今回から,新たに私ども4人が伝統ある「Annual Review 呼吸器」の編集を担当させて頂だくことになった.まことに身の引き締まる思いである.「Annual Review呼吸器」は,呼吸器科医にとって必見の書というべき,呼吸器病学をめぐる最もホットなテーマをレビューしてくれる,わが国で唯一のYear Bookだからである.過去10年の長きにわたって編集を担当され,このような書籍にまで育てられた前任の太田保世,諏訪邦夫,堀江孝至,吉村博邦先生のご努力に,心から敬意を表したい.

 今日,呼吸器病学が網羅する内容は,その幅はさらに広く,奥行きはますます深いものになっている.アメリカ胸部疾患学会(ATS)のただ一つの学会誌であったAm J Respir Disが,数年前にAm J Respir and Critical Care Med とAm J Respir Cell and Molecular Biologyの二つに分化したことは,こうした呼吸器病学を取り巻く状況の変化を端的に示している.そのような背景を背負って,この「Annual Review呼吸器」をどのように編集するか,まことに重い課題ではある.

 本書「Annual Review呼吸器 1996」では,今日の呼吸器病学に関わる広範な内容を,呼吸器系の生物学,疾患の病因と病態,診断の進歩,治療の進歩の4つのセクションに分けて,それぞれ最もホットなテーマについて執筆をお願いすることとした.これは,疾患領域によって章を立てるよりも,相互に関連している生物学や病因・病態の深奥を,よりわかりやすく理解していただけると判断したからである.依頼から短時間にもかかわらず,多忙な中で32篇もの玉稿を寄せていただいた執筆者各位に深謝したい.このような新しい試みによった本書が,これまでと同様に読者の方々の臨床と研究に役立てば,編集者として望外の幸せであり,同時に中外医学社の青木三千雄社長,担当の萩野邦義氏の願いでもあると信じている.

1995年12月

編集者一同","

工藤翔二  土屋了介  金沢 実  大田 健 編集

著者

松原信行  貫和敏博  倉島一喜  松島綱治  柳原行義  

須加原一博 山内広平  吾妻安良太 工藤翔二  小林紘一  

大田 健  星野映治  瀬山邦明  安藤正幸  江石義信  

佐藤篤彦  早川啓史  山口惠三  堤 寛   小場弘之  

近藤一男  金子昌弘  小野良祐  村田 朗  大角光彦  

青柳昭雄  川城丈夫  久米 充  須藤守夫  田村 弦  

滝沢 始  渡辺一功  磯沼 弘  安岡 彰  有吉 寛  

杉浦孝彦  佐々木康鋼 福岡正博  一瀬幸人  永井完治  

三好新一郎 内藤泰顯

目次

I.呼吸器系の生物学

1.細胞内刺激伝達系をめぐって〈松原信行 貫和敏博〉 1

細胞間および細胞内刺激伝達の方法 今後の動向

2.IL-8をめぐって 〈倉島一喜 松島綱治〉 9

IL-8とケモカイン IL-8と呼吸器疾患との関連

3.IgE産生の調節機構―最近の進歩 〈柳原行義〉 15

Th細胞サブセットの分化とその機能 IgE産生の誘導に関与する細胞間相互作用 germline Cε mRNAの発現とIgEクラススイッチ IgE産生の誘導に関与する各種刺激IgE産生の制御因子

4.肺胞II型上皮細胞をめぐる研究の動向 〈須加原一博〉 15

肺胞II型上皮細胞の増殖と分化 肺サーファクタント・アポ蛋白質 肺胞上皮細胞のイオン トランスポート

5.細胞外マトリックス:肺細胞との相互応答とその調節 〈山内広平〉 36

細胞外マトリックス(ECM) 蛋白 細胞外マトリックス蛋白の分子集合と基底膜 サイトカインによる細胞外マトリックスの調節 インデグリンレセプターとシグナル伝達細胞外マトリックス分解酵素群とそのインヒビター アポトーシスと細胞外マトリックス 肺の線維化と細胞外マトリックス

6.アポトーシス 〈吾妻安良太 工藤翔二〉 51

アポトーシスの概念 呼吸器症患とアポトーシス

7.人工酸素運搬体(人工赤血球) 〈小林紘一〉 60

人工酸素運搬体の開発の背景 第二世代の人工酸素運搬体 第三世代の人工酸素運搬体 第一世代のPerfluorocarbon乳剤

II.疾患の病因と病態

1.気道上皮細胞の気管支喘息における役割 〈大田 健〉 67

気道上皮の構造 気道上皮細胞の機能 喘息の病態―気道の炎症と気道過敏性 喘息における気道上皮の役割

2.気管支喘息における呼吸機能の日内変動 〈星野映治〉 74

ピークフローの日内変動の大きさ 健常者のピークフローの内因性日内リズム周期 気道過敏性の日内変動 気道炎症所見の日内変動 アレルギー疾患治療ガイドラインに記されたピークフロー,一秒量の位置づけ

3.CFTR―cystic fibrosisとDPB 〈瀬山邦明〉 79

CF呼吸器障害とDPBの臨床像および病態の類似性 嚢胞性線維症の病因:CFTR DPBにおけるCFTR

4.慢性過敏性肺臓炎 〈安藤正幸〉 88

慢性過敏性肺臓炎の概念 慢性過敏性肺臓炎の発症機序・病態 慢性過敏性肺臓炎の臨床像の特徴 慢性過敏性肺臓炎の診断 治療と予後

5.サルコイドーシスの病因とP.acnes 〈江石義信〉 96

サ症病変部からのP.acnesの分離・同定 P.acnesとは P.acnesの体内分布 P.acnes感染抗体価と皮内反応 サ症患者のリンパ球のP.acnesに対する反応性 P.acnesによる実験的肺肉芽腫症 サ症変部における菌体成分とP.acnesとの関連 内因性感染症としてのサルコイドーシス

6.RAにおける呼吸器病変〈佐藤篤彦 早川啓史〉 104

RAの固有肺病変 薬剤性肺障害

7.MRSA感染症の発生メカニズムと脱却のストラテジー〈山口惠三〉 110

MRSAの臨床細菌学 MRSA感染症の臨床像と発症の背景 脱却のストラテジー

8.肺小細胞癌の免疫組織化学的解析〈堤 寛〉 117

神経内分泌マーカー 肺小細胞癌と薬剤抵抗性 肺小細胞癌における癌遺伝子産物の発現

 大細胞性神経内分泌癌

III.診断の進歩

1.肺の小葉構造とCT診断〈小場弘之〉 126

肺小葉構造の解剖学的解析 CT診断における小葉

2.肺癌の早期発見ヘリカルCTの利用〈近藤一男 金子昌弘〉 132

肺癌集団検診の有効性 肺癌集団検診の限界 ヘリカル CT検診の歴史 ヘリカルCT検診の現状 ヘリカル CT検診の問題点 ヘリカルCT検診の展望

3.気管支内超音波診断〈小野良祐〉 139

超音波診断装置の歴史的経過 超音波内視鏡診断 呼吸器における超音波診断 超音波気管支鏡の開発過程 超音波気管支鏡診断装置 超音波気管支鏡の診断方法

4.肺音の発生メカニズムと生理学的意義〈村田 朗 工藤翔二〉 145

肺音研究の最近の動向 胸郭内の音響伝播の性質 呼吸音の発生メカニズムと生理学的意義 副雑音の発生メカニズム生理学的意義

5.抗酸菌感染症の遺伝子診断〈大角光彦 青柳昭雄 川城丈夫〉 154

核酸の相同性を利用した迅速同定法 核酸増幅法によって検体から直接抗酸菌の核酸を検出同定する方法 薬剤耐性に関する遺伝子学的検査法 RFLP

6.内臓真菌症の血清学的診断〈久米 充〉 162

アスペルギルス症(ア症) カンジダ症 クリプトコックス症(ク症)

IV.治療の進歩

1.喘息死〈須藤守夫〉 169

本邦における喘息死 β刺激薬と喘息死 本邦における喘息死の実態調査 救急医療と喘息 喘息死に関する最近の国外文献より 喘息死の病理所見 喘息死の対策

2.気管支喘息治療における抗アレルギー薬の位置づけ〈田村 弦〉 177

アレルギー反応のメカニズム 新しい抗アレルギー薬

3.14員環系マクロライド抗生物質の抗炎症作用〈滝沢 始〉 184

EMの慢性気道疾患における有効性 EM療法の作用機序 EMの新しい治療応用とその作用機序 今後の方向性

4.呼吸器真菌感染症治療薬の薬効と使い分け〈渡辺一功 磯沼 弘〉 192

呼吸器真菌感染症の診断 呼吸器真菌感染症の治療

5.カリニ肺炎の治療〈安岡 彰〉 200

カリニ肺炎の治療薬 カリニ肺炎の治療方法の進歩 発症予防法

6.抗癌剤の開発〈有吉 寛 杉浦孝彦〉 209

抗癌化学療法の現状と新抗癌剤 注目すべき新抗癌剤

7.抗癌剤の臨床薬理学〈佐々木康鋼〉 217

肺癌―呼吸器病学と腫学の狭間 抗癌剤の臨床薬理学の基本的考え方 第一相試験における臨床薬理学の応用 抗癌剤の薬物相互作用 個別化された抗癌剤投与を目指した薬理学的研究

8.CRT-11による肺癌の治療〈福岡正博〉 223

CRT-11の作用機序 CRT-11の第I相臨床試験 CRT-11の単剤の効果 CRT-11の併用療法

CRT-11の副作用対策

9.癌性胸膜炎の治療〈一瀬幸人〉 230

診断 治療法 今後の問題点

10.テレビ胸腔鏡による肺癌の手術〈永井完治〉 237

胸腔鏡手術の動向 胸腔鏡手術の適応疾患 肺癌に対する胸腔鏡手術 胸腔鏡による肺癌手術の問題点

11.米における肺移植の現状〈三好新一郎 内藤泰顯〉 243

適応疾患 拒絶反応 予後 肺移植患者における術後 死亡

索引 252