21世紀はゲノム科学の時代であり,腎臓学も大いなる発展が期待される.2001年2月15日と16日にヒトゲノムの全構造解析の終了が宣言された(が,今もって必ずしもその全ての情報が公開されたとは言えない).続いて2002年12月5日にはマウスゲノムの全構造が解明された.従って現在はポストゲノム時代と言う.しかし,ゲノム解析即ゲノム機能の解明には至らず,ゲノム構造と機能の対応が明らかにされる日は未だ遠い.その上,一遺伝子異常による疾患は極めて稀であり,数多くの疾患は多くの遺伝子異常の複雑な組合わせによると思われる.従って,生体の正常機能の解明並びに異常(病態)の理解には更なる努力が望まれる.

 Annual Review腎臓は毎年内容の充実が図られているので,腎臓研究者,臨床家にも好評を得ているものと感じている.本号も12の分野に38題のトピックスを取り上げ,第一線の腎臓研究者に執筆していただいた.分子レベルの基礎から腎疾患発症の分子的背景,新しい治療法の紹介に至る腎臓学の全分野を網羅している.更に今号は腎疾患患者並びに治療のデータ管理や腎疾患の診断や治療法の変遷に見合った対処基準(ガイドライン)の解説にまで及ぶ,より広範な内容をカバーするに至った.この点は唯単に一冊の本の中により広い分野の情報を押込んだ訳ではなく,より広い背景の中で腎臓学の発展を理解していただくように配慮した事で,各reviewの間には殆どダブりがない.

 “網羅的”アプローチは実は非常に重要な意味をもつ.嘗ての腎臓学(70〜80年代)は腎の構成要素のネフロンの解析的研究であった.しかし,今世紀は網羅的研究が主体となる.即ち,大型コンピュータの繁用が可能になった上にナノテクノロジーの進歩に支えられた解析方法の超小型化と解析精度の驚異的進歩が相俟って,一つの生体試料から天文学的数字に及ぶ要素を同時に定量解析ができる,所謂網羅的解析が一般化してきた.換言すればゲノミックス,プロテオミックス,メタボロミックス,フェノミックスなど「−ミックス」の時代に突入した感がある.生体の中でも腎臓は複雑な構造と多様な機能をもち,従ってその病態はより多彩性を示す腎臓学の研究には恐らく最も適した「−ミックス」のアプローチが導入される事は明白である.今後の本誌を飾る日の到来も近い.

  2002年12月

    編集者一同


[編集者]

伊藤克己  浅野 泰  遠藤 仁  御手洗哲也 東原英二

[著者]

長田道夫  泊 真介  武藤重明  佐々木佳世子 北村正敬

今澤俊之  御手洗哲也 横尾 隆  川村哲也  武田理夫

丹波嘉一郎 草野英二  中西昌平  深川雅史  鈴木芳樹

斎藤亮彦  下条文武  永野千代子 堀田 修  金山尚裕

阿部克成  宮崎正信  河野 茂  大澤真里  山本靖彦

山本 博  坂井建雄  安藤重輝  伊藤貞嘉  近田龍一郎

水野信哉  中村敏一  西村英樹  佐中 孜  城野修一

山崎浩子  市川晴夫  槇野博史  佐々木隆造 山口太美雄

長尾静子  笠原正男  船木威徳  佐中 孜  秋澤忠男

丸茂文昭  黒川 清  秋葉 隆  芝本 隆  両角國男

武田朝美  打田和治  高橋公太  太田和夫  西尾利之

根東義明  亀井宏一  本田雅敬  服部元史  中倉兵庫

伊藤克己  西沢 理  橘 政昭  吉岡邦彦  大野芳正

那須保友  榎本 篤  細山田真  遠藤 仁  福本誠二

渡邉秀美代 衣笠えり子 宗 正敏  坂頭美智子 東原英二


目 次

I.Basic Nephrology

 1.ネフロン形成の分子制御  <長田道夫 泊 真介>  1

  後腎間葉細胞の生存にかかわる因子  尿管芽の出芽にかかわる因子

  尿管芽の分岐にかかわる因子  後腎間葉細胞の上皮化にかかわる因子

  糸球体形成(成熟)にかかわる因子

 2.P-糖蛋白質と細胞容積調節  <武藤重明>  7

  低浸透圧刺激とP-gp  高浸透圧刺激とP-gp

 3.メサンギウム細胞におけるアポトーシスの制御機構─酸化ストレスと

   アポトーシスを中心に─  <佐々木佳世子 北村正敬>  15

  糸球体細胞のアポトーシス: その病理学的意義

  細胞外因子とメサンギウム細胞のアポトーシス

  酸化ストレスによるアポトーシスの細胞内情報伝達系

  レチノイン酸によるアポトーシスの制御機序  アポトーシスを抑制する細胞内機構

  アポトーシスを制御する薬剤と臨床応用の可能性

 4.Mesangial Remodeling(メサンギウムのリモデリング)  <今澤俊之 御手洗哲也>  23

  糸球体メサンギウムを主な場とする病変  メサンギウムのリモデリング

  骨髄由来のメサンギウム細胞  リモデリングの新たな展開  治療への応用

 5.腎臓再生医学の展望  <横尾 隆 川村哲也>  28

  幹細胞の存在と局在  再生医学から再生医療へ

 6.腎での薬物輸送の分子機構とその臨床的意義  <武田理夫>  33

  薬物の尿中排泄の特性  薬物トランスポータ発現系を用いた薬物輸送活性の評価

  近位尿細管でのアニオン性薬物輸送の分子機構

  近位尿細管でのカチオン性薬物輸送の分子機構

  近位尿細管でのhOATによるアニオン性薬物輸送の臨床的意義

II.診 断

 1.Cystatin-Cと腎機能評価  <丹波嘉一郎 草野英二>  40

  腎機能評価におけるCystatin-Cの位置  測定法および年齢,性差による差異

  成人における有用性  小児  移植  肝硬変  悪性腫瘍  Cys-C増加因子

 2.腎性骨異栄養症とPTH測定法  <中西昌平 深川雅史>  46

  腎性骨症と治療法の変遷  PTHと骨組織  PTH測定法の変遷と問題点

  whole PTH測定法  7-84PTHの活性阻害作用

 3.尿中IV型collagen測定の意義  <鈴木芳樹 斎藤亮彦 下条文武>  51

  IV Cの構造  腎疾患におけるIV Cの局在の変化  IV Cの血中濃度の測定

  IV Cの尿中濃度の測定  腎疾患における尿中IV C濃度の意義

III.腎炎・ネフローゼ

 1.ミトコンドリア異常と腎障害  <永野千代子 堀田 修>  56

  ミトコンドリアA3243G変異を有するFSGSの臨床像

  ミトコンドリアA3243G変異を伴うFSGSの腎組織学的特徴

  ミトコンドリアA3243G変異を伴うFSGSの疾患概念

  ミトコンドリア異常症によって生ずるその他の腎症状

 2.妊娠中毒症の病因: 子宮胎盤循環不全  <金山尚裕>  62

  子宮胎盤循環不全の分類  子宮胎盤循環不全とトロホブラスト障害

  妊娠中毒症のオーダーメイド治療

 3.糸球体疾患におけるC5a receptor発現の意義  <阿部克成 宮崎正信 河野 茂>  68

  炎症反応におけるC5aの役割  腎臓とC5a  実験腎炎におけるC5aの役割

  治療への展望

 4.新しい糖尿病腎症モデル  <大澤真里 山本靖彦 山本 博>  75

  これまでの主要な動物モデル  糖尿病誘発RAGEトランスジェニックマウス

IV. 間質・尿細管

 1.腎間質細胞の形態と機能  <坂井建雄>  80

  尿細管周囲間質  動脈周囲間質

 2.間質尿細管障害および再生におけるアンジオテンシン受容体の役割

   <安藤重輝 伊藤貞嘉 近田龍一郎>  85

  AII受容体  腎臓間質病変進行機序

 3.HGFによる腎間質の線維化制御を介した慢性腎疾患の治療  <水野信哉 中村敏一>  90

  腎組織におけるHGFの生物活性

  HGF産生不良を介した慢性腎不全での間質線維化促進

  HGF補充による間質線維化制御を介した慢性腎不全の治療研究

  HGFによる間質線維化制御とその作用起点

  HGFによる腎線維化抑制の臨床応用: 今後のストラテジー

V.腎臓と高血圧

 1.SNPsを用いた高血圧の疾患感受性遺伝子の同定  <西村英樹 佐中 孜>  101

  ゲノムの多様性  高血圧における疾患感受性遺伝子の同定

  SNPsを用いた関連解析による高血圧の疾患感受性遺伝子の同定

  SNPsを用いた関連解析の問題点

 2.血管石灰化の調節機序  <城野修一>  106

  骨基質蛋白の役割  血管石灰化における炎症細胞の関与

  最近注目される血管石灰化調節因子  血管石灰化の機序の解明に関与する薬剤

VI.腎不全

 1.透析低血圧とadrenomedullin  <山崎浩子 市川晴夫 槇野博史>  111

  アドレノメデュリン(adrenomedullin: AM)

  血液透析患者におけるアドレノメデュリンと低血圧  体液量とアドレノメデュリン

 2.エリスロポエチンの腎外生産とその作用  <佐々木隆造>  116

  脳におけるEpo生産とその機能  生殖器官におけるEpoの生産とその機能

  その他の組織におけるEpo受容体の発現  Epo発現の制御

 3.多発性嚢胞腎  <山口太美雄 長尾静子 笠原正男>  122

  ADPKDの特徴  責任遺伝子と遺伝子産物  嚢胞の形成機序

  薬物治療に関する基礎的検討

VII.血液浄化法

 1.透析液清浄化が目指すもの  <船木威徳 佐中 孜>  129

  なぜ透析液の清浄化が必要なのか?  透析液の清浄度に関する現在の基準は必要充分か?

  さらなる清浄化透析液を作る意義

 2.Dialysis Outcome and Practice Pattern Study  <秋澤忠男 丸茂文昭 黒川 清>  134

  DOPPSの組織  DOPPSの方法  DOPPSで得られた成果   今後のDOPPS

 3.透析支援コンピュータシステム  <秋葉 隆 芝本 隆>  141

  コンピュータと医療  透析医療におけるコンピュータの導入

  コンピュータネットワークの今後の可能性

VIII.移 植

 1.Chronic allograft nephropathy(広義慢性拒絶反応)の克服

   <両角國男 武田朝美 打田和治>  146

  Chronic allograft nephropathyと慢性拒絶反応との異同

  免疫学的慢性拒絶反応の病態と克服への対策

  非免疫学的機序による広義の慢性拒絶反応の病態

 2.免疫抑制療法と新規免疫抑制薬  <高橋公太>  152

  拒絶反応と免疫抑制療法の戦略  拒絶反応の抑制(予防)と治療  拒絶反応の治療薬

 3.わが国における腎移植症例の長期予後  <太田和夫>  158

  国内腎移植症例の長期成績  腎機能廃絶の原因

IX.小児科領域

 1.尿濃縮の発達  <西尾利之 根東義明>  166

  尿濃縮力と希釈力  細いヘンレの下行脚(以下tDLと略)での発達

  細いヘンレの上行脚(以下tALと略)での発達

  髄質内層集合尿細管(以下IMCDと略)の発達

  新生児ラットの腎髄質内層尿細管機能の特徴  尿濃縮機構の系統発生

 2.小児腎不全患者の心合併症  <亀井宏一 本田雅敬>  173

  心機能に影響を与える因子  左室機能  左室肥大(LVH)

  PDと心血管合併症  当科でのデータ  対策

 3.小児RPGNとその治療(特にHSPNとANCA関連腎炎)

   <服部元史 中倉兵庫 伊藤克己>  178

  小児HSPNの概要  小児HSPNの予後と重症HSPNに対する治療

  小児ANCA関連腎炎の臨床像  小児ANCA関連腎炎に対する治療方針

X.泌尿器科領域

 1.Voiding dysfunction(排尿機能異常)  <西沢 理>  183

  下部尿路症状と下部尿路機能分類  アセチルコリン系の排尿異常への関与

  排尿機能異常に対する新たな治療法の開発

 2.泌尿器科癌に対する樹状細胞(dendritic cells: DC)治療の現状と将来展望

   <橘 政昭 吉岡邦彦 大野芳正>  187

  樹状細胞dendritic cells(DC)とは  DCの免疫学的特徴

  進行癌に対するDCワクチンに関する臨床研究の現状

  免疫原としての抗原ペプチド  海外におけるこれまでの臨床成績

  泌尿器科癌に対するDC臨床応用の状況  腎癌免疫療法についての背景

  腎癌に対するDC治療  膀胱がんに対するDC治療

 3.前立腺癌の遺伝子治療  <那須保友>  197

  癌遺伝子治療の戦略  前立腺癌に対する遺伝子治療臨床研究の最近の動向と方向性

XI.電解質・酸塩基平衡

 1.腎臓における尿酸輸送機構  <榎本 篤 細山田真 遠藤 仁>  201

  腎臓特異的に発現する尿酸トランスポーター(URAT1)の同定と遺伝性腎性低尿酸血症

  広範囲の組織に発現する尿酸トランスポーター/チャネル(UAT/galectin 9)

 2.カルシウム感知受容体変異とバーター症候群  <福本誠二 渡邉秀美代>  205

  バーター症候群および類縁疾患の原因と病態  CaSRの構造と機能

  CaSR遺伝子変異と尿細管機能

XII.治療法

 1.リン吸着薬  <衣笠えり子>  209

  高P血症の臨床的帰結  これまでのP吸着薬  新しいP吸着薬  血清Pの管理目標値

 2.進行性糸球体障害に対する高脂血症改善薬の使い方  <宗 正敏 坂頭美智子>  214

  高脂血症診療ガイドライン  高脂血症改善薬の腎保護作用  高脂血症改善薬

常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)診療指針

 厚生労働省特定疾患進行性腎障害調査研究班多発性嚢胞腎分科会

  多発性嚢胞腎分科会長 <東原英二>  218

索 引    231