序
医学の進歩の最終的な目的は疾患の治療であり,さらには予防であるが,その道程において,臓器の生物学を理解し,病因を究明し,病態を明らかにすることが必要である.本書の構成はこのような道程に沿って,呼吸器の生物学,疾患の病因と病態,診断の進歩,治療の進歩,の項に分けられている.これらの道程は必ずしも一方向の直線的なものではなく,時には逆に進むことも飛び越えることも必要であり,相互に補完しあいながら最終目的である治療および予防へと向かうのである.ある疾患に関して,この書の各項の命題が項目の枠を越えて統一された時に初めてその疾患の治療なり予防が解決されるといえる.しかしながら,現時点では本書「Annual Review 呼吸器 1997」の各項目を見ると未だ目的への道程の途次にある疾患が如何に多いかが判る.
呼吸器疾患は循環器疾患,消化器疾患とならぶ患者の数の多い疾患群であるが,生理機能および病態生理と形態の結びつきが他の疾患群に比較して弱い感があった.しかしながら,近年,分子生物学,生物物理学,遺伝子学,超微形態学,免疫組織学jなどの手法を用いることによって生理と病態との距離との互いの距離が近くなってきた.本書の各項目はそれぞれが生理と形態との距離と共に基礎と臨床との距離も縮めたものといえる.生物学や病因と病態の理解が臨床に役立つと同様に,臨床からの資料や情報の提供が基礎研究にとって欠かせないものである.機能的疾患や瀰慢性疾患における生体からの気管支肺胞洗滌液や末梢肺の生検組織材料の採取は最も良い例である.
専ら臨床に従事する医師であっても疾患の因って来る病因と病態を正しく理解しておくことが求められることはいうまでもない.また,専ら医学の基礎研究に従事する研究者も臨床の現場を充分に理解する必要があることも論を待たない.
本書がこのような基礎と臨床との相互理解と疾患の治療と予防に役立つことが編集者一同の願いであり,そのことによって,本書の発行にご尽力いただいた中外医学社の青木三千雄社長,担当の荻野邦義氏への御礼とさせていただきたいと存じます.また,時間の制約が激しい中をご協力いただいた執筆者各位に感謝いたします.
1996年12月
編集者一同
工藤翔二 土屋了介 金沢 実 大田 健 編集
著者
木田厚瑞 桂 秀樹 山城義弘 森 憲二 佐久間勉
藤村重文 小室 巌 赤川清子 垣内史堂 石井芳樹
北村 諭 大石展也 西尾誠人 西條長宏 別役智子
鳥潟親雄 田坂定智 金沢 実 福田 悠 蓮沼紀一
深山正久 高木啓吾 秋山一男 河野修興 岸本卓巳
中田 光 田中直彦 小林寿光 五味渕誠 安光 勉
中川勝裕 黒川良望 長谷川直樹 石坂彰敏 後藤 元
倉島篤行 石岡伸一 上岡 博 土屋了介 菊池功次
小林紘一
目 次
I.呼吸器系の生物学
1.ヒト,実験動物における肺の成長と発育―臨床と基礎研究の接点― 〈木田厚瑞 桂 秀樹〉 1
研究の歴史 胎生期における肺の成長(fetal lung growth) 生下後の肺の成長(postnatal lung growth) 分子生物学との接点の研究 基礎研究と臨床研究の接点
2.呼吸調節をめぐる研究の進歩 〈山城義弘 森 憲二〉 12
呼吸のリズム形成と呼吸のパターンの変化 末梢化学受容体 高地順化と化学感受性変化 呼吸困難でのヒトでの成績 運動時換気亢進の機序
3.気道上皮細胞のイオン輸送 〈佐久間勉 藤村重文〉 20
測定方法の進歩 肺胞水分クリアランスの調節 水チャンネル 傷害肺におけるナトリウムイオン輸送と肺胞水分クリアランス
4.肺胞マクロファージの機能と役割 〈小室 巌 赤川清子〉 29
A-Mφの分化異常と肺胞蛋白症 A-Mφの機能異常とその機能に関連した呼吸器疾患
5.肺の抗原提供細胞 〈垣内史堂〉 39
抗原提供細胞 呼吸器における抗原提供細胞 呼吸器における抗原提供の制御 問題点など
6.細胞接着と炎症反応制御 〈石井芳樹 北村 諭〉 47
白血球と血管内皮細胞の接着経路 白血球のmigrationと接着分子 接着分子を介した細胞間シグナル伝達 細胞外マトリックスからのシグナル 接着分子関連物質による炎症の制御 接着阻害療法の問題点
7.アラキドン酸カスケードをめぐる話題 〈大石展也〉 60
細胞質ホスホリパーゼA2(cPLA2) シクロオキシゲナーゼ-1(COX-1)と-2(COX-2) 5―リポキシゲナーゼ(5LO)と5―リポキシゲナーゼ活性化蛋白質(FLAP) LTA4水解酵素(LTAH) LTC4合成酵素(LTCS) プロスタグランジン(PG)受容体
8.抗癌剤多剤耐性のメカニズム 〈西尾誠人 西條長宏〉 81
P-糖蛋白の関与しない多剤耐性: multidrug resistance associated protein(MRP) Glutathione(GSH)による細胞内解毒機構 DNA修復,傷害DNAに結合する核内蛋白
II.疾患の病因と病態
1.肺気腫とエラスターゼ・アンチエラスターゼ不均衡 〈別役智子〉 88
エラスターゼに関する研究の進歩 アンチエラスターゼに関する研究の進歩 エラスチンに関する研究 今後の展望
2.先天性線毛機能異常 〈鳥潟親雄〉 94
歴史 臨床 診断 疾患モデル動物,動物例
3.急性肺損傷と炎症細胞のプライミング 〈田坂定智 金沢 実〉 100
プライミングの概念と定義 細胞レベルでのプライミング 個体レベルでのプライミング 炎症細胞のプライミングの機序 実際の病態との関連 プライミング抑制の試み
4.間質性肺疾患における肺胞構造改築: 電顕と免疫組織化学 〈福田 悠〉 110
肺胞構造改築のメカニズム 膠原病,粉塵曝露,薬物傷害などによる二次的IP
5.肺高血圧症の病因と病態 〈蓮沼紀一〉 117
肺高血圧と血管作動物質 HIV感染と肺高血圧
6.膿胸関連リンパ腫とEBウイルス 〈深山正久〉 124
膿胸関連リンパ腫の臨床・病理像 膿胸関連リンパ腫とEBウイルス 膿胸関連リンパ腫の特異性 膿胸関連リンパ腫の発生機構 発生機構から臨床へ
7.胸膜中皮腫の病因・病態と治療の展望 〈高木啓吾〉 132
限局型胸膜中皮腫 びまん型胸膜中皮腫
III.診断の進歩
1.気道過敏性の評価とその比較 〈秋山一男〉 139
気道過敏性は全て気道の炎症が原因か? 非特異的気道過敏性とは気管支平滑筋収縮物質特異的気道過敏性である 気道過敏性からみた治療薬の評価
2.間質性肺炎の活動性と生化学マーカー 〈河野修興〉 146
肺線維化の過程 肺局所で産生される生理活性物質 間質性肺炎の血清マーカー
3.石綿による呼吸器系疾患の診断 〈岸本卓巳〉 153
悪性胸膜中皮腫 石綿肺癌 石綿肺 良性石綿胸水 円形無気肺 びまん性胸膜肥厚斑
4.気管支肺胞洗浄法による呼吸器疾患の診断と病態解析 〈中田 光 田中直彦〉 162
AIDSに合併する呼吸器感染症のBAL 機械呼吸時の院内感染の診断 肺移植及び骨髄移植とBAL 気管支喘息・COPDの病態解明とBAL
5.ファイバースコープから電子内視鏡へ 〈小林寿光〉 169
電子内視鏡の原理 電子消化器内視鏡の開発 電子消化器内視鏡の最近のトピックス 電子気管支鏡の開発 電子気管支鏡の現状 電子気管支鏡をめぐる最近の動き 気管支鏡の今後
6.肺切除における術前心肺機能評価 〈五味渕誠〉 177
肺切除術による心肺機能の変化 心肺機能と手術適応
7.肺癌診療における縦隔鏡の役割 〈安光 勉 中川勝裕〉 185
病期診断に対する役割 肺切除術中縦隔郭清における役割 予後評価に対する役割 手術適応に対する役割 縦隔鏡結果を用いた臨床研究への役割
IV.治療の進歩
1.肺気腫の外科治療 〈黒川良望〉 193
胸腔鏡手術 開胸両側手術 胸腔鏡法と胸骨正中切開法の比較 手術成績と効果 手術適応 移植との比較 問題点と課題
2.SIRSの病態と治療 〈長谷川直樹 石坂彰敏 金沢 実〉 201
SIRSの概念 侵襲後,臓器不全へ至る機序 臓器不全発症の危険信号(warning sign)としてのSIRS SIRSを取り入れた臨床試験 重症化するSIRSをいかにとらえるか SIRSに対する治療戦略
3.呼吸器感染症に対する抗菌薬の最近の動向 〈後藤 元〉 214
セフェム系抗生物質 カルバペネム系抗生物質 その他のβ-ラクタム系抗生物質 マクロライド系抗生物質
4.非定型抗酸菌症の薬物療法 〈倉島篤行〉 223
わが国の実態 遺伝子工学の進歩が与えた影響 HIV感染症蔓延と抗酸菌症の広がり 非定型抗酸菌症治療の新しい動き
5.間質性肺炎のステロイド療法とその限界 〈石岡伸一〉 228
IIPの概念 病態からみたIIPの治療 ステロイドの作用メカニズム わが国での治療成績 海外での治療成績 IIPの治療方針 NCIP(nonclassifiable interstitial pneumonia)の概念 今後の展望
6.化学療法における非交叉耐性交代療法の理論と肺癌への応用 〈上岡 博〉 235
非交叉耐性交代療法の理論 肺小細胞癌における非交叉耐性交代療法
7.肺癌に対する拡大手術の適応 〈土屋了介〉 244
標準的手術の切除成績 拡大手術 拡大郭清 手術適応と外科の進歩
8.気道狭窄に対するstentとT tube 〈菊池功次 小林紘一〉 250
シリコンTチューブ Dumon stent Dynamic stent self expandable metallic stent
索 引 255