際上の注意  137

 B.栄養輸液の基本〈柳 秀高〉141

  1.低栄養のもたらす悪影響  141

  2.経腸栄養か,経静脈的栄養か?  141

  3.穿刺部位  143

  4.栄養評価法  144

  5.TPNにおける各栄養素投与量の決め方  145

索引  149