高齢化社会の到来を迎えて呼吸器疾患は益々増加しており,その中で,呼吸器疾患を専門とする医師の数も増加中である.ATSや日本呼吸器学会をはじめとして内外の呼吸器関連の諸学会も盛況で,演題数や参加者が増加している.一方,情報の開示が進む中,国民が医学や医療に求める水準は高く,専門医としては常に最新でかつ科学的根拠に裏付けられた医学(evidence based medicine)に基づいて診療を進めていくことが求められている.

 Annual Review 呼吸器はいうまでもなく呼吸器専門医もしくは専門医を目指す医師を対象にしたyear bookとして企画された.呼吸器という一つの領域の中であっても,研究対象や方法が細分化・複雑化し,玉石混交の情報が氾濫する今日,専門医が本当に必要とする論文を収集し,解説して提供することが主な目的である.しかしこの作業を適切に行うことは,その道の専門家であっても決して容易なものではない.本書が発刊からすでに15年を経過し,一定の評価を頂いたことは,これまで数多くの執筆者の熱心なご努力とご協力の賜物であると理解している.

 本書は呼吸器領域の「生物学」,「病因と病態」,「診断の進歩」,「治療の進歩」という4つの切り口で,この1年間でとくに成果の上がった領域のreviewをそれぞれの執筆者にお願いしている.編集者としての立場からすると,最新でありながら確立された成果,基礎医学でありながら臨床への波及効果の大きい研究,病因や病態に関するbreak through,診療にぜひ取り込みたい診断技術や治療法,そして呼吸器領域全体を網羅していてかつ重複がないこと,などの課題をクリアーして1冊の書物にすることを望んで編集にあたった.これらの要望は互いに反する要素もあって,毎年の編集会議はなかなか苦渋に満ちたものである.難しい内容をどのようにやさしく解説していただくか,執筆者を選ぶ作業も容易でない.

 さて,そのような困難な作業を終えて34編の論文を掲載した2002年版をお届けすることができた.いうまでもなく自信をもってお奨めできる内容になったと自負している.ご執筆いただいた先生方には心から感謝申し上げる次第である.また青木三千雄社長,編集担当の荻野邦雄氏ほか,中外医学社の皆様のご尽力によって本書が完成したことに厚く御礼を申し上げたい.

  2002年1月

    編集者一同


[編集者]

工藤翔二  土屋了介  金沢 実  大田 健

[著者]

鳥羽紀成  中村達雄  清水慶彦  高橋博人  高倉伸幸

石井芳樹  出原賢治  鎌滝哲也  有吉範高  槙村浩一

須賀達夫  鈴木陽一  白澤卓二  岸本寿男  小川基彦

志賀定祠  田中栄作  平田一人  中島正光  松島敏春

吉澤靖之  北市正則  中西正教  谷野功典  滝澤 始

吉村明修  祖父江友孝 舘田一博  山口惠三  森 亨

巽浩一郎  小林千里  阿部 直  工藤翔二  星 俊子

金沢 実  上甲 剛  柳原克紀  河野 茂  山下直美

大田 健  西村正治  坪井永保  石坂彰敏  橋本 悟

淺村尚生  村山重行  近藤晴彦


目 次

I.呼吸器系の生物学

 1.再生組織工学の現状と呼吸器疾患への展望  <鳥羽紀成 中村達雄 清水慶彦>

  気道系の組織工学  肺実質の再生

 2.血管新生をめぐって  <高橋博人>  7

  成熟個体における血管新生

  成熟個体における血管新生の新知見: 脈管形成型血管新生の併存

  従来の腫瘍血管新生のプロセス  腫瘍血管新生の新知見: 既存血管の利用

  抗血管新生薬の開発状況  既存薬剤の応用

  既存薬剤としての抗癌剤の抗血管新生作用: anti-angiogenic chemotherapy

 3.血管内皮細胞の機能をめぐって  <高倉伸幸>  13

  管腔形成と接着分子  血管内皮細胞と壁細胞  呼吸器血管内皮細胞の特質

 4.接着分子と呼吸器疾患  <石井芳樹>  19

  接着分子の多様性を裏付ける遺伝子解析  DNAチップを用いた接着分子の役割の解析

  上皮の統合性を維持するカドヘリンの役割

  TGFβ活性化におけるインテグリンαVβ6の役割

  インテグリンα4β7による好酸球の生存延長

  VCAM-1を介したout-inシグナルによる気管支平滑筋増殖

  接着分子をターゲットとした治療法はどこまで進んでいるか

 5.IL-13をめぐって  <出原賢治>  27

  IL-13レセプターとシグナル伝達  IL-13と気管支喘息との関連

  気管支喘息発症におけるIL-13の関与

 6.Carcinogenesisにおける個体差  <鎌滝哲也 有吉範高>  32

  喫煙による化学発癌  肺癌感受性探求の分子疫学的研究

 7.Pneumocystis cariniiの生物学的位置づけ  <槙村浩一>  38

  研究の歴史的変遷  なぜ原虫と考えられてきたか?

  真菌と分類される根拠  生活環と術語変更案  宿主と分子分類

 8.老化モデルマウス(klothoマウス)と肺気腫  <須賀達夫>  43

  klotho遺伝子とはどういうものか  klothoマウスのヒト老化に類似した多彩な表現型

  klothoマウスにみられる肺気腫  肺気腫は老化の一表現型として位置づけられるか

  肺以外の領域のklotho研究からはどのようなことが明らかになっているか

  今後のklotho研究の問題点は何か

 9.遺伝子改変動物作成法およびその利用法  <鈴木陽一 白澤卓二>  52

  概略  作成法および利用法

II.疾患の病因と病態

 1.肺炎クラミジアの持続感染  <岸本寿男 小川基彦 志賀定祠>  59

  呼吸器における持続感染  動脈における持続感染  中枢神経系疾患における持続感染

  持続感染に関する基礎的検討

 2.気道クリアランスの障害をめぐって  <田中栄作>  66

  粘液線毛輸送系の構造と機能  粘液線毛輸送系異常の診断

  気道分泌液の異常と疾患  線毛の異常と疾患

 3.運動誘発喘息の病態  <平田一人>  73

  運動誘発気道収縮の病態に関する動向

  EIBと病態の基礎となる炎症や気道反応性との関係

  EIBにおける気道収縮のメディエーターに関する動向  EIBの治療(予防効果)

 4.急性好酸球性肺炎と喫煙  <中島正光 松島敏春>  80

  喫煙による急性好酸球性肺炎  過去の論文における喫煙と急性好酸球性肺炎

  喫煙による急性好酸球性肺炎の機序,トレランスの可能性

  喫煙による急性末梢血好酸球増多  喫煙による急性好酸球性肺炎の画像所見

  喫煙による急性好酸球性肺炎の病理像

 5.過敏性肺炎の発症機構─最近の進歩  <吉澤靖之>  86

  新しい病因抗原  病因抗原成分の精製と臨床応用  感受性個体の検討

  病態解明の進歩

 6.RBILDは間質性肺炎か  <北市正則 中西正教>  91

  肺の線維化病変について  RBILDの病態が認識された経緯  RBILDの臨床所見

  RBILDの臨床経過  RBILDの胸部X線所見  RBILDの胸部CT所見

  気管支肺胞洗浄(BAL)所見  病理組織学的所見

 7.急性肺傷害の分子機構  <谷野功典>  96

  サイトカイン  アポトーシス  凝固線溶系

 8.血管炎症候群  <滝澤 始>  105

  血管炎の分類  わが国における血管炎の実態  ANCAと血管炎症候群

  ANCAと血管炎の病態  ANCAと臓器病変

  肺血管炎の病因と病態に関する最近の進歩  血管炎の治療の最近の知見

 9.肺癌発生母地としての特発性肺線維症  <吉村明修>  112

  肺癌合併特発性肺線維症の疫学的検討  特発性肺線維症における前癌病変

  肺癌発生母地としての特発性肺線維症と遺伝子異常

 10.21世紀の肺癌の動向  <祖父江友孝>  118

  わが国における肺癌の動向  国際的にみた肺癌の動向

  組織型別にみた肺癌罹患率の年次推移  肺癌のリスク要因

III.診断の進歩

 1.レジオネラ肺炎の診断  <舘田一博 山口惠三>  126

  レジオネラの細菌学的特徴  臨床的特徴  レジオネラ検査法

 2.ツベルクリン反応検査  <森 亨>  131

  PPD(抗原)  ツ反とその判読  結核感染後のツ反検査の感度,特に年齢影響

  BCG既接種者の結核感染後のツ反  ブースター現象と2段階ツ反検査

 3.若年発症肺気腫の臨床的特徴  <巽浩一郎>  136

  日本におけるα1-アンチトリプシン(α1AT)欠損症

  α1AT欠損症以外の要因へのアプローチ  若年発症COPDにおける性差

  若年発症COPDの遺伝的要因の検索: β2-adrenergic receptor(β2AR)遺伝子多型

  日本における若年発症COPDの全国疫学調査  日本における肺気腫: 喫煙例と非喫煙例

  日本における肺気腫: 男性例と女性例  日本における肺気腫: 若年発症と老年発症

  若年発症肺気腫における不均一性: 定型例と非定型例

  若年発症COPDの遺伝的要因の検索: TNF-α遺伝子多型

 4.呼吸筋機能の検査法  <小林千里 阿部 直>  146

  最近の進歩

 5.特発性間質性肺炎の診断基準をめぐる歴史的考察  <工藤翔二>  155

  間質性肺炎の黎明期  わが国の「特発性間質性肺炎」とLiebow,山中のUIP

  厚生省臨床診断基準(第3次改定案)と問題点  臨床診断基準の第4次改訂

 6.深部静脈血栓症のMRI診断  <星 俊子 金沢 実>  161

  肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症  深部静脈血栓症の診断法  下腿部の静脈血栓症

  下肢静脈のMR venography  肺血栓塞栓症の塞栓源

 7.マルチスライスCTの肺疾患への応用  <上甲 剛>  170

  data取得の高速性  1回息止め下のthin-slice imageの大量取得

  複数のslice厚の画像の同時取得によるapplication

IV.治療の進歩

 1.肺感染症(市中肺炎)のガイドライン  <柳原克紀 河野 茂>  175

  原因菌の検索  重症度分類  抗菌薬の決定

  抗菌薬選択における各ガイドラインの比較

 2.気管支喘息における抗体療法  <山下直美 大田 健>  182

  ヒト化抗体の開発  抗IgE抗体療法  抗IL-5抗体  抗IL-4抗体および抗IL-13抗体

 3.COPDの新しい国際ガイドライン  <西村正治>  187

  GOLDの特徴  COPDの新しい定義と気流閉塞機序の説明  COPDの診断

  COPDの重症度分類  臨床安定期のCOPDの治療

 4.呼吸リハビリテーションと運動療法  <坪井永保>  194

  呼吸リハビリテーションの効果とEBM  下肢の運動療法  上肢運動療法

  呼吸筋訓練  呼吸リハビリテーションの長期効果

 5.ARDS治療の展望  <石坂彰敏 橋本 悟>  200

  ARDSの最近の疫学  おわりに

 6.Stage IA肺癌に対する選択的リンパ節郭清法  <淺村尚生>  207

  原発肺葉ごとのリンパ節転移のパターン  予後との関連  どのような郭清が望ましいか?

 7.粒子線治療  <村山重行>  212

  粒子線治療と光子線治療  肺癌の粒子線治療  粒子線治療の今後

 8.超高齢者肺癌への対応  <近藤晴彦>  217

  外科治療  放射線治療  化学療法

索 引    223