序
情報の整理は,いかにして不要な情報を捨てるかにあるともいわれてきました.しかし,現在では,必要な情報を選ぶにも論文や学会発表などによる情報の量が年々,爆発的に増大しており,これらに目を通すことが大変な作業になっています.ことに我が国の学会運営はプログラム委員による演題の選択が行われていない学会が多く,同時に多くの会場で発表が行われるために,演説を聞くことができないばかりか,抄録に目を通すことさえ困難なことが稀ではありません.それほどに,現在は情報過多の時代ともいえる状況です.雑誌や成書の氾濫も同様です.
このような状況の中で,現在進行中の研究や,異なる意見のある研究課題について関連する論文や学会発表を概観および分析し,問題点を明らかにする本書の目的は,新進の研究者にとってもまた先端を走る研究者にとっても有益のものであるといえます.執筆者の方々が多くの論文に目を通し,個々の研究者からの時期を得た個人的な情報を精力的に収集するという,大変負担の多い作業を熱心にしかも忠実に行っていただいた結果である玉稿に対し改めて敬意を表します.Annual Review 呼吸器2000が日頃の臨床や教育への還元,研究への支援になるものと堅く信じております.
本書の構成は,生物学,病因と病態,診断,治療に別れていますが,生物学や病因と病態の理解が臨床に役立つと同様に,臨床からの資料や情報の提供は基礎研究にとって欠かせないものです.これら相互のやり取りが頻繁であるほど生きた研究成果が生まれるといえます.
本書がこのような基礎と臨床との相互理解と疾患の治療と予防に役立つことが編集者一同の願いであり,そのことによって,本書の発行にご尽力いただいた中外医学社の青木三千雄社長,担当の荻野邦義氏への御礼とさせていただきたいと存じます.また,時間の制約が激しい中をご協力いただいた執筆者各位に感謝いたします.
1999年12月
編集者一同
工藤翔二 土屋了介 金沢 実 大田 健 編集
著者
板倉明司 徳田敦子 松島綱治 和泉孝志 有馬雅史 徳久剛史
林 清二 檜山英三 檜山桂子 石岡伸一 三橋理恵 羅 智靖
川並汪一 大野 勲 岡田泰昌 桑名俊一 Zibin Chen 山下直美
大田 健 榊原博樹 巽浩一郎 別役智子 西村正治 瀬戸口靖弘
岡 輝明 國澤 晃 河端美則 田村亨治 千田金吾 黒澤 一
飛田 渉 黒崎敦子 平形道人 杉山幸比古 坪井正博 加藤治文
横井香平 下里幸雄 藤村政樹 長坂行雄 保澤総一郎 大井元晴
菅谷憲夫 藤野忠彦 斎藤眞理 植松孝悦 横山 晶 栗田雄三
三木 誠 貫和敏博 堀之内宏久 田島敦志 小林紘一
目 次
I.呼吸器系の生物学
1.炎症細胞とサイトカイン,ケモカイン <板倉明司 徳田敦子 松島綱治> 1
T細胞とケモカイン,サイトカイン 肺線維症における炎症細胞とケモカイン,サイトカイン
2.脂質メディエーターと細胞応答 <和泉孝志> 10
酵素研究の進歩 受容体研究の発展
3.呼吸器系におけるジーンターゲティング <有馬雅史 徳久剛史> 17
遺伝子操作動物の作製法 各種呼吸器疾患における動物モデル
4.肺細胞への遺伝子導入 <林 清二> 24
嚢胞性線維症(CF) 肺癌細胞への遺伝子導入
5.テロメア・テロメラーゼをめぐって <檜山英三 檜山桂子 石岡伸一> 30
ヒトテロメアとテロメラーゼ 肺癌とテロメア・テロメラーゼ 非腫瘍性呼吸器疾患でのテロメラーゼ活性
6.IgE受容体の生物学 <三橋理恵 羅 智靖> 37
高親和性IgE受容体(FcεRI)の構造 FcεRI凝集による細胞活性化の分子機構 遺伝子欠損マウスを用いたFcεRIの機能解析 FcεRI発現の制御
7.樹状細胞(dendritic cell) <川並汪一> 50
上皮内樹状細胞 間質樹状細胞と臓器移植拒絶反応 血中樹状細胞 樹状細胞の遊走能 骨髄由来の樹状細胞とマスト細胞 ランゲルハンス細胞と肺疾患 ランゲルハンス細胞性肉芽腫症とランゲルハンス細胞 気管支肺胞洗浄法とランゲルハンス細胞
8.気道の障害修復機構 <大野 勲> 57
気道上皮の障害修復機構 気道粘膜下組織の障害修復機構
9.中枢化学受容機構のCO2受容機序 <岡田泰昌 桑名俊一 Zibin Chen> 64
脳幹内局在部位 細胞構築 CO2受容機序 睡眠覚醒および体内環境変化の影響 発達に伴う変化
II.疾患の病因と病態
1.気道炎症と気道過敏性 <山下直美 大田 健> 75
気道過敏性とは アレルギー性炎症とは Th2サイトカインと気道過敏性 GM-CSFと気道過敏性 炎症の修復と気道過敏性
2.アスピリン喘息をめぐる最近の進歩 <榊原博樹> 82
ペプチドロイコトリエン過剰産生 気道局所の炎症細胞からみたアスピリン喘息の特殊性: ロイコトリエンC4(LTC4)合成酵素陽性細胞の増加 5-LO遺伝子およびLTC4合成酵素遺伝子プロモーターの多型性 PGE2依存性 肥満細胞の関与 特異的COX-2阻害薬 新しい知見に基づくアスピリン喘息の発症仮説
3.加齢と気腫化 <巽浩一郎> 93
加齢と老化 老人肺と気腫肺(生理的加齢による変化vs環境要因・疾患による変化) 老化とは ヒト早老症候群 老化促進マウス klotho遺伝子と気腫化 肺気腫自然発症マウス 気腫化と遺伝的素因 喫煙感受性に及ぼす遺伝的背景
4.喫煙による肺障害 <別役智子 西村正治> 104
肺気腫とプロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡説 喫煙と好中球 喫煙とマクロファージ 喫煙とリンパ球 喫煙と肺細胞 喫煙と細胞外マトリックス(ECM) 喫煙に対する個体感受性
5.肺高血圧症の分子病態 <瀬戸口靖弘> 112
内皮細胞 血管平滑筋細胞 肺動脈増殖性変化 NOとエンドセリン 低酸素応答 遺伝学的知見
6.IPL/MCDの肺病変 <岡 輝明> 122
Idiopathic plasmacytic lymphadenopathy with polyclonal hyperimmunoglobulinemia(IPL)あるいはmulticentric Castleman's disease(MCD) Castleman病あるいはIPL/MCDの病因 IPL/MCDの肺病変 IPL/MCDの臨床 IPL/MCDのリンパ節所見 IPL/MCDの肺病変の病理所見 IPL/MCDの肺病変の問題点
7.GVHDにおける気道・肺病変 <國澤 晃> 131
間質性肺炎(IP) 閉塞性細気管支炎(BO)
8.剥離性間質性肺炎 <河端美則> 138
DIPの病理所見 DIPの臨床像 間質性肺炎におけるDIPの位置づけ
9.薬剤性肺炎の最近の動向 <田村亨治 千田金吾> 144
発生状況 発症機序 検査方法 主な薬剤性肺炎
III.診断の進歩
1.呼吸器疾患における運動能力の臨床的評価法 <黒澤 一 飛田 渉> 151
6分間歩行試験 運動負荷試験 運動制限因子 呼吸リハビリテーションの評価 リハビリテーションの運動処方 肺移植と運動耐容能
2.びまん性肺疾患におけるHRCT診断 <黒崎敦子> 159
比較的最近概念が確立した疾患のHRCT診断 CT所見から疾患へアプローチする方法 新しいテクニック その他
3.膠原病に伴う肺病変と自己抗体 <平形道人> 167
膠原病に伴う肺病変 肺病変と関連する自己抗体
4.胸水をめぐる診断学 <杉山幸比古> 177
胸水の存在確認 胸水の性状 肺炎随伴性胸水 悪性腫瘍による胸水 結核性胸水 原因不明の胸水 胸腔鏡による診断
5.肺癌における超音波診断 <坪井正博 加藤治文> 182
体表走査法(いわゆる超音波検査法) 腔内走査法
6.新TNM分類と問題点 <横井香平> 188
TNM分類の歴史と意義 新TNM分類とその改訂点 新TNM分類に基づいた病期別治療成績 新分類における問題点
7.WHO肺・胸膜腫瘍の組織型分類(第3版,1999):肺上皮性腫瘍分類の改訂の概要
<下里幸雄> 196
良性上皮性腫瘍 浸潤前病変 悪性上皮性腫瘍
IV.治療の進歩
1.慢性咳嗽 <藤村政樹> 205
慢性乾性咳嗽 慢性湿性咳嗽
2.ピークフローメーターによる気管支喘息のゾーン管理 <長坂行雄> 211
PEFの基準値 気管支喘息のZone管理
3.炎症性メディエーター拮抗薬 <保澤総一郎> 218
ヒスタミンH1拮抗薬 トロンボキサンA2拮抗薬 ロイコトリエン拮抗薬 血小板活性化因子拮抗薬 サイトカイン拮抗薬 その他
4.非侵襲的人工呼吸 <大井元晴> 227
神経・筋疾患 急性呼吸不全 COPD proportional assist ventilation NIPPVと声門の動き
5.インフルエンザワクチンと新しい抗ウイルス薬 <菅谷憲夫> 235
インフルエンザワクチン amantadine ノイラミニダーゼ阻害薬 迅速診断
6.医療従事者の結核感染防御 <藤野忠彦> 243
医療職種別の結核発病の頻度 医療従事者の感染事例 院内感染の原因 院内感染防止ガイドライン 工学上,建築上の感染防御対策 感染防止対策の経費とその効果分析 ツベルクリン反応とBCG接種
7.気管支腔内照射について <斎藤眞理 植松孝悦 横山 晶 栗田雄三> 250
気管支腔内照射についてのレポート 考案
8.間質性肺炎の治療戦略と将来展望 <三木 誠 貫和敏博> 256
IIPの分類の現況と各疾患のステロイドの有効性 治療の現況と治験段階の薬剤 基礎研究から臨床応用への治療戦略と将来展望〜病理学から細胞分子病態学への変革
9.液体換気 <堀之内宏久 田島敦志 小林紘一> 266
液体換気の生理学的特徴 PFCの特徴と種類 テクニック preclinical studies clinical studiesの現況と将来 今後の展望
索 引 271