序
2000年を迎えることはきわめて意義深く,人はこれをミレニアムとよぶ.1000年に一度の特別な時期を体験できることは偶然とはいえ,何十代もの祖先も,次世代の末裔も暫くはこのような恩恵に浴することはない.と思えばこの時期を体験できることを素直に喜びたい.
さて,腎臓学の研究も他分野と同様に,遺伝子との関連抜きには存在し得ない.従って「Annual Review 腎臓2000」で取り上げたテーマの中にも分子とか遺伝子,チャネル,受容体,トランスポーターなどのキーワードが諸処に出て来る.特にBasic Nephrology,間質・尿細管,腎臓と血圧,泌尿器科領域,電解質・酸塩基平衡,と実に多くの項目が遺伝子関連のトピックスで占められるに至った.
腎疾患を含む多くの難病が遺伝子異常にその原因を見出すことができるものと期待されている.ヒトの体内で機能している遺伝子は約10万と推定されているが,あるいはそれをはるかに越える数にのぼる可能性も考えられる.ともあれ,ヒトゲノムプロジェクトは着実に進展をみせ,1999年12月には染色体22の全構造が明らかにされた.ヒトゲノム全構造の解析が終了する時期は,当初の予定では2003年であったが少し早まる気配もみせ始めており,2002年には終了する可能性が出てきた.ここで早合点をしないように注意していただきたい.本書の中に登場する遺伝子は機能が明確になっているものがほとんどであり,それゆえに数は多くない.ヒトゲノムで発表される遺伝子構造の中に含まれるものの多くは機能が不明のままであり,構造のみの解明である.それゆえに2002年ないし2003年を期して遺伝子の全てが理解されるという訳ではない.これからは新しい困難な時期を迎えると考えた方がよい.構造は分かったが,機能との対応が残された課題であり,この解析に一体何年かかるかは現時点では予測することが難しい.
ミレニアムを迎え,さらにポストヒトゲノム時代に進む中で,腎臓(病)学の飛躍的な発展が間違いなく期待される.腎機能を支える新しい遺伝子が発見されるとその変異が存在し,ある種の腎疾患の原因解明への糸口となることは想像に難くない.本書でも各テーマの解説の中でそのような可能性がすでに述べられている.読者の方は,近代の関連学問分野の進歩を貪欲にまで取り込んだ「Annual Review 腎臓2000」を充分に堪能されるものと信ずる次第である.
例年のことですが,本書に対する御意見や御要望または御叱責など遠慮なくお寄せください.今後の企画に反映させたいと考えております.
2000年1月
編集者一同
長澤俊彦 伊藤克己 浅野 泰 遠藤 仁 東原英二 編集
著者
石原(小原)朋子 望月俊雄 土谷 健 宮崎陽一 市川家国
伏見清秀 中島敦夫 関根孝司 宮川三平 若松智子 藤田公生
木曽原 悟 外山 宏 前田寿登 山崎康司 槇野博史 遠藤正之
宗 正敏 内田啓子 竹内昭彦 吉澤信行 武田理夫 遠藤 仁
山内 淳 早野順一郎 木村玄次郎 土谷 健 三室知子 二瓶 宏
金 勝慶 松原光伸 宮田敏男 上田裕彦 黒川 清 高光義博
中西 健 井上 徹 秋澤忠男 岡本昌典 越川昭三 副島昭典
松澤直輝 長澤俊彦 安藤康宏 中本雅彦 柳田太平 松尾賢三
鈴木盛一 小野佳成 相川 厚 白髪宏司 伊藤克己 服部元史
秋岡祐子 楊 国昌 片岡佐依子 佐藤一朗 伊丹儀友 大平整爾
谷 憲三朗 野田治久 金城真実 東原英二 正井基之 伊藤晴夫
関 常司 桑原道雄 水野信哉 中村敏一 清水不二雄 池原 進
目 次
I.Basic Nephrology
1.腎臓の発生におけるシグナル因子の役割 <石原(小原)朋子> 1
腎臓の発生の概要 ノックアウトマウスを用いた腎臓の形態形成の解析 BMP4因子の腎臓の発生における役割
2.腎臓の発生におけるinv遺伝子の役割 <望月俊雄 土谷 健> 7
inv遺伝子とは invマウスの特徴 腎臓におけるinv遺伝子の役割
3.腎尿路の発生とアンジオテンシン <宮崎陽一 市川家国> 13
AT1受容体を介する腎尿路形成の調節 AT2受容体を介する腎尿路発生の調節
4.水チャンネルの分子構造 <伏見清秀> 18
水チャンネルファミリーの構造と機能 水チャンネルの機能調節および遺伝子発現
5.腎とケモカイン <中島敦夫> 25
ケモカインファミリーとその受容体 白血球の浸潤におけるケモカインの役割 ケモカインの腎疾患における役割 Th1/Th2細胞とケモカイン受容体 ケモカイン/ケモカイン受容体制御による腎炎治療の可能性
6.腎における薬物輸送の分子機序 <関根孝司> 32
有機アニオントランスポーターファミリー 有機カチオントランスポーターファミリー(OCTファミリー) ペプチドトランスポーターファミリー(Peptファミリー) 薬物輸送に関係するその他のトランスポーター
II.診断・画像診断
1.腎疾患の3次元エコー・CT診断 <宮川三平 若松智子> 37
腎尿路疾患の3D-CT診断について 腎尿路疾患の(3次元)超音波診断について
2.尿沈渣自動分析装置 <藤田公生> 42
はじめに 検体の処理 測定原理 本検査法の欠点 糸球体性赤血球
3.99mTc-MAG3腎動態SPECT <木曽原 悟 外山 宏 前田寿登> 47
検査法 臨床的意義 臨床例
III.腎炎・ネフローゼ
1.ループス腎炎の発症機序−疾患感受性遺伝子の検討 <山崎康司 槇野博史> 51
連鎖解析および疾患感受性遺伝子同定へのアプローチ 自然発症SLEモデルマウスにおける疾患感受性遺伝子 ヒトにおける疾患感受性遺伝子の検討(アソシエーション研究と連鎖解析) 連鎖(リンケージ)解析
2.慢性糸球体腎炎におけるメサンギウム細胞特異遺伝子 <遠藤正之> 58
メサンギウム細胞特異的遺伝子検索の意義 メサンギウム細胞に発現する遺伝子 慢性糸球体腎炎の発症・進展に関与する遺伝子の検索
3.酸化LDLによる糸球体障害 <宗 正敏> 64
糸球体への酸化LDLの沈着 単球/マクロファージ メサンギウム細胞 リゾフォスファチジルコリン(LPC) 抗酸化剤の効果
4.腎炎におけるvascular endothelial growth factor(VEGF)の意義 <内田啓子> 68
糸球体内におけるVEGFの局在とその調節機構(in vitro) VEGFと腎炎,治療への進展 VEGFとネフローゼ症候群の関係
IV.間質・尿細管
1.間質細胞浸潤 <竹内昭彦 吉澤信行> 73
間質への浸潤メカニズム 間質細胞浸潤のみられる病態 浸潤細胞の特異性 間質浸潤の制御
2.薬物性尿細管障害の発症進展機構 <武田理夫 遠藤 仁> 78
腎毒性物質の輸送機構 細胞内メディエターとしてのcaspase
3.オスモライト異常と間質障害 <山内 淳> 82
ミオイノシトール輸送阻害による急性腎不全 脳浮腫とオスモライト ミオイノシトール輸送体とDown症候群 慢性腎疾患の進行と浸透圧ストレス
V.腎臓と血圧
1.血圧の食塩感受性 <早野順一郎 木村玄次郎> 87
高血圧の臓器障害および予後と食塩感受性 心血管系リスクと食塩感受性 食塩感受性の機序 食塩感受性を規定する遺伝子
2.血管拡張物質としての一酸化炭素 <土谷 健 三室知子 二瓶 宏> 94
低分子ガス状血管作動物質 COの産生とHO 血管系への作用 NOとの関わり ヒトでの疾患との関わり
3.糸球体高血圧とMAPキナーゼ <金 勝慶> 100
糸球体高血圧を呈する病態における糸球体MAPキナーゼの活性化 機械的進展刺激によるMAPキナーゼの活性化
4.アンジオテンシン受容体拮抗薬 <松原光伸> 104
AIIの作用特性 AIIの腎内生理作用 AIIと血圧 過剰AII作用による腎への影響 ARBもしくはACEIの治療効果 ARBとACEIの副作用の比較
VI.腎不全
1.腎不全とカルボニルストレス <宮田敏男 上田裕彦 黒川 清> 111
腎不全では糖・脂質修飾蛋白であるAGEs/ALEsが蓄積している 腎不全では糖・脂質由来の反応性カルボニル化合物(RCO)が蓄積している(カルボニルストレス) どうして腎不全ではカルボニルストレスが亢進するのか 腎不全合併症とカルボニルストレス カルボニルストレスの病態生理学的意義 治療への展望
2.腎不全進展とホモシステイン <高光義博 中西 健 井上 徹> 122
腎不全におけるホモシステイン代謝 腎不全におけるC667TによるMTHFR遺伝子多型性 腎不全と高ホモシステイン血症 腎不全における高ホモシステイン血症と心血管障害 高ホモシステイン血症の治療
3.低回転骨の成因と治療 <秋澤忠男 岡本昌典> 128
腎不全患者の低回転骨 無形成骨の頻度 無形成骨の病因 無形成骨の成因 無形成骨の臨床像 無形成骨の治療
VII.血液浄化法
1.超長期透析時代の透析療法 <越川昭三> 135
長期透析患者の現状 問題解決の方向
2.血液透析患者の予後決定因子とアルブミン代謝 <副島昭典 松澤直輝 長澤俊彦> 142
血液透析例の生命予後に影響を与える種々の因子と血漿アルブミン 維持血液透析例の血漿還元能とSH化合物 血液透析例の動脈硬化性合併症と赤血球膜脂質の過酸化
3.神経筋疾患の血液浄化 <安藤康宏> 148
重症筋無力症 myasthenia gravis(MG) Guillain-Barre症候群 Guillain-Barre syndrome(GBS) アフェレーシスの効果が期待できるその他の神経筋疾患 アフェレーシス以外の免疫調節療法immunomodulation therapy
4.CAPDにおける腹膜の劣化の機序 <中本雅彦 柳田太平 松尾賢三> 157
中皮細胞の障害と間質の線維化 腹膜の血管の障害
VIII.移 植
1.免疫寛容と免疫抑制療法 <鈴木盛一> 164
免疫寛容の機序について CTLA4Igによる免疫寛容の誘導 Fasリガンド(FasL)遺伝子導入 リンパ球にアポトーシスを誘導する新しい免疫抑制剤FTY720
2.移植腎に生ずる非免疫学的障害 <小野佳成> 169
免疫抑制剤の慢性腎障害 移植腎への原疾患の再発 高血圧症 高コレステロール血症 ドナーに起因する問題
3.第2次および第3次腎移植 <相川 厚> 175
第2次・第3次腎移植の原疾患 移植腎への再発 ドナーは生体腎か献腎か FCMCx CYA,HLAマッチング,PRA 最近の状況と今後
4.肝・腎同時移植 <白髪宏司 伊藤克己> 179
LKT施行の実態 LKTの適応となる疾患 PH1に対する肝(腎)移植 PH1以外のLKT LKTの成績 シクロスポリンとタクロリムスのモニタリング 肝移植は免疫寛容を誘導しやすいか
IX.小児科領域
1.小児期糸球体腎炎のcarry over <伊藤克己 服部元史 秋岡祐子> 187
IgA腎症 慢性増殖性糸球体腎炎(MPGN) 紫斑病性腎炎(HSPN) 膜性腎症(MN) ループス腎炎 溶連菌感染後急性糸球体腎炎(PSAGN) ベロ毒素産生性大腸菌による溶血性尿毒症症候群(HUS)
2.腎糸球体におけるグルココルチコイドレセプターの意義
<楊 国昌 片岡佐依子 佐藤一朗> 192
正常糸球体におけるGRの発現 障害糸球体構成細胞に対するGCH作用 糸球体におけるGCH感受性に関わる因子
3.小児保存期腎不全治療 <伊丹儀友 大平整爾> 198
腎不全進行抑制対策 腎不全合併症対策 その他
X.泌尿器科領域
1.腎細胞がんの遺伝子治療 <谷 憲三朗> 205
がん遺伝子治療臨床研究の歴史 がんに対する遺伝子治療の現状 腎細胞がんに対する遺伝子治療
2.前立腺癌の遺伝子診断 <野田治久 金城真実 東原英二> 213
分子生物学的手法を用いた診断 遺伝子治療について
3.尿路結石の発生機序と予防 <正井基之 伊藤晴夫> 218
結晶はどのようにして尿細管のなかにとどまるか? 腎尿細管上皮と結晶の相互作用 尿中には結石の形成に関係する多くの高分子物質がふくまれる 結石は遺伝病か? 結石は細菌感染か? 結石は腸内細菌の異常か? 結石の予防
XI.電解質・酸塩基平衡
1.Na+-HCO3−コトランスポーター <関 常司> 225
NBC-1のクローニング NBC-1のstoichiometry NBC-1と近位尿細管性アシドーシス
2.腎性尿崩症とチャネル・受容体異常 <桑原道雄> 228
VPの作用機序 V2受容体異常 AQP2異常
XII.治療法
1.HGFによる腎疾患の治療 <水野信哉 中村敏一> 233
HGFの多様な生物活性とレノトロピン因子としての可能性 HGFによる急性腎不全の発症予防ならびに回復促進 HGFによる慢性腎不全の治療 腎疾患におけるHGFの臨床応用にむけて
2.細胞外基質蓄積抑制剤の糸球体硬化病変阻止効果 <清水不二雄> 241
pirfenidoneの化学構造 pirfenidoneの適応疾患 pirfenidoneの作用機序
3.骨髄移植を用いた腎疾患治療 <池原 進> 245
モデルマウスを用いたループス腎炎のBMTによる治療 骨髄移植による腎病変の修復機転 骨髄移植による糖尿病と糖尿病性腎症の治療 造血幹細胞異常症としての自己免疫疾患 骨髄移植による慢性腎炎の治療 BMTによるヒト自己免疫疾患の治療
索 引 251