昨今ライフスタイルの変化が著しく,疾病の発症においても遺伝的素因のみならず,環境要因の占める役割が大きくなりつつある.一時代前には,疾病を発症しないはずの病的遺伝子が,環境要因の悪化と共に重大な病的遺伝子となりつつある.しかし,その病的遺伝子の解明は少しずつ知見を増やしているものの,多因子疾患の遺伝的背景が解明されるには,まだまだ時間がかかりそうである.

 環境要因について考えると,従来の日本人のライフスタイルで問題になることといえば,低カロリー,低蛋白,高食塩である.こんな時代にはおそらく高血圧や抵抗力の低下が大きな問題となり,高血圧に基づく脳血管障害や抵抗力不足に伴う感染症が日本人の生命予後を大きく左右していた.翻って現在は高カロリー,高脂肪,運動不足の時代である.食糧難の続いた人類の歴史の中では未体験の時代といってよいが,問題はその居心地の良さにある.従来のライフスタイルに比較して,特に中年以後では現代のライフスタイルに対して生活の満足感や快適さを感じているはずであるし,若年者にとっては既に日常的なスタイルとなっている.こんな時代に内分泌代謝領域の種々の病態が問題となりつつある.高血圧は高食塩から病態をかえて高カロリーの病態が問題となりつつある.新たに,肥満,高脂血症,糖尿病が問題となり,厚生省は生活習慣病と名付けている.結果としては動脈硬化症に基づく虚血性心疾患が生命予後を左右する問題として浮上している.人類の過去には社会問題とならなっかた病態が,現在では生活習慣病として社会問題化し始めているともいえる.

 疾病の発症におけるこのライフスタイルの変化に伴う影響を決して無視できないことが,最近の内分泌代謝学の変化の中からも見てとることができる.新しい遺伝素因の発見と共に,肥満や心血管系,老化に新しい内分泌代謝学の発展を読みとることができる.最後に内分泌代謝学の幅広い領域において,1998年のトピックスを詳述して頂いた各著者に感謝すると共に,本書が読者諸兄の臨床,教育,研究の一助となることを期待している.

1997年12月

編者一同

金澤康徳  田中孝司  武谷雄二  山田信博 編集 

著者 

齋藤 康  寺本民生  横出正之  竹内靖博  小川 渉

春日雅人  石井英博  梅田文夫  西村治男  細田公則

中尾一和  金澤康徳  岡谷裕二  柳瀬敏彦  大庭功一

名和田 新 江川新一  有田和徳  右田圭介  隅田昌之

新井桂子  成瀬光栄  出村 博  笹野公伸  飯野和美

長野 豊  及川眞一  刈田明代  小竹英俊  鎌谷直之

内野高子  太田孝男  花房俊昭  河津捷二  笹岡利安

小林 正  柏木厚典  豊田隆謙  戸塚康男  堀田 饒

山下英俊  山本禎子  磯貝 庄  多田久也  篠崎一哉

日高秀樹  片上秀喜  深田順一  葛谷信明  植村次雄

安田勝彦  松岡 進  神崎秀陽  石川三衛  山田正信

森 昌朋  遠藤登代志 相吉悠治  稲葉雅章  後藤公宣

高柳涼一  名和田 新 小島元子  片山茂裕  野城孝夫

三浦幸雄  高 栄哲  並木幹夫  吉村泰典  尾込智峰子

宮地幸隆  佐藤幹二  渡辺 毅  田中一成  中尾一和

板東 浩  木村建彦

内分泌,代謝 1998 目 次

I.トピックス

 A.代 謝

1.高脂血症診療の新しいガイドライン  <齋藤 康>   1

高脂血症をスクリーニングするための指針  日本における新しいガイドライン

2.プラークの安定化  <寺本民生>   7

プラークの形成メカニズム  プラークの破綻  内皮細胞機能  プラークの安定化

3.細胞内脂質代謝の転写因子(SREBP)  <横出正之>   12

細胞内におけるステロールレベルに関与する分子群とその調節機構  SREBPの生体内での役割

4.骨粗鬆症とbisphosphonate  <竹内靖博>   19

ビスフォスフォネートの概要と特徴  ビスフォスフォネートの作用機序  ビスフォスフォネートの骨代謝に対する作用  ビスフォスフォネートの周期的投与による骨粗鬆症の治療  ビスフォスフォネートの連続投与による骨粗鬆症の治療  ビスフォスフォネート治療の問題点  続発性骨粗鬆症に対するビスフォスフォネートの効果  悪性腫瘍の骨転移に対するビスフォスフォネートの効果

 B.糖尿病

1.インスリンの情報伝達系  <小川 渉 春日雅人>   27

IRS蛋白とPH・PTBドメイン  IRS蛋白とその結合分子  PI3-キナーゼと糖取り込み  PI3-キナーゼのエフェクター分子  蛋白合成促進の分子機構  他の代謝作用の分子機構  ShcとRas-MAPキナーゼカスケード

2.合併症とPKC  <石井英博 梅田文夫>   34

糖尿病におけるPKC活性化機構  糖尿病とPKC活性  PKCと糖尿病合併症

3.レプチン−最近の展開  <西村治男 細田公則 中尾一和>   40

レプチンの発見  ob遺伝子の発現調節  レプチンの中枢作用  レプチンの末梢作用  レプチン受容体  ヒトの肥満とレプチン  性ホルモンとレプチン

4.新しい糖尿病診断基準  <金澤康徳>   46

糖尿病診断基準の歴史  American Diabetes Association(米国糖尿病学会)の診断基準委員会の新しい勧告  我が国での現状

 C.内分泌

1.メラトニン−内分泌と生殖生理  <岡谷裕二>   50

メラトニンの産生と調節  メラトニンの作用機序  メラトニンと生殖生理

2.性腺,副腎の分化と転写因子  <柳瀬敏彦 大庭功一 名和田 新>   56

Ad4BP/SF-1  DAX-1  WT1

3.多発性内分泌腫瘍の保因者診断と発症予防  <江川新一>   64

MEN1  MEN2  遺伝子診断の目的・注意点

4.Pituitary incidentaloma  <有田和徳 右田圭介 隅田昌之>   69

剖検ならびに画像診断における頻度  自然経過  診断  治療計画

5.Liddle症候群と病因遺伝子  <新井桂子 成瀬光栄 出村 博>   78

アミロライド感受性ナトリウムチャンネル  Liddle症候群の病因の分子生物学的機構

6.副腎皮質腫瘍の病理診断−最近の進歩  <笹野公伸 飯野和美>   82

腫瘍付随副腎皮質におけるDHEA-STの発現  Ad4BPと副腎皮質腫瘍  副腎皮質腫瘍の良,悪性の鑑別診断と細胞増殖

II.代 謝

1.高脂血症

 a.成因・病態  <長野 豊>   87

モデル動物を用いた高脂血症・動脈硬化へのアプローチ  変性LDLと動脈硬化  高脂血症患者における臨床的検討

 b.治 療  <及川眞一 刈田明代 小竹英俊>   91

食事療法  薬物療法  特殊療法  種々の病態・臓器障害と治療  治療の費用効果

2.プリン代謝異常  <鎌谷直之>   96

尿酸酸化酵素欠損と痛風  HPRT欠損症  APRT欠損症  ADA欠損症  PNP,MTAP欠損症  Xanthine dehydrogenase欠損症  痛風の臨床  低尿酸血症

3.先天性代謝異常−遺伝子治療の現況  <内野高子 太田孝男>  100

アデノシンデアミナーゼ欠損症  先天性高アンモニア血症  フェニルケトン尿症

III.糖尿病

1.成 因

 a.成 因(IDDM,NIDDM)  <花房俊昭>  103

IDDMの成因  NIDDMの成因

 b.疫 学  <河津捷二>  107

1型糖尿病の疫学  2型糖尿病の疫学  糖尿病合併症の疫学・生存率・死亡率

2.病 態  <笹岡利安 小林 正>  115

インスリン分泌に関する病態  インスリン作用に関する病態

3.治 療

 a.食事療法  <柏木厚典>  120

栄養摂取と糖尿病発症の問題  糖尿病の病態と栄養管理の科学的背景

 b.薬物療法  <豊田隆謙>  126

経口血糖降下薬  食後高血糖抑制薬  インスリン抵抗改善薬(insulin resistance reducer, insulin sensitizer)  インスリン注射

 c.運動療法  <戸塚康男>  132

運動療法によるインスリン抵抗性改善のメカニズム  運動と脂肪組織,レプチン  肥満と運動療法  運動療法の有効性

4.合併症

 a.神 経  <堀田 饒>  137

疫学,成因  臨床所見,診断  管理,治療

 b.網膜症  <山下英俊 山本禎子>  145

糖尿病網膜症の病態研究  網膜症の治療について  今後の課題

 c.腎 症  <磯貝 庄 多田久也>  152

遺伝因子  成因  病態  治療(進展阻止)

 d.動脈硬化症  <篠崎一哉 日高秀樹>  157

疫学研究  臨床研究および実験的研究

IV.内分泌

1.視床下部-下垂体

 a.GH/GHRH  <片上秀喜>  162

GHS Rc遺伝子の単離・同定とGHRH作用との関係  GH細胞の発生分化  GH産生腫瘍  GH情報伝達  臨床研究  ノックアウトマウスならびにトランスジェニックラットからの問い

 b.ACTHとCRF  <深田順一>  180

CRFの合成・分泌に関する基礎的研究  CRFの作用に関する基礎的研究  CRF以外の因子の下垂体corticotrophへの効果  ACTHの作用に関する基礎的研究  CRHとACTHの臨床(視床下部-下垂体領域)  CRH,ACTHに関するその他のトピックス

 c.TSHとTRH  <葛谷信明>  190

TRH遺伝子とその転写調節およびposttranslational processing  TRH受容体  Pit-1

 d.ゴナドトロピンとGnRH  <植村次雄>  194

GnRH  ゴナドトロピン

 e.プロラクチン  <安田勝彦 松岡 進 神崎秀陽>  199

PRL産生・分泌調節  PRL-R  PRLの作用  臨床研究

 f.バゾプレッシン(AVP)  <石川三衛>  207

バゾプレッシンの分泌と中枢性尿崩症  バゾプレシンの作用

2.甲状腺

 a.甲状腺機能亢進症  <山田正信 森 昌朋>  212

抗TSHレセプター抗体の特徴  異常TSHレセプターによる疾患  甲状腺外の組織におけるTSHレセプターの発現  その他

 b.甲状腺機能低下症と甲状腺炎  <遠藤登代志>  217

トピックス  非自己免疫性甲状腺機能低下症  橋本病  診断と治療  甲状腺機能低下症,甲状腺炎と関連した事項

 c.甲状腺腫瘍  <相吉悠治>  222

放射線と甲状腺癌  甲状腺分化癌の診断  甲状腺分化癌の治療  甲状腺髄様癌の診断  甲状腺髄様癌の治療法  甲状腺分化癌の癌遺伝子  甲状腺分化癌細胞の実験系  予後因子  その他

3.副甲状腺ホルモンとカルシトニン  <稲葉雅章>  227

PTH/PTHrP  カルシトニン

4.副腎皮質

 a.副腎アンドロゲン  <後藤公宣 高柳涼一 名和田 新>  234

DHEAと免疫系  副腎アンドロゲンと骨  DHEAの産生部位,DHEAと肥満,前立腺癌

 b.糖質コルチコイド  <小島元子>  239

副腎皮質機能低下症  副腎皮質酵素欠損症  副腎皮質腫瘍および結節

 c.レニン-アンジオテンシン-アルドステロン  <片山茂裕>  244

Gitelman症候群とBartter症候群  Liddle症候群  僞性低アルドステロン症  AME(apparent mineralcorticoid excess)

5.副腎髄質  <野城孝夫 三浦幸雄>  248

褐色細胞腫  カテコールアミン合成酵素のジーンターゲティング

6.性 腺

 a.男 子  <高 栄哲 並木幹夫>  254

性腺分化  精子形成  内分泌機能  最近のトピックス

 b.女子−成長因子の役割  <吉村泰典>  257

下垂体  卵巣  子宮,卵管

7.性分化・発達の異常  <尾込智峰子 宮地幸隆>  262

未分化生殖腺の形成  生殖腺への分化  性分化にかかわるレセプター異常  性ホルモン合成酵素異常

8.サイトカインと成長因子  <佐藤幹二>  267

成長ホルモン  IGF-1  Fibroblast growth factor (FGF)  Vascular endothelial growth factor (VEGF)  Transforming growth factor-β (TGF-β)  PTH/PTHrP  IL-1/TNF-α/IL-6

9.エイコサノイド  <渡辺 毅>  273

遺伝子組み替えマウスで判明する生理的意義  核内受容体PPARの内因性リガンドとしてのエイコサノイド  プロスタグランジン輸送蛋白の同定  ロイコトリエンB4受容体と代謝酵素のクローニング  PAF分解酵素の遺伝子変異と疾患  進むanandamideの代謝・作用機構の解明  消化管でのCOX-2の役割;消化性潰瘍と大腸癌  細胞質型と分泌型PLA2の生理的役割

10.心血管ホルモン  <田中一成 中尾一和>  279

ナトリウム利尿ペプチド  エンドセリン  アドレノメデュリン

11.多発性内分泌腺腫瘍(MEN)  <板東 浩 木村建彦>  284

MENの臨床像  MENの診断  MENの治療の進歩  MEN-1の遺伝子異常  MEN-2の遺伝子異常

索 引    289