序
循環器疾患は,心筋梗塞などのように急性に推移して直接生命を脅かす重篤な疾患から,高血圧や動脈硬化のように慢性に長期間にわたって病態が進展して臓器の機能障害に至るものまできわめて多様である.しかも日常診療において最も診る機会の多い疾患でもある.したがって,循環器疾患の病態をよく理解し,それに的確に反応する治療法を選択して対応することは,循環器専門医ばかりでなく一般臨床医にも求められている重要な課題になっている.
「Annual Review循環器」は急激にそして広い領域で目覚しい勢いで進歩しているこのような循環器疾患の病態解明や診断および治療法の開発に関する最新情報を,診療に多忙な臨床医の方々が適切にとらえられ,実際の診療にも反映されるように企画編集されたシリーズである.そして19年間もの長期にわたって広く受け入れられたのも,このような編集方針がよく理解されたことによるものと思われる.それは心臓,血管分野における内科,外科,小児科といった各領域において膨大な情報の中から最近の進歩,トレンドをとらえて厳しく選択し,理解されやすいように,しかも臨床的な視点から解説するように努めたことが評価されたからであろう,内容も単なる文献抄録集で終ることがないように,それぞれの執筆者にまず冒頭でそのテーマについての最近の動向を簡潔に述べていただき,そしてここ1〜2年の進歩にポイントを絞って内外の主要な文献を紹介していただき,その内容,評価,実情や問題点などが明らかになるような論評をお願いした.さらにいわゆる教科書的な解説や一般的な総説ではなく,しかも内容も特定の文献に偏らないという大変難しい執筆要項についても受け入れていただいた.執筆者についても,各担当の領域で第一線のトップランナーとして活躍されておられる方々にお願いした.御多忙にもかかわらず執筆を引き受けていただいた先生方に深甚の感謝を申し述べたい.その結果,本書はreview誌であるにもかかわらず,最新の情報に加えて,執筆者の豊富な臨床経験と専門的な知識に基づいた内容の濃い解説がエッセンスとして盛り込まれたことが他書にはない特色といえる.通読されても,あるいは症例にあたって最新の情報を得るために参照されても充分にお役に立てるような項目立ても工夫されている.
「2005年度版」は,本シリーズのこのような特色に加えて,最近進歩の著しい循環器領域における分子生物学的な知見,特に遺伝子解析を中心に病態の分子レベルからの解説を項目として加えさせていただいた.循環器で最も注目されている領域であるとともに,臨床への応用も大いに期待されている.臨床医にも必要な基礎的知識としてこれらの項目を通読していただければと思っている.
本書により,循環器疾患の病態や診断,治療法についての最新情報が体系的にとらえられ,生きた知識として実際の臨床に活用されれば幸甚である.
2004年12月
編者一同
[編集者]
矢崎義雄 山口 徹 高本眞一 中澤 誠
[著者]
中川雅生 花戸貴司 渡邊格子 前村浩二
高倉伸幸 高島成二 七里眞義 平田結喜緒
加藤規弘 大塚正史 小室一成 三谷義英
田中君枝 佐田政隆 松岡瑠美子 羽尾裕之
丹羽公一郎 立野 滋 秋下雅弘 山内敏正
門脇 孝 綿田裕孝 東 浩介 河盛隆造
臼井研吾 塩見利明 堀江 稔 松尾 汎
伊藤 浩 松村嘉起 吉川純一 佐藤裕一
冨山博史 山科 章 伊藤重範 鈴木孝彦
寺本民生 阿古潤哉 東丸貴信 荒井正純
藤原久義 安田 保 渡邊 剛 後藤葉一
松田直樹 平田恭信 栗田隆志 萩原陽子
小川 聡 田邊靖貴 相澤義房 三田村秀雄
西川俊郎 澤 芳樹 加瀬川 均 上島弘嗣
今井 潤 金田るり 苅尾七臣 島田和幸
原田健二 千葉敏雄 百々秀心 里見元義
上村 治 長嶋正實 坂本喜三郎 島崎太郎
石丸 新 坂井信幸 横井良明
目次
I.循環器の生物学
1.冠状動脈の発生 <中川雅生 花戸貴司 渡邊格子> 1
心臓の構造変化と冠循環の必要性 冠状動脈近位部の発生
冠状動脈遠位部の発生 冠状動脈奇形の発生 今後の課題
2.心血管細胞の生物時計 <前村浩二> 8
体内時計の分子メカニズム 心血管系における体内時計の存在
循環器病と概日リズム 体内時計と心血管系疾患
3.血管成熟過程の分子制御機構 <高倉伸幸> 15
未熟な管腔構造の形成 血管構造の成熟化
血管の安定化を制御するアンジオポエチンとTIE2受容体
血管の不安定化と血管新生および血管透過性の制御 TIE2と臓器特異的血管透過性
4.心臓におけるEGFファミリーの役割 <高島成二> 22
心臓肥大に関わる増殖因子
EGFファミリー増殖因子の細胞膜からの遊離と心筋細胞代謝
HB-EGFの細胞膜からの遊離と心筋代謝 EGF受容体と心筋細胞
5.新規の循環生理活性物質,サリューシン <七里眞義 平田結喜緒> 28
バイオインフォマティクス解析による生理活性因子の探索
サリューシンの構造 細胞増殖促進作用 新たな心機能制御因子
バゾプレッシン分泌促進作用 各種臓器における発現
6.循環器領域における薬理ゲノム学 <加藤規弘> 34
薬理ゲノム学と遺伝素因 薬理ゲノム学研究の現状
7.ホスホランバンとカルシウムホメオスターシスの障害と心不全
<大塚正史 小室一成> 41
ホスホランバンと心不全 カルシウムホメオスターシスの障害と心不全
8.肺高血圧の分子細胞機序 <三谷義英> 46
TGF-βsuperfamilyと肺循環: 原発性肺高血圧と遺伝性出血性末梢血管拡張症との関連
血管新生: plexiform lesionと内皮細胞増殖 セロトニンと肺動脈性肺高血圧
肺高血圧と炎症: 内皮機能,プロテアーゼとの関わり
II.疾患の原因と病態
1.血管内皮前駆細胞の機能的意義 <田中君枝 佐田政隆> 55
血管新生を調節するサイトカインと細胞 EPCを調節する因子
どのような細胞がEPCか 臨床応用
2.心臓中隔欠損の分子遺伝学 <松岡瑠美子> 62
CSX/NKX2.5と心臓中隔欠損 GATA4と心臓中隔欠損 TBX5と心臓中隔欠損
その他の遺伝子と心臓中隔欠損 遺伝子変異と表現型 環境要因と心臓中隔欠損
先天性心血管疾患における遺伝子解析の有用性
3.冠動脈粥腫破綻の機序 <羽尾裕之> 68
粥腫破綻の機序
4.成人先天性心疾患の大動脈拡張 <丹羽公一郎 立野 滋> 74
大動脈二尖弁,大動脈縮窄にみられる大動脈拡張と大動脈壁組織
先天性心疾患に合併する大動脈拡張と大動脈壁異常
Fallot四徴に伴う大動脈拡張 肺動脈拡張と肺高血圧
大動脈拡張を生じる一般的な原因と先天性心疾患にみられる大動脈拡張の成因
先天性心疾患に伴う大動脈拡張の予防および対応
5.動脈硬化と女性ホルモン <秋下雅弘> 80
エストロゲンと動脈硬化危険因子 エストロゲンの血管に対する直接作用
動脈硬化を考慮したHRTの適応
6.メタボリックシンドロームと循環器疾患 <山内敏正 門脇 孝> 85
日本人で肥満が増加している
肥満を伴った糖尿病患者の長期予後を改善する治療─UKPDSの教訓
メタボリックシンドロームとは 肥満によるインスリン抵抗性惹起メカニズム
PPARγの強力なアゴニスト,チアゾリジン誘導体によるインスリン抵抗性改善メカニズム PPARγの倹約遺伝子としての機能 PPARγ2遺伝子多型と2型糖尿病
インスリン感受性が良好なPPARγへテロ欠損マウスでアディポネクチンの
発現が亢進している アディポネクチン遺伝子は日本人2型糖尿病の主要な
疾患感受性遺伝子である アディポネクチンは白色脂肪細胞由来の主要な
インスリン感受性ホルモンである 肥満,2型糖尿病ではアディポネクチン不足が
存在しインスリン抵抗性が惹起される
アディポネクチンは生体内でメタボリックシンドローム抑制因子として作用している
アディポネクチンによるインスリン抵抗性改善メカニズム
アディポネクチンによる血管壁に対する直接的抗動脈硬化作用
PPARと肥満,動脈硬化 アディポネクチン受容体の同定とその機能解析
AdipoR1・R2の発現制御とアディポネクチン感受性制御
7.食後高血糖と虚血性心疾患 <綿田裕孝 東 浩介 河盛隆造> 99
疫学的研究が示すもの 食後高血糖の病態生理 高血糖による動脈硬化促進作用
インスリン抵抗性による動脈硬化促進作用 脂質異常と動脈硬化
FFAとアディポサイトカイン
8.閉塞型睡眠時無呼吸症候群と心不全 <臼井研吾 塩見利明> 107
睡眠呼吸障害と心疾患 OSA中の夜間循環動態変化 心不全のCPAP治療
9.QT延長症候群におけるリスクの層別化 <堀江 稔> 113
LQTS遺伝型による臨床像の違い LQTSにおけるリスク層別化
遺伝型を基にした治療方針の違い
10.頸動脈硬化と冠動脈硬化 <松尾 汎> 118
動脈硬化と疾患 動脈硬化の診断法 頸動脈硬化を診る
頸動脈エコーによる頸動脈硬化と冠動脈硬化・冠動脈疾患との関連
その他の「冠動脈硬化の無(低)侵襲診断法」
III.診断と治療─最近の進歩
A.虚血性心疾患
1.経静脈コントラストエコー法による心筋虚血の検出 <伊藤 浩> 124
冠微小循環の生理 心筋コントラストエコー法の原理
MCEによる冠微小循環の評価 冠狭窄の診断: その概念 冠狭窄の診断の実際
なぜ心筋染影欠損を示すか? 細動脈を可視化するMCE: 冠狭窄の検出
側副血行の評価 限界 今後の展望
2.経胸壁ドプラ法による冠動脈狭窄の描出 <松村嘉起 吉川純一> 131
冠動脈血流速度計測の実際 冠動脈狭窄の検出
3.マルチスライスCTによる冠動脈狭窄の描出 <佐藤裕一> 138
冠動脈疾患の診断精度 冠動脈プラーク・冠動脈リモデリングの評価
MSCTによる心筋梗塞量およびバイアビリティー評価 将来的展望
4.動脈硬化関連危険因子としてのPWV <冨山博史 山科 章> 142
PWVの測定法 PWVが動脈の硬さを反映する原理
PWVの意味するもの(臨床的意義) PWVに影響する因子(動脈硬化危険因子)
動脈硬化性心血管疾患とPWV 他のリスク指標との関連 治療指標としてのPWV
5.optical coherence tomography(OCT)による冠動脈病変の評価
<伊藤重範 鈴木孝彦> 149
OCTの開発と基礎 血管内OCTの臨床応用 血管内OCTによる冠動脈病変の評価
冠動脈にOCTを応用する際の問題点 血管内OCTの限界と将来の方向性
6.コレステロールはどこまで低下させるべきか <寺本民生> 156
20世紀に行われた大規模臨床試験のまとめ ハイリスク患者を対象とした試験
LDL-Cの目標値を想定した試験 LDL-Cはどこまで低下させるべきか
わが国ではどうすべきか
7.drug-eluting stent(DES)の現況と残された問題点 <阿古潤哉> 163
sirolimus-elutingステント TAXOLステント
Cypher,TAXUS以外のステント 今後の課題
8.ヘパリン起因性血小板減少症(HIT) <東丸貴信> 170
HITの発症機序 臨床症状と診断 本邦でのACSにおけるHIT発症調査
血液検査によるHIT診断 鑑別診断 対処法と治療薬
9.急性心筋梗塞のサイトカイン(G-CSF)療法 <荒井正純 藤原久義> 175
動物実験におけるG-CSF治療の効果 臨床でのG-CSF治療
急性心筋梗塞に対するG-CSF治療のメカニズム 急性心筋梗塞に対するG-CSF治療の問題点
10.off-pump CABGの遠隔成績 <安田 保 渡邊 剛> 180
短期成績 high risk patientにおける短期成績 中期および遠隔成績
完全血行再建率 グラフト開存率 結論と今後の展望
B.心不全
1.慢性心不全に対する運動療法は有効か? <後藤葉一> 186
運動耐容能への効果 左室機能への効果 左室リモデリングへの効果
骨格筋・呼吸筋への効果 血管内皮機能への効果 インスリン感受性への効果
中枢神経系(自律神経機能,呼吸中枢)への効果 サイトカイン・内皮前駆細胞への効果 QOLへの効果 長期予後(再入院率,生存率)への効果
特別な患者群に対する運動療法の効果 植え込み型除細動器(ICD)装着患者への効果 慢性心不全に対する運動療法の方法論 コンプライアンスとコストの問題
2.重症心不全の両心室ペーシング治療 <松田直樹> 194
心不全と伝導障害 両心室ペーシングとその有効性
変わりつつある適応とその評価 デバイスの進歩
3.心不全におけるACE阻害薬とARB <平田恭信> 200
心不全に対するARBの大規模臨床研究 心不全におけるACE阻害薬とARBの併用療法
β遮断薬との併用効果 アルドステロンへの作用 ARBの新しい作用機序
高血圧者における心不全の発症 副作用
C.不整脈
1.心筋梗塞後の心室頻拍・心室細動に対するカテーテルアブレーションの将来
<栗田隆志> 205
単形性VTを標的とする場合の手順 回路のマッピング
拡張期電位記録部位でのペーシング(エントレインメントマッピング)
unmappable VTでのアブレーション 特殊なアプローチ法
PVC(triggering factor)のアブレーション
2.心房細動における抗血栓療法 <萩原陽子 小川 聡> 211
心房細動における血栓の形成 欧米の大規模臨床試験
ACC/ AHA/ESC Guidelines for the Management of Patients with Atrial Fibril- lation(心房細動患者の管理に関するACC/AHA/ESCガイドライン)
日本での大規模臨床試験 日本のガイドライン 現状と問題点
3.ICD植込み患者のfollow-up <田邊靖貴 相澤義房> 220
作動状況の把握 基礎心疾患 作動の予測因子 作動例の対処
不適切作動 ICDの頻回作動(electrical storm) 抗不整脈薬の影響
合併症 運転免許 その他
4.AED(自動体外式除細動器) <三田村秀雄> 225
AEDの特徴と使用法 海外におけるAEDの実績 日本の実状と今後の問題点
D.心筋症・弁膜症
1.小児期拡張型心筋症の予後 <西川俊郎> 230
臨床経過 臨床検査所見 治療・予後 心臓移植
2.拡張型心筋症に対する治療戦略─補助循環,心臓移植そして再生治療─
<澤 芳樹> 234
補助循環 心臓移植 骨格筋芽細胞移植による心筋再生治療の現況
自己細胞による心筋再生治療 tissue engineeringによる心筋再生治療法
3.生体弁置換術の遠隔成績 <加瀬川 均> 241
大動脈弁疾患に対する生体弁置換術の遠隔成績
僧帽弁疾患に対する生体弁置換術(MVR)の成績
E.高血圧・肺高血圧症
1.本邦における循環器疫学 <上島弘嗣> 248
循環器疾患の動向 わが国の血圧水準の推移 高血圧者の頻度の推移
国民の血圧水準の国際比較 治療率の推移 血圧関連因子の推移
2.家庭血圧測定とその臨床的意義 <今井 潤> 257
家庭血圧の臨床的意義 家庭血圧と臨床薬理 家庭血圧の測定条件
3.高血圧治療ガイドラインにみる降圧薬選択の差異
<金田るり 苅尾七臣 島田和幸> 264
血圧分類 降圧目標レベル リスクの層別化 薬剤選択
F.先天性心疾患
1.先天性心疾患における冠血流 <原田健二> 274
冠動脈血流量の測定 冠血流の正常値 冠血流予備能(CFVR)
冠血流予備能(CFVR)の正常値 先天性心疾患における冠血流
2.心疾患の胎児治療 <千葉敏雄 百々秀心 里見元義> 279
胎児不整脈とその治療 胎児ペースメーカー治療の試み
心形態的異常に対する胎児期外科治療
双胎間輸血症候群(TTTS)の循環動態と胎児期治療
双胎間血管吻合(interfetal vascular anastomoses)と液性因子
胎児・胎盤循環の異常 内視鏡的胎盤血管レーザー焼灼術 fetoscopic laser
photocoagulation(FLPC)
3.チアノーゼ型先天性心疾患の腎合併症 <上村 治 長嶋正實> 289
機能的異常 構造的異常 治療
4.先天性心疾患の再手術の問題点─再胸骨正中切開は安全になったのか?─
<坂本喜三郎> 294
再胸骨正中切開の歴史(〜2000) 小児の再胸骨正中切開のreview(〜2000)
最近の再胸骨再正中切開に関連する報告のreview
G.大動脈疾患,末梢動脈疾患
1.大動脈瘤/大動脈解離に対するステントグラフトの遠隔成績
<島崎太郎 石丸 新> 305
腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術の中・長期成績
胸部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術の中・長期成績
大動脈解離に対するステントグラフト内挿術の中・長期成績
2.頸動脈狭窄症の治療 <坂井信幸> 309
CEA CAS CAS最新データ 頸動脈狭窄症を診たら
3.末梢動脈疾患に対するカテーテル治療 <横井良明> 312
腎動脈インターベンション 下肢動脈インターベンション
ステントについて グローバルインターベンションとは
索引 318