近年生命科学の進歩の速さには刮目すべきものがある.とりわけ内分泌・代謝の領域は分子生物学,細胞生物学,免疫学,電気生理学などの基礎研究の技法を取り込み,古典的内分泌学とはアプローチをまったく異にした新たな学問の分野を構築しつつある.臨床との関連においても,古典的な内分泌臓器の病理を扱う内分泌学から,循環器系,消化器系,骨代謝,悪性腫瘍など多くの領域にまたがる横断的な学問分野となってきている.従ってそのカバーする領域は加速度的に拡大し,多くの研究者が参与してきており,ややもすればその学問大系は曖昧なものになりつつあるといえる.こういう状況下でのこのAnnual Reviewは当該領域の1年間の進歩を鳥瞰でき,またそれにより急速に膨張を遂げている内分泌代謝の学問分野の正しい位置付けを可能にするものである.

 個々人が関わる研究領域はごく限られた範囲であるが,研究の着想や方法論は,各領域で共通なものが多い,本書は内分泌・代謝におけるさまざまな仕事が包括的に紹介されており,専門外の領域の進歩から自らの研究を推進するヒントが得られるものと期待される.

 本書は各種ホルモン,糖尿病に代表される内分泌疾患,各代謝疾患などに関する毎年の新知見がシリーズとして継続的にレビューされている.さらに“トピックス”という項目を設けて,当該年度に注目を集めた話題を取り上げ,この領域の先端的研究の趨勢をも窺い知ることができるようになっている.

 多くの情報が氾濫し混乱を極めている現在各領域毎にエキスパートが整理して,1年間の進歩を読み物としてまとめていただいているという点でも大変特色がある書といえる.臨床,研究,教育など幅広く利用していただくことを希望している.

 最後に多忙にもかかわらず,多数の文献を渉猟し,明解なレビューを作成された各著者に編者一同深く感謝申し上げたい.

1995年12月

編者一同

岡 博   金澤康徳  田中孝司  武谷雄二 編集

著者

池田恭治  下村伊一郎 船橋 徹  松沢佑次  曽田雅之  

水沼英樹  川崎英二  長瀧重信  田原保宏  島 健二  

仁木一郎  山下俊一  高村 昇  横山直方  木村時久  

巽 圭太  網野信行  森 祐一  馬渕 宏  木下 誠  

寺本民生  藤森 新  衛藤義勝  池上博司  萩原俊男  

富永真琴  七里元亮  岸川秀樹  荒木栄一  丸山 博  

仲本信也  河盛隆造  鈴木研一  後藤由夫  柴 輝男  

伊藤嘉人  羽田勝計  伴野 一  宇都木敏浩 河津捷二  

橋本浩三  高尾俊弘  武田京子  飯田さよみ 森脇 要  

村田善晴  村松正明  平井愛山  寺野 隆  田村 泰  

平田結喜緒 羽二生邦彦 沖 隆   吉見輝也  橋爪潔志  

田坂慶一  三宅 侃  菅沼信彦  石原 豊  山路 徹  

高松順太  江藤澄哉  森本勲夫  山本通子  村上健彦  

田中俊一  関原久彦  安田圭吾  大洞尚司  鈴木洋通  

中井利昭  北村雅哉  奥山明彦  丸尾 猛  松尾博哉  

望月眞人  岩動孝一郎

目次

I.トピックス

A.代謝

1.悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症 〈池田恭治〉 1

病態 診断 治療 悪性腫瘍におけるPTHRP遺伝子の発現機構

2.肥満の分子機構 〈下村伊一郎 船橋 徹 松沢佑次〉 8

遺伝性肥満の研究 脂肪細胞の増殖および分化に関与する遺伝子群 肥満合併症発症の分子生物学

3.エストロゲンによる骨粗鬆症の治療 〈曽田雅之 水沼英樹〉 14

投与対象と投与法 コンプライアンス 低用量エストロゲンを用いたHRT 乳癌に対するリスク 子宮内膜に対するスクリーニング エストロゲンのアンタゴニスト

B.糖尿病

1.GAD抗体とIDDM 〈川崎英二 長瀧重信〉 19

GADとは GAD抗体はどのようにして見つかった IDDMにおけるその他の膵自己抗体 GAD抗体測定法 IDDMの病態におけるGADおよびGAD抗体の役割 IDDMにおけるGAD抗体 GAD抗体とIDDMの発症予知

2.HbA1C その関連話題 〈田原保宏 島 健二〉 26

GHb測定値の標準化 GAの実用化と臨床応用 糖化蛋白の臨床的意義

3.スルフォニル尿素レセプター 〈仁木一郎〉 32

スルフォニル尿素の作用 スルフォニル尿素レセプターのクローニング これからの展望

C.内分泌

1.バセドウ病眼症の成因 〈山下俊一 高村 昇 横山直方〉 37

バセドウ病眼症とは 病態生理 鑑別診断 自己免疫異常 TSH受容体 その他 今後の研究の展望

2.Vasopressin antagonistの臨床応用 〈木村時久〉 45

受容体と拮抗剤 臨床応用

3.PIT1遺伝子と下垂体疾患 〈巽 圭太 網野信行〉 51

Pit-1/GHF-1とは Pit-1/GHF-1と下垂体疾患

4.TBG異常症の遺伝子解析 〈森 祐一〉 58

正常TBG(TBG-C) 先天性TBG異常症

II.代謝

1.高脂血症

a.成因と病態 〈馬渕 宏〉 65

リポタンパクレセプターと家族性高コレステロール血症の成因 低HDL-コレステロール症候群 Lysosomal acid lipase(LAL) 胆汁酸輸送蛋白

b.治療 〈木下 誠 寺本民生〉 71

動脈硬化予防試験(prevention study) 遺伝子治療 血管内皮細胞 食事療法 薬物療法

2.プリン代謝異常 〈藤森 新〉 76

痛風・高尿酸血症に関する新しい知見 プリン代謝の酵素異常に関する新知見

3.先天代謝異常症 〈衛藤義勝〉 81

アミノ酸代謝異常症 有機酸代謝異常症 糖原病 リピドーシス ムコ多糖症 神経筋疾患 その他の疾患

III.糖尿病

1.成因

a.成因 〈池上博司 萩原俊男〉 86

IDDMの成因 NIDDMの成因

b.疫学 〈富永真琴〉 92

IDDMの疫学 NIDDMの疫学

2.病態 〈七里元亮 岸川秀樹 荒木栄一〉 97

インスリン依存型糖尿病(IDDM)の成因 NIDDMの病態

3.治療

a.食事療法,運動療法 〈丸山 博 仲本信也〉 102

食事療法 運動療法

b.薬物療法 〈河盛隆造〉 110

インスリン製剤の改良 インスリン抵抗性糖尿病やNIDDMに対するIGF-Iの投与 インスリン抵抗性改善剤による糖尿病の治療

4.合併症

a.神経 〈鈴木研一 後藤由夫〉 115

成因 酸化・過酸化,フリーラジカル 栄養学的異常 糖化糖代謝障害 成長因子 診断学的問題 糖尿病性神経障害治療の問題

b.網膜症 〈柴 輝男 伊藤嘉人〉 121

網膜症の成因 クリニカルデータ

c.腎症 〈羽田勝計〉 129

糖尿病性腎症の成因(human study) 糖尿病性腎症の成因(実験動物,in vitroでの成績) 糖尿病性腎症の病態 糖尿病性腎症の治療

d.動脈硬化 〈伴野 一 宇都木敏浩 河津捷二〉 134

インスリン抵抗性と冠動脈疾患 脂質代謝異常 虚血性心疾患 脳血管障害 IGT:Impaired glucose tolerance

IV.内分泌

A.総論

1.作用機序

a.ペプチドホルモン 〈橋本浩三 高尾俊弘 武田京子〉 139

受容体 三量体G蛋白 細胞内情報伝達系としてのJak-STAT系

b.ステロイドホルモン 〈飯田さよみ 森脇 要〉 147

受容体構造とその機能 受容体と他の転写因子 受容体異常の臨床

c.甲状腺ホルモン 〈村田善晴〉 151

甲状腺ホルモン作用機構に関する新たな知見 甲状腺ホルモンの末梢作用に関して

2.サイトカインと成長因子 〈村松正明〉 163

サイトカイン 成長因子 TGF-βファミリー

3.プロスタノイド 〈平井愛山 寺野 隆 田村 泰〉 168

プロスタノイドの生合成酵素に関する話題 プロスタノイド受容体 ホルモンとプロスタノイドに関する話題

4.Na利尿ホルモン 〈平田結喜緒〉 173

神経系以外の組織でのCNPの発現 血管系のCNPの作用機序 心筋でのNPレセプターとその作用 ANPとGC-A遺伝子欠損動物

B.各論

1.視床下部 下垂体

a.成長ホルモンとGHRH 〈羽二生邦彦〉 177

GHRHとソマトスタチン GHおよびPit1 GHRとチロシンキナーゼ 末端肥大症の病因 GHと体脂肪 GH releasing substance

b.ACTHとCRF 〈沖 隆 吉見輝也〉 187

CRF,ACTH分泌調節 CRF knock-out mouse Cushing病 CRF受容体 ACTH受容体

c.TSHとTRH 〈橋爪潔志〉 193

TRH合成分泌の調節 TRHの作用機序 TSH合成分泌調節 TSH受容体の発現 TSH受容体の機能

d.ゴナドトロピンとGnRH 〈田坂慶一 三宅 侃〉 200

GnRH合成,分泌調節 GnRHレセプター GnRHレセプターの合成調節 GnRHによるゴナドトロピン分泌と細胞内カルシウム GnRHによるゴナドトロピン分泌とPKC GnRHによるゴナドトロピン分泌と低分子量GTP結合蛋白 インヒビン,アクチビン,フォリスタチンとゴナドトロピン分泌

e.プロラクチン 〈菅沼信彦 石原 豊〉 209

視床下部 下垂体におけるPRL合成,分泌調節 下垂体以外でのPRL合成分泌調節 PRLの作用 PRL-R 臨床研究

f.抗利尿ホルモン 〈山路 徹〉 214

バゾプレッシン受容体の構造 水チャンネルの役割 遺伝性腎性尿崩症の病因 Organic osmolyteと脳橋中心髄鞘崩壊 バゾプレッシンニューロンのグルココルチコイド受容体 バゾプレッシン拮抗薬の臨床応用

2.甲状腺

a.甲状腺機能亢進症 〈高松順太〉 220

TSHレセプター遺伝子の変異 放射性ヨウ素療法

b.甲状腺炎と甲状腺機能低下症 〈江藤澄哉 森本勲夫〉 225

T・Bリンパ球とTSHレセプター TSHレセプター遺伝子異常 妊娠・出産と甲状腺機能異常 インターフェロン-αによる免疫異常 ヨード摂取異常による甲状腺機能低下

3.副甲状腺ホルモンとカルチトニン 〈山本通子 村上健彦〉 231

PTH CT ビタミンD

4.副腎皮質

a.副腎アンドロジェン 〈田中俊一 関原久彦〉 238

副腎アンドロジェンの免疫調節作用 副腎アンドロジェンの代謝調節作用 インスリンによる副腎アンドロジェン産生調節

b.糖質コルチコイド 〈安田圭吾 大洞尚司〉 242

先天性副腎皮質過形成(CAH) 副腎皮質機能低下症 副腎腫瘍

c.レニン アンジオテンシン アルドステロン系 〈鈴木洋通〉 247

組織R-A-A系 心血管系以外の組織R-A-A系 アンジオテンシン(A)II受容体 レニン アンジオテンシン系構成因子と心血管系疾患の関わり 増殖因子としてのアンジオテンシン

II アンジオテンシンIIと物理的因子との関連 アルドステロン

5.副腎髄質 〈中井利昭〉 251

多発性内分泌腺腫症(MEN)2A,2B型の分子遺伝学的研究 カテコールアミン合成・分泌の分子生物学的研究 アドレノメデュリン発現後の知見の進展 臨床的知見

6.性腺

a.男子 〈北村雅哉 奥山明彦〉 255

性腺分化 精子形成 内分泌機能 最近のトピック

b.女子 〈丸尾 猛 松尾博哉 望月眞人〉 258

卵巣 子宮 胎盤

7.性分化,発達の異常 〈岩動孝一郎〉 264

SRYその他による性決定機構の解明の研究の展開 系統発生学的にみた性の決定 未分化期の性腺でのステロイド合成系酵素の証明 Androgen Receptor(AR)とその異常 男性仮性半陰陽

索引 269