腎臓病学においても分子生物学的手法を用いた基礎的・臨床的研究は比較的短期間で成果を出すことが可能で,実際に分子生物学的研究の成果がわが国から数多く発信され,impact factorの高い雑誌に掲載されている.一方,先進諸国からの厳しい評価に耐えうる臨床研究がわが国では少ない.これまで臨床のコントロールスタディそのものがわが国では高い評価を受けなかった,一施設あたりの患者数が少ないためコントロールスタディを行いにくい状況にある,医療施設が連携して臨床のコントロールスタディを行う文化が少なかった,臨床研究では結果が出るまで数年以上の年数を要するなどがその理由であろう.さらに,コントロールスタディの実施には高額の費用がかかるため,特に最近では製薬会社の支援を受けることのできない薬剤を使用する臨床研究がしにくいなどの問題も生じている.医学研究は病気の原因や病態生理の解明,診断・治療法の開発だけでなく,治験を含めたトランスレーショナル研究まで展開することが重要である.病気の解明も,分子レベルから個体,ベッドサイドの臨床研究,さらに予防医学までの多段階の階層に渉って研究して初めて正しく病気を理解することになる.腎臓病学の研究においても,基礎と臨床とが融合し,その成果を社会に発信することで社会からの信頼を得るとともに,世界に向けても発信し,わが国の腎臓病学を魅力的で奥深い医療・医学研究として若手医師に示すことが今後さらに必要とされよう.
 研究者や臨床家にとって腎臓病学という一つの専門分野のすべてを網羅することが難しい時代となっている.本書の企画・編集の目的は,基礎的研究から臨床的成果まで幅広く腎臓病学における最新・重要なトピックスを取り上げ,第一線の研究者や専門家にわかりやすく解説をしていただくことで,腎臓病学全体の最近の進歩を把握することにある.本年度も43のトピックスを本書に取り上げることができた.いずれの項目も興味深い内容に富んでおり,読者に有用な情報をもたらすものと信じている.本書を活用することによって腎臓病学の最新の進歩を自分自身の知見として整理し,日々の診療・教育・研究に役立たせて戴きたい.

2006年12月
編集者一同



[編集者]

御手洗哲也  東原英二   秋澤忠男
五十嵐 隆  金井好克

[著者]

山本 格   張田 豊   飯野則昭
濱ひとみ   竹田徹朗   下条文武
斎藤亮彦   春名克祐   佐藤 稔
冨田奈留也  柏原直樹   永井雅昭
竹田徹朗   斎藤亮彦   下条文武
新里直美   丸中良典   平田 拓
金井好克   望月俊雄   岩野正之
黒木亜紀   軽部美穂   有村義宏
田中美佐   荒井秀典   小野孝彦
斉藤 陽   小板橋 靖  藤垣嘉秀
小泉昭夫   市原淳弘   井関邦敏
松尾清一   石川 勲   平田恭信
丸山彰一   乳原善文   曽川陽子
中西昌平   高市憲明   天野 泉
遠藤善裕   都築英之   清水智治
山本 寛   谷 徹    土谷 健
矢吹恭子   深川雅史   村上 徹
河合達郎   馬場園哲也  田邊一成
寺岡 慧   相川 厚   佐々木 聡
川崎幸彦   北中幸子   本田雅敬
安田弥子   堀江重郎   中西浩一
吉川徳茂   執印太郎   蘆田真吾
田村賢司   山崎一郎   関根孝司
河原克雅   秋場理沙   川田英明
田中 完   三浦伸一郎  熊谷裕生
丸山資郎   江畑俊哉   高森建二
猿田享男   鈴木洋通   高橋 悟


目次

I.Basic Nephrology
 1.腎臓病研究におけるプロテオミクスの現状 〈山本 格〉
    ヒト腎臓病とその研究の現状
    ヒトプロテオーム機構と国際腎臓・尿プロテオームプロジェクト
 2.糸球体上皮細胞: 蛋白尿・糸球体硬化症分子機序の最前線 〈張田 豊〉
    スリット膜の構造  スリット膜における蛋白質複合体の機能
    その他の分子機構  糸球体上皮細胞の及ぼす糸球体全体への影響新しい
    治療ターゲット―従来の治療法に新しい視点
 3.レプチンと腎疾患 〈飯野則昭 濱ひとみ 竹田徹朗 下条文武 斎藤亮彦〉
    レプチンの作用  ヒトレプチン欠損の特徴  レプチンの代謝
    レプチンの腎に対する作用  レプチンと末期腎不全患者の栄養障害
 4.進行性腎障害におけるklotho遺伝子の関与
  〈春名克祐 佐藤 稔 冨田奈留也 柏原直樹〉
    klotho遺伝子  Klotho蛋白の細胞外ドメインの働き
    Klotho蛋白のカルシウム・リン制御機構
    進行性腎障害の病態形成におけるKlotho蛋白の作用
 5.メガリンのアダプター蛋白ARHの役割
  〈永井雅昭 竹田徹朗 斎藤亮彦 下条文武〉
    メガリンの構造  (Fx)NPxY motif  ARH  Dab-2
    ARHとDab-2の相補性  メガリンに結合する他のアダプター蛋白
 6.SGKとイオン輸送 〈新里直美 丸中良典〉
    SGK1によるナトリウム再吸収の新たな制御メカニズム
    ENaC制御因子としてのSGK1  腎イオン輸送の制御因子としてのSGK1
 7.腎におけるプロスタグランジンシグナリングの新展開 〈平田 拓 金井好克〉
    PGの産生  PGを不活化する酵素
    two-step modelによるPGシグナルの不活化メカニズム
    PGを輸送するトランスポーターPGT(prostaglandin transporter)の機能
    および腎における役割
 8.尿細管形成の分子生物学 〈望月俊雄〉
    尿細管形成における新たな知見
    尿細管形成におけるポリシスチン1(PC1)ならびにポリシスチン2(PC2)の役割
    尿細管形成と細胞分裂

II.診断・画像診断
 1.腎予後予測マーカーとしてのFSP1 〈岩野正之〉
    腎疾患進展における線維芽細胞の役割  腎予後予測マーカーとしてのFSP1

III.腎炎・ネフローゼ
 1.特発性膜性腎症における最近の知見 〈黒木亜紀〉
    IMNの発症機序  IMNの臨床像
 2.ANCA関連血管炎と悪性腫瘍 〈軽部美穂 有村義宏〉
    ANCA関連血管炎の疾患概念成立の歴史  自己免疫疾患・血管炎と悪性腫瘍
    ANCA関連血管炎と悪性腫瘍
 3.メサンギウム細胞増殖におけるfactor Xaとprotease-activated receptor 2の役割
  〈田中美佐 荒井秀典 小野孝彦〉
    tissue factorの発現と血液凝固因子factor Xa
    protease-activated receptor 2(PAR2)
 4.小児腎疾患のキャリーオーバー 〈斉藤 陽 小板橋 靖〉
    小児腎疾患とキャリーオーバー  小児慢性腎疾患の心の問題

IV.間質・尿細管
 1.急性尿細管障害に対する近位尿細管再生 〈藤垣嘉秀〉
    再生細胞起源としての幹細胞関与の検討
    再生細胞の起源としての近位尿細管細胞の特性
 2.アミノ酸尿症の遺伝子変異 〈小泉昭夫〉
    アミノ酸尿症の遺伝的検索  アミノ酸尿症の原因となる輸送体の病態生理
    アミノ酸尿症の遺伝子診断

V.腎と高血圧
 1.高血圧性腎硬化 〈市原淳弘〉
    RAS依存性機構  RAS非依存性機構
 2.メタボリック症候群における慢性腎臓病の頻度 〈井関邦敏〉
    メタボリック症候群の意義
    慢性腎臓病 chronic kidney disease(CKD)の定義
    メタボリック症候群の頻度
    メタボリック症候群と慢性腎臓病の頻度: 断面調査
    メタボリック症候群と慢性腎臓病の頻度: 縦断研究
    慢性腎臓病発症の機序  検診の役割

 3.CKD(chronic kidney disease: 慢性腎臓病)の今後の展開 〈松尾清一〉
    CKDの定義と分類  CKDの背景  日本におけるCKDの疫学
    日本におけるCKD対策: 今後の展望

VI.腎不全
 1.運動後急性腎不全 〈石川 勲〉
    運動後急性腎不全(ALPE)  腎性低尿酸血症
    運動後急性腎不全(ALPE)の病因
    運動後急性腎不全(ALPE)の診断・治療・予防
 2.グレリンと急性腎不全 〈平田恭信〉
    グレリンの心血管作用  グレリンと腎機能
 3.Geranylgeranylacetoneと急性腎不全 〈丸山彰一〉
    HSPと腎障害  GGAの臓器保護作用  GGAの腎保護作用
 4.腎性骨症とミニモデリング 〈乳原善文 曽川陽子 中西昌平 高市憲明〉
    無形成骨についてのこれまでの考え方と問題点
    原発性副甲状腺機能低下症患者からのアプローチ
    二次性副甲状腺機能低下症患者2症例からのアプローチ
    高PTH血症患者と低PTH患者でのミニモデリング像の対比
    低PTH血症患者のうちADLの違いによるミニモデリング像の対比
    ミニモデリングの骨形成機序  無形成骨の問題点

VII.血液浄化法
 1.VAに関する最近の進歩 〈天野 泉〉
    VAIVT  VA機能のモニタリング
    我が国のVAに関するガイドラインの遵守  人工血管の動向
    我が国のVAIVTの動向と問題点
 2.血液吸着療法―新たな展開 〈遠藤善裕 都築英之 清水智治 山本 寛 谷 徹〉
    エンドトキシン吸着カラム(トレミキシン)による内因性大麻の吸着
    エンドトキシン吸着カラムによる急性肺障害への治療
    β2-MG吸着カラム(リクセル)の原理を応用した新カラムによるサイトカイン吸着
 3.鉄代謝関連蛋白hepcidin発現と腎性貧血 〈土谷 健 矢吹恭子〉
    腎性貧血とrHuEPO治療  鉄代謝関連蛋白の解明
    hepcidin腎不全とhepcidin
 4.JSDTによる二次性副甲状腺機能亢進症治療ガイドライン 〈深川雅史〉
    慢性腎臓病患者における骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)という新しい概念
    海外のガイドラインとエビデンスの評価
    二次性副甲状腺機能亢進症の発症機序と予防,治療の基本
    日本のガイドライン作成の経緯と手順  日本のガイドラインの主要なポリシー
    最低限必要なルーチン検査項目と測定頻度  血清P,Ca濃度の管理と目標値
    PTHの管理と骨代謝の評価  内科治療に抵抗する症例に対する治療

VIII.移植
 1.免疫寛容―基礎と臨床 〈村上 徹 河合達郎〉
    免疫寛容誘導のためのアプローチ  免疫寛容誘導のための臨床治験
 2.糖尿病性腎症に対する腎移植 〈馬場園哲也 田邊一成 寺岡 慧〉
    糖尿病性腎症に対する腎移植の現状  糖尿病性腎症に対する腎移植の成績
    当施設における成績  免疫抑制剤の糖尿病に対する影響
    移植腎の糖尿病性腎症の再発  糖尿病性腎症患者における腎移植の適応
    糖尿病性腎症に対する腎移植の意義
 3.免疫抑制療法のTDM―タクロリムスとミコフェノール酸モフェチルについて
  〈相川 厚〉
    FK  MMF

IX.小児科領域
 1.微小変化型ネフローゼ症候群とポドサイトB7-1 protein 〈佐々木 聡〉
    MCNSの病因,ポドサイトと免疫学的事象の関連
    B7-1 proteinの概略と腎疾患との関連性  ポドサイト障害におけるB7-1
 2.小児MPGNに関する最近の知見 〈川崎幸彦〉
    MPGN  focal MPGN
 3.Hepatocyte nuclear factor-1β(HNF-1β)の異常と腎病変 〈北中幸子〉
    転写因子HNF-1βについて  MODY5原因遺伝子としてのHNF-1βの確立
    HNF-1β異常症にみられる腎症状
    HNF-1β異常症にみられる腎以外の症状
    HNF-1β異常による腎異常の発症メカニズム
 4.長期腹膜透析患児の実態調査 〈本田雅敬〉
    長期腹膜透析の現状  長期予後の実態  死因と血液透析 移行理由
    長期PD例の現状のまとめ  被嚢性腹膜硬化症

X.泌尿器科領域
 1.男性更年期障害 〈安田弥子 堀江重郎〉
    LOHの症状  LOHに対する治療  LOHのスクリーニング
 2.ARPKD 〈中西浩一 吉川徳茂〉
    ARPKDの原因遺伝子(PKHD1)と遺伝子産物(ファイブロシスチン/ポリダクチン)
    ARPKD臨床像と予後  ARPKDの基礎研究  ARPKDの治療研究
 3.分子生物学的観点からみたヒト腎細胞癌の分類
  〈執印太郎 蘆田真吾 田村賢司 山崎一郎〉
    ヒト腎細胞癌の病理学的分類(WHO分類)とヒト遺伝性腎癌の分類
    主要なヒト腎細胞癌と,それに関与すると考えられる遺伝性腎癌の原因遺伝子
    ヒト腎細胞癌の病理型とcDNA microarray解析

XI.電解質,酸塩基平衡
 1.Hospital-acquired hyponatremia(医原性低Na血症) 〈関根孝司〉
    輸液療法の歴史とその理論的背景  hospital-acquired hyponatremia
    hospital-acquired hyponatremiaの発生する基本病態
    生理的食塩水を維持輸液に用いるべきか? 反論
 2.腎尿細管のK+チャネルと機能調節 〈河原克雅 秋場理沙 川田英明〉
    細胞および腎臓の機能とK+チャネル

XII.治療法
 1.ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対するネオーラル食前1日1回投与法の効果
  〈田中 完〉
    ステロイド依存性ネフローゼ症候群におけるシクロスポリンの作用機序
    シクロスポリンの腎毒性
    ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対するシクロスポリン1日1回投与
 2.AT1受容体活性: 選択的遮断作用と逆活性作用 〈三浦伸一郎〉
    自律的AT1受容体活性と逆活性作用薬  ARBのAT1受容体に対する差異
    降圧効果と腎臓保護作用
 3.新規κ受容体アゴニストによる透析患者のかゆみの治療
  〈熊谷裕生 丸山資郎 江畑俊哉 高森建二 猿田享男 鈴木洋通〉
    かゆみは透析患者の重要な合併症である
    従来から報告されている透析患者のかゆみの成因
    かゆみの原因としてオピオイドが注目されている
    透析患者の血漿中のμオピオイドおよびκオピオイド濃度
    リンパ球表面のμおよびκ受容体の発現
    マウスのかゆみに対するκアゴニストTRK-820の効果
    経口治療薬としてのκアゴニストTRK-820
    ランダム化した前向き二重盲検試験の結果
    ヨーロッパでの前向き二重盲検試験
 4.前立腺肥大症の内科的・外科的治療 〈高橋 悟〉
    内科的治療  外科的治療

附「血尿診断ガイドライン」について 〈東原英二 血尿診断ガイドライン検討委員会〉

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