序
21世紀の3年目を迎え,ミレニアムという区切りの時期に立ち上げられた多くのプロジェクトの成果がまとまり始めている.遺伝子に関連してはゲノムプロジェクトがさらに推進され,ポストゲノムへと移行する時期にある.また遺伝子多型についても多くの疾患で検討が進められ,多くの成果が報告されている.液性因子については,サイトカイン・ケモカインや炎症性メディエーターの研究が分子レベルで進展し,疾患との関連性を含めて多くの情報が得られている.これらの基礎医学における進歩は,臨床医学にも大きな影響を及ぼす.すなわち疾患ごとに基本的な病態が分子レベルにまで掘り下げられ,疾患によっては,その概念や診断基準の改訂をうながしたり,さらに治療法にまで影響を及ぼしているのである.また臨床医学においては,新しい診断法や新薬を含む新しい治療法がevidence based medicine (EBM)にのっとり確立されつつある.このような膨大な情報を得る方法にはいろいろな選択肢があるが,最も効率の良い方法の1つが,本書のような年次ごとのレビューを読むことだと思う.各分野のエキスパートによる解説を読むことによって網羅的に,それぞれの事項の理解に必要な基礎知識,現状と今後の動向を効率良く得ることができる.単に文献検索をしてabstractを読むという作業では本書のような内容は得られないのである.本書が読者の皆様にとって呼吸器学の最新知識を基礎から臨床まで幅広く吸収するうえで十分に活用され,さらに新しい発想に寄与できることを編集者一同念願する次第である.
御多忙の中,すばらしい原稿を書いていただいた執筆者の先生方に心から感謝申し上げる.また青木三千雄社長,編集担当の荻野邦義氏および関係各位にお礼申し上げたい.
2002年12月
編集者一同
[編集者]
工藤翔二 土屋了介 金沢 実 大田 健
[著者]
宮城 司 本間龍介 鈴木 登 別役智子 西村正治
奈良正之 一ノ瀬正和 平井浩一 新井 徹 林 清二
和泉孝志 河村伊久雄 光山正雄 舘田一博 中島捷久
川合眞一 小島史章 永井厚志 森 晶夫 川上和義
斎藤 厚 佐々木結花 彌永和宏 菅 守隆 江石義信
瀬山邦明 佐藤輝彦 福地義之助 樋野興夫 吉村邦彦
竹中英昭 吉川雅則 木村 弘 新実彰男 河野修興
近藤圭一 後藤明輝 深山正久 野間恵之 田口善夫
小橋陽一郎 前崎繁文 佐藤浩三 陣崎雅弘 栗林幸夫
中田昌男 原 眞咲 白木法雄 芝本雄太 吉田純司
蝶名林直彦 大田 健 中野純一 宮下修行 松島敏春
吉田 敦 稲松孝思 吾妻安良太 鈴川正之 渋谷昌彦
鶴尾 隆 江口研二 兵頭一之介
目 次
I.呼吸器系の生物学
1.胚性幹細胞(ES細胞)と実験医学 <宮城 司 本間龍介 鈴木 登> 1
ヒトES細胞の樹立 ヒトES細胞の特性 試験管内でのES細胞分化
in vitroでの正常組織構造の再現 移植医療への応用
ES細胞に対する遺伝子操作による免疫拒絶の抑制
2.喫煙関連遺伝子 <別役智子 西村正治> 10
喫煙と気道上皮 COPDと遺伝
プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡説とオキシダント・アンチオキシダント不均衡説
プロテアーゼ発現に関する個体差 プロテアーゼインヒビターに関する遺伝子
抗酸化機能に関する遺伝子 炎症メディエーターに関する遺伝子
3.ムスカリン受容体 <奈良正之 一ノ瀬正和> 16
構造,サブタイプ,分布 コリン作動性神経とアレルギー性気道炎症
ムスカリン受容体とイオンチャネル ムスカリン受容体の遺伝子発現調節
4.ケモカインと呼吸器疾患 <平井浩一> 24
ケモカインとケモカイン受容体 ケモカイン受容体と呼吸器疾患
5.IL-10をめぐって─臨床応用に向けて─ <新井 徹 林 清二> 36
IL-10の構造,受容体,細胞内シグナル伝達 IL-10の生物学的活性
呼吸器疾患におけるIL-10の意義 臨床応用に向けて
6.ロイコトリエンと呼吸器疾患 <和泉孝志> 44
LT産生酵素の研究 LT受容体研究 LTと呼吸器疾患
7.結核の感染免疫 <河村伊久雄 光山正雄> 50
結核の現状 結核菌の殺菌抵抗性 宿主防御免疫応答 結核予防ワクチン
8.緑膿菌のquorum-sensing機構 <舘田一博> 60
quorum-sensingの概略 緑膿菌のquorum-sensing機構と病原因子発現
緑膿菌感染症とquorum-sensing機構 quorum-sensing修飾による感性症治療の可能性
9.インフルエンザウイルスの感染機構 <中島捷久> 66
細胞への感染機構 感染防御機構からのエスケープ機構
10.ステロイドの作用機序をめぐる最近の進歩 <川合眞一 小島史章> 72
ステロイドの作用機序研究の歴史 GRと転写調節
II.疾患の病因と病態
1.COPDの病態をめぐる最近の進歩 <永井厚志> 79
これまでの知見 最近の知見
2.難治性喘息の分子機構 <森 晶夫> 86
ステロイド感受性喘息と抵抗性喘息 ステロイド抵抗性の機序
細胞,分子レベルでのステロイド抵抗性
GC-GRのaffinityの低下とその可逆性,GR-βの発現 GR-GREのaffinity,AP-1との関連
クロマチンリモデリングとステロイド
3.細菌性肺炎の分子病態 <川上和義 斎藤 厚> 94
肺炎の成立機構 肺炎の終息機構
4.結核の内因性再燃と再感染 <佐々木結花> 100
外来性再感染学説から初感染発病学説へ 結核の初感染
二次結核secondary tuberculosis 結核発病リスク 免疫抑制宿主における結核発病
外来性再感染exogeneous reinfection
5.肺線維症の分子病態 <彌永和宏 菅 守隆> 107
肺線維症の基本病態 肺線維症と細胞外マトリックス
組織再構築とmatrix metalloproteinase
肺線維症とサイトカイン・増殖因子のネットワーク 肺線維症とアポトーシス
肺線維症とアラキドン酸代謝産物 肺線維症の疾患関連遺伝子
6.サルコイドーシスとP.acnes <江石義信> 115
定量系PCR法による解析 国際共同研究
ISH法によるP.acnes DNAの局在 宿主要因 新しい感染症の概念
7.肺リンパ脈管筋腫症(LAM)の成因をめぐって
<瀬山邦明 佐藤輝彦 福地義之助 樋野興夫> 122
2種類のLAM─TSC-LAMとsporadic LAM─
8.日本人におけるCFTRの遺伝子多型 <吉村邦彦> 128
CFTRとは CFTR遺伝子変異と多型 CFTR遺伝子変異と表現型
日本人におけるCFTR遺伝子変異と多型
III.診断の進歩
1.呼吸調節能の評価法 <竹中英昭 吉川雅則 木村 弘> 137
中枢化学受容野および末梢化学受容器の炭酸ガス換気応答
不安定呼吸出現のメカニズム 呼吸不安定性の評価法
2.喘息における気道リモデリングの臨床的評価 <新実彰男> 143
気道リモデリングの病理所見と喘息の病態・治療との関連
不可逆的気流閉塞 胸部CT 今後の課題・方向性
3.呼吸器疾患とKL-6 <河野修興 近藤圭一> 152
MUC1ムチンとKL-6 各種呼吸器疾患と血清KL-6値 KL-6上昇の機序
KL-6の分子生物学的特性 測定上の注意点
4.COP/BOOP 今日の解釈 <後藤明輝 深山正久> 160
特発性BOOPの提唱 “特発性BOOP”の問題点 現在における特発性BOOP
5.NSIPの画像診断 <野間恵之 田口善夫 小橋陽一郎> 166
UIP vs NSIP NSIPの画像診断
6.肺真菌症の血清診断 <前崎繁文> 172
アスペルギルス症における血清診断 クリプトコックス症の血清診断
カンジダ症における血清診断
7.肺血栓塞栓症のCT診断 <佐藤浩三 陣崎雅弘 栗林幸夫> 177
CTによる急性肺血栓塞栓症の診断 CTによる慢性肺血栓塞栓症の診断
CT venography CT機器の進歩
8.AAHとin situ carcinoma: 臨床と病理 <中田昌男> 184
臨床的研究 病理学的研究
9.PETによる肺癌の評価 <原 眞咲 白木法雄 芝本雄太> 190
検査法 正常像 良悪性診断能 肺癌N因子診断 遠隔転移診断
新たな放射性医薬品への期待 形態情報と機能情報の統合
10.ヘリカルCTによる肺がんスクリーニング <吉田純司> 197
東京から肺がんをなくす会 長野プロジェクト
Early Lung Cancer Action Project(ELCAP) その他の取り組み
CADおよびネットワーク 肺がん検診の有効性に関する研究
IV.治療の進歩
1.呼吸器疾患のクリティカルパス <蝶名林直彦> 204
呼吸器疾患にCPを適用する際の問題点─呼吸器疾患の特殊性とガイドライン─
各種疾患におけるCP
2.最新の喘息治療ガイドライン <大田 健 中野純一> 210
喘息治療ガイドライン作成の経緯 急性発作時(急性増悪時)の治療
喘息の長期管理における診療 GINA-Updateとの比較 今後の動向
3.院内肺炎の治療ガイドライン <宮下修行 松島敏春> 223
院内肺炎の定義と病態生理 院内肺炎の原因病原体 院内肺炎患者の分類
院内肺炎の抗菌薬療法 特殊病態下の肺炎の治療
4.肺炎球菌ワクチンの作用と有用性 <吉田 敦 稲松孝思> 230
肺炎球菌に対する血清療法とワクチンの開発
肺炎球菌莢膜多糖体ワクチンの免疫原性,安全性と副反応
莢膜多糖体ワクチンの効果,経済効果 莢膜多糖体ワクチンの有効期間,再接種
接種の現状 肺炎球菌多糖体ワクチンとインフルエンザワクチンの併用効果
conjugateワクチンの開発 PRSPと莢膜多糖体ワクチン
5.特発性肺線維症の薬剤開発動向 <吾妻安良太> 236
分子病態に基づく治療介入の根拠 新しい治療法の開発動向
6.非侵襲的陽圧換気法─急性呼吸不全の適応に関する最近の考え方 <鈴川正之> 248
心原性肺水腫 ARDS NPPV成功の予測因子
7.肺癌の治療効果および副作用の評価基準 <渋谷昌彦> 254
新しい効果判定基準(RECIST) RECISTの概要
新しい毒性判定基準(NCI-CTC Version 2.0)
8.肺がん治療とテーラーメード治療 <鶴尾 隆> 260
分子標的治療 肺がんの分子標的GLO1(グリオキサラーゼ1)
遺伝子研究からのテーラーメード化
9.肺癌治療における症状緩和─悪心嘔吐対策の現状 <江口研二> 267
抗癌剤による悪心嘔吐対策の指針
遅発性の悪心嘔吐に対する経口制吐レジメン制吐剤の3剤併用(ステロイド追加)は有効か
新しい制吐剤NK-1受容体拮抗薬 pharmacogeneticsと制吐効果
10.がんの代替医療に関する調査と情報提供のあり方 <兵頭一之介> 272
代替医療とは 代替医療の実態(利用頻度と費用) 臨床医の認識
健康食品の問題 薬物相互作用
索 引 278