序

 輸液や電解質異常はむずかしいと,よくいわれるが,それは本当なのだろうか?それとも,そう思われるには,何か特別な原因があるのであろうか?たしかに,その異常が認識すらされないこともよくある話であるが,認識された後に,理論的に正しいアプローチをするのは,そんなに高度なことなのだろうか?
 最も大きな原因は,教育の問題である.限られた施設を除いて,現在の日本のカリキュラムでは,これらに関して系統だった話をきくことが,卒前,卒後教育を通じてほとんどなく,指導医が経験的に教えている場合が多いのではないか.しかし,ハリソンやワシントンマニュアルに代表される欧米の一般内科の教科書をみると,電解質異常は,栄養や疼痛管理などとともに,最初の部分に出てくる.すなわち,どの科に進むにしても必要な基礎知識と考えられているのである.実際に,このレベルの知識を持っているだけで,日常の多くの問題は理論的に解決可能であるし,輸液の基本を知っているだけで,自分で輸液内容を組み立てたり,異常が生じたときも適切に対応できるようになるはずである.
 次に,きちんとトレーニングを受けた教えられる人は限られているという,専門教育の問題である.考えてみると,腎臓の最も大きな役割は,体内のホメオスタシスを維持することであり,電解質異常はまさに,腎臓の機能的異常なのである.それにもかかわらず,これまで,わが国の腎臓病学の教科書では,その多くの部分が,腎炎など腎臓の構造的異常にさかれており,水電解質異常にふれている部分は欧米の教科書に比べて極端に少なかった.したがって,腎臓内科医の中でも,この部分の平均レベルは低く,専門家の数も限られている.
 さらに,私も含めて,その数少ない専門家が,一般に対して分かりやすい教育を充分にはしてこなかったということも問題である.教育としては,この分野に興味を持ってもらい,学んでみようかと思う人を増やさなくてはいけないのだが,むしろこの分野はしきいが高くなっていた.最近は,これに気づいて,学生や研修医に対して,わかりやすい教育をしようという動きが出てきている.
 以上のような状況をふまえて,本書は計画された.すなわち,本書では,説明するのは選ばれた,教育に熱心な「専門家」であるが,その対象は必要に迫られた各科の医師,学習意欲のある学生,レジデントである.どうか,存分に活用していただきたい.
 なお,この本は,通読されることは前提にしていない.読者は,状況に応じて,関連する部分を数節読めば,必要な情報が得られるように,多少の重複には目をつぶって構成してある.とはいえ,最初の2セクションの部分は,少し無理をしてでも読んでいただけると,その後の理解が深まることは請け合いである.
 この本を通じて,臨床の問題が解決されるだけでなく,輸液や水電解質に興味をもつ人が増え,この分野の医師としての常識レベルが上がって,結果として患者さんにとってより良い医療が出来るようになることを期待する.

 2005年初夏
 神戸大学腎臓内科 深川雅史


目次

§1 体液の量と組成
<西 裕志  深川雅史>
  1.体液はどのくらいあってどのように分布しているのでしょう?
    その恒常性の維持に腎臓はどのような役割をはたしているのでしょう?   2
  2.細胞の外と細胞の中の体液はどのように違うのでしょう?
    その平衡はどのように保たれているのでしょう?   4
  3.血管の中と外の体液はどのように違うのでしょう?
    その平衡はどのように保たれているのでしょう?   6
<冨永直人  深川雅史>
  4.血漿の浸透圧は何で決まりますか?
    どのように調節されているのでしょう?   8
  5.浸透圧ギャップとは何ですか?   11
  6.細胞外液の量,特に有効循環血漿量の変化を知るにはどうしたらよいでしょう?   12
  7.体液量が増える病態にはどのようなものがありますか?   15
  8.脱水を生ずる病態にはどのようなものがありますか?
    その違いは何でしょうか?   17
<藤井秀毅  深川雅史>
  9.体液の量と組成に関して,血液を検査すると何がわかるのでしょうか?   19
  10.体液の量と組成に関して,尿を検査すると何がわかるのでしょうか?   21

§2 輸液の選び方
<北川 渡  今井裕一>
  1.輸液剤にはいろんな種類がありますが一体何が違うのでしょう?   26
  2.生理食塩水を点滴するとどうなりますか?   27
  3.5%ブドウ糖を点滴するとどうなりますか?   29
  4.血漿を点滴するとどうなりますか?
    他の血液製剤はどのように使えばよいのでしょうか?   30
  5.グリセロールやマンニトールを点滴するとどうなりますか?   31
  6.リンゲル液にもいろんな種類がありますが,どこが違うのでしょうか?   32
  7.輸液の量はどのようにして決めるのでしょうか?   33
  8.バランスシートはどのように書けばよいのでしょうか?   34
  9.輸液のスピードで注意すべき点は何でしょうか?   35
  10.維持輸液とは,どのような内容の輸液でしょうか?   36
<安田 隆>
  11.輸液をしているときには,どのような検査を,
    どの間隔で行うべきでしょうか?   37
  12.点滴路をキープしてくださいといわれたら,
    どのような輸液をすればよいでしょうか?   39
  13.輸液が不適切だと,どのような異常が起こりますか?   41
  14.点滴経路にはどのような種類がありますか?
    また,どのように使い分けますか?   43
  15.利尿薬にはどのような種類がありますか?
    また,どのように使い分けますか?   45
  16.経口の輸液とはどのようなものでしょうか?   48
  17.輸液でカロリーを補充するにはどのようにしたらよいですか?   50
  18.高カロリー輸液の際の血糖コントロールはどのようにしたらよいでしょうか?   52
  19.長期の栄養輸液で注意することは,どのような点でしょうか?   54
  20.経腸栄養に切り替えるタイミングは?   58
  21.経腸栄養にはどのようなものがありますか?その注意点は?   59

§3 ナトリウム濃度の異常
<金丸勝弘  草野英二>
  1.血清ナトリウム濃度の変化と体内ナトリウム量の変化は違うのですか?   62
  2.水とナトリウムのバランスはどのように調節されているのでしょうか?   65
  3.低ナトリウム血症はどういう人で起こりますか?   67
  4.低ナトリウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?   70
  5.高ナトリウム血症はどのような人で起こりやすいですか?   73
  6.高ナトリウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は何に気をつければよいでしょうか?   75

§4 カリウム濃度の異常
<古巣 朗  宮崎正信  河野 茂>
  1.カリウムバランスはどのように調節されているのでしょうか?   78
  2.カリウムバランスの調節をどのように評価しますか?   81
  3.低カリウム血症はどういう人で起こりますか?   82
  4.低カリウム血症ではどんな症状が起こりますか?
    不適切な輸液で起こりえますか?   86
  5.低カリウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は何に気をつければよいでしょうか?   88
  6.高カリウム血症はどのような人で起こりやすいですか?   92
  7.高カリウム血症ではどんな症状や異常が生じますか?
    不適切な輸液で起こりえますか?   96
  8.高カリウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は,何に気をつければよいでしょうか?   97

§5 カルシウム濃度の異常
<小岩文彦>
  1.カルシウムのバランスはどのように調節されていますか?   102
  2.適切な輸液で起こりえますか?   106
  3.低カルシウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は何に気をつければよいでしょうか?   107
  4.高カルシウム血症はどのような人で起こりやすいですか?
    どんな症状や異常が生じますか?不適切な輸液で起こりえますか?   109
  5.高カルシウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は何に気をつければよいでしょうか?   111

§6 リン濃度の異常
<石村栄治  城野修一>
  1.リンのバランスはどのように調節されていますか?
    それをどのように評価しますか?   114
  2.低リン血症はどういう人で起こりますか?
    どんな症状や異常が生じますか?不適切な輸液で起こりえますか?   118
  3.低リン血症の鑑別と治療はどのように進めますか?
    そのような人への輸液は何に気をつければよいでしょうか?   120
<城野修一  石村栄治>
  4.高リン血症はどのような人で起こりやすいですか?
    どんな症状や異常が生じますか?不適切な輸液で起こりえますか?   122
  5.高リン血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は何に気をつければよいでしょうか?   124

§7 マグネシウム濃度の異常
<風間順一郎>
  1.マグネシウムのバランスはどのように調節されていますか?
    それをどのように評価しますか?   128
  2.低マグネシウム血症はどういう人で起こりますか?
    どんな症状や異常が起こりますか?不適切な輸液で起こりえますか?   130
  3.低マグネシウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は,何に気をつければよいでしょうか?   131
  4.高マグネシウム血症はどういう人で起こりますか?
    どんな症状や異常が起こりますか?不適切な輸液で起こりえますか?   132
  5.高マグネシウム血症の鑑別と治療をどのように進めますか?
    そのような人への輸液は,何に気をつければよいでしょうか?   132

§8 酸塩基平衡異常
<柴垣有吾>
  1.体内でできた酸はどのように処理・排泄されるのでしょうか?   134
  2.酸塩基平衡の維持に肝臓や骨がはたす役割は何ですか?   138
  3.アニオンギャップとは何でしょうか?   139
  4.血漿浸透圧ギャップ(Osmolal gap)とは何でしょうか?   142
  5.尿アニオンギャップ・尿浸透圧ギャップとは何でしょうか?   143
  6.腎性・呼吸性代償とは何でしょうか?   144
  7.酸塩基平衡異常を評価するためには,
    どのような検査をすればよいのでしょうか?   146
  8.血液ガスの結果をどのように解釈していくのでしょうか?   149
  9.混合性酸塩基平衡異常とはどのような病態ですか?   152
  10.代謝性アシドーシスはどのような病態で生じますか?   153
  11.代謝性アシドーシスはどのように治療すればよいですか?   154
  12.代謝性アルカローシスはどのような病態で生じますか?   156
  13.代謝性アルカローシスはどのように治療すればよいですか?   157
  14.酸塩基平衡異常に対する新しいアプローチ法があると聞きましたが,
    どのようなものでしょうか?   159

§9 尿酸濃度の異常
<上竹大二郎  横山啓太郎  細谷龍男>
  1.尿酸の濃度はどのように調節されていますか?   164
  2.高尿酸血症の原因と治療はどうしますか?   166
  3.低尿酸血症の原因と治療はどうしますか?   169

§10 病態と水電解質異常,輸液
<小野崎 彰  加藤哲夫>
  1.体液量が増加している人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   172
  2.脱水の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   174
  3.急性腎不全の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   175
  4.慢性腎不全の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   176
  5.透析をしている人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   177
<柳 秀高>
  6.心不全の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   178
  7.肝不全の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   181
  8.頭蓋内疾患の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   183
  9.呼吸器疾患の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   185
  10.嘔吐している人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   187
  11.下痢している人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   189
  12.糖尿病の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   191
  13.悪性腫瘍の人に起こりやすい電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液するときは,何に注意すればよいのでしょうか?   194
  14.手術時に生じやすい水電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液は何に気をつければよいのでしょうか?   196
  15.外傷性ショックの患者に生じやすい水電解質異常は何ですか?
    その予防と治療は?輸液はどのようにすればよいのでしょうか?   198
  16.小児に生じやすい水電解質代謝異常は?
    その予防と治療は?輸液は何に注意すればよいでしょうか?   199
  17.高齢者に生じやすい水電解質代謝異常は?
    その予防と治療は?輸液は何に注意したらよいでしょうか?   201

付録
<要 伸也>
  1.水・電解質と輸液の理解に必要な腎生理学および内分泌の基礎知識   204
<鶴田良成>
  2.代表的輸液製剤一覧   216

索引   221