序
総説とは,ある領域の原著論文をくまなく渉猟し,その妥当性と軽重を吟味しながら,その領域の今日の知見をまとめ上げるものである.呼吸器領域のレビューでは,ブルージャーナル(Am J Respir Crit Care Med)のState of the Artが名高い.医学医療と生物科学に関わる情報が溢れかえっている現代において,自分の狭い研究領域でさえ次々に報告される原著論文を絶えずフォローすることに,困難を感じることが少なくない.まして多少とも離れた領域では,原著論文を読んでも断片化された情報のために,咀嚼はさらに難しくなる.優れた総説は,読み手に整理された情報を系統だって与えてくれ,次に原著論文を読むときにも咀嚼しやすくしてくれる.いわば,頭脳というハードディスクのデフラグ(最適化)ともいえるだろう.
本書は,呼吸器領域の「生物学」,「病因と病態」,「診断」,「治療」の4つの分野で,毎年その時点で重要と考えられ,新たな発展が認められている話題を取り上げ,その領域のエキスパートにレビューをお願いしてきた.レビューする側の難しさは,夥しい論文を読み下して,それぞれの妥当性と軽重を判断することだけではない.一つの記述においてどの論文にオリジナリティを求めるか,その選択さえ意外に難しい.1986年以来,14年間の長きにわたる本書の生命力は,読者の方々にとって,そのレビューが正確な情報整理に役立つか否かにある.Annual Review 呼吸器2001では,31編もの玉稿をお寄せいただいた.本書が,基礎から臨床にわたる呼吸器領域の21世紀最初の呼吸器レビュー書として,読者の方々のお役に立つことを願っている.執筆者の先生方に感謝申し上げるとともに,青木三千雄社長,編集担当の荻野邦義氏ほか,中外医学社の皆様にお礼を申し上げたい.
2001年1月
編集者一同
[編集者]
工藤翔二 土屋了介 金沢 実 大田 健
[著者]
田原 稔 貫和敏博 西川正憲 松瀬 健 善本知広
中西憲司 鰤岡直人 星野映治 清水英治 斎藤博久
岡崎 仁 弦間昭彦 近藤直実 金子英雄 松井永子
中田 光 内田寛治 慶長直人 網谷良一 西坂泰夫
河南里江子 田口善夫 山口悦郎 山下直美 大田 健
大串文隆 曽根三郎 山田浩一 桂 秀樹 木田厚瑞
山崎善隆 久保惠嗣 長谷川直樹 鍋島茂樹 柏木征三郎
川並汪一 新島眞文 木村 弘 佐藤頼子 清水照美
松野吉宏 川根博司 斉藤若奈 永武 毅 西村浩一
月野光博 田村 弦 小林国彦 下山直人 下山恵美
角 美奈子 鎌田憲子 伊達洋至 清水信義
目 次
I.呼吸器系の生物学
1.肺におけるHGFの役割 <田原 稔 貫和敏博> 1
HGFの分子構造とその生物活性 肺におけるHGFの役割
2.成長因子と呼吸器疾患 <西川正憲 松瀬 健> 8
肺癌 急性肺傷害 肺線維症 気管支喘息 肺気腫
3.IL-18をめぐって─IL-18とアレルギー <善本知広 中西憲司> 15
IL-18によるアレルギー反応抑制作用 IL-18によるアレルギー反応増強作用
4.呼吸生理と日内変動 <鰤岡直人 星野映治 清水英治> 25
1日のうち数時点測定した報告 周期解析を用いた日内変動の報告
非線形解析法による報告
5.ヒトゲノム解析プロジェクトとミレニアムプロジェクト <斎藤博久> 35
ポストゲノム配列解析 喘息・アレルギー疾患とオーダーメイド医療
6.細胞内刺激伝達系─最近の進歩 <岡崎 仁> 41
増殖分化に関与する受容体型チロシンキナーゼ群 サイトカイン受容体
リンパ球レセプター(T細胞受容体,B細胞受容体など)
TGFβ受容体,Smad TNFRスーパーファミリー,IL-1R/toll like receptor
非受容体型チロシンキナーゼ MAPKファミリー G蛋白共役型受容体
気道上皮細胞の細胞内刺激伝達系
7.肺癌と癌抑制遺伝子 <弦間昭彦> 49
最近の動向 肺癌に認められる癌抑制遺伝子異常および欠失部位と最近の進歩
8.アトピー遺伝子 <近藤直実 金子英雄 松井永子> 56
アレルギーの病因遺伝子の解明 アトピーとの連鎖解析
アトピーを規定しているIgEの産生亢進に関わる遺伝子変異または多型
アレルギーにおけるその他の遺伝子変異または多型
II.疾患の病因と病態
1.特発性肺胞蛋白症の病因と抗GM-CSF自己抗体 <中田 光 内田寛治 慶長直人> 62
肺胞マクロファージの分化・増殖と肺胞蛋白症
肺胞ホメオスターシスが障害される疾患--肺胞蛋白症 ヒト肺胞蛋白症の病因とGM-CSF
抗GM-CSF自己抗体が特発性肺胞蛋白症の病因と考える理由
2.アスペルギルスの侵襲メカニズム <網谷良一 西坂泰夫 河南里江子> 68
アスペルギルス症の病態と病型の見直し
アスペルギルスに対するヒトの防御機構とその障害 アスペルギルスの侵襲メカニズム
3.RAに伴う細気管支病変 <田口善夫> 75
OB FB BOOP Bo,BE RAとDPB BALF所見 治療
4.サルコイドーシスの分子病態 <山口悦郎> 80
病因 素因 病態 診断 治療
5.気管支喘息の動物モデル <山下直美 大田 健> 88
気道過敏性亢進を示す喘息動物モデル マウスの喘息モデル
6.放射線肺臓炎 <大串文隆> 94
発症機序 肺病変 診断 治療
7.肺がんの新たな分子標的治療 <曽根三郎> 99
肺がん悪性化と分子標的 新規分子標的治療薬molecular targeted therapeuticsと臨床開発
細胞増殖に関わる分子を標的とした薬剤 血管新生因子を標的とした阻害剤
接着因子を標的とした阻害薬
マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)を標的とした阻害剤
分子標的としての肺がん退縮抗原 分子標的治療薬の臨床評価
III.診断の進歩
1.高齢期にみる肺の加齢変化と肺機能検査 <山田浩一 桂 秀樹 木田厚瑞> 108
換気機能の低下 加齢による形態生理機能の変化 高齢者の肺機能
動脈血ガス分圧 高齢者肺機能検査の問題点 肺機能正常値の問題点
喫煙の影響 その他の指標
2.MAC症のCT診断 <山崎善隆 久保惠嗣> 121
MAC症のCT所見 呼気位HRCT 肺MAC症の診断 鑑別診断
AIDSに伴うMAC感染症
3.液体培地を用いた抗酸菌培養 <長谷川直樹> 127
小川培地を用いた従来の培養法 液体培地を用いた培養システム
従来法と各種液体培地システムの比較 液体培地による培養法導入に伴う問題点について
4.インフルエンザの迅速診断法 <鍋島茂樹 柏木征三郎> 138
インフルエンザ迅速診断の概要 インフルエンザ迅速診断キット
5.肺好酸球性肉芽腫症(ランゲルハンス細胞性組織球症) <川並汪一> 142
好酸球性肉芽腫症vsランゲルハンス細胞性組織球症の動向
肺ランゲルハンス細胞性組織球症の臨床的特徴 気管支肺胞洗浄法とランゲルハンス細胞
肺ランゲルハンス細胞性組織球症の組織学的特徴 ランゲルハンス細胞と樹状細胞
6.肥満低換気症候群 <新島眞文 木村 弘> 152
肥満低換気症候群の診断基準,重症度基準 OHS患者における代謝障害
OHS患者における循環器障害 OHS患者における睡眠呼吸障害
7.肺原発悪性リンパ腫の分子病理学的診断 <佐藤頼子 清水照美 松野吉宏> 157
悪性リンパ腫のWHO分類 肺原発悪性リンパ腫の概念と臨床病理像
肺原発悪性リンパ腫の病理診断の進歩
IV.治療の進歩
1.禁煙指導と補助療法 <川根博司> 164
禁煙指導 行動療法 薬物療法
2.肺炎球菌肺炎の治療と予防 <斉藤若奈 永武 毅> 171
肺炎球菌耐性の歴史 PRSPの定義 肺炎球菌のグラム染色上の特徴と莢膜血清型
PRSPの現状 PRSP感染症の治療 小児と成人の常在細菌叢 肺炎球菌ワクチンについて
3.COPDと吸入ステロイド治療 <西村浩一 月野光博> 179
ステロイド薬に対する反応性steroid responderとnon-responder
吸入ステロイド薬による短期間の検討 吸入ステロイド薬による長期間の検討
4.気管支喘息のearly intervention <田村 弦> 186
喘息の自然経過 小児喘息 成人喘息
5.肺癌の外来化学療法 <小林国彦> 193
外来化学療法に用いられる薬剤 外来化学療法の支援体制
6.肺がんにおけるがん性疼痛のケア <下山直人 下山恵美> 199
神経因性疼痛の機序 治療による痛みとその予防(pre-emptive analgesia)
肺がんの痛みの種類とWHO方式に基づいた治療,ケア
7.肺小細胞癌に対する予防的全脳照射(PCI) <角 美奈子> 204
予防的全脳照射の臨床試験の成果 予防的全脳照射の問題点
予防的全脳照射の方法 予防的全脳照射と有害事象
8.胸部疾患に対するInterventional Radiologyの進歩
--動脈内薬剤注入,血管塞栓術,血栓溶解術など-- <鎌田憲子> 209
動脈内薬剤注入(BAI) 血管塞栓術 肺動脈血栓溶解術
下大静脈フィルター留置術
9.肺移植の現状と課題 <伊達洋至 清水信義> 214
肺移植の世界の現状と問題点 生体部分肺移植 日本の肺移植の現状と課題
索 引 221