序
2006年は,アスベスト汚染,高病原性鳥インフルエンザ,あいつぐ薬剤性肺障害,さらに結核予防法の感染症法への統合,労働安全衛生法に基づく胸部X線写真撮影の見直しなど,あわただしい動きの中で年を明けた.わが国の呼吸器病学はかつての結核時代に産声を上げ,第2次大戦後の50年代から60年代の呼吸生理学から70年代の生化学,アレルギー・免疫学,80年代の細胞生物学,90年代の分子生物学,そしてゲノム医学へと,絶えずその時代の生物科学を背景に発展し続けてきた.
Annual Review呼吸器は1986年,呼吸器専門医もしくは専門医を目指す医師を対象としたyear bookとして発刊された.発刊から20年を迎える今日,IT化の進歩によって医学情報の検索と閲覧が自宅の机の上でさえ瞬時に行えるようになったことは,便利さのみならず医学情報の洪水ともいうべき状況をもたらしている.こうした状況の下で呼吸器専門医が必要とする真の情報を得ることは必ずしも容易ではない.本書はそうした読者を念頭に置いて毎年初頭に,その年に相応しい今日的な情報を選んでお届けするように心がけてきた.
Annual Review呼吸器2006は,呼吸器領域を「呼吸器の生物学」,「疾患の病因と病態」,「診断の進歩」,「治療の進歩」の4つのセクションに分け,基礎から臨床までそれぞれの第1人者に解説をお願いしている.「呼吸器の生物学」では,気道平滑筋,線維芽細胞,マスト細胞,好酸球,気道粘膜免疫など古くて新しいテーマもあり,ディーゼル排気粒子やイレッサなど社会問題となった今日的課題もある.また,呼吸運動における上皮細胞の機械的ストレスを最小とする肺収縮機構のシミュレーションを,斬新なテーマとして取り上げた.また「疾患の病因と病態」,「診断の進歩」「治療の進歩」では,インフルエンザの宿主特異性,COPDの動物モデル,狭窄性細気管支炎,マイクロサンプリング法,QuantiFeron-TBなどの新しい基礎的・臨床的テーマとともに,低酸素性肺血管収縮,喘息のQOL評価,サルコイドーシスの診断基準など,呼吸器疾患の今日的な課題を取り上げた.
呼吸器病学は,その数100を超えるともいわれる多くの疾患を縦糸として,感染症学,免疫・アレルギー学,腫瘍学,呼吸生理学などを横糸として編まれた多彩な学問である.多くの医学徒がこの魅力にあふれた道を目指し,学問を深めて頂きたいと切に望んでいる.
最後に,お忙しいなかを執筆頂いた著者の皆様に心より感謝を申し上げるとともに,青木社長,編集担当の荻野邦義,稲垣義夫両氏をはじめ関係各位に感謝いたします.
2006年1月
編集者一同
[編集者]
工藤翔二 土屋了介
金沢 実 大田 健
[執筆者]
北岡裕子 川瀬一郎 伊東祐之
大池正宏 小西秀平 大野 勲
山口正雄 田坂定智 駒形嘉紀
足立哲也 大田 健 滝澤 始
萩原弘一 西藤岳彦 長瀬洋之
山内広平 別役智子 長谷川好規
桑野和善 長谷川直樹 石崎武志
穴見洋一 野口雅之 村田 朗
田坂定智 石坂彰敏 安福和弘
藤澤武彦 福島和子 平潟洋一
原田登之 有岡宏子 酒井文和
長井苑子 野守裕明 柿沼龍太郎
江口研二 金子昌弘 土屋了介
牛尾光宏 山谷睦雄 田村 弦
三嶋理晃 石原英樹 山田典一
小林国彦 岡田守人 小暮啓人
山本信之
目次
I.呼吸器系の生物学
1.コンピュータシミュレーションによる肺収縮機構 <北岡裕子 川瀬一郎>…1
換気分布シミュレーション 肺胞変形シミュレーション
2.気道平滑筋の生物学 <伊東祐之 大池正宏 小西秀平>…7
気道平滑筋のアゴニストによる収縮にcADPRが生理的役割を果たすのか?
気道平滑筋における収縮蛋白系のCa-sensitization(Ca-感作)
気道平滑筋の自律神経支配
3.線維芽細胞の生物学 <大野 勲>…17
Fibrocyte 特発性肺線維症とFibrocyte 気管支喘息とFibrocyte
4.マスト細胞と呼吸器疾患 <山口正雄>…22
マスト細胞のphenotypeと局在 マスト細胞の活性化機構
monomer IgEによるマスト細胞機能制御 治療標的分子としてのIgE,FcεRI
網羅的遺伝子発現解析の成果 マスト細胞欠損マウスを用いた解析
5.エンドトキシン認識機構 <田坂定智>…29
エンドトキシンの構造と生物活性 LPS結合蛋白(LBP) CD14
TLR4/MD-2 外的刺激によるエンドトキシン認識機構の修飾
6.気道粘膜免疫をめぐって <駒形嘉紀>…38
粘膜免疫とCommon Mucosal Immune System(CMIS) BALT
NALT 経鼻ワクチンの開発
7.好酸球と呼吸器疾患 <足立哲也 大田 健>…44
喘息における好酸球 好酸球増多症候群(HES)における新知見
8.ディーゼル排気微粒子と気道上皮細胞 <滝澤 始>…51
気道上皮細胞の気道炎症における役割とDEPの影響
DEPの気道上皮におけるサイトカイン遺伝子発現増強の機構
DEP曝露によるヒトでの気道反応
今後の研究展開: pro-inflammatory/anti-inflammatory balance
9.イレッサと遺伝子変異 <萩原弘一>…56
EGFR変異と肺癌発生 EGFR変異検索によるイレッサ感受性の治療前検査
イレッサと癌治療
II.疾患の病因と病態
1.インフルエンザウイルスの宿主特異性と病原性 <西藤岳彦>…61
レセプター特異性
ポリメラーゼタンパク(PB2)における変異と宿主特異性
高病原性ウイルスの人に対する病原性
2.喘息とウイルス感染 <長瀬洋之>…66
幼少期のウイルス感染と喘息発症の関連
ウイルス感染による既存の喘息増悪のメカニズム
喘息患者におけるウイルス感染防御機構障害
感染によるアレルギー性炎症増悪とToll-like receptor
ウイルス感染による喘息増悪の管理と今後の展望
3.ステロイド抵抗性喘息 <山内広平>…72
ステロイド抵抗性喘息(SR)とその臨床的意義 SR喘息と診断上の問題
SR喘息と抗原曝露 ステロイド抵抗性の分子病態
ウイルス感染とステロイド抵抗性 喫煙とステロイド抵抗性
SR喘息の治療
4.COPDの動物モデル <別役智子>…80
動物における肺気腫モデルの作成と解析 喫煙曝露モデルの現状
プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡説の検証 アポトーシスと肺気腫
5.閉塞性細気管支炎の病因と病態 <長谷川好規>…86
閉塞性細気管支炎の疾患概念 閉塞性細気管支炎の病因
閉塞性細気管支炎の診断 予後と経過 治療
6.急性肺損傷とアポトーシス <桑野和善>…91
炎症の消退におけるアポトーシス 肺損傷と過剰なアポトーシス
7.人工呼吸器に起因する肺病態 <長谷川直樹>…99
人工呼吸管理による肺損傷(VILI) 人工呼吸管理による肺炎(VAP)
VILIとVAPの接点
8.低酸素性肺血管収縮 <石崎武志>…107
細胞内Ca2+増加─活性酸素-Redox potential-電位依存性Kチャンネル説
RhoA/Rho-kinase説
9.細気管支肺胞上皮癌 <穴見洋一 野口雅之>…113
肺腺癌の発生と進展 BACの病理学的特徴
診断および臨床上の問題点
III.診断の進歩
1.咳嗽音の客観化とモニタリゼーション <村田 朗>…119
咳嗽 記録とモニタリゼーション 解析方法
2.経気管支鏡的マイクロサンプリング法 <田坂定智 石坂彰敏>…127
BMSの機器・手技 健常者における検討 ARDS症例における検討
慢性閉塞性肺疾患(COPD)への応用 末梢小型肺癌への応用
肺感染症への応用 その他の病態への応用 薬物動態の評価への応用
3.気管支腔内超音波断層法 <安福和弘 藤澤武彦>…133
使用機器 検査法 臨床応用・検査成績
4.市中肺炎の早期診断法 <福島和子 平潟洋一>…142
尿中抗原診断法: レジオネラ,肺炎球菌 遺伝子診断法
血中抗IgM抗体の迅速診断法: マイコプラズマ
5.結核菌特異抗原を用いた新規結核感染診断法 <原田登之>…149
ツ反の原理とその欠点 Interferon-γ誘導性結核菌特異抗原の発見
ESAT-6/CFP-10を用いた新規結核感染診断法QFT-2G QFT-2Gの治験
接触者検診におけるQFT-2G検査
6.喘息のQOL評価 <有岡宏子>…155
欧米で開発された調査票 日本人喘息患者のためのQOL調査票の開発
7.画像からみた薬剤性肺障害 <酒井文和>…163
薬剤性肺障害の臨床像 薬剤性肺障害の画像所見
8.サルコイドーシスの診断基準 <長井苑子>…171
組織学的検査の意義と適応 全身性疾患としての罹患部位の評価
診断の標準化 臨床像の変遷と診断の問題
サルコイドーシスの臨床型の診断
サルコイドーシスと他の疾患の合併あるいは鑑別の問題
初診時診断のためのワークアップ
9.PETの肺癌診療への応用 <野守裕明>…178
肺腫瘤病変に対するFDG-PETの有用性
肺癌のリンパ節病期におけるFDG-PETの応用
10.低線量CTによる肺癌検診のガイドライン
<柿沼龍太郎 江口研二 金子昌弘 土屋了介>…185
低線量CTを用いた肺癌検診のエビデンス 無作為化比較試験
ガイドライン 肺結節 PET 放射線被曝 統一データベース化
検診CT画像読影の教育用ソフトウェア 胸部CTスクリーナー
IV.治療の進歩
1.結核予防法の改正とその意義 <牛尾光宏>…193
結核予防法改正の経緯 結核予防法改正の概要
2.ライノウイルス感染とマクロライド <山谷睦雄>…198
マクロライドのウイルス感染抑制効果: ライノウイルスを中心に
インフルエンザ感染実験動物におけるマクロライドの抗炎症作用
マクロライドによるライノウイルス感染抑制効果
マクロライドによる感冒抑制効果
3.喘息の新しい吸入療法 <田村 弦>…205
フルタイド セレタイド パルミコート シンビコート
4.GOLD指針の新しい治療指針 <三嶋理晃>…212
安定期の管理 急性増悪期の管理
5.在宅酸素療法と在宅人工呼吸 <石原英樹>…218
在宅酸素療法(HOT) 在宅人工呼吸療法(HMV)
6.肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症のガイドラインをめぐって <山田典一>…226
急性肺血栓塞栓症 慢性肺血栓塞栓症 深部静脈血栓症
静脈血栓塞栓症の予防
7.肺癌治療とQOL─臨床試験に焦点をあてて <小林国彦>…232
QOL研究の歴史とQOL調査票 QOL研究手法
QOL測定による肺癌領域の主な業績
8.小型肺癌に対する区域切除 <岡田守人>…238
縮小手術とは 縮小手術の優位性 縮小手術の適応
縮小手術の妥当性
9.肺癌に対する分子標的治療薬の開発の現状 <小暮啓人 山本信之>…244
エルロチニブ(Tarceva ) ZD6474 セツキシマブ(Erbitux )
ベバシツマブ(Avastin )
索引…250