「Annual Review 循環器」は1986年の創刊で,毎年改訂されて今日に至っている.循環器診療に関連する基礎から臨床まで広範なUpdateをレビューし,循環器疾患治療に役立てようとするものである.そのレビューの範囲は,循環器の生物学から説き起こして病因,病態,診断,治療に至る幅広いもので,他に類を見ない企画である.循環器疾患の領域は,大規模臨床比較試験をはじめとするエビデンスの蓄積が他領域に比して圧倒的に多く,EBMが可能な領域である.医学的根拠に基づいた診断,治療のガイドラインを作成しやすい領域ということができるが,言葉を換えれば,循環器専門医が知っておくべきエビデンス,知識は膨大であるということである.その一方で循環器診療の日常は3Kの代表ともされる多忙な領域であり,臨床に関する知識ですら個人で集めることはなかなか困難で,その病因,病態から更に遡って生物学の最新情報にまでたどり着くのは至難の業である.そこに本書「Annual Review 循環器」の存在価値がある.特に,生物学から病因,病態に至る循環器疾患の基礎医学の理解のために40%近くの頁を割いており,他書では見られない構成となっている.近年の循環器病学では,小児か老人かを問わず,また内科か外科かを問わず,遺伝子解析や蛋白動態など分子生物学的知識なくしては臨床的治療法の理解も難しくなっている.この点からも本書は臨床医にとっての強力な味方である.
 本書は,冒頭の「循環器の生物学」で分子細胞レベルの最近の話題をまとめ,続く「病因と病態」で現在の治療法に直結する病態の話題をまとめた.これらは日常臨床で出会ったことのある基礎的問題から読み進めることをお勧めする.「診断と治療」の項では,虚血性心疾患,心不全,不整脈,心筋症,高血圧・肺高血圧症,先天性心疾患に関する最新のテーマについて,可能な限り我が国でのデータに基づいた解説を第一人者の先生方にお願いした.この項の構成は過去2,3年間ほぼ同じであり,それらを合わせれば各領域の重要テーマはほとんどが網羅されている.診断・治療ガイドラインのあるものについては言及されている.外科的治療については最後に「心臓血管外科」の項で現況をまとめた.
 本書により循環器疾患診療に関する最新情報が体系的にとらえられ,読者の日々の日常臨床に活用されれば,編者として望外の喜びである.

2006年12月
編集者一同



[編集者]

山口 徹   高本眞一   中澤 誠   小室一成

[著者]

家田真樹   福田恵一   南野哲男
高木 文   下川宏明   浅沼博司
北風政史   岩井 將   堀内正嗣
南沢 享   白石 公   山元康敏
浅妻右子   竹石恭知   大西俊介
永谷憲歳   寒川賢治   日生下亜紀
船橋 徹   赤澤 宏   小室一成
渡邊博之   伊藤 宏   青木浩樹
吉村耕一   松崎益徳   柏原直樹
合田亜希子  増山 理   小松 隆
中村元行   奥村 謙   山下智也
横山光宏   小川 紅   水野杏一
上村史朗   堀井 学   斎藤能彦
小谷順一   南都伸介   寺島充康
木村 剛   光藤和明   百村伸一
澤 芳樹   大門雅夫   松田直樹
池田義之   宮田昌明   鄭 忠和
大塚崇之   山下武志   伊藤英樹
堀江 稔   岩本眞理   竹中俊宏
鄭 忠和   田原宣広   溝口ミノリ
今泉 勉   河合祥雄   佐地 勉
松岡博昭   桑島 巌   金 成海
住友直方   中谷 敏   大村真弘
越後茂之   先崎秀明   森 善樹
田鎖 治   小林順二郎  河田光弘
高本眞一   上村秀樹   下野高嗣
Michael J. Mullen


目次

I.循環器の生物学
 1.心臓内神経発生 〈家田真樹 福田恵一〉
    心臓神経の発生と解剖  神経栄養因子(ニューロトロフィンファミリー)
    神経栄養因子は心臓神経発達に必須である
    心筋梗塞や心不全における神経栄養因子,神経支配の変化
    エンドセリン-1は神経成長因子を誘導し心臓交感神経系の発達を制御する
 2.小胞体ストレス 〈南野哲男〉
    小胞体ストレス応答とは  小胞体ストレスと心不全
    小胞体ストレスと心筋虚血再灌流障害  小胞体ストレスと動脈硬化
 3.EDHF 〈高木 文 下川宏明〉
    血管内皮機能障害とEDHF反応  内皮機能の改善とEDHF
    ヒト動脈におけるEDHFの重要性
 4.Ca拮抗薬の多面的作用 〈浅沼博司 北風政史〉
    動脈硬化の発症・進展からみたCa拮抗薬の抗動脈硬化作用
    Ca拮抗薬の心保護作用  Ca拮抗薬の脂質・糖代謝改善
 5.AT1受容体の多量体化 〈岩井 將 堀内正嗣〉
    AT1受容体の特徴と役割  受容体の多量体化
    Gタンパク質共役受容体 G-protein coupled receptorの多量体形成
    AT1受容体の多量体形成
 6.動脈管の閉鎖機転: 細胞外基質の役割 〈南沢 享〉
    動脈管の内膜肥厚形成  動脈管の内膜肥厚形成に関わる細胞外基質
    細胞外基質を増加させる因子
    プロスタグランジンEによるヒアルロン酸産生促進と内膜肥厚
    内膜肥厚形成を制御することによる新たな動脈管治療法の可能性
 7.肺血管形成の分子生物学 〈白石 公 山元康敏 浅妻右子〉
    気管および肺胞上皮の発生  肺血管新生の形態的特徴
    肺血管新生におけるシグナル伝達機構  肺血管新生の異常と病態との関連
 8.自然免疫と循環器疾患 〈竹石恭知〉
    自然免疫とは  TLRの構造と細胞内シグナル  TLR4と循環器疾患
    TLR2と心筋梗塞後リモデリング  ドキソルビシン心筋症
    血管内膜肥厚モデル  HMGB1と自然免疫
    血管炎症マーカーPTX3と自然免疫

II.病因と病態
 1.グレリンの心血管系への作用 〈大西俊介 永谷憲歳 寒川賢治〉
    グレリンおよびその受容体  グレリンの交感神経を介する心血管系作用
    グレリンの交感神経を介さない心血管系作用
    グレリンのGH/IGF-1を介する心血管系作用
    デスアシルグレリンの心血管系への作用  グレリンの臨床応用
 2.アディポネクチンと循環器疾患 〈日生下亜紀 船橋 徹〉
    高血圧とアディポネクチン
    下肢動脈閉塞症とアディポネクチン血中アディポネクチン濃度を上昇させる薬物
    アディポネクチン多量体
 3.オートファジーと心不全 〈赤澤 宏 小室一成〉
    オートファジー  心不全とオートファジー
    オートファジー様心筋細胞死による心不全発症のモデル動物
    オートファジーの細胞死における役割
    Atg遺伝子欠損マウスから明らかとなったオートファジーの生理的機能
 4.TRPチャネルと心肥大 〈渡邊博之 伊藤 宏〉
    TRPチャネルとは  心肥大反応とcalcineurin-NFATシグナル
    メカノセンサーとしてのTRPC1
    NRSEによるTRPC1発現制御TRPチャネルと血管機能
 5.大動脈瘤の分子標的治療−JNKによる細胞外マトリクス代謝制御
  〈青木浩樹 吉村耕一 松崎益徳〉
    大動脈壁の脆弱化とタンパク分解酵素  大動脈瘤壁の慢性炎症とJNK活性化
    炎症メディエーター  血管平滑筋細胞と細胞外マトリクス合成
    大動脈瘤の動物モデルにおけるJNK阻害療法内科的治療の展望
 6.CKDと心血管イベント 〈柏原直樹〉
    CKDは予想以上に多数存在している
    なぜ心血管病危険因子としてのCKDが顕在化しているのか
    軽度の腎機能障害であってもCVD危険因子である
    CVD危険因子としての微量アルブミン尿,蛋白尿
    CKDはなぜ心血管疾患の危険因子なのか
 7.拡張不全のメカニズム 〈合田亜希子 増山 理〉
    左室拡張能とは  心筋の収縮・拡張の分子生物学的メカニズム
    拡張不全とCa2+制御の異常  心筋の肥大と線維化
 8.発作性心房細動と自律神経 〈小松 隆 中村元行 奥村 謙〉
    心房細動の機序と修飾因子  心房細動の日内変動  心拍変動スペクトル解析
    自律神経機能とシシリアンガンビット分類に基づく抗不整脈薬の選択
    神経網 ganglion plexusの役割と高周波アブレーション
    心房筋リモデリングと自律神経

III.診断と治療―最近の進歩
A.虚血性心疾患
 1.EPAの効果 〈山下智也 横山光宏〉
    n-3系脂肪酸とは  EPAの脂質低下作用  EPAの抗血栓作用
    EPAの抗炎症作用  EPAの抗不整脈作用  EPAの粥腫安定化作用
    魚の摂取,n-3系不飽和脂肪酸の摂取や血中濃度と心血管イベントに関する疫
    学調査や臨床研究について
    日本人の心血管イベント予防に対するEPAのエビデンス,JELISについて
 2.スタチンによる一次予防 〈小川 紅 水野杏一〉
    従来の欧米での一次予防試験  最近の欧米での一次予防試験
    我が国の一次予防試験  コレステロール低下とその効果
 3.血液細胞を用いた心筋梗塞治療 〈上村史朗 堀井 学 斎藤能彦〉
    血液細胞を移植細胞として用いる根拠  急性心筋梗塞に対する血液細胞治療
    慢性虚血性心疾患に対する血液細胞治療
 4.末梢塞栓予防デバイス 〈小谷順一 南都伸介〉
    PCIの病変拡張のメカニズムと末梢塞栓予防
    末梢塞栓予防機器distal protection deviceの種類
 5.Virtual Histology 〈寺島充康〉
    Virtual HistologyTMによるデータ解析
    Virtual HistologyTMによる組織性状診断
    Virtual HistologyTMによる不安定プラークの検出  PCIへの活用
 6.薬剤溶出性ステントと遅発性ステント血栓症
   j-CYPHER registry第3回中間解析結果(1年追跡)から 〈木村 剛 光藤和明〉
    j-CYPHER registry第3回中間解析結果  定量的冠動脈造影とIVUS
    ステント血栓症  標的病変再血行再建
    j-CYPHER registry第3回中間解析結果のまとめ
B.心不全
 1.β遮断薬が先か,ACE阻害薬が先か 〈百村伸一〉
    ガイドラインにおける記載  現在までの経緯
    β遮断薬を先に用いることのrationale
    β遮断薬が先か,ACE阻害薬が先かを比較した臨床試験
 2.骨格筋芽細胞移植 〈澤 芳樹〉
    心臓に対する自己骨格筋芽細胞移植
    自己骨格筋芽細胞及び自己骨髄単核球細胞移植を併用した心筋再生治療
    拡張型心筋症に対する自己細胞による治療戦略
 3.カテーテルによる僧帽弁形成術 〈大門雅夫〉
    僧帽弁閉鎖不全症の病態とカテーテルによる僧帽弁へのアプローチ冠静脈洞
    を利用したアプローチ  edge-to-edge repair  その他
    今後の展望および問題点
 4.CRT/CRT-D 〈松田直樹〉
    CRT  CRT-D
 5.心不全に対する温熱療法 〈池田義之 宮田昌明 鄭 忠和〉
    温熱療法の実際  温熱療法は心機能を改善する
    温熱療法は血管内皮機能を改善する  温熱療法は神経体液性因子を改善する
    温熱療法は心不全に伴う自律神経異常を改善し不整脈を減少させる温熱療法
    の適応と禁忌
C.不整脈
 1.薬剤性QT延長症候群 〈大塚崇之 山下武志〉
    IKr遮断とQT延長・torsade de pointesの発生  薬剤によるQT延長
    薬剤性QT延長症候群における患者背景  薬剤性QT延長症候群の治療
 2.致死性不整脈の遺伝子診断 〈伊藤英樹 堀江 稔〉
    はじめに  先天性QT延長症候群(LQTS)  Brugada症候群
    進行性心臓伝導障害,先天性洞不全症候群,家族性洞性徐脈
    不整脈源性右室異形成(ARVC)  QT短縮症候群(SQTS)
    家族性心房細動
 3.学校検診で発見された心室性不整脈の予後 〈岩本眞理〉
    心室性期外収縮について  心室頻拍について
    多形性心室頻拍および基礎心疾患を有する例について
    QT延長症候群  Bru-gada様心電図例
    促進性固有心室調律 accelerated idioventri-cular rhythm(AIVR)
D.心筋症
 1.心Fabry病の治療 〈竹中俊宏 鄭 忠和〉
    心Fabry病の疫学  心Fabry病の症状
    心Fabry病の検査所見酵素補充療法の臨床効果
 2.心サルコイドーシスの診断 〈田原宣広 溝口ミノリ 今泉 勉〉
    診断  18FDG-PET
 3.いわゆるたこつぼ型心筋障害 〈河合祥雄〉
    はじめに  名称  頻度  病態  診断の手引き作成過程  成因
E.高血圧・肺高血圧症
 1.肺高血圧・心不全に対するPDE5阻害薬 〈佐地 勉〉
    PDE5阻害薬family  細胞生物学的作用  肺高血圧(PH)への有効性
    心不全への有効性  心筋細胞への保護作用  その他の疾患での有効性
    薬物動態  副作用
 2.降圧利尿薬の今日的な使い方 〈松岡博昭〉
    高血圧治療における降圧利尿薬のエビデンス
    欧米ならびにわが国の高血圧治療ガイドラインにおける降圧利尿薬の位置づけ
    降圧利尿薬の今日的な使い方
 3.Ca拮抗薬のEBM: Syst-Eur試験からASCOT試験まで 〈桑島 巌〉
    降圧薬としてのエビデンス  Ca拮抗薬は高リスク高血圧においても有用
    Ca拮抗薬と左室肥大の退縮  虚血性心疾患におけるCa拮抗薬の有用性
    併用薬としてのエビデンス  脳卒中予防とCa拮抗薬: メタ解析による結果
    糖尿病合併例におけるCa拮抗薬の有用性
F.先天性心疾患
 1.先天性心疾患に対するハイブリッド治療 〈金 成海〉
    狭義のハイブリッド治療と広義のハイブリッド治療
    術後超急性期のカテーテルインターベンション  術中ステント留置
    左心低形成症候群と類縁疾患に対するハイブリッドストラテジー
    経心室的(perventricular)筋性部心室中隔欠損ディバイス閉鎖
 2.sudden infant death syndrome 〈住友直方〉
    剖検心の検討  QT延長症候群  Brugada症候群  心筋炎 その他
 3.大動脈二尖弁症と大動脈拡張 〈中谷 敏〉
    大動脈拡張  大動脈拡張の原因  遺伝子変異  手術の適応
 4.卵円孔開存と脳塞栓症・片頭痛 〈大村真弘〉
    卵円孔開存  奇異性脳塞栓症  片頭痛と卵円孔開存
 5.卵円孔の経カテーテル閉鎖 〈越後茂之〉
    経カテーテル閉鎖システム  閉鎖手技  成績
IV.心臓血管外科
 1.Fontan術後の心機能 〈先崎秀明〉
    心室負荷状態  収縮能  拡張能  心予備能
 2.大動脈縮窄術後長期の問題点(simple disease but complex problems)
  〈森 善樹〉
    高血圧  冠動脈疾患
    大動脈瘤,解離,破裂などの大動脈壁異常と2尖弁の合併  脳血管障害
 3.日本人における人工弁の選択 〈田鎖 治 小林順二郎〉
    日本人とは?  日本人の気質・性格・国民性
    日本における使用人工弁の現況  体格  平均余命  食生活
    抗凝固療法 宗教観
 4.エリスロポエチンの脳脊髄と心筋保護作用 〈河田光弘 高本眞一〉
    EPOの背景  EPOの脳脊髄保護作用  EPOの心筋保護作用
    EPOの臨床応用
 5.経皮的カテーテル手技による弁置換術 〈上村秀樹 Michael J. Mullen〉
    経皮的カテーテル法による肺動脈弁置換
    経皮的カテーテル法による大動脈弁置換
    経皮的カテーテル法による房室弁置換  経皮的僧帽弁形成術
    シンポジウム  今後の展望に関する意見
 6.ステントグラフトによるB型大動脈解離の治療 〈下野高嗣〉
    適応  ステントグラフトおよび留置法  最近の成績

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