循環器学の歴史を振り返ると,マクロ形態学に始まり,血液循環の発見,Sarnoffの心機能曲線やFrank-Starling特性に代表される心臓のマクロ機械特性,さらに心電計の発達による心臓電気特性の理解,さらに20世紀中ごろ以降,測定機器の進歩による微細構造の解明あるいはミクロ形態学の発展,そして細胞膜特性および細胞機能の理解へと進んできた.その中で,心臓も一個の内分泌器官であることや,血管内皮は単なる血管のコーティングではなくきわめて動的に作用することも解明されてきた.それらの知識の集積は,一人基礎研究者による成果ではなく臨床医との密接なinteractionによって達成されてきた.その結果,基礎科学が速やかにかつ広く臨床の現場に適応されることを可能にし,同時に臨床で遭遇する種々の循環器疾患・病態の理解が深まり,個々の疾患への対応が大きく変化し,多様性を増してきた.その上,21世紀に至って,分子生物学手法を用いた研究が各分野で急速に発展し,今や循環器分野でもゲノムの解析やゲノムとその蛋白の動態を基礎とした病態の理解が診療上も必須となっている.その進歩は,従来の年齢や専門で分けた循環器科,循環器小児科,心臓血管外科の分類をある意味では超越し,循環器診療にたずさわる全ての者にとっての共通の知識基盤を形成している.たとえば,細胞や器官の発生は従来専ら発生生物学や発達(小児)循環器学の研究のテーマであったが,細胞や組織の修復あるいは再生,あるいはremodelingが多くの後天性ないし成人領域でのcommon diseaseの基礎病態の中でkey eventであることが判明されるにつれて,領域を超えた問題となってきた.一方で,臨床分子遺伝学的アプローチによってcommon diseaseの責任遺伝子が次第に明らかにされつつある.今後,さらに多くの疾患の責任遺伝子が発見されるとともに,人種差や環境因子とのinteractionによる疾病の発症のメカニズム,分子機構に基づいた疾病の予防や治療などが解決されていくことを期待したい.

 あらゆる疾患は予防が究極の達成目標と考えるが,そこへの道のりは遥かであり,現時点では臨床現場において種々の疾患・病態が治療の対象となる.その進歩もまた著しいものがあり,その時々に応じて現状をreviewする必要がある.このような時代の流れにそって,この「Annual Review循環器2004」も,基礎医学の発展に立脚した臨床の発展,いくつかの疾患の臨床分子遺伝学,新しい診断や治療法および成績,などを含んで編集した.実地臨床家や専門以外の先生方にはやや難解の点もあるかもしれないが,循環器学の臨床と基礎が同時に急速に進歩していることを実感して頂き,日常臨床を充実させる一助になれば,編者として望外の喜びである.

  2003年12月

    編者一同


[編集者]

矢崎義雄  山口 徹  高本眞一  中澤 誠

[著者]

児玉龍彦  佐田政隆  新藤隆行  平岡昌和  中西敏雄

白石 公  濱岡建城  山岸敬幸  仲澤麻紀  土橋隆俊

加藤規弘  小池城司  上運天 均 大西洋三  田中敏博

平田恭信  はん 英洙 大澤政彦  伊倉義弘  上田真喜子

寺井 勝  大内秀雄  姫野和家子 赤木禎治  石川司朗

佐久間 肇 竹田 寛  中野 赳  赤阪隆史  金城都博

佐藤 洋  堀 正二  中村正人  田辺健吾  小菅邦彦

玉井秀男  東方利徳  馬渕 宏  斎藤 穎  高山忠輝

本江純子  天野恵子  石井正浩  上野高史  新沼廣幸

川副浩平  辰己哲也  松原弘明  神畠 宏  岩坂壽二

松井圭司  高橋将文  池田宇一  川田啓之  斎藤能彦

中野清治  許 俊鋭  西井伸洋  大江 透  田邊靖貴

相澤義房  籏 義仁  小山耕太郎 堀米仁志  濱田希臣

高山守正  進藤 哲  桑原洋一  小室一成  佐地 勉

山村英司  前田克英  八巻重雄  宮地 鑑  角 秀秋


目次

I.循環器の生物学

 1.循環器疾患におけるシステム生物医学  <児玉龍彦>  1

  動向  各種疾患での系統的遺伝子発現解析の状況

 2.細胞の起源を知る  <佐田政隆>  7

  血管新生に関与する細胞  血管病に関与する細胞  心筋再生に関与する細胞

  成体幹細胞の可塑性に関する論争

 3.転写調節と心血管リモデリング  <新藤隆行>  12

  Sp1  Egr-1  NF-κB  Ets-1  KLF5/BTEB2

 4.チャネル蛋白遺伝子異常と不整脈  <平岡昌和>  16

  不整脈疾患におけるチャネル遺伝子異常  病態におけるチャネルのリモデリング

  遺伝子導入による不整脈治療

 5.動脈管閉鎖機転におけるカリウムチャンネルの役割  <中西敏雄>  24

  動脈管におけるATP感受性Kチャンネル  膜電位依存性Kチャンネル

 6.心臓発生過程におけるループ形成の機序  <白石 公 濱岡建城>  27

  左右軸の決定とその伝達機構  心筋細胞の決定と分化,心室のセグメンテーション

  転写因子や形態形成因子の情報の形態形成への変換

 7.心臓流出路の形態形成に関わる新しい細胞系譜と遺伝子

  <山岸敬幸 仲澤麻紀 土橋隆俊>  34

  anterior heart field(AHF): 心臓流出路の形態形成を担う新しい細胞系譜

  心臓流出路形態形成に関与する遺伝子と臨床表現型

II.疾患の病因と病態

 1.高血圧モデル動物における遺伝子機序  <加藤規弘>  41

  高血圧関連疾患の遺伝子解析における検討課題とモデル動物での研究成果

  機能ゲノミクス研究における有用性: 薬理ゲノミクスとケモゲノミクス

 2.冠動脈攣縮の遺伝子解析  <小池城司 上運天 均>  47

  臨床・疫学研究  遺伝子解析研究  冠動脈攣縮の遺伝子解析の今後

 3.心筋梗塞の遺伝子解析  <大西洋三 田中敏博>  53

  候補遺伝子アプローチ  ゲノムワイドアプローチ

  心筋梗塞患者の薬剤応答性に関与する遺伝子の同定

 4.本態性高血圧症におけるネフロン数  <平田恭信>  57

  高血圧におけるネフロン数  ネフロン数の測定法  ネフロン数の決定因子

  ネフロン数の子宮内プログラミング  ネフロン数と高血圧

 5.ステントによる再狭窄の機序  <はん 英洙 大澤政彦 伊倉義弘 上田真喜子>  61

  動物モデルにおけるステント後血管の経時的変化

  WHHLウサギのステント後大動脈における新生内膜形成

  ヒトのステント後冠動脈における新生内膜形成  ステント後再狭窄と血小板血栓の関与

  ステント後再狭窄と酸化ストレスの関与

 6.川崎病血管病変の発生機序: 臨床と基礎  <寺井 勝>  68

  大量免疫グロブリン治療の現況と治療抵抗例

  血管局所におけるlgA産生形質細胞や好酸球の存在  vascular leakageと浮腫

  メタロプロテアーゼと血管障害  血管内皮機能とその障害機構

  冠動脈瘤発生と遺伝子多型  なぜ,免疫グロブリンが効かないか: 最近の治療の進歩

 7.先天性心疾患術後と自律神経機能  <大内秀雄>  73

  CANAの解剖  CANA評価  CHD術後患者のCANA

  CHD術後患者とCANAの今後の課題

 8.先天性心疾患婦人の妊娠・出産とその管理  <姫野和家子 赤木禎治>  79

  妊娠・出産における循環動態の変化  妊娠・出産が問題となる主要な先天性心疾患

  分娩時の管理  患者教育と診療体制の整備

 9.Fontan循環と凝固線溶系の異常  <石川司朗>  83

  Fontan循環における凝固線溶系異常の機序に言及した報告

  Fontan循環以前の患者に凝固線溶系異常はあるか?

  血栓塞栓症を予防する治療法とその効果について  課題

III.診断と治療─最近の進歩

 A.虚血性心疾患

 1.MRIによる心筋viabilityの評価  <佐久間 肇 竹田 寛 中野 赳>  87

  ドブタミン負荷シネMRIによるviability診断  遅延造影MRIによるviability診断

  造影MRIによる心筋perfusionの診断

 2.冠動脈プラークの温度測定  <赤阪隆史>  91

  冠動脈プラーク温度  プラーク温度計測の問題点  今後の展開

 3.虚血性心疾患における高感度CRP測定の臨床的意義

  <金城都博 佐藤 洋 堀 正二>  98

  高感度CRPとは  予後予測因子としての高感度CRPの有用性  高感度CRPと治療

 4.血栓性病変に対する冠インターベンションの進歩  <中村正人>  102

  ステント時代になり血栓性病変の意義は変わったか  血栓性病変の問題点とは?

  不安定狭心症における末梢塞栓  末梢塞栓合併例の予後は不良か?

  血栓性病変に対する新たなアプローチ

 5.Drug-Eluting Stentの現況と展望  <田辺健吾>  108

  薬剤  sirolimus-eluting stent  paclitaxel-eluting stent  今後への展望

 6.左主幹部病変に対するカテーテル治療  <小菅邦彦 玉井秀男>  115

  ULMTに対するPCIの報告  ULMTのPCIにおけるエビデンス

  ULMTのPCIにおけるポイント

 7.スタチンの早期心血管イベント抑制効果  <東方利徳 馬渕 宏>  120

  積極的なコレステロール低下療法(aggressive cholesterol lowering)の有益性を支持する新たなエビデンス

  スタチンの抗炎症作用とプラーク安定化

 8.虚血性心疾患に対するサプリメント療法  <斎藤 穎 高山忠輝 本江純子>  124

  ω-3脂肪酸  葉酸,ビタミンB6,B12  蛋白質,特定食品,ビタミンC,ビタミンE

 9.狭心症と女性外来  <天野恵子>  128

  女性外来とgender-specific medicine  虚血性心疾患における性差  女性外来と狭心症

  冠微小血管狭心症  女性における虚血性心疾患のリスクファクターの寄与度

  ホルモン補充療法(HRT)と冠動脈疾患

 10.川崎病冠状動脈病変のインターベンション治療  <石井正浩 上野高史>  133

  経皮的冠状動脈血栓溶解療法 percutaneous transluminal coronary revascularization(PTCR)

  経皮的冠状動脈バルーン形成術percutaneous transluminal balloon coronary angioplasty(PBA)

  ステントおよびロータブレーター

  川崎病冠状動脈疾患におけるカテーテル治療の問題点  今後の展望

 11.虚血性僧帽弁閉鎖不全の手術  <新沼廣幸 川副浩平>  142

  IMRの病態と評価  重症度評価  手術適応の決定

  人工弁置換術か弁形成術か?  新しい手術手技  予後

 12.虚血性心臓病への骨髄細胞移植による再生医療

  <辰己哲也 松原弘明 神畠 宏 岩坂壽二>  147

  骨髄細胞移植による血管新生療法の有効性

  no-option重症狭心症患者に対する骨髄細胞移植治療

  急性心筋梗塞患者に対する骨髄細胞移植治療

  狭心症に対する血管新生遺伝子や造血性サイトカインを用いた血管新生療法

 13.骨髄細胞移植による末梢動脈疾患の治療  <松井圭司 高橋将文 池田宇一>  152

  血管発生と血管新生  骨髄細胞移植による血管形成  自己骨髄細胞移植療法の実際

  骨髄細胞移植の成績  合併症・副作用  EPCを利用した他の血管再生療法

 B.心不全

 1.うっ血性心不全の緊急診断におけるBNPの重要性  <川田啓之 斎藤能彦>  160

  ナトリウム利尿ペプチド  ANP・BNPと心不全

  心不全のスクリーニングとしてのBNP

 2.高齢者の大動脈弁狭窄症の治療方針  <中野清治>  164

  手術適応  代用弁の選択  狭小弁輪に対する治療方針  その他の興味ある報告

 3.植え込み型人工心臓の現況  <許 俊鋭>  169

  植え込み型人工心臓  本邦における補助人工心臓臨床使用

  人工心臓の新しい流れと今後の展開

 C.不整脈

 1.心房細動治療におけるリズムコントロールかレートコントロールか

  <西井伸洋 大江 透>  175

  大規模臨床試験  治療  リズムコントロールvsレートコントロール

 2.特発性心室細動の診断と治療  <田邊靖貴 相澤義房>  179

  診断  治療

 3.CARTOによる不整脈診断とその臨床的意義  <籏 義仁 小山耕太郎>  186

  CARTOを用いた不整脈と治療(カテーテルアブレーション)

  CARTOを用いた不整脈治療の新しい展開

 4.胎児の調律異常の診断  <堀米仁志>  193

  胎児のPR・QRS・QT時間の標準値  期外収縮  頻脈性不整脈

  徐脈性不整脈  先天性QT延長症候群

 D.心筋症

 1.肥大型心筋症のシベンゾリン治療  <濱田希臣>  200

  シベンゾリンの左室内圧較差に及ぼす効果  シベンゾリンの左心機能に及ぼす効果

  シベンゾリンの左室肥大の退縮に及ぼす効果  シベンゾリンの肥大型心筋症に対する作用機序

 2.閉塞性肥大型心筋症に対する経皮的中隔心筋焼灼術PTSMA  <高山守正>  205

  PTSMAの適応となるHOCMの病態  PTSMA施行のコンセプト

  治療成績と合併症  PTSMAの位置付けと展望

 E.高血圧・肺高血圧症

 1.高血圧治療薬としてのACE阻害薬とARB  <進藤 哲 桑原洋一 小室一成>  210

  種々の予防・臓器保護・機能改善効果  最新のガイドライン  最近のエビデンス

 2.肺高血圧の治療,現況と展望−sildenafil(PDE5阻害薬)とET-1阻害薬による

  ED(endothelial dysfunction)への治療効果−  <佐地 勉>  216

  治療薬のline up  肺移植の位置づけ

 F.先天性心疾患

 1.先天性心疾患と吸入ガスによる肺血流コントロール  <山村英司>  222

  肺血管の収縮にかかわる機序  低酸素換気療法の実際  高二酸化炭素血症

  一酸化窒素(NO)の吸入療法

 2.先天性心疾患における肺血管病変  <前田克英 八巻重雄>  229

  高度の肺うっ血を呈する総肺静脈還流異常症  心房間交通が小さい左心低形成症候群

  Glenn/Fontanの手術適応  extremely thickened media of small pulmonary artery

  reversibility of pulmonary vascular lesions

 3.動脈管開存症の胸腔鏡手術  <宮地 鑑>  234

  VATS-PDAの手術手技  VATS-PDAの手術適応  乳児・未熟児症例

  ロボット手術  本邦における現状と問題点

 4.完全大血管転位症に対する大血管転換手術の長期遠隔成績  <角 秀秋>  239

  手術成績と遠隔成績  肺動脈狭窄  大動脈吻合部と大動脈弁閉鎖不全

  冠動脈狭窄  左室機能

索引    246