序
本「Annual Review 循環器」が創刊されてから16年になる.わが国ではユニークな本書が読者諸先生に受け入れられ,それが現在に到るまで保たれて来た事が有り難く思われる.特に若い医師・研究者達に読まれているとの事で,編集者としてその時代の知識がなるべく掲載されるように努めて来た事と合致し,遣り甲斐があったと嬉しく感じられる.各巻の目次をめくってみると,その間の循環器学の流れが感じられる.当初はそれまで循環器学の中心であった生理学的立場のものが並んでいた.途中からこれに心血管作動物質,分子生物学・遺伝子の立場のものが加わり,さらにはその先の方向性についても議論がされ始めている.臨床的には画像診断,intervention に関するものが大きく加わった.テーマはできるだけ重複しないように配慮したが,それでもPTCA,各種作動物質,画像法のように何度か反復したものもあり,それらは永年にわたって循環器学に影響を及ぼすものであったと理解される.執筆者にはご多忙中に大変ご厄介をお掛けしている.時とともにお名前もだんだん変わっているが,みな快く書いてくださった方々である.度々お名前の出る方は,日本の循環器学の進歩と普及を支えて下さった方と感じられる.
科学は近年長足の進歩を示している.自然科学は本来,古代ギリシャなどにおいて真理に対する興味としての一手法として始まった.その手法がアングロサクソンなど白人の文明の変化とともに進み,その知識の蓄積に伴って時々現れる天才が唱えた学説に基づいて自然現象が矛盾無く説明される事を基盤として大きく形作られて今日に至った.若しかすると人類の自然科学は全く違った形のものであったかもしれない.確かに今までの歴史の中には各種民族による他の試みもあった.今までの自然科学の蓄積した財産は大きいが,それは決して絶対ではない.これに新しい思想を加えながら,神の世界に向かって永遠に「進歩」し続けるであろう.医学も,そしてその中にある循環器学も同様である.
医学,特に臨床医学は応用科学である.すなわち,興味の対象としての純粋科学と異なり,人類の健康維持に貢献する務めがある.それには倫理面が重要である.優秀な自然科学者が,例えばテロなどに荷担するなど,目的を誤る事がある.遺伝子に関連した医学の分野でもその警鐘が鳴らされている.科学者,特にヒトの命を預かる医学研究者は常に謙虚で在らねばならない.
今後共,本書が循環器学の進歩と普及に貢献できる事を期待している.
2001年12月
編者一同
[編集者]
杉下靖郎 門間和夫 矢崎義雄 高本眞一
[著者]
井上信孝 横山光宏 野出孝一 葛谷恒彦 平岡昌和
廣井透雄 澤田直樹 伊藤 裕 中尾一和 小池弘美
森下竜一 門間和夫 池主雅臣 相澤義房 山本啓二
島田和幸 岸本一郎 斎藤能彦 江原省一 吉川純一
上田真喜子 鈴木淳子 八木邦公 馬渕 宏 森崎隆幸
上砂光裕 三谷義英 佐々木 享 榛沢和彦 中田智明
加地修一郎 吉田 清 杉浦清了 佐藤幸人 松森 昭
小見山高士 重松 宏 清水昭彦 松崎益徳 大塚正史
小室一成 酒井 俊 宮内 卓 野村周三 本宮武司
中村正人 山口 徹 島田和典 代田浩之 前野泰樹
河野 健 和泉 徹 菊地 研 平盛勝彦 別所竜蔵
田中茂夫 石川司朗 佐久間一郎 北畠 顕 丹羽公一郎
立野 滋 富田 英 前田克英 村上 新 上田恵介
西村和修 渡邊 剛 野口 学 江石清行 加藤雅明
師田哲郎 高本眞一 新岡俊治
目 次
I.循環器の生物学
1.循環器疾患と酸化ストレス <井上信孝 横山光宏> 1
心血管系におけるレドックス調節機構
動脈硬化危険因子による血管内皮障害と酸化ストレスの重要性
慢性炎症性疾患としての動脈硬化と酸化ストレスの重要性
急性冠症候群発症機構と酸化ストレス 心不全の病態形成と酸化ストレス
循環器疾患治療薬としての抗酸化剤−その問題点と可能性−
2.内皮由来過分極因子(EDHF) <野出孝一 葛谷恒彦> 9
EDHFの本体 EDHF産生のメカニズム EDHFによる平滑筋過分極のメカニズム
EDHFによる血管弛緩のメカニズム EDHFの病態における意義 EDHFの新しい作用
3.心室再分極の成立とその異常 <平岡昌和> 15
再分極に関与するチャネルの多様性
心室における活動電位の局所的差異(heterogeneity) QT延長症候群と遺伝子異常
Naチャネル遺伝子異常による遺伝性不整脈疾患
4.Ca結合蛋白(カルシニューリン)と心肥大 <廣井透雄> 22
心肥大 calcineurin 循環器領域におけるcalcineurinのデビュー
薬剤による心臓のcalcineurinの抑制 遺伝子工学を用いたcalci-neurinの特異的な阻害
calcineurinをめぐる最近の循環器系の話題
5.心血管とRho蛋白 <澤田直樹 伊藤 裕 中尾一和> 30
血管平滑筋とRho蛋白 血管内皮とRho蛋白 血小板とRho蛋白
単球・マクロファージとRho蛋白 心筋とRho蛋白 活性酸素とRho蛋白
6.血管新生と再生医療 <小池弘美 森下竜一> 38
VEGF遺伝子による血管再生 HGF遺伝子による血管再生
VEGF遺伝子による心筋梗塞に対する血管再生 心臓の壁へのVEGF遺伝子の注射
HGF遺伝子による心不全治療 内皮前駆細胞を利用した血管再生
自家骨髄移植による血管再生 骨髄間質細胞移植による心筋梗塞の治療
ES細胞からの血管発生 ES細胞を使った細胞療法
7.胎生期動脈管の薬理学 <門間和夫> 45
シクロオキシゲナーゼ-1,2と選択的阻害薬 一酸化窒素(NO)
エンドセリン ビタミンA
II.疾患の病因と病態
1.心室細動の成立機序 <池主雅臣 相澤義房> 51
背景 心室細動の機序 主要な疾患の心室細動
2.心房細動と血液凝固 <山本啓二 島田和幸> 57
心房細動の凝固線溶活性 除細動による凝固線溶活性の検討
血行動態による凝固線溶活性の検討
3.ANP・BNPと心不全 <岸本一郎 斎藤能彦> 61
診断薬としてのANP・BNP 治療薬としてのANP・BNP
遺伝子操作マウスを用いた基礎検討 今後の展望
4.高脂血症と冠動脈形態変化 <江原省一 吉川純一 上田真喜子> 69
高脂血症動物モデルから何が学べるか ヒト動脈硬化性病変における酸化LDLの意義
冠動脈プラーク性状と血管リモデリング 高脂血症と冠動脈石灰化
最近の大規模臨床試験
5.川崎病の冠動脈病変の成因 <鈴木淳子> 75
川崎病の病因説 血管炎の病態 高安病との類似点 川崎病の冠動脈炎の病変
冠動脈炎の免疫組織化学的検討 血管内皮増殖因子(VEGF)の血管炎への関与
iNOS(inducible nitoric oxide synthase)の血管炎への関与
遠隔期の進行性狭窄性病変の成因
6.肥満と循環器疾患 <八木邦公 馬渕 宏> 81
肥満と心機能障害 脂肪細胞の量と質 脂肪細胞が分泌する生理活性物質
7.Marfan症候群の遺伝子異常 <森崎隆幸> 86
Marfan症候群の病因と診断 Marfan症候群の病因遺伝子
Marfan症候群における遺伝子検索の実際
8.拡張型心筋症の遺伝子異常 <上砂光裕> 92
遺伝的異質性と臨床的異質性 収縮伝達の障害 収縮発生の障害
核エンベロープ蛋白(nuclear envelope protein)の障害
9.肺高血圧性肺動脈閉塞病変の成因と薬剤による消退 <三谷義英> 98
原発性肺高血圧(PPH)--原発性のPAH-- 他の疾患に関連して発症するPAH
新しい薬物治療,遺伝子治療,細胞治療の可能性
10.本態性高血圧の最近の病因論 <佐々木 享> 105
高血圧の原因遺伝子 本態性高血圧症の成因としての延髄の動脈性圧迫
III.診断の進歩
1.経頭蓋超音波による脳血流速度測定 <榛沢和彦> 110
一般的な経頭蓋超音波(TCD) TCDによるHITS検出
2.心電図同期心筋SPECT <中田智明> 116
心電図同期SPECT法の技術的進歩 心筋虚血の病態生理,診断への応用
冠動脈疾患のリスク評価・予後評価への応用
3.リアルタイム心臓MRIシステム <加地修一郎 吉田 清> 122
原理 リアルタイム心臓MRIシステムの臨床応用
4.電気-機能的マッピング(NOGA) <杉浦清了> 126
原理 診断への応用 虚血性心疾患の治療 心不全の治療
5.心筋症のウイルス遺伝子診断 <佐藤幸人 松森 昭> 131
拡張型心筋症の原因ウイルスの検索−特にエンテロウイルスについて
C型肝炎ウイルスと心筋症の関連について
C型肝炎ウイルスの関与が疑われた拡張型心筋症の治療指標に何を用いるか
血中心筋トロポニンTを指標としたインターフェロン投与
6.近赤外線による組織酸素動態モニター <小見山高士 重松 宏> 135
NIRSによる組織酸素動態モニター
IV.治療の進歩(内科,小児科)
1.心不全のペーシング療法 <清水昭彦 松崎益徳> 139
歴史 両室ペーシングによる血行動態の改善の機序 両室ペーシングの急性効果
長期成績 ペースメーカー植え込みの実際と問題点
両心室ペースメーカーの適応 未来の課題
2.心不全の遺伝子治療 <大塚正史 小室一成> 147
遺伝子治療 細胞移植
3.エンドセリン拮抗薬 <酒井 俊 宮内 卓> 152
エンドセリン研究の流れと臨床応用の可能性 エンドセリン系の基本
エンドセリン系の阻害薬 エンドセリン受容体遮断薬を用いた臨床試験
4.慢性多枝冠病変の治療指針 <野村周三 本宮武司> 159
一枝冠動脈病変 多枝冠動脈病変
5.虚血性心疾患におけるinterventional cardiologyの予後改善効果 <中村正人 山口 徹> 165
ステントの与えたimpact ステントとCABGの比較
急性冠症候群に対する冠動脈インターベンション
非ST上昇型急性冠症候群に対する早期侵襲的治療 新しい治療,デバイス
6.冠動脈疾患におけるコレステロール低下療法 <島田和典 代田浩之> 171
HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)による介入 フィブラート系薬剤による介入
NCEP ATP III 我が国における高脂血症診療ガイドライン
現在進行中の脂質介入試験と今後の展望
7.胎児不整脈の薬物治療 <前野泰樹> 176
胎児徐脈 胎児頻脈
8.劇症型心筋炎の治療 <河野 健 和泉 徹> 182
補助循環法 薬物療法 劇症型心筋炎の予後に関して
9.心疾患救命救急の現況 <菊地 研 平盛勝彦> 188
basic life support(BLS)
early advanced care -- 二次救命処置advanced cardiovascular life support(ACLS)
急性冠症候群 acute coronary syndrome(ACS) G2000での今後の検討課題
日本の現状と課題
10.ICDによる治療成績 <別所竜蔵 田中茂夫> 196
ICD治療の大規模臨床試験 現在進行中の一次予防大規模試験 本邦でのICD治療
11.小児期の一酸化窒素ガス吸入療法 <石川司朗> 203
新生児の低酸素血症を伴う呼吸不全(遷延性肺高血圧症)に対する治療
先天性心臓病とNOガス吸入 これまでのNO吸入療法の経験から学ぶこと
12.「バイアグラ」と循環器疾患 <佐久間一郎 北畠 顕> 208
シルデナフィルの作用機序と効果 循環器疾患患者における効果と副作用
循環器患者におけるシルデナフィル投与可否決定法
V.心臓血管外科と遠隔成績
1.Fallot四徴症の手術後遠隔成績 <丹羽公一郎 立野 滋> 213
長期遠隔成績 遠隔期死亡危険因子 不整脈と突然死 突然死 右室機能評価法
カテーテルアブレーション バルーン拡大術 再手術,肺動脈弁置換術の意義,時期
大動脈拡張,大動脈弁逆流 遠隔期の妊娠 遠隔期の運動能
2.大動脈弁閉鎖不全を伴う心室中隔欠損の手術後遠隔期成績 <富田 英> 220
心室中隔欠損に合併する大動脈弁閉鎖不全の発生機序
大動脈弁閉鎖不全の予防処置としての手術 術式 遠隔予後
Valsalva洞動脈瘤破裂との関連
3.Fontan型手術の長期成績 <前田克英 村上 新> 225
Fontan型手術の適応 APC型Fontanの長期予後 TCPC型Fontanへの変遷
APC型FontanからTCPC型への変換 Fontan術後患者の精神知能発達
Fontan術後の成人期の管理
4.左室縮小形成術の現況 <上田恵介> 231
手術方法 手術適応と成績
5.LVAS軸流ポンプ <西村和修> 236
体外設置型LVAS 体内埋込型LVAS
6.off-pump CABG <渡邊 剛> 241
近接期成績 手術手技/アプローチ法 遠隔成績 現時点での結論と展望
完全内視鏡下手術およびロボット手術
7.狭小大動脈弁輪に対する外科手術 <野口 学 江石清行> 247
狭小大動脈弁輪に対する外科治療戦略 Ross手術
狭小大動脈弁輪とprosthesis-patient mismatch
8.大動脈手術におけるステントグラフト併用法 <加藤雅明> 255
ステントグラフト移植術を併用した大動脈手術の開発経緯
ステントグラフト移植術を併用した大動脈手術の具体的な方法
大動脈手術におけるステントグラフト併用術の報告とその成績
海外での動向と今後の展開について
9.大動脈解離におけるmalperfusion <師田哲郎 高本眞一> 264
malperfusionの発症機序 臓器別にみたmalperfusionの病態と診断
malperfusionの治療 手術におけるmalperfusion対策
10.心臓血管外科における再生医療 <新岡俊治> 271
基礎的研究の進歩 心臓弁のティッシュエンジニアリング
血管のティッシュエンジニアリング 心筋再生 ティッシュエンジニアリング刺激伝導系
索 引 278