これは困ったぞ,どうしよう!

 造血器腫瘍医療の現場で起きている変化を列挙すると,
 ・患者さんは増え続けているが,血液内科医を志望する若い先生方は減っているのでみんなが忙しい,
 ・WHO 分類などの新しい疾患分類や遺伝子診断などの新しい診断法が導入されている,
 ・分子標的療法などの新しい治療法も押し寄せている,
 ・造血幹細胞移植の方法にも大きな変化がみられ,その成績も向上してきている,
 ・患者さんや家族の,医師や看護師,病院に対する意識も大幅に変わってきている,
 ・パソコンでクリックすると患者さんでも病気についての詳しい情報が簡単に得られるほど医療情報は巷にあふれているが,勉強する時間を確保するのが難しい.

 がんの病態が遺伝子レベルで解明されるにつれて,治療法にも大きな変化が起きている.従来の抗がん剤は細胞分裂の盛んな正常細胞を中心に無差別的に傷害したが,分子標的治療薬は腫瘍細胞のみに作用するために,正常細胞に大きな傷害は起こりにくくなってきた.このように,つい数年前までは考えられなかったがん治療が始まり,その成果もすばらしい.われわれ造血器腫瘍の医療に従事するものにとっては,時代の変遷や科学の進歩とともに臨床を実践できるという夢のような新時代に生きているとの実感がもてるようになった.しかし,同時に抗がん剤の種類も増え,造血幹細胞移植療法も進化し,医療の現場には新しい情報が津波のように押し寄せることとなった.予期せぬ重篤な合併症が発生することもあり,患者さんからのむずかしい質問や注文に戸惑うことも多い.医師や看護師にとって,これまでに経験したことのない厳しい状況が起きてきている.そして,教科書や論文を探そうにも,答えの書いてない疑問や質問が多い.ある程度わかってはいるが,確信がもてない答えも多い.
 困ったときに,すばやく答えてくれる参考書があればいいなと思うことがしばしばある.ちょうどドラえもんの「どこでもドア」のようにドアを開けばどこへでも行ける,この本を開けば答えが書いてあるような本があってもいいのでは……ということで,この企画を考えた.日常診療で疑問に思っている,あるいは答えに窮した疑問点を列挙し,専門家の先生方に答えていただくという形式を取った.質問内容が拙劣なものもあろうかと思うが,お許しいただきたい.楽しみながらこの本をお読みになって,読者の皆さんが知らず知らずのうちに高いレベルの医療ができるようになればしめたものである.
 造血器腫瘍の診療には,他の腫瘍の診療であまり経験しない特徴がある.例えば,診断が難しい,抗がん剤が効きやすい,放射線療法が効きやすい,造血幹細胞移植が成功しやすい,造血の場である骨髄が傷害されるので白血球減少などのために患者の状態が急変しやすい,そして基礎研究の成果が容易に臨床に反映されるなどである.造血器腫瘍の医療に従事する方々は,ぜひともこのような疾患の特徴を正確に把握し,たえず勉学に励み,誠意をもって努力すれば,必ず良い結果が生まれると信じて,毎日をがんばって欲しい.
 最後に,お忙しいところをご執筆いただいた先生方に深く感謝申し上げます.また読者の方々で回答が欲しい質問事項がありましたら,ぜひとも出版社かわたしども編者に要望をお寄せくださいますよう,お願い申し上げます.進展しつつある造血器腫瘍に対する臨床に反映させ,次回の企画に役立たせていきたいと思います.

平成 18 年 7 月
編者


目次

I.白血病と関連疾患
  1.日常診療では AML の分類は FAB 分類に慣れているが,WHO 分類を使用すべきか.さてどうしよう? 〈栗山一孝〉
  2.末梢血白血球数 40 万/μl,うち 90%を芽球が占める.意識が朦朧としてきた.さてどうしよう? 〈土岐典子 宮脇修一〉
  3.APL 患者が緊急入院した.DIC を合併しているが,ヘパリンは使用すべきか,さてどうしよう? 〈川合陽子〉
  4.白血病(AML),白血球数 10 万/μl,血小板数 1 万/μl,広範な肺炎を合併している.どうしよう? 〈大崎洋平 宮脇修一〉
  5.AML の治療を開始したいが,歯周炎のために抜歯が必要とのこと.肛門周囲膿瘍も合併している.さてどうしよう? 〈脇本直樹 陣内逸郎〉
  6.Biphenotypic leukemia の診断がついた.治療はどうしよう? 〈猪口孝一〉
  7.AML の化学療法中に白血球数が低下し感染症が起きた.G‐CSF は使ってよいのか.さてどうしよう? 〈宮澤啓介〉
  8.Myeloid antigen 陽性 ALL で G‐CSF は使用してよいのか.さてどうしよう? 〈宮澤啓介〉
  9.妊娠 2 カ月の女性が AML とわかった.さてどうしよう? 〈猪口孝一〉
  10.エホバの証人の AML.寛解導入療法をどうしよう? 〈鈴木憲史〉
  11.高齢者 AML をどう治療する? 〈大田雅嗣〉
  12.心筋梗塞の既往がある EF 45%の AML.寛解導入療法の選択は,さてどうしよう? 〈脇本直樹 陣内逸郎〉
  13.AML の患者.化学療法後,骨髄では blast 2,3%,ただし形態学的に核小体明瞭,細胞質の塩基性が強い細胞が存在する.寛解と判断してよいか,さてどうしよう? 〈栗山一孝〉
  14.20 歳 AML.初回化学療法で寛解導入に成功.移植のタイミングはいつ?さてどうしよう? 〈浜埜康晴〉
  15.ATRA で再発した APL,さてどうしよう? 〈大西一功〉
  16.PhALL でイマチニブを併用したところ完全寛解になった.この後の治療はどうしよう? 〈大西一功〉
  17.ALL の治療中,脳実質に径 3 cm の孤立性腫瘤が発見された.どうしよう? 〈阿久津美百生〉
  18.ALL が再発した.さてどうしよう? 〈阿久津美百生〉
  19.CML に対しイマチニブを開始したところ,強い浮腫と顔面紅斑が出現した.さてどうしよう? 〈薄井紀子〉
  20.CML がイマチニブで CR を維持しているが,いつまで続けるのかと聞かれた.さてどうしよう? 〈田内哲三〉
  21.イマチニブで治療中の CML.造血幹細胞移植は必要ないのかと聞かれた.さてどうしよう? 〈薄井紀子〉
  22.CML にイマチニブが効いていない.さてどうしよう? 〈田内哲三〉
  23.イマチニブを用いていた CML‐CP の患者が AP/BC に移行した.さてどうしよう? 〈大西一功〉
  24.高齢者の MDS をどう治療する? 〈大田雅嗣〉
  25.本態性血小板血症で血小板数が 200 万/μl 以上.ハイドロキシウレアで 80 万〜100 万/μl 程度にコントロールされているが中止すると再度血小板は 200 万/μl 以上になる.二次性発がんも心配.さてどうしよう? 〈小松則夫〉
  26.52 歳の骨髄線維症.移植,脾摘,治療方針は? さてどうしよう? 〈浜埜康晴〉
  27.ハイドロキシウレアで良好なコントロールの MPD 患者が挙児を希望した.さてどうしよう? 〈小松則夫〉
  28.真性赤血球増加症患者の瀉血の目安がわからない.本当にヘマトクリット 45%を保つ必要があるか? また,ハイドロキシウレアを使うタイミングは? 〈小松則夫〉

II.悪性リンパ腫
  1.高齢者で,腹部に巨大腫瘤が触れる.表在リンパ節の腫脹はない.sIL‐2R は高い.さてどうしよう? 〈高橋直樹 新津望〉
  2.頚部リンパ節腫脹で受診.患者は悪性リンパ腫を心配している.生検をすぐやるべきか.さてどうしよう? 〈萩原由貴 新津望〉
  3.濾胞性リンパ腫,stageA.経過をみるべきか.さてどうしよう? 〈新津望〉 
  4.回盲部腫瘤の生検で Burkitt リンパ腫に一致した病理組織像が得られた.しかし,染色体検査では分裂像がなく,MYC/IgH の FISH は陰性で,MYC の Southern blot 法でも陰性.診断と治療を,さてどうしよう? 〈三木徹〉
  5.50 歳男性.発熱と LDH,CRP,sIL‐2R 上昇があり,意識は低下してきている.CT で脳梗塞様の変化がある.intravascular lymphoma(IVL)らしい. 〈末岡栄三朗〉
  6.56 歳男性.汎血球減少と発熱,sIL‐2R,LDH,フェリチンの上昇がある.骨髄は血球貪食症候群(HPS)を示す.HPS を起こしている基礎疾患の診断と治療はどうしよう? 〈末岡栄三朗〉
  7.22 歳男性.ALK 陽性,CD56 陽性の anaplastic large cell lymphoma で stage。B.治療はどうしよう? 〈鈴木律朗〉
  8.50 歳の ATLL リンパ腫型.血清カルシウム値が 16 mg/dl ある.さてどうしよう? 〈塚崎邦弘〉
  9.化学療法で寛解となった NHL.腹腔内リンパ節が腫大してきて sIL‐2R も上昇してきた.全麻下での生検をすべきか.さてどうしよう? 〈塚崎邦弘〉
  10.化学療法後寛解となったびまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫の経過をみるのに PET 検査までやる必要はあるか.また,保険適応は.さてどうしよう? 〈山本克也 波戸章郎 松井利充〉
  11.濾胞性リンパ腫の治療後に FDG‐PET を施行したところ,陰性だった.しかし CT では径 3 cm の後腹膜腫瘤を認める.さてどうしよう? 〈波戸章郎 山本克也 松井利充〉
  12.54 歳女性.IPI high‐intermediate のびまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫がある.移植は行うのがいいか.さてどうしよう? 〈山口素子〉
  13.Stage。の濾胞性リンパ腫で,R‐CHOP 療法後に再発した.さてどうしよう? 〈山口素子〉
  14.鼻 NK 細胞リンパ腫が再発した.さてどうしよう? 〈山口素子〉
  15.精巣原発 NHL が中枢神経系に再発した.生検は必要か?さてどうしよう? 〈佐々木純〉
  16.Non‐gastric MALT リンパ腫が再発した.さてどうしよう? 〈小林幸夫〉
  17.リツキシマブで低血圧になった.今後の投与速度や予防薬の使用法は,さてどうしよう? 〈磯部泰司〉
  18.リツキシマブと化学療法の併用は実際どうしたら効果があるかわからない.化学療法を先行させる,化学療法ごと,あるいは化学療法期間中は毎週行う.さてどうしよう? 〈磯部泰司〉

III.多発性骨髄腫と関連疾患
  1.MGUS の患者がいる.どう経過観察する? 多発性骨髄腫に移行するリスクは? 〈尾崎修治〉
  2.多発性骨髄腫での治療開始のタイミングがわからない.さてどうしよう? 〈尾崎修治〉
  3.多発性骨髄腫で血清 IgG 値が 13 g/dl ある.さてどうしよう? 〈半田寛 村上博和〉
  4.多発性骨髄腫で両側の下肢麻痺と膀胱直腸障害が急速に進んできた.さてどうしよう? 〈飯田真介〉
  5.多発性骨髄腫患者で,意識障害が急速に進んできた.さてどうしよう? 〈畑裕之〉
  6.60 歳,初発の骨髄腫.MP でみていく,それとも移植を念頭に VAD? さてどうしよう? 〈畑裕之〉
  7.VAD 療法と MP 療法のどっちが優れているのかと聞かれた.何と返事しよう? 〈服部豊〉
  8.未治療第 1 期多発性骨髄腫患者から,サリドマイドを使って欲しいといわれた.さてどうしよう? 〈服部豊〉
  9.サリドマイドで末梢神経障害がでた.効果は認めている.どうしよう? 〈三輪哲義〉
  10.IgG の M 蛋白が減少しているにもかかわらずリンパ節などの腫瘤増大を認めた.何が起こっているのだろう? さてどうしよう? 〈三輪哲義〉
  11.多発性骨髄腫で腰痛が悪化している.さてどうしよう? 〈飯田真介〉
  12.多発性骨髄腫でもう治療はやりつくしてしまった.患者から,プロポリス,アガリクス,サメ軟骨を使いたいと聞かれた.さてどうしよう? 〈奈良林至〉
  13.52 歳,多発性骨髄腫.auto‐PBSCT の後に再発.HLA 一致の弟がいる.今後の治療をさてどうしよう? 〈島崎千尋〉
  14.原発性マクログロブリン血症患者の意識が朦朧としてきた.血清 IgM 値が 11 g/dl ある.さてどうしよう? 〈半田寛 村上博和〉
  15.原発性マクログロブリン血症患者から自家末梢血幹細胞移植を受けたいといわれた.さてどうしよう? 〈島崎千尋〉
  16.multicentric Castleman 病にステロイドが効かなくなった.さてどうしよう? 〈飯田真介〉

IV.化学療法
  1.シクロホスファミドで出血性膀胱炎が起きた.さてどうしよう? 〈和久本芳彰〉
  2.ドキソルビシンを血管外に漏らしてしまった.さてどうしよう? 〈松葉祥一〉
  3.メトトレキサートでひどい口内炎ができた.さてどうしよう? 〈岡元るみ子 佐々木常雄〉
  4.ドキソルビシンで心不全が起きた.さてどうしよう? 〈吉田喬〉
  5.シスプラチンで吐き続けている.さてどうしよう? 〈吉田喬〉
  6.抗がん剤でひどい脱毛が起きた.若い女性患者は泣きじゃくっている.さてどうしよう? 〈松葉祥一〉
  7.腎障害がある患者に抗がん剤治療,さてどうしよう? 〈岡元るみ子 佐々木常雄〉
  8.著しい黄疸を認める.抗がん剤の投与量は,さてどうしよう? 〈有高奈々絵〉
  9.精神疾患で患者とはコミュニケーションがとれない.化学療法は,さてどうしよう? 〈奈良林至〉

V.支持療法・輸血
  1.白血球数 100/μl で,熱が急に 39℃まであがった.さてどうしよう? 〈吉田稔〉
  2.血小板数が 3,000/μl.しかし血小板を輸血しても血小板数は上がらない.さてどうしよう? 〈石田明〉
  3.白血球数が低く,感染症が続いている.白血球輸血をして欲しいと患者サイドから要望された.さてどうしよう? 〈加藤栄史 高本滋〉
  4.血液型が A 型の患者に B 型の赤血球を輸血してしまった.赤っぽい尿が出ている.血圧が下がってきた.さてどうしよう? 〈比留間潔〉
  5.血小板輸血をしている最中に急にショックになった.さてどうしよう? 〈石田明〉
  6.エホバの証人患者,輸血したいが,さてどうしよう? 〈比留間潔〉
  7.ST 合剤耐性カリニ肺炎らしい.治療はどうする? 〈吉田稔〉
  8.病院に無菌室がない.AML の患者が入院したが,一般の個室でも化学療法は大丈夫? ラミナエアフローは本当に効果あるの? 〈内田秀夫〉
  9.MDS の患者で輸血を繰り返していたら不規則抗体ができた.今後の輸血をどうしよう? 〈加藤栄史 高本滋〉

VI.造血幹細胞移植
  1.CHOP 療法を 5 回施行した後に末梢血幹細胞を採取しようとしたが充分量が取れない.さてどうしよう? 〈秋山秀樹〉
  2.急いで同種移植を行う必要がある.しかし,HLA が一致した兄弟はいない.バンクにするか,臍帯血にするか? 〈秋山秀樹〉
  3.末梢血から幹細胞を採取する日の朝になって発熱をきたした.さてどうする? 〈秋山秀樹〉
  4.バンクから移植を受ける予定の患者から,急性 GVHD の予防にはシクロスポリンとタクロリムスのどちらがよいか聞かれた.さてどう返事しよう? 〈豊嶋崇徳〉
  5.肝静脈閉塞症(VOD)らしい.診断と治療はどうしよう? 〈森毅彦〉
  6.TMA らしい.どうしよう? 〈森毅彦〉
  7.GVH 病をなくして GVL 効果を発揮できるような移植をして欲しいといわれた.さてどうしよう? 〈豊嶋崇徳〉
  8.慢性 GVHD を合併したらしい.さてどうしよう? 〈森慎一郎〉
  9.無菌室での感染予防はどこまですればよいかわからない.マスクは本当に効果あるの? 〈森慎一郎〉

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