最近の医療を巡る情勢の中で,最も大きく変革しつつある領域が,医学教育および臨床研修であろう.医学生においては共用試験が導入され,新人医師には臨床研修が必修化された.医学全般にわたり内容は益々高度かつ複雑になりつつあり,医学生や研修医など初学者が修めるべき必修項目は膨大ともいえる分量になっている.このような状況にあっては,医学知識の要点をいかに整理・体系化し確実・正確に修めることか,が重要となってくるであろう.
 さて呼吸器内科学は,肺・気管支・胸壁など呼吸に関わる臓器・器官を対象とする学問領域である.呼吸器系のもつ生理学的な存在意義は,ガス交換による酸素化およびホメオスターシス維持にある.肺は,容積としては人体最大の臓器であり,また気相・液相・固相の全てが密接に関わる場,という特徴がある.そのためか肺・気管支を構成する細胞成分は約40種類以上と極めて多岐にわたり,その複雑さがまた,感染・免疫・アレルギー・腫瘍など多彩な疾患が発症する素地ともなっているらしい.呼吸器内科学はこのように極めて広範な分野に関わる学問領域であり,その故に面白いと言えよう.しかしその反面,どうも呼吸器内科学を苦手,とする初学者が多いようである.
 本書は,呼吸器内科学をこれから学ぼうとする方を対象として,呼吸器系の構造・機能から各種症候,疾患の病態と臨床的要点を本書1冊で学ぶことができるよう,簡潔・明瞭に解説したテキストである.「百聞は一見にしかず」といわれるように,基本的知識から臨床指針まで可能な限り「図解的に解説し,視覚的に学べる」よう構成されている.多忙な医学生,研修医など初学者にとっては,本書のような試験・臨床に直結する簡便・簡明な図解テキストが待ち望まれていたように思われる.  今日,高齢化や環境の悪化などにより呼吸器疾患症例は益々増加する傾向にある.そして明日の呼吸器内科学を担うのは,現在の医学生・研修医など初学者の諸氏であろう.本書が,ともすれば呼吸器疾患のもつ難解なイメージを払拭し,呼吸器内科学の普及,呼吸器臨床の向上に寄与することを期待したい.最後に,本書の作成にご尽力頂いた執筆者の諸先生方および中外医学社編集企画部に深甚の謝意を表する.

2006年3月
長瀬隆英


目次

1.肺の構造と機能 1
  1.肺の構造  <仁木利郎> 1
  2.肺の機能  <木野博至> 4

2.主要症状の病態と鑑別 9
  1.咳  <藤村政樹> 9
  2.痰  <須藤英一> 12
  3.呼吸困難  <海老原 覚> 15
  4.喀血  <入谷栄一 桂 秀樹> 17
  5.胸痛  <橋本 修> 20

3.診察 23
  1.視診,触診,打診  <大石展也> 23
  2.聴診  <米丸 亮 阿部 直> 26
  3.酸素飽和度測定(パルスオキシメトリー)  <久保田 勝 小林弘祐> 29

4.検査 32
  1.呼吸機能検査  <桑平一郎> 32
  2.血液ガス分析  <平井豊博> 38
  3.胸部単純レントゲン  <永田泰自> 40
  4.胸部CT  <三嶋理晃> 46
  5.喀痰検査  <石井 彰> 49
  6.胸水検査  <石井 彰> 53
  7.気管支鏡検査  <北村 諭> 57
  8.胸腔鏡下肺・胸膜生検  <河野 匡> 62

5.治療 65
  1.吸入療法  <大和田明彦> 65
  2.酸素療法  <室 繁郎> 68
  3.人工呼吸  <鈴川正之> 74
  4.胸腔ドレナージ  <竹内惠理保> 80
  5.呼吸リハビリテーション  <黒澤 一> 83
  6.肺移植  <伊達洋至> 89

6.呼吸不全 92
  1.急性呼吸窮迫症候群(ARDS),急性肺傷害(ALI)  <長谷川直樹 石坂彰敏> 92

7.呼吸調節の異常 97
  1.睡眠時無呼吸症候群  <赤柴恒人> 97
  2.過呼吸症候群  <福原俊明> 102

8.感染症 104
  1.普通感冒,流行性感冒(インフルエンザ)  <加地正英 相澤久道> 104
  2.細菌性肺炎  <長瀬隆英> 108
  3.レジオネラ肺炎  <中村博幸 大石修司 松岡 健> 114
  4.肺膿瘍,膿胸  <村山芳武> 117
  5.マイコプラズマ肺炎 -- クラミジア肺炎(非定型肺炎)  <武内浩一郎> 120
  6.嚥下性肺炎  <大類 孝> 123
  7.肺結核,気管支結核  <下方 薫> 127
  8.非結核性抗酸菌症  <久田哲哉> 132
  9.肺アスペルギルス症  <倉島篤行> 136
  10.ニューモシスチス肺炎  <奥川 周> 143
  11.寄生虫疾患  <田窪敏夫> 145

9.アレルギー疾患 149
  1.気管支喘息  <山縣俊之 一ノ瀬正和> 149
  2.好酸球性肺炎  <山口哲生 外山真一> 153
  3.アレルギー性気管支肺真菌症  <福山俊一郎 永田 真> 156
  4.過敏性肺炎  <吉澤靖之> 158
  5.ANCA関連血管炎  <滝澤 始> 164

10.腫瘍性疾患 171
  1.原発性肺癌  <高山浩一 中西洋一> 171
  2.転移性肺腫瘍  <水口英彦> 176
  3.良性肺腫瘍  <中島 淳> 183
  4.胸膜中皮腫  <八木敦子 渋谷昌彦> 186
  5.縦隔腫瘍  <大政 貢 福瀬達郎 和田洋巳> 190

11.炎症性気道疾患 194
  1.COPD,肺気腫,慢性気管支炎  <西村正治> 194
  2.びまん性汎細気管支炎  <杉山幸比古> 199
  3.副鼻腔気管支症候群  <杉山幸比古> 202

12.間質性肺疾患 205
  1.特発性間質性肺炎  <千田金吾> 205
  2.膠原病に伴う間質性肺炎  <田中良一> 210
  3.じん肺症  <土肥 眞> 215
  4.薬剤性肺炎  <山口正雄> 219
  5.放射線肺炎  <山口正雄> 221

13.肺循環の異常 223
  1.肺動静脈瘻  <古和田浩子 山内広平> 223
  2.肺分画症  <古和田浩子 山内広平> 225
  3.肺血栓塞栓症  <熊本牧子 濱田 薫 木村 弘> 227
  4.原発性肺高血圧症  <巽 浩一郎> 231
  5.肺性心  <巽 浩一郎> 235
  6.肝肺症候群  <陳 和夫> 239

14.その他の呼吸器疾患 242
  1.サルコイドーシス  <慶長直人> 242
  2.肺胞蛋白症  <高田俊範 中田 光> 246
  3.リンパ脈管筋腫症  <瀬山邦明> 249
  4.胸水  <松瀬厚人> 253
  5.気胸  <佐々木昌博> 255

索 引  259