コンピュータと情報機能の発達に伴い,医学の進歩も日ごと速度を増し,情報量も膨大なものになっています.このような状況の中で,本書の役割が以前にも増して重要になっていることは,すでに指摘されているところです.ゲノム解析からポストゲノムに移るとともに,テーラーメイド医療への期待が大きくなっています.しかし,現実には臨床応用までにたどり着くにはさらに多くの研究が必要とされています.また,分子標的治療の応用に伴い,予期とは異なった作用機序が想像されるような現象や,予期せぬ効果や有害事象も出現しています.したがって,情報の的確な取捨選択と正確な理解がより重要になってきています.本書は,従来より,生物学,病因と病態,診断,治療にわかれており,生物学では基礎的な情報の整理を,病因と病態では疾患に対する基礎的な裏づけを,そして診断と治療については最近の進歩を掲載してきました.いずれも重要なテーマですが,中でも,「ゲフィチニブと肺病変」は新薬の効果と有害事象を正確に理解し,新薬の恩恵をより多くの患者が享受するのに役立つであろうと考えられます.効果への過度な期待と,有害事象への過敏な反応に対し,我々専門家が,科学的裏づけに基づいた正確な情報を提供することが大切であるといえます.同じ時期に,「EBMに基づいた肺癌の診療ガイドライン」が作成されたことは大変意義深いといえます.EBMに基づいた診療ガイドラインの作成方法が広く応用され,ことに,患者さらには一般国民向けのガイドラインができることが医療の標準化に大きく寄与するものと期待されます.また,本書もEBMに基づいた診療に役立つことを祈念いたします.

 最後に,お忙しい中,多くの論文に目を通し,レビューをお書きいただいた執筆者の先生方に心より御礼申し上げます.また,青木三千雄社長,編集担当の荻野邦義氏をはじめ関係各位に深く感謝いたします.

  2004年1月

    編集者一同


[編集者]

工藤翔二  土屋了介  金沢 実  大田 健

[著者]

浅野喜博  渡邉嘉之  杉田昌彦  久保裕司  田中良哉

尾松芳樹  稲葉カヨ  足立哲也  大田 健  石塚隆雄

岡山吉道  川口未央  松倉 聡  國分二三男 足立 満

須加原一博 松本健治  近藤直実  金子英雄  明 茂治

藤村政樹  倉島一喜  吉田光宏  谷口正実  山田佳之

茆原順一  眞弓光文  秋田弘俊  福田 悠  舘田一博

山口惠三  新実彰男  三上正志  安井正英  西村浩一

藤澤武彦  渋谷 潔  星野英久  千代雅子  松隈治久

中原理恵  横井香平  亀谷 徹  蒋 世旭  中川加寿夫

松野吉宏  田村 弦  中野純一  大田 健  永田 真

亀田秀人  竹内 勤  小林 奨  宮崎義継  河野 茂

屋良さとみ 川上和義  赤柴恒人  安藤太三  堀 明子

高上洋一  武田篤也  竹田利明  石坂彰敏  遠藤千顕

近藤 丘


目次

I.呼吸器系の生物学

 1.自然免疫(innate immunity)とは?−初期生体防御と適応免疫への橋渡し

  <浅野喜博>  1

  感染に対する初期生体防御  感染に対する初期誘導反応  感染に対する適応免疫

  自然免疫系と適応免疫系の連繋  生体防御機構の破綻

 2.結核免疫におけるCD1分子の役割  <渡邉嘉之 杉田昌彦>  9

  CD1分子とは?  CD1分子の生体防御における役割─ヒト遺伝病から学ぶ

  結核菌感染免疫におけるCD1・脂質抗原提示系の重要性

  BCGワクチンはCD1分子を介したT細胞反応を誘導できるか?

  脂質をベースにした抗結核ワクチン開発の可能性

 3.Toll-like receptor  <久保裕司>  16

  Toll-like receptor  TLRの細胞内情報伝達機能  InnateよりAdaptiveへ

  TLR4 polymorphism  今後の展望

 4.炎症細胞遊走の分子機構  <田中良哉>  22

  炎症細胞が血管内から炎症部へ遊出する機構

  ケモカインによるインテグリン活性化と血管外遊出の機構  細胞の組織内での遊走機序

  炎症細胞のアレルギー性病態組織への遊出  T細胞の臓器再循環と病態形成

  炎症制御の可能性

 5.樹状細胞の分類と機能  <尾松芳樹 稲葉カヨ>  28

  DCサブセット  DCによる抗原提示  樹状細胞によるトレランス誘導

  DCの移動とケモカイン  呼吸器系のDC

 6.好酸球の活性化機構  <足立哲也 大田 健>  37

  好酸球の機能的活性化のメカニズムにおける新知見

  新規に同定された好酸球活性化分子  好酸球のシグナル伝達  トピックス

 7.マスト細胞とサイトカイン  <石塚隆雄 岡山吉道>  45

  感染におけるマスト細胞  肺の線維化におけるマスト細胞

  自己免疫疾患とマスト細胞  今後の課題・方向性

 8.IL-17とそのファミリー  <川口未央 松倉 聡 國分二三男 足立 満>  54

  種々の生理活性をもつIL-17  気道炎症におけるIL-17の役割

  IL-17レセプターとシグナル伝達経路  IL-17ファミリー  今後の課題,方向性

 9.KGFについて  <須加原一博>  62

  KGFの生物学的特性  KGFと肺形成  KGFと病変修復

  KGFの肺病変修復における役割  今後の臨床への応用

 10.ゲノムワイドな遺伝子発現解析  <松本健治>  68

  網羅的な遺伝子発現解析方法  網羅的な遺伝子発現解析の実際

  研究を行うにあたっての問題点  遺伝子の網羅的な発現解析の結果の取り扱いについて

  Microarrayを用いた研究論文を投稿するあるいは査読する際のガイドライン

II.疾患の病因と病態

 1.ADAM33─喘息感受性遺伝子  <近藤直実 金子英雄>  78

  気管支喘息をはじめとするアレルギーの病因候補遺伝子  ADAM33遺伝子

 2.アルコール喘息の病態  <明 茂治 藤村政樹>  82

  エタノール以外の含有物の関与  エタノール喘息と人種差

  アセトアルデヒドの気道に対する作用  エタノールの気道に対する作用

  エタノール喘息に対する薬剤の効果  実際の予防・治療法

 3.気道可逆性の意義  <倉島一喜>  88

  GINAとGOLDが気道可逆性の根拠としている論文の意味するもの

  気道可逆性により喘息とCOPDを区別できるか

  気道可逆性のあるCOPDはasthmatic componentのあるCOPDか

  COPD,喘息を合併したCOPD,リモデリングを伴う喘息の気道可逆性

  気道可逆性を主体としたCOPD診断手順  今後の課題,方向性

 4.肺気腫とサーファクタント蛋白  <吉田光宏>  96

  SP-D  SP-A  SP-BとSP-C

 5.血管炎と呼吸器疾患  <谷口正実>  101

  血管炎症候群全般(WG,MPA,CSS)の最近の動向

  Churg Strauss症候群(CSS)における動向  MPAにおける肺病変の動向

  WGにおける肺病変の動向

 6.HTLV-1感染とアレルギー  <山田佳之 茆原順一>  106

  HTLV-1関連免疫原性疾患  HTLV-1感染とTh1/Th2  ADF/TRXとアレルギー

 7.Hygiene hypothesis  <眞弓光文>  111

  hygiene hypothesisとは  hygiene hypothesisの根拠

  hygiene hypothesisの理論的背景  hygiene hypothesisの今後の課題

 8.肺癌の遺伝子異常─オーバービュー  <秋田弘俊>  117

  癌抑制遺伝子の異常  癌遺伝子の異常  喫煙による気管支上皮細胞の異常

  体系的,網羅的な遺伝子発現解析研究

 9.ゲフィチニブと肺病変─病理学の立場から  <福田 悠>  130

  薬剤による肺障害の病理像  ゲフィチニブによる肺障害の病理

  ゲフィチニブによるDADの特徴  先行する肺線維症とゲフィチニブによる肺障害の発症機序

III.診断の進歩

 1.肺炎の尿中抗原検査  <舘田一博 山口惠三>  137

  感染症診断における尿中抗原の意味  肺炎球菌  レジオネラ

 2.慢性咳嗽の診断  <新実彰男>  142

  慢性咳嗽の主要な原因疾患

  好酸球性気道疾患群: 咳喘息,eosinophilic bronchitis,アトピー咳嗽

  胃食道逆流  後鼻漏/鼻炎と副鼻腔気管支症候群  原因不明例について

 3.喀痰と呼吸器疾患  <三上正志>  152

  喀痰の由来と調節  喀痰と呼吸器感染症  喀痰とCOPD

  喀痰と喘息  喀痰と慢性下気道感染症

 4.薬剤性肺障害におけるDLSTの意義  <安井正英>  159

  DLSTの方法と技術的問題点  DLSTとDPTの関連性  DLST偽陽性による誤診の可能性

  DLSTの判定基準  BALFリンパ球を用いたDLST  DPTの方法と判定基準

 5.呼吸器疾患とQOL評価方法  <西村浩一>  166

  健康関連QOLの概念  健康関連QOL評価の目的  健康関連QOL評価の方法

  一般的尺度  COPDにおける疾患特異的尺度  気管支喘息における疾患特異的尺度

  その他の呼吸器疾患における疾患特異的尺度

 6.蛍光気管支内視鏡  <藤澤武彦 渋谷 潔 星野英久 千代雅子>  175

  前癌病変  蛍光気管支内視鏡  自家蛍光観察の原理  適応  臨床成績

  第2世代の蛍光気管支鏡

 7.末梢肺小型腫瘤影の診断  <松隈治久 中原理恵 横井香平>  183

  末梢肺小型腫瘤影に対する各種診断方法の診断能と新たな試みについて

  広範囲にGGOを呈する末梢肺小型腫瘤影に対する診断と治療

 8.肺の大細胞神経内分泌癌(LCNEC)の診断  <亀谷 徹 蒋 世旭>  191

  新しい肺癌組織型の分類と神経内分泌腫瘍  LCNECの登場  予後

  LCNECの生物学的特性とマーカー

 9.胸腺腫のWHO組織分類  <中川加寿夫 松野吉宏>  202

  胸腺腫WHO組織分類について  胸腺腫WHO組織分類の有用性および臨床像との関連

  胸腺腫WHO組織分類の問題点  今後の課題・方向性

IV.治療の進歩

 1.吸入気管支拡張薬の進歩  <田村 弦>  209

  短時間作用性吸入β2刺激薬  長時間作用性吸入β2刺激薬

 2.吸入ステロイド薬─最近の動向  <中野純一 大田 健>  218

  吸入ステロイド薬と他の喘息長期管理薬の併用  吸入ステロイド薬の喘息早期からの使用

  新しい吸入ステロイド薬  COPDにおける吸入ステロイド薬

 3.喘息における免疫療法の現況  <永田 真>  228

  喘息における免疫療法の現状における理解  免疫療法の近年の進歩  今後の展望

 4.膠原病肺病変に対するシクロスポリン  <亀田秀人 竹内 勤>  234

  PM/DM  RA  SSc  SLE  一次性血管炎症候群  SjS

 5.肺アスペルギルス症の治療  <小林 奨 宮崎義継 河野 茂>  240

  ガイドラインにおける肺アスペルギルス症の治療,およびその問題点

  Aspergillus属に対する新規抗真菌薬  今後の課題・方向性

 6.非結核性抗酸菌症の治療の動向  <屋良さとみ 川上和義>  246

  NTM症の現状と動向  NTMの分類  NTM症の化学療法  新たな治療の試み

 7.SASへの治療的アプローチ  <赤柴恒人>  253

  OSASの治療  Cheyne-Stokes呼吸(CSR)を伴う心不全患者に対するnasal CPAP療法

 8.慢性血栓塞栓性肺高血圧症の外科治療  <安藤太三>  259

  慢性肺血栓塞栓症の病態  診断と手術適応  手術方法

  手術成績  今後の問題点

 9.固形腫瘍に対するミニ移植(同種免疫療法)  <堀 明子 高上洋一>  263

  はじめに  ミニ移植とは何か  固形腫瘍に対するミニ移植  問題点

 10.肺癌に対する定位放射線治療と放射線肺障害  <武田篤也 竹田利明 石坂彰敏>  273

  体幹部定位放射線治療  通常分割放射線治療による肺障害

  体幹部定位放射線治療による肺障害

 11.EBMに基づいた肺癌診療ガイドラインの作成方法  <遠藤千顕 近藤 丘>  279

  診療ガイドライン作成手順と問題点  肺癌の診療ガイドラインの自己評価

索引    286