わが国も急激な高齢社会を迎え,またライフスタイルの欧米化により疾病構造に著しい変革をきたしている.その結果循環器疾患の国民健康における位置づけがますます重要となった.そしてその対策が臨床的にも社会的にもニーズの高い課題として注目されている.

 そもそも循環器疾患は,心筋梗塞などのように急性に推移して直接生命をおびやかす重篤な疾患から,高血圧のように慢性に長期間にわたって病態が進展するものまで多様であり,病態に即した視点から治療法を選択し,的確に対応することが循環器専門医ばかりでなく,一般臨床医にも求められている.

 最近の分子生物学的アプローチの飛躍的な進展と,光ファイバーやコンピュータを中心とした電子工学などの先端技術を駆使した画像診断法の進歩によって,循環器疾患の病態の把握についての情報は対数的に増加し,臨床医は心血管系の形態に関する所見はもちろんのこと,組織レベルから分子・遺伝子レベルまでの所見も得ることが可能になっている.

 このように急激にそして広い領域で進展している循環器疾患の病態生理に関する知識および画像診断を中心とする診断法の最新情報を,体系的にとらえて理解し,実際の診療に反映させることは臨床に多忙な医師にとってますます困難な状況になりつつある.さらに最近では,病態生理に基づくことばかりでなく,実際の症例で検討して評価を受けた治療法の選択がすすめられている.根拠に基づいた医療(evidence-based medicine)の実践である.循環器疾患の領域でも,多数の症例を対象とした臨床治療試験の結果が次々と報告され,臨床医が参照するべきエビデンスが多く蓄積されるようになった.

 Annual Review循環器は,情報の奔流の中にあって,実際の治療に活用できる知識ばかりでなく,疾患の背景にある病態の理解をすすめることによって,個々の患者に最も適した治療法を選択するための基盤となる最新情報を体系的に得られるように,わかりやすく解説するように企画されている.しかも毎年内容を一新させ,執筆者にはそれぞれの領域でトップランナーとして活躍されている方々にお願いできたことも本書の特色といえよう.通読されても,あるいは症例にあたって最新の情報を得るために参照されても充分にお役に立てるよう項目立ても工夫されている.日常臨床において診療に活用されれば大変幸甚である.

1999年12月

編集者一同

杉下靖郎  門間和夫  矢崎義雄  高本眞一  編集

著者

岡  亨  小室一成  八代健太  平松幹男  平岡昌和  道場信孝

平田恭信  池田久雄  今泉 勉  梶谷文彦  齋藤 康  村川裕二

井上 博  奥村 謙  相澤義房  村田光範  中村保幸  望月正武

溝上恒男  永田晶子  西畠 信  松岡瑠美子 佐地 勉  村田和也

松崎益徳  水重克文  岩藤泰慶  松尾裕英  近藤千里  丹羽公一郎

中野 赳  矢津卓宏  今井 潤  廣坂 朗  丸山幸夫  児玉和久

平山篤志  山口 徹  瀬尾宏美  土居義典  伊沢 淳  磯部光章

齋藤宗靖  長谷部直幸 菊池健次郎 橋本正良  大内尉義  中村好秀

中西敏雄  石光敏行  森下竜一  金田安史  荻原俊男  八木原俊克

村上 新  高本眞一  幕内晴朗  石橋和幸  川副浩平  塩田隆弘

澤 芳樹  松田 暉  伊藤 翼  大坪 諭  小野 稔  高本眞一

大北 裕


目 次

I.循環器の生物学

 1.心血管系の発生と分化  <岡  亨 小室一成>  1

心血管系の発生過程  心臓形成に関与する因子  血管形成に関与する因子  心血管系の新生・再生

 2.内臓錯位症候群の遺伝子  <八代健太>  10

左右軸形成における遺伝学的考察  左右非対称に発現する遺伝子  node再び

 3.心血管系のイオンチャネルの分子生物学  <平松幹男 平岡昌和>  16

T型Ca2+チャネルと過分極活性化陽イオンチャネルのクローニング  HERGチャネルと会合する蛋白: MiRP1  チャネルクローンとnativeチャネルとの対応  チャネル異常と不整脈疾患  

病態下のイオンチャネルの発現・機能変化

 4.心臓血管系の神経性調節  <道場信孝>  21

循環系の神経性調節の評価法  循環系の中枢神経性調節  動脈性調圧反射  心肺反射  化学反射  調圧反射,化学反射,BJRの相互作用

 5.NO  <平田恭信>  25

内因性NOの作用  NOの遊離機序  NOとアポトーシス  NOS遺伝子変異と病態  内因性NO合成阻害物質と動脈硬化  NO吸入療法  薬物療法とNO

 6.細胞接着分子P-セレクチンと循環器  <池田久雄 今泉 勉>  31

分布,構造および機能  循環器疾患とP-セレクチン

 7.心筋微小循環  <梶谷文彦>  36

冠血管抵抗調節の階層性  拍動心によるメカニカルストレスと冠微小血管・血流挙動  心内膜側と外膜側細動脈の血管反応性の差異  冠微小血管への血流配分の循環調節ユニットと不均一性  心筋内毛細血管の構築と機能

 8.動脈硬化粥腫破綻のメカニズム  <齋藤 康>  44

プラークを構成する成分の局在  プラーク構成成分の機能の局在  プラークのvulunerabilityとstabilization  動脈硬化粥腫破綻のメカニズム

II.疾患の病因と病態

 1.神経調節性失神  <村川裕二>  48

病態  診断方法  CFSとの関連  薬物治療の動向  ペースメーカによる治療

 2.不整脈と自律神経機能  <井上 博>  52

心房細動と交感神経機能  心室性不整脈と自律神経機能  核医学検査からみた交感神経機能  カテーテルアブレーションと自律神経機能  自律神経機能と予後

 3.抗不整脈薬の催不整脈作用  <奥村 謙>  59

TdPの発生機序  心筋梗塞例における催不整脈作用に対するβ遮断薬の効果

 4.心臓突然死の現状と対策  <相澤義房>  64

疫学と救急現場  心臓突然死の予知  心臓突然死の治療

 5.小児期からの動脈硬化  <村田光範>  70

血清総コレステロール値の年次推移  肥満の増加  食事内容の変化  運動不足  ストレスの増加  これからの問題

 6.日本と欧米の虚血性心疾患の比較  <中村保幸>  78

MSMIの方法  結果  考察

 7.糖尿病と心疾患  <望月正武 溝上恒男 永田晶子>  84

糖尿病と大血管障害  糖尿病心筋における細血管障害  糖尿病と心筋の糖・脂質代謝異常  糖尿病患者における心臓自律神経障害  ミトコンドリア遺伝子異常と心筋症

 8.胎児心臓病学の進歩  <西畠 信>  91

心奇形の胎児診断  胎児不整脈の診断と胎児治療  胎児期の血行動態と胎児循環機能の評価  21世紀につながる研究と継続する課題

 9.先天性心疾患の分子遺伝学  <松岡瑠美子>  98

先天性心疾患を含む染色体異常症候群  心疾患を含む遺伝子病

 10.原発性肺高血圧症の成因  <佐地 勉>  107

PPH成因研究の動向  WHOによるPPH会議  PH発症周辺のevidence

III.診断の進歩

 1.左室拡張機能  <村田和也 松崎益徳>  115

パルス ドプラ法による左室拡張能評価  カラーMモード ドプラ法,組織ドプラ法による拡張機能評価

 2.3次元画像診断法−新しい展開  <水重克文 岩藤泰慶 松尾裕英>  121

ドプラ心エコー法  CT法(computed tomography)  

MR(magnetic resonance)法  心臓核医学検査

 3.MRアンギオ−最近の進歩  <近藤千里>  129

「ながれ」を利用したMRA  3次元造影MRA  臨床成績

 4.成人の先天性心疾患のトピックス(1997年版以降について)  <丹羽公一郎>  134

自然歴: 非手術歴  Eisenmenger症候群  術後長期遠隔成績  突然死  感染性心内膜炎  妊娠出産  心房細動,心房粗動  心臓移植  心房中隔瘤

 5.肺血栓塞栓症  <中野 赳 矢津卓宏>  139

ベッドサイドでの診断  肺シンチグラフィと肺動脈造影  

CT scan  MRA  pulmonary perfusion MR imaging

 6.携帯型自動血圧計の臨床応用−自由行動下血圧,家庭血圧−  <今井 潤>  144

ABP,HBPの臓器障害,予後予測能  血圧日内変動と臓器障害,予後  血圧日内変動異常の要因  ABP,HBPによるその他の情報の臨床的意義  臨床薬理学的手法としてのABP,HBP  白衣現象,白衣性高血圧  ABP,HBPの経済効果

IV.治療の進歩(内科,小児科)

 1.心不全のβ遮断薬療法−最近の動向  <廣坂 朗 丸山幸夫>  152

carvedilol  metoprolol  bisoprolol  日本の研究動向

 2.冠動脈疾患High Risk症例の治療  <児玉和久 平山篤志>  158

薬物療法  intervention

 3.ステント内再狭窄の予防と治療  <山口 徹>  162

POBA後再狭窄とステント内再狭窄  ステント内再狭窄の臨床と予防  新しい再狭窄予防法: 血管内放射線治療  ステント内再狭窄の治療

 4.高齢者虚血性心疾患の病態と治療  <瀬尾宏美 土居義典>  168

慢性虚血性心疾患  急性心筋梗塞

 5.心臓移植の現況と展望  <伊沢 淳 磯部光章>  176

心臓移植の現況  心臓移植の展望

 6.心臓リハビリテーションの現状と問題点  <齋藤宗靖>  184

心臓リハビリテーションの新しい流れ  心臓リハビリテーションの費用,効果分析  心臓リハビリテーションとQOL  心不全と心臓リハビリテーション

 7.Ca拮抗薬療法の功罪と展望  <長谷部直幸 菊池健次郎>  188

Ca拮抗薬論争とその後の展開  臓器保護とCa拮抗薬  糖尿病を合併する高血圧症とCa拮抗薬

 8.女性心血管疾患とホルモン補充療法  <橋本正良 大内尉義>  196

エストロゲンの作用機序  女性心血管疾患とホルモン補充療法  女性心血管疾患を防ぐ他の方法

 9.小児の頻拍性不整脈のカテーテル治療  <中村好秀>  200

先天性心疾患と頻拍性不整脈  心房内回帰性頻拍,心房粗動  術後の心室頻拍  房室回帰性頻拍,WPW症候群  房室結節回帰性頻拍  異所性心房頻拍  接合部頻拍  特発性心室頻拍

 10.肺動脈弁閉鎖症のカテーテル治療  <中西敏雄>  206

カテーテル治療の適応  カテーテル治療の手技

 11.人工弁置換手術後の妊娠,出産  <石光敏行>  212

妊娠時の凝固線溶系変化  妊娠時の抗凝固療法  人工弁の種類による差異  現時点での治療戦略  今後の課題

 12.循環器疾患における遺伝子治療  <森下竜一 金田安史 荻原俊男>  216

閉塞性動脈硬化症に対する遺伝子治療  心筋梗塞に対する遺伝子治療  再狭窄に対する遺伝子治療  バイパス後再狭窄に対する遺伝子治療

V.心臓血管外科

 1.Ross手術  <八木原俊克>  222

対象・適応  手術方法  成績・予後

 2.小児心疾患のminimally invasive surgery  <村上 新 高本眞一>  226

人工心肺を用いる小児心臓手術におけるMICS  動脈管開存症に対する胸腔鏡下遮断術

 3.MIDCABの功罪  <幕内晴朗>  229

off-pump CABGの功罪(conventional CABGに対比して)  MIDCABの功罪(OPCABに対比して)  低侵襲on-pump CABGの功罪

 4.肥大型心筋症の外科治療  <石橋和幸 川副浩平>  236

HOCMの病態  手術適応  手術  ペースメーカーによる治療  小児に対する治療  カテーテルを用いたケミカルアブレーションによる治療

 5.左心機能不全の手術治療−Dor手術,Batista手術  <塩田隆弘>  242

Dor手術  Batista術  Batista手術に絡む複雑な要因

 6.冠動脈疾患を合併した弁膜症に対する外科治療  <澤 芳樹 松田 暉>  248

大動脈弁疾患と冠動脈病変の合併  僧帽弁疾患と冠動脈病変の合併  当科における冠動脈疾患合併弁膜症の治療成績と問題点

 7.大動脈弁輪拡張症における大動脈弁温存術  <伊藤 翼 大坪 諭>  252

大動脈弁拡張症(AAE)とは  自己弁温存基部再建術  グラフトのサイズと交連部の高さの決定法  自己弁温存基部再建術の遠隔成績  remodeling法かreimplantation法か?  Marfan症候群への適応は妥当か?  今後の課題

 8.ホモグラフトの適応  <小野 稔 高本眞一>  257

後天性心疾患における適応  先天性心疾患における適応  

大血管手術における適応  その他

 9.人工血管感染症に対する治療  <大北 裕>  262

診断  治療

索 引  268