序
循環器疾患は,心筋梗塞などのように急性に推移して直接生命を脅かす重篤な疾患から,高血圧や動脈硬化のように慢性に長期間にわたって病態が進展して臓器の機能障害に至るものまできわめて多様である.しかも日常診療において最も診る機会の多い疾患でもある.したがって,循環器疾患の病態をよく理解し,それに的確に反応する治療法を選択して対応することは,循環器専門医ばかりでなく一般臨床医にも求められている重要な課題になっている.
「Annual Review循環器」は急激にそして広い領域で目覚しい勢いで進歩しているこのような循環器疾患の病態解明や診断および治療法の開発に関する最新情報を,診療に多忙な臨床医の方々が適切にとらえられ,実際の診療にも反映されるように企画編集されたシリーズである.そして17年間もの長期にわたって広く受け入れられたのも,このような編集方針がよく理解されたことによるものと思われる.それは心臓,血管分野における内科,外科,小児科といった各領域において膨大な情報の中から最近の進歩,トレンドをとらえて厳しく選択し,理解されやすいように,しかも臨床的な視点から解説するように努めたことが評価されたからであろう,内容も単なる文献抄録集で終ることがないように,それぞれの執筆者にまず冒頭でそのテーマについての最近の動向を簡潔に述べていただき,そしてここ1〜2年の進歩にポイントを絞って内外の主要な文献を紹介していただき,その内容,評価,実情や問題点などが明らかになるような論評をお願いした.さらにいわゆる教科書的な解説や一般的な総説ではなく,しかも内容も特定の文献に偏らないという大変難しい執筆要項についても受け入れていただいた.執筆者についても,各担当の領域で第一線のトップランナーとして活躍されておられる方々にお願いした.御多忙にもかかわらず執筆を引き受けていただいた先生方に深甚の感謝を申し述べたい.その結果,本書はreview誌であるにもかかわらず,最新の情報に加えて,執筆者の豊富な臨床経験と専門的な知識に基づいた内容の濃い解説がエッセンスとして盛り込まれたことが他書にはない特色といえる.通読されても,あるいは症例にあたって最新の情報を得るために参照されても充分にお役に立てるような項目立ても工夫されている.
「2003年度版」は,本シリーズのこのような特色に加えて,最近進歩の著しい循環器領域における分子生物学的な知見,特に遺伝子解析についての情報の紹介と解説を項目として加えさせていただいた.循環器で最も注目されている領域であるとともに,臨床への応用も大いに期待されている.臨床医にも必要な基礎的知識としてこれらの項目を通読していただければと思っている.
本書により,循環器疾患の病態や診断,治療法についての最新情報が体系的にとらえられ,生きた知識として実際の臨床に活用されれば幸甚である.
2002年12月
編者一同
[編集者]
杉下靖郎 門間和夫 矢崎義雄 高本眞一
[著者]
澤田只夫 岡田了三 平田恭信 高野博之 小室一成
倉林正彦 福田恵一 伊賀瀬道也 三木哲郎 森田啓行
近藤達也 矢野雅文 松崎益徳 北 徹 山崎義光
堀 正二 大木るり 島田和幸 横手幸太郎 齋藤 康
岡 直樹 相賀 素 今泉 勉 河合祥雄 市田蕗子
秋下雅弘 大内尉義 門間和夫 加藤太一 松岡瑠美子
辻野 健 岩崎忠昭 白井徹郎 児玉和久 平山篤志
垣田 剛 神原啓文 渡辺重行 近藤千里 木村文子
三橋紀夫 加賀谷 豊 白土邦男 金矢宣紀 鈴木知己
平盛勝彦 斎藤重幸 島本和明 京谷晋吾 齋藤 滋
筒井裕之 竹下 彰 尾崎行男 伊藤隆之 井上 博
土谷 健 奥村 謙 羽根田紀幸 里見元義 中西敏雄
田代 忠 窪田 博 佐野俊二 関口昭彦 本村 昇
村上 新 高本眞一 松田 均 大北 裕 安藤太三
北村惣一郎 中谷武嗣 花谷彰久
目 次
I.循環器の生物学
1.比較生物学からみたヒト循環器疾患の特異性 <澤田只夫 岡田了三> 1
体・肺循環の進化 ヒトと各種動物の循環器疾患の比較
2.T型カルシウムチャネルとその阻害薬 <平田恭信> 8
T型Caチャネルとその電気生理学的特性 T型Caチャネルの発現
T型Caチャネル抑制薬 腎動脈におけるT型Caチャネル
アルドステロン分泌とT型Caチャネル
3.シグナル伝達分子としてのラジカル <高野博之 小室一成> 13
ROSに関するシグナル伝達系 心疾患におけるROSの関与
4.血管平滑筋細胞の増殖と分化 <倉林正彦> 18
血管平滑筋細胞の形質変換 活性酸素と平滑筋細胞の活性化
血管平滑筋細胞とTGF-βシグナル
5.幹細胞による心筋再生療法 <福田恵一> 25
ES細胞から心筋細胞への分化誘導 ES細胞のかかえる問題点とその対応
骨髄成体幹細胞
6.循環器疾患と遺伝子多型(SNPs)解析 <伊賀瀬道也 三木哲郎> 29
ゲノムとSNP SNPの解析 テーラーメイド治療とSNP
EHTにおけるSNP解析の現状
ミレニアム・ゲノム・プロジェクトでの動脈硬化・高血圧関連遺伝子研究
7.アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子多型と心筋梗塞 <森田啓行> 34
アルコール摂取と心筋梗塞リスク アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子多型
アルコールデヒドロゲナーゼ3(ADH3)遺伝子多型と心筋梗塞リスク
アルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子多型 本邦における特異性
ストレス飲酒と遺伝子型 今後の展望─遺伝子環境連関 gene-environmental interaction
8.クモ膜下出血とエラスチン遺伝子多型 <近藤達也> 38
エラスチン遺伝子多型の関与の発見 方法 結果
II.疾患の病因と病態
1.心肥大・心不全におけるcalcium cycling <矢野雅文 松崎益徳> 43
心肥大形成における細胞内Ca2+の重要性
心肥大・心不全時における心筋細胞内Ca2+調節 β遮断薬による細胞内Ca2+過負荷の抑制
2.粥状動脈硬化の分子機構 <北 徹> 48
粥状動脈硬化の病理学 血管内皮細胞の活性化 マクロファージの泡沫化
3.糖尿病と血管疾患 <山崎義光 堀 正二> 56
糖尿病患者(耐糖能異常者)の動脈硬化の成因と病態
糖尿病患者における動脈硬化と血管疾患 糖尿病における各危険因子に対する治療効果
4.虚血性心疾患はわが国で増加している <大木るり 島田和幸> 60
疫学 日本人の虚血性心疾患の特徴 危険因子と虚血性心疾患
5.高齢者における冠危険因子 <横手幸太郎 齋藤 康> 65
高脂血症 高血圧 糖尿病,肥満 CHD以外の動脈硬化性疾患
閉経とホルモン補充療法 その他の危険因子
6.心筋症におけるexcitation-contraction couplingの変化
<岡 直樹 相賀 素 今泉 勉> 72
拡張型心筋症(DCM)と不全心筋におけるEC couplingの異常
DCMにおけるEC couplingの異常に対する治療
肥大型心筋症(HCM)の収縮異常とEC couplingの変化
HCMにおけるEC couplingの異常に対する治療
7.たこつぼ型心筋障害 <河合祥雄> 77
定義 方法 女性緊急冠状動脈造影施行例でのたこつぼ心筋症の頻度
臨床病態 成因
8.左室心筋緻密化障害 <市田蕗子> 83
病因 臨床像 診断 治療 予後
9.閉経と動脈硬化 <秋下雅弘 大内尉義> 89
エストロゲンと動脈硬化危険因子 エストロゲンの血管に対する直接作用
ホルモン補充療法(HRT)と動脈硬化
10.染色体22q11欠失症 <門間和夫> 94
責任遺伝子 心血管奇形の特徴
11.Noonan症候群の遺伝子解析 <加藤太一 松岡瑠美子> 99
疾患遺伝子同定の試み PTPN11とSHP-2
Noonan症候群におけるPTPN11の変異の特徴
III.診断の進歩
1.心不全のplasma indicator <辻野 健 岩崎忠昭> 104
ナトリウム利尿ペプチド サイトカイン 酸化ストレスマーカー その他
2.虚血性心疾患におけるplasma indicator <白井徹郎> 113
急性冠症候群(ACS)の診断・リスク層別化・治療選択
冠動脈形成術後の予後推定 不安定粥腫の検出 冠危険因子
3.動脈硬化粥腫破裂の予知 <児玉和久 平山篤志> 121
不安定プラークの生成と破綻 生化学的予知因子 画像診断
4.myocardial tissue reperfusionの評価法 <垣田 剛 神原啓文> 128
心電図同期心筋SPECT リアルタイム心筋コントラストエコー法 造影MRI
5.心疾患における交感神経機能の画像診断 <渡辺重行> 134
cardiac neurotransmission imaging 心移植・大血管手術 虚血性心疾患
心不全・心筋症および体液性因子・治療効果 局所機能 糖尿病
不整脈 その他の疾患
6.心大血管の3次元画像 <近藤千里 木村文子 三橋紀夫> 142
マルチスライスCT 心電図同期心筋SPECTによる心室容積測定の精度
IV.治療の進歩
1.心不全治療薬の最近の成績 <加賀谷 豊 白土邦男> 147
心不全患者におけるβ遮断薬の適応拡大とアンジオテンシン受容体拮抗薬に関する臨床試験成績
心不全の急性増悪期の治療薬に関する臨床試験成績
2.脂質代謝改善薬による虚血性心疾患の1次および2次予防
<金矢宣紀 鈴木知己 平盛勝彦> 152
欧米での大規模臨床試験 日本での大規模臨床試験 pleiotropic effect
フィブラート系薬剤 今後の展望
3.高齢者高血圧の治療 <斎藤重幸 島本和明> 158
高齢者高血圧の病態(疫学) 高齢者高血圧の薬物療法 高齢者の降圧目標
降圧療法における大規模臨床試験とメタアナリシス
4.肺高血圧症のプロスタサイクリン療法 <京谷晋吾> 164
プロスタサイクリン療法の歴史 epoprostenol持続静注療法の効果
2次性(続発性)肺高血圧症への応用 プロスタサイクリン誘導体
5.慢性血液透析患者における虚血性心疾患の治療 <齋藤 滋> 167
慢性腎不全の定義 慢性腎不全患者に対する冠動脈インターベンションとしてのPOBA
慢性腎不全患者に対するCABG 慢性腎不全患者に対するニューディバイス
湘南鎌倉総合病院心臓センターでの成績
6.わが国における冠動脈インターベンションの実態 <筒井裕之 竹下 彰> 172
PCI施行数 PCI施行施設 PCI施行症例の特徴
7.冠動脈インターベンション(PCI)の新しい工夫 <尾崎行男 伊藤隆之> 178
バルーン冠動脈形成術(PTCA)の始まり ニューデバイスの導入
冠動脈ステントの全盛期とステント再狭窄
冠動脈内イメージング〔冠動脈内エコー(ICUS)の役割〕
ステント再狭窄に対する血管内放射線治療 drug-eluting stent(DES)への期待
8.植え込み型除細動器の最近の進歩 <井上 博> 186
大規模研究の結果 大規模研究のサブ解析 植え込み例の突然死
QOL 費用対効果
9.心房細動のアブレーション <土谷 健 奥村 謙> 193
catheter maze 肺静脈をターゲットとするアブレーション
肺静脈以外に起源を有する心房細動
10.心室中隔欠損のカテーテル閉鎖術 <羽根田紀幸> 201
適応 方法 成績 注意点(考察にかえて)
11.動静脈瘻のカテーテルインターベンション <里見元義> 207
冠動脈瘻に対するカテーテルインターベンション
頭部動静脈瘻に対するカテーテルインターベンション
その他の部位の動静脈瘻に対するカテーテルインターベンション 自験例
12.胸腹部大動脈狭窄に対するカテーテル治療 <中西敏雄> 216
mid-aortic syndromeと大動脈炎 バルーン拡大術 ステントを用いた拡大術
V.心臓血管外科と遠隔成績
1.左心機能低下例に対するoff-pump CABG <田代 忠> 220
左心機能低下例に対するCABG off-pump CABGの技術的進歩
off-pump CABGの有効性 左心機能低下例に対するoff-pump CABG
2.心房細動に対する低侵襲手術 <窪田 博> 225
近年報告された術式 心房細動手術における低侵襲化とは
3.左心低形成症候群の手術成績 <佐野俊二> 231
術前診断と管理 術中管理 術後管理 最近のトピックス
4.新生児大動脈縮窄症の手術 <関口昭彦> 238
手術術式 遠位大動脈弓の低形成 低体重の影響 バルン血管拡張術の可能性
5.小児心臓外科領域におけるホモグラフトの適応と限界
<本村 昇 村上 新 高本眞一> 242
現在の適応と成績 小児疾患の特殊性と限界 静脈ホモグラフトの新たな適応
再生医学のもたらすもの
6.胸腹部大動脈瘤 <松田 均 大北 裕> 246
緒言 脊髄の血行支配 Adamkiewicz動脈の描出 脊髄誘発電位
脊髄虚血防止策 腹部臓器保護 大動脈合併病変
ステントグラフト内挿術 治療成績
7.慢性肺血栓塞栓症に対する手術 <安藤太三> 259
慢性肺血栓塞栓症の病態 診断と手術適応 手術方法 手術成績と今後の問題点
8.本邦における心臓移植と問題点 <北村惣一郎 中谷武嗣 花谷彰久> 263
心臓移植適応 心臓移植待機患者の現状
待機中の補助人工心臓(LVAS)の使用状況と生存率
心臓移植適応の決定と問題 ドナー心の評価 心臓移植手術法 術後管理
心臓移植遠隔期の問題 渡航移植の現況 今後の展望
索 引 272