Karl LandsteinerによりABO血液型が発見されてから1世紀あまりが経過し,輸血療法は大きな進歩をとげました.今や,輸血療法は細胞治療や再生医療を包含する多様な医療へ変貌しつつありますが,従来の輸血療法は今後も補助療法としての地位を失うことはないでしょう.輸血療法は,手術や造血幹細胞移植において必須の治療法ですが,日常の医療の中では軽視される傾向にあると思われます.頻繁に輸血療法を行っている病院でも輸血部門が設置されていなかったり,大学病院や地域基幹病院でも輸血業務が24時間体制で行われていないところもあるようです.輸血療法はリスクを伴う治療法であり,「患者に安全な輸血療法を提供する」ことが最も重要です.輸血療法の安全性は,輸血用血液製剤の安全性(Blood safety)だけではなく,輸血療法を行う過程における安全性(Transfusion safety)も確保する必要があります.Blood safetyは赤十字血液センターが主たる役割を担っていますが,Transfusion safetyを確保する役割は輸血療法を行う医療施設に委ねられています.したがって,輸血療法を安全に行うことは,医療施設に課せられた責務であり,医療スタッフは輸血医学に精通していることが求められているのです.
 輸血療法に関しては,数多くの本が刊行されていますが,本書のような問題解決指向の本は少ないと思われます.今回,中外医学社の方から,定型的な輸血に関する教科書ではなく,「こんな時にどうする」といったQ&A方式の本を発刊してはどうかとのお話がありました.本書のタイトルである「輸血療法トラブルシューティング」は,輸血療法を行う上で困った時に,其処を読めば解決の道が開けるという意図で付けられたものです.本書は,1ページ目から通読するというよりも,まず事例のタイトルをみて必要とされる個所を読んでいただくことを前提に書かれています.研修医はもとより,熟練の医師でも輸血医学に精通している先生はそれほど多くはないと思います.また,輸血療法を安全に行うためには,医師だけではなく,看護師やコメディカルなどの医療スタッフも輸血療法を熟知している必要があります.日常の医療現場において,輸血療法に関するトラブルが発生した場合に,本書がその解決の一助となれば幸いです.本書を活用していただき,安全な輸血療法が行われることを切に願う次第です.
 本書の発刊にあたり,企画の段階から完成に至るまでご尽力いただいた中外医学社の小川孝志と高橋洋一の両氏に深謝いたします.

2006年盛夏
大坂顯通


目次

第1部 シチュエーション別事例集
1.輸血の申し込み
  手術に際しての事例集
  1.手術用準備血は何単位用意すべきか 〈稲田英一〉
  2.手術用準備血はすべて交差適合試験を済ませたものを用意するのか
     〈稲田英一〉
  3.手術中の出血に対してどのように輸血を行うのか 〈稲田英一〉
  4.輸血を申し込んだが,血液製剤の在庫に適合血がないといわれた 〈稲田英一〉
  5.まれな血液型の手術患者が入院した 〈稲田英一〉
  6.輸血をしないで手術をしてほしいといわれた 〈稲田英一〉
  7.手術中に予想以上の大量出血となった 〈稲田英一〉
2.輸血の実施
 A.輸血体制
  1.輸血を安全に実施するためにどのような院内体制が必要か 〈加藤栄史〉
  2.輸血を行うのにインフォームドコンセントは必要か 〈加藤栄史〉
  3.輸血に関する法律はどのようなものを知っておくべきか 〈加藤栄史〉
  4.安全な輸血を行うためにはどのような考え方が必要か 〈大坂顯通〉
 B.輸血の準備・実施方法
  1.血液製剤が届いたらどのように準備するのか 〈加藤栄史〉
  2.ベッドサイドではどのように輸血を開始するのか 〈加藤栄史〉
  3.輸血開始後,どの程度患者を観察すればよいのか 〈加藤栄史〉
3.輸血副作用・合併症
  1.輸血を行ったら発熱した 〈尾形 隆,大戸 斉〉
  2.輸血中に患者がショック状態に陥った 〈菅野隆浩,大戸 斉〉
  3.人工呼吸器装着中の患者で,輸血開始後に尿道カテーテルから赤い尿がでた
    〈馬場千華子,大戸 斉〉
  4.輸血後2週間経過して黄疸が出現した 〈馬場千華子,大戸 斉〉
  5.輸血後の患者が呼吸困難を訴えた 〈菅野隆浩,大戸 斉〉
  6.輸血後の患者で皮疹と肝障害が出現した 〈馬場千華子,大戸 斉〉
  7.輸血すると術後感染症は増加するか 〈尾形 隆,大戸 斉〉
  8.輸血後患者のカリウム濃度が増加した 〈尾形 隆,大戸 斉〉
  9.アフェレーシス中に患者が口のしびれを訴えた 〈菅野隆浩,大戸 斉〉
  10.自己血採血中に患者の顔が青ざめ冷汗が出てきた 〈池田和真〉
4.輸血に関する一般的事項
  1.血液型検査の結果,本人の記憶とは異なる血液型だといわれた 〈大坂顯通〉
  2.血液型検査を依頼したら判定保留の結果が返ってきた 〈大坂顯通〉
  3.生後4カ月の子供の血液型を調べてほしいといわれた 〈大坂顯通〉
  4.交差適合試験の生理食塩液法で自己対照が凝集した 〈大坂顯通〉
  5.輸血によるエイズ感染の心配はないかといわれた 〈大坂顯通〉
  6.妊娠時の感染症検査でHTLV―Iが陽性と診断された 〈大坂顯通〉
5.その他の輸血療法
  1.遷延性黄疸で溶血性貧血が疑われる患者が入院した 〈久田研,篠原公一〉
  2.未熟児の貧血が進行し輸血が必要である 〈久田研,篠原公一〉
  3.感染症を併発した好中球減少症の患者に顆粒球コロニー刺激因(G―CSF)を
    投与しても好中球数が増加しない 〈大坂顯通〉
  4.他院から血液バッグも一緒に患者が搬送された 〈大坂顯通〉
  5.院内で採血した新鮮血は有用か 〈大坂顯通〉
  6.輸血を行う際に白血球除去フィルターを使う必要はあるか 〈大坂顯通〉

第2部 製剤別事例集
1.赤血球製剤 〈小原 明〉
  1.貧血に対して輸血を行う目安はなにか
  2.外傷による出血性ショックの患者が搬送された
  3.鉄欠乏性貧血の患者(Hb値6g/dl)に輸血を行う必要はあるか
  4.慢性腎不全で血液透析している患者の輸血はどのように行うか
  5.自己免疫性溶血性貧血の患者に輸血はどのように行うか
  6.冷えたままの赤血球製剤を輸血しても構わないか
  7.小児・新生児に対して輸血はどのように行うか
2.血小板製剤 〈半田 誠〉
  1.血小板輸血の際に血液型は一致させるべきか
  2.血小板数によって血小板輸血の適応は異なるのか
  3.血小板減少症の患者で手術や観血的処置は可能か
  4.白血病患者では血小板輸血をどのようなタイミングで行うのか
  5.血小板輸血を行っても血小板数が増加しない
  6.再生不良性貧血の患者(血小板数1万/μl)に血小板輸血を行う必要はあるか
  7.特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の患者に血小板輸血を行う必要はあるか
3.新鮮凍結血漿 〈安村 敏〉
  1.術後に低蛋白血症をきたした患者に対して,創傷治癒の促進を目的として,
    新鮮凍結血漿を輸血してよいか
  2.解凍後3時間以上経過した新鮮凍結血漿を使用してもよいか
  3.肝切除術に際して新鮮凍結血漿の投与は必要か
  4.人工心肺の離脱時に新鮮凍結血漿の投与は必要か
  5.劇症肝炎の患者が入院して血漿交換を行うことになった
  6.新鮮凍結血漿の依頼前に,凝固検査は必要か
4.血漿分画製剤 〈安村 敏〉
  1.血漿分画製剤と新鮮凍結血漿の違いは何か
  2.5%アルブミン製剤と25%アルブミン製剤はどのように使い分けるか
  3.術後の低蛋白血症の患者に対して,栄養補給を目的としてアルブミン製剤を
    投与することは正しいか
  4.末期の肝硬変患者にアルブミン製剤を投与したい
  5.抗生物質を投与しても解熱しないので,ガンマグロブリン製剤を使用しても
    よいか
  6.血友病患者に対して第VIII因子製剤を使用したい
5.自己血製剤 〈池田和真〉
  1.自分の血液で手術をしたいといわれた
  2.自己血だけ準備すれば手術は可能か
  3.太い血管を確保できないが自己血を採血できるか
  4.貧血気味だが,自己血貯血を行えるか
  5.保存していた自己血が破損した
  6.自己血を貯血したが予定手術が延期になった
  7.自己血貯血を行った患者が他院で手術を受けることになった

第3部 解説編
 1. 亜 型 〈大坂顯通〉
 2. インフォームドコンセント 〈池田和真〉
 3. ABO血液型不適合輸血 〈馬場千華子,大戸 斉〉
 4. H血液型システム 〈大坂顯通〉
 5. 顆粒球コロニー刺激因子 〈大坂顯通〉
 6. 顆粒球輸血 〈大坂顯通〉
 7. 核酸増幅検査 〈大坂顯通〉
 8. 獲得性(後天性)B 〈大坂顯通〉
 9. 血液型キメラ 〈大坂顯通〉
 10. 血液新法・改正薬事法 〈加藤栄史〉
 11. 血管迷走神経反射 〈池田和真〉
 12. 血小板輸血不応状態 〈半田 誠〉
 13. 交換輸血 〈久田研,篠原公一〉
 14. 交差適合試験 〈大坂顯通〉
 15. 自己血輸血の種類 〈池田和真〉
 16. 自己血輸血のメリット・デメリット 〈池田和真〉
 17. 自動輸血検査機器 〈大坂顯通〉
 18. 成人T細胞白血病 〈大坂顯通〉
 19. 遡及調査 〈大坂顯通〉
 20. 遅発性輸血後溶血反応 〈馬場千華子,大戸 斉〉
 21. 白血球除去フィルター 〈大坂顯通〉
 22. 汎血球凝集反応 〈大坂顯通〉
 23. 不規則抗体 〈大坂顯通〉
 24. 変異型クロイツフェルトヤコブ病 〈大坂顯通〉
 25. 保存前白血球除去 〈大坂顯通〉
 26. 輸血関連急性肺傷害 〈菅野隆浩,大戸 斉〉
 27. 輸血後移植片対宿主病 〈馬場千華子,大戸 斉〉
 28. 輸血照合システム 〈大坂顯通〉
 29. 輸血による敗血症 〈菅野隆浩,大戸 斉〉
 30. 輸血による免疫抑制作用 〈尾形隆,大戸 斉〉
 31. 輸血療法委員会 〈加藤栄史〉
 32. Landsteinerの法則 〈大坂顯通〉
 33. リストバンド 〈大坂顯通〉

 索 引