序
新世紀初頭の慌ただしさは一段落したものの国際紛争や民族間の対立は続き,世界に戦乱・争乱の絶えることはない.日本の社会にも従来考えられなかったような犯罪が多発している.昨年は多数の台風が上陸し,年末には台風くずれの低気圧のおまけまであり,地球温暖化の気象に与える影響が懸念された.浅間山の噴火,中越地震などにも見舞われ,これら天変地異の前での我が文明の無力さも痛感された.貧困と戦乱・争乱,そしてその中に広がる飢餓,鳥インフルエンザをはじめとする新たな感染症,地球環境の荒廃,こうした人類に対する新たな脅威は今世紀も止むことなく襲来し,我々には新たな有効な対策の構築が迫られている.
腎臓学の分野に目を転じても,アンジオテンシン受容体拮抗薬やアンジオテンシン変換酵素阻害薬などの普及が進み,血圧・栄養管理の重要性が広く認識されているにもかかわらず腎疾患の末路である透析患者数の増加は続き,腎移植患者数は微増したものの世界の水準からは遠く遅れ,腎臓病征圧という大きな課題は解決の糸口さえつかめない現状である.しかし腎臓学にはわずかではあっても毎年着実な進歩が認められる.「Annual Review 腎臓」は腎臓学の各分野からそうした進歩を取り上げ,腎臓学の専門医・研究者だけではなく,他の周辺分野の研究者・臨床家,臨床医学全般を学ぶ研修医,さらにはコメディカルスタッフにまで網羅的な情報を提供しようとする,この分野で我が国を代表する書籍である.本号も基礎から臨床まで7分野にわたり42の論文を収載し,最新の情報を提供している.特に最新の豊富な引用文献は,本書の解説とともに,より専門的な知識の吸収と研究を発展させる上での強力なサポートとなろう.
本シリーズで毎年取り上げられる話題は,腎臓病征圧という臨床目標からすれば微々たる進歩であろうし,また,ある時には回り道や迷路に誘う業績であるかもしれない.治療形態に変革を及ぼすような 画期的な発見,発明はまれな出来事である.しかしそうしたepoch making の出来事には,それに至る地道な努力と業績の積み重ねが不可欠である.本書で得られる各分野の最新情報が将来そうした画期的な治療法の開発に結実することを祈念し,これらの情報を臨床に,研究に,教育へと,読者の目的に応じ,有効かつ適切に利用して頂ければ幸甚である.
2004年12月
編集者一同
[編集者]
伊藤克己 遠藤 仁 御手洗哲也 東原英二
秋澤忠男
[著者]
宮崎陽一 戸恒和人 高橋和広 今井 潤
宮田敏男 栗原秀剛 宮崎博喜 安西尚彦
関根孝司 遠藤 仁 石橋賢一 森下義幸
石光俊彦 後閑武彦 宗近宏次 吉田英機
槇野博史 長田道夫 浅野雅秀 西江敏和
鈴木祐介 田中裕一 富野康日己 清水芳男
平山浩一 小山哲夫 香美祥二 清水真樹
大瀬戸奨 伊藤孝仁 上條敦子 木村健二郎
佐藤三佐子 村垣泰光 大島 章 田中哲洋
南学正臣 北村健一郎 冨田公夫 渡辺 励
吉村吾志夫 山下武美 城野修一 西沢良記
斎藤亮彦 竹田徹朗 下条文武 鈴木正司
木全直樹 秋葉 隆 川西秀樹 峰島三千男
澤田康史 石田英樹 田邉一成 石塚 敏
古澤美由紀 山口 裕 服部元史 中倉兵庫
伊藤克己 谷澤隆邦 竹村 司 芦田 明
松本高広 佐藤隆史 武山健一 加藤茂明
赤倉功一郎 佐々木秀郎 平井耕太郎 落合孝広
山内小津枝 頼 建光 内田信一 譜久山 滋
太田孝男 緒方浩顕 溝渕正英 古森公浩
藤田広峰 植村天受 東原英二
目次
I.Basic Nephrology
1.腎発生とBMP4 <宮崎陽一> 1
多機能制御分子としてのBMP4 BMP4の中腎管形成に対する作用
Bmp4+/−における重複腎尿管の発生機序 Bmp4+/−における腎初期発生の異常
BMP4腎後期発生に対する作用
2.Urotensin II <戸恒和人 高橋和広 今井 潤> 6
ウロテンシンIIとウロテンシンII受容体 ウロテンシンIIの作用
ウロテンシンIIと疾患 ウロテンシンII受容体拮抗薬およびノックアウトマウス
3.SerpinopathyとER stress(小胞体ストレス) <宮田敏男> 14
Megsinポストゲノム研究 Megsin transgenic ratの異なる病態
Serpinopathyとconformational disease 腎臓serpinopathyモデル
SerpinopathyとER stress 腎臓病とER stress
4.糸球体濾過障壁に関する最新の知見 <栗原秀剛> 19
足突起間のスリット膜にかかわる分子群 足突起の癒合に関与する分子
発生の段階で細胞間接着装置に局在するがスリット膜には局在しない分子
5.有機陰イオン輸送─最近の進歩 <宮崎博喜 安西尚彦 関根孝司 遠藤 仁> 26
有機陰イオン物質 有機陰イオントランスポーター
腎臓における有機陰イオン物質の輸送システム 最近の進歩
6.アクアポリンスーパーファミリー <石橋賢一 森下義幸> 34
アクアポリンスーパーファミリーの生物界での広がり
哺乳類のアクアポリンスーパーファミリー 今後の展望
II.診断・画像診断
1.DM腎不全とアドレノメデュリン遺伝子多型 <石光俊彦> 40
アドレノメデュリンの病態生理学的意義 AM遺伝子の構造と多型性
AM遺伝子近傍のマイクロサテライト遺伝子多型と循環器,腎疾患の遺伝的素因との関係
2.CT urography <後閑武彦 宗近宏次 吉田英機> 45
CTUとその撮像法 CTUの臨床応用 CTUと他検査の比較
3.ループス腎炎の新しい病理診断基準 <槇野博史 長田道夫> 49
従来の分類の問題点 分類改定の経緯 ループス腎炎改定分類
病変の定義と報告書の記載
III.腎炎・ネフローゼ
1.糖転移酵素遺伝子破壊による新たなIgA腎症モデル <浅野雅秀 西江敏和> 57
これまでのIgA腎症モデル動物 新たなIgA腎症モデル:
β4GalT-I KOマウス 糖鎖異常とIgA腎症
2.Fc受容体: 促進性レセプターと抑制性レセプター
<鈴木祐介 田中裕一 富野康日己> 62
FcRの分子構造と促進性シグナル: ITAM・抑制性シグナル: ITIM
FcRの促進性シグナル(ITAM)が関与する糸球体腎炎発症メカニズム
FcRの抑制性シグナル(ITIM)が関与する糸球体腎炎発症メカニズム
3.黄色ブドウ球菌感染後腎炎の成因 <清水芳男 平山浩一 小山哲夫> 68
MRSA感染後腎炎患者血清中の抗S.aureus抗体のエピトープ解析
抗S.aureusモノクローナル抗体S1D6 S1D6が認識する分子は何か?
Staphylococcal adhesinはMRSA感染後腎炎固有の抗原であるか?
黄色ブドウ球菌菌体抗原によるマウス実験腎炎の作製
Staphylococcal adhesinとスーパー抗原の関係
4.Integrin-Iinked kinase(ILK)と腎炎・ネフローゼ
<香美祥二 清水真樹> 72
β1インテグリンファミリーの構造とインテグリンシグナル伝達機構
腎炎進行へのβ1インテグリンファミリーの関与
腎炎・ネフローゼにおけるILKの役割
5.腎疾患に対するretinoic acid療法 <大瀬戸奨 伊藤孝仁> 77
レチノイン酸について 治療薬としてのレチノイン酸
腎疾患に対するレチノイン酸治療 レチノイン酸の人への応用
IV.間質・尿細管
1.尿中脂肪酸による尿細管間質障害 <上條敦子 木村健二郎> 81
脂肪酸による間質尿細管障害 脂肪酸による細胞障害の機序
脂肪酸代謝に関与する脂肪酸結合蛋白(FABP)
2.尿細管間質障害におけるTGF-β1/Smad3シグナルの意義
<佐藤三佐子 村垣泰光 大島 章> 85
尿細管間質線維化とEMT TGF-β1/Smad3シグナル 尿細管間質線維化の抑制
3.Hypoxiaと間質・尿細管障害 <田中哲洋 南学正臣> 90
Chronic hypoxia hypothesis……尿細管間質障害を司る共通因子
低酸素の検出 Hypoxia-inducible factor(HIF)
低酸素環境下での細胞応答 低酸素を標的とした治療アプローチの可能性
V.腎臓と高血圧
1.プロスタシンと高血圧 <北村健一郎 冨田公夫> 98
プロスタシンによるENaCの活性化 プロスタシンの発現調節
高血圧発症メカニズムにおけるプロスタシンの関与 プロスタシンのインヒビター
2.尿酸と高血圧 <渡辺 励 吉村吾志夫> 103
尿酸と動脈硬化症 尿酸とレニン 高血圧発症における尿酸の関与
尿酸と血管内皮細胞障害 尿酸とオキシダント 高血圧合併高尿酸血症の治療
VI.腎不全
1.腎不全とFGF-23 <山下武美> 109
FGF-23の構造的特徴 リンおよびビタミンD代謝におけるFGF-23の役割
保存期腎不全でのFGF-23の役割 末期腎不全におけるFGF-23
2.血管石灰化の機序と意義 <城野修一 西沢良記> 115
血管石灰化の臨床的意義 血管石灰化の調節機序
3.腎外性β2-ミクログロブリン代謝の可能性
<斎藤亮彦 竹田徹朗 下条文武> 121
体外的β2-m除去システム
近位尿細管上皮細胞におけるメガリンを中心とするβ2-m代謝の分子機序
メガリン発現細胞の皮下移植モデル
幹細胞,metanephrosの利用による腎臓再生研究
VII.血液浄化法
1.透析患者の鉄代謝指標 <鈴木正司> 126
ヒトにおける鉄の意義と分布・吸収・排泄 透析患者での鉄状態とEPOの治療の効果
体内の鉄の過不足の指標 透析患者での鉄補給 鉄の静脈内鉄投与の問題点
鉄代謝を巡る新しい展開
2.透析患者の予後規定因子 <木全直樹 秋葉 隆> 133
日本の透析患者を対象とした大規模out come研究
予後規定因子を解釈する際の注意点 mortality,morbidityにおける予後規定因子
3.被嚢性腹膜硬化症(EPS)の病態と治療 <川西秀樹> 138
疫学調査 病態 腹膜透析でのEPS発症メカニズム EPS予防
治療 手術治療
4.血液浄化器の最新の進歩 <峰島三千男> 145
新しい透析膜 内部濾過促進型ダイアライザ 吸着材の最近の動向
5.アフェレシス前治療による抗ウイルス療法の増強効果: C型慢性肝炎について
<澤田康史> 149
C型慢性肝炎に対する体外循環療法の応用 GCAPビーズを使った基礎研究
臨床研究
VIII.移植
1.移植と新しい検査─Flow-PRA,FACSクロスマッチ─
<石田英樹 田邉一成 石塚 敏 古澤美由紀> 155
フローサイトメトリーの原理 新しい検査の基本原理
各測定法の意義と問題点 日本人を対象としたFCXMとFlowPRAの現状
2.新しい免疫抑制療法の効果 <山口 裕> 159
抗CD25(IL-2Rα鎖)モノクローナル抗体(Basiliximab,daclizumabなど)
ステロイド早期離脱 抗CD20モノクローナル抗体(rituximab)によるBリンパ球抑制
FTY720(sphingosine-1-phosphate receptor agonist)
3.Preemptive腎移植の現況 <服部元史 中倉兵庫 伊藤克己> 163
PRTとnon-PRTにおける患者生存率および移植腎生着率の比較
PRTがnon-PRTに比べて生存率や移植腎生着率が良好な理由
PRTの現状 小児慢性腎不全診療とPRT
IX.小児科領域
1.VURと逆流性腎症の診断と治療 <谷澤隆邦> 168
先天性RN 進展危険因子 診断 治療
2.若年性ネフロン癆(NPH) <竹村 司> 173
ネフロン癆と責任遺伝子 ネフロン癆と尿細管基底膜成分の異常
若年性ネフロン癆診断の臨床上の問題点
3.Nail Pattella症候群 <芦田 明> 177
原因遺伝子LMX1B 臨床症状
X.泌尿器科領域
1.アンドロゲンレセプターの生体内機能
<松本高広 佐藤隆史 武山健一 加藤茂明> 181
アンドロゲンレセプターの転写制御と疾患
アンドロゲンレセプターノックアウトマウス
2.シスチン尿症 <赤倉功一郎> 188
シスチン尿症の病因と病態 シスチン尿症の原因遺伝子
アミノ酸トランスポーターの機能と構造 新病型分類: 遺伝子変化に基づく分類
疾患モデル動物の作成 治療法の進歩
3.精巣・精巣腫瘍における細胞増殖因子の役割
<佐々木秀郎 平井耕太郎 落合孝広> 193
細胞増殖因子と精巣腫瘍 HST-1/FGF-4遺伝子の正常成体における機能
精巣腫瘍とHST-1/FGF-4遺伝子
XI.電解質・酸塩基平衡
1.Gordon syndrome <山内小津枝 頼 建光 内田信一> 198
Gordon症候群とWNK WNKとtranscellular transpot
WNKとparacellular transport 今後の課題
2.尿細管電解質輸送体遺伝子と低K血症性アルカローシス
<譜久山 滋 太田孝男> 203
候補遺伝子の発見 症状と遺伝子型の検討
XII.治療法
1.Calcimimetics <緒方浩顕 溝渕正英> 207
Calcimimeticsの効果 Calcimimeticsの注目されるその他の効果
Cinacalcetの臨床試験結果 今後の課題
2.透析患者の下肢閉塞性動脈硬化症に対する治療 <古森公浩 藤田広峰> 213
病態生理 症状と所見 診断 治療 併存疾患と術後管理
透析患者ASOの予後
3.腎細胞癌のワクチン療法 <植村天受> 221
ペプチドワクチンによる特異的免疫療法 腎細胞癌とMN/CA9
MN/CA9ペプチドワクチン第I相臨床試験
4.多発性嚢胞腎(常染色体優性多発性嚢胞腎,ADPKD)の治療展望
<東原英二> 226
血管障害と高血圧 cyclic-AMP(c-AMP)と嚢胞増大
その他の薬剤による治療
索引 236