異常気象への認識が高まり,環境への関心が一層強くなっている.地球全体で取り組むべき問題としては,一言で「地球の温暖化」が挙げられ,早急な対応の必要性が叫ばれている.しかし,人類の習性なのか,個々の持つ影響が小さくその集積によって起こる事象には,自分達も関与していることを容易に自覚することができない.このような抽象的で,個人個人で何をするべきか明らかでない事象に比べると,喫煙の健康への悪影響は誰もが認めるところであり,非常に具体的である.喫煙と悪性腫瘍との関連性は言うに及ばず,今後の高齢者社会で一層問題となる慢性閉塞性肺疾患(COPD)では発症の原因として位置付けられるものである.さらに最近の疫学調査で,国民のおよそ1千万人が罹患していると推定される気管支喘息においても,とくに吸入ステロイド薬の効果を抑制することが確定し,たとえ副流煙であっても同じ様に作用することから,喫煙の完全回避が勧告されている.まず身近な環境整備は,禁煙にありということになる.また2006年度から問題となっているアスベスト汚染,薬剤性肺障害,鳥インフルエンザなども引き続き取り組むべき問題として位置付けられる.基礎研究の分野では,再生医療につながる幹細胞の研究,免疫担当細胞である樹状細胞,T細胞,なかでも制御性T細胞,好酸球などの研究,各種サイトカインをめぐる研究の成果などが今後の呼吸器病学の臨床にどのように関与してくるのか大変興味深い.このような流れをつかむ内容で,Annual Review 2007は企画されている.その他今日的な話題として,疾患責任遺伝子の同定に関する成功例である肺胞微石症,今後さらに問題となることが予測される放射性肺臓炎,肺の線維化と発癌の関連性,COPDや肺高血圧症の治療効果の判定法,画像診断法の進歩,院内感染に対する遺伝子解析の応用などが取り上げられている.治療面では,新たな薬剤としての吸入ステロイド薬と長時間作用性β2-刺激薬の合剤,古くて新しいマクロライドの作用機序,耐性菌による肺炎への対応,予後の改善が望まれる急性肺傷害の呼吸管理,臨床におけるプロテオミクスの応用,肺癌の治療をめぐる話題,我が国の肺移植の実状,医療安全の面から見た呼吸器診療など多岐にわたっている.つまり,話題が尽きないくらい多くの進歩が日進月歩で重ねられていることを実感する.
 本誌を通じて,呼吸器における各分野の現状,進歩,そして今後の動向に関する理解が深められ,呼吸器病学が魅力ある学術的および臨床的分野として認識されることの一助となることを切望する次第である.
 最後に,多忙な中で素晴らしい原稿をご執筆された著者の皆様への敬意と感謝,本誌の出版に尽力された青木 滋社長と編集担当の荻野邦義氏と稲垣義夫氏をはじめ関係各位にも感謝の意を表し,序とさせていただきたい.

2007年1月
編集者一同



[編集者]

工藤翔二  土屋了介  金沢 実  大田 健

[著者]

辻 浩一郎  土肥 眞   八木淳二
植木重治   足立哲也   大田 健
岩本逸夫   善本隆之   水江由佳
西平 順   吾妻安良太  後藤英介
津守香里   興梠博次   工藤宏一郎
加藤康幸   斎藤圭子   高久洋太郎
永田 真   南方良章   一ノ瀬正和
萩原弘一   長瀬洋之   大田 健
佐藤賢文   松岡雅雄   弦間昭彦
井内康輝   福田 健   山縣俊之
巽 浩一郎  中西宣文   石原圭一
森 清志   岸本卓巳   泉川公一
河野 茂   木村輝明   足立 満
滝澤 始   吉田耕一郎  二木芳人
藤島清太郎  宮木 大   下重美紀
本田一文   尾野雅哉   山田哲司
藤原 豊   田村友秀   田中文啓
長谷川誠紀  岡田克典   近藤 丘
押田茂實   勝又純俊   岩上悦子


目次

I.呼吸器系の生物学
 1.幹細胞を用いた再生医療の現状と展望 〈辻 浩一郎〉
    組織幹細胞  胚性幹細胞(ES細胞)
 2.樹状細胞と呼吸器疾患 〈土肥 眞〉
    肺とDCs  気管支喘息とDCs  COPDとDCs  肺悪性腫瘍とDCs
 3.T細胞の活性化機構 〈八木淳二〉
    免疫シナプスとT細胞シグナル伝達系  負の活性化シグナル
    補助刺激シグナル分子
 4.好酸球の活性化機構 〈植木重治 足立哲也 大田 健〉
    好酸球の機能的活性化のメカニズムにおける新知見
    新規に同定された好酸球活性化調節分子  トピックス
 5.制御性T細胞の喘息における役割 〈岩本逸夫〉
    アレルギー性気道炎症におけるTh 2細胞の役割  CD4陽性制御性T細胞性状
    喘息における制御性T細胞の役割
    気道粘膜の免疫寛容における制御性T細胞の役割
    制御性T細胞と樹状細胞との相互作用
    アレルゲン特異的免疫療法(減感作療法)と制御性T細胞
 6.IL-23をめぐって 〈善本隆之〉
    IL-6/IL-12サイトカインファミリー  メモリーCD4+T細胞の活性化と維持
    感染防御における役割  自己免疫病発症への関与
    炎症性サイトカインIL-17を産生する新しいTh17細胞集団
    Th17細胞分化の分子機構  新しいTh分化の対称軸: Treg vs Th17
    IL-23による炎症と発癌
 7.マクロファージ遊走阻止因子(MIF)の生物学的機能 〈水江由佳 西平 順〉
    MIFの基礎  気管支喘息とMIF
 8.インターフェロンγ−特発性肺線維症治療における最近の知見− 〈吾妻安良太〉
    IPFにおけるTh1/Th2サイトカイン
    線維化病態におけるIFN-γとTGF-βの役割  IFN-γの臨床試験について
 9.SCIDマウスと疾患モデル 〈後藤英介 津守香里 興梠博次〉
    自己免疫疾患とSCID-Hu-PBLモデル
    human bronchial xeno-graftとSCIDマウス
    SCIDマウスを用いたT cell homingの解析  anti-cancer drugの開発

II.疾患の病因と病態
 1.高病原性鳥インフルエンザとパンデミック 〈工藤宏一郎 加藤康幸〉
    高病原性鳥インフルエンザ  パンデミックとその対策
 2.喘息におけるTh 2サイトカイン 〈斎藤圭子 高久洋太郎 永田 真〉
    気管支喘息の病態における主要Th 2サイトカインの意義
    CD8陽性T細胞とTh 2サイトカイン
    Th 2サイトカインの選択的中和による喘息治療のアプローチ
 3.COPDの病態 〈南方良章 一ノ瀬正和〉
    病理学的特徴  炎症細胞  酸化・窒素化ストレス  プロテアーゼ
 4.肺胞微石症疾患遺伝子の同定 〈萩原弘一〉
    ホモ接合指紋法  肺胞微石症責任遺伝子の同定
    SLC34A2機能と肺胞微石症発症メカニズム
 5.放射線肺障害の分子病態 〈長瀬洋之 大田 健〉
    放射線肺障害モデルにおける分子病態
    放射線肺障害モデルの種差から示唆される放射線肺障害の責任分子
    ケモカインの関与 増殖因子の関与と増殖因子を標的とした治療戦略
 6.HTLV-I感染症とHTLV-I関連肺疾患 〈佐藤賢文 松岡雅雄〉
    HTLV-Iの増殖形式  HTLV-I関連肺疾患
 7.肺の線維化と発癌 〈弦間昭彦〉
    間質性肺疾患と肺癌の関係
    肺線維症における発癌メカニズムの分子生物学的検討
 8.アスベストと呼吸器疾患 〈井内康輝〉
    中皮腫の発生要因  アスベストによる中皮腫の発生機序
    中皮腫における分子・遺伝子レベルの異常
    アスベスト曝露による肺がんの発生

III.診断の進歩
 1.気道リモデリングの臨床的評価 〈福田 健〉
    気道リモデリングの評価法  呼吸機能検査による評価法
    喀痰,呼気凝縮液,血清中のリモデリング関連物質を測定する方法
    胸部CTによる評価
 2.COPDの治療効果判定 〈山縣俊之〉
    生理学的指標によるCOPDの診断  COPDとエアートラッピング
    生理学的指標によるCOPDの治療効果判定
 3.薬剤性肺障害の診断・治療ガイドライン 〈巽 浩一郎〉
    薬剤性肺障害: 近年の動向  薬剤性肺障害の診断  薬剤性肺障害の発症機序
    薬剤性肺障害の病態  薬剤性肺障害の治療
 4.肺高血圧症の治療効果判定 〈中西宣文〉
    生命予後  生理学的指標  生化学的指標(バイオケミカルマーカー)
 5.分子画像の現状と呼吸器領域への応用 〈石原圭一〉
    11C-choline(CCH)  11C-acetate(AC)
    11C-methionine(MET)  18F-fluorothymidine(FLT)
 6.結節性肺病変の画像診断の進歩 〈森 清志〉
    画像診断検査
 7.悪性中皮腫の診断 〈岸本卓巳〉
    中皮腫の成因  臨床所見の特徴  臨床診断の進歩  病理診断の進歩
 8.細菌感染症における遺伝子解析と院内感染対策への応用 〈泉川公一 河野 茂〉
    細菌感染症における遺伝子解析  遺伝子解析の院内感染への応用

IV.治療の進歩
 1.吸入ステロイドと吸入β2刺激薬の合剤をめぐって 〈木村輝明 足立 満〉
    気管支喘息に対する有用性  慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対する有用性
 2.マクロライドと転写因子調節 〈滝澤 始〉
    マクロライド薬が有効な疾患や病態に共通する標的分子
    抗炎症作用の主体は転写因子の抑制にある
    機序解明と抗菌作用のない化合物開発のための新しいアプローチ
 3.市中肺炎起因菌耐性化への対応 〈吉田耕一郎 二木芳人〉
    市中肺炎原因菌の耐性化傾向  耐性菌をふまえた市中肺炎の治療計画
    耐性菌を助長しない抗菌薬使用の工夫
 4.ALI/ARDSの呼吸管理 〈藤島清太郎 宮木 大〉
    肺保護戦略  その他の人工呼吸管理
 5.プロテオミクスの臨床応用への期待 〈下重美紀 本田一文 尾野雅哉 山田哲司〉
    質量分析によるタンパク質発現解析方法
    機械学習法によるバイオマーカー検索  血液バイオマーカー検索
    臨床検査への応用
 6.わが国における肺癌臨床試験の現状 〈藤原 豊 田村友秀〉
    非小細胞肺癌  小細胞肺癌
 7.術後化学療法 〈田中文啓 長谷川誠紀〉
    非小細胞肺癌手術補助療法に関するコンセンサス−2003年以前
    非小細胞肺癌手術補助化学療法に関する最近の知見とパラダイムシフト
    術後補助化学療法をどのように行うのか?
 8.我が国の肺移植 〈岡田克典 近藤 丘〉
    世界の脳死肺移植の現状  我が国における肺移植の現状
 9.呼吸器診療と医療安全 〈押田茂實 勝又純俊 岩上悦子〉
    医療事故とリスクマネジメント  最近のリスクマネジメント
    医療事故とビデオ・再現ドラマ  医療機関のリスク管理と安全管理
    呼吸管理と判決

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