医学の世界においても,他の分野と同様情報化の波が押し寄せ,インターネットの普及・充実もあって,年々その状況はエスカレートしている.このような情報化社会において,限られた時間に最新の情報を吸収していくことは,容易なことではない.本書は,1986年以来毎年,その時点で重要と考えられたり,新たな発展が認められている話題を取り上げ,それぞれの話題にふさわしいその分野のエキスパートに最新の知見を中心にしたレビューということで原稿を依頼し発刊されてきた.したがって,注目を集めている話題が最新のキーワードとともに網羅され,大きな流れの中で捉えられるので,読者が個々の論文から得る断片的な知識をより整理した形で頭脳に入力(インプット)するには,最適の内容だと考えられる.読者の中には,筆者が述べている個々の論文の解釈や位置付けに異論を唱えたい人も出てくるのであろう.これこそ,このようなレビュー紙の重要な役割であり,筆者の1つの考え方を提示することにより,それを叩き台として多くの人が自らの頭脳で考え始め,結論が例え筆者と同一の考え方におさまっても,その時点での結論は読者の考え方として吸収され,次の段階の新たな創造へと結びつく可能性が生まれるのである.

 本書は,基礎から臨床まで広い視野に立って項目を選定しているので,どのような立場で仕事をしている読者の方にも,必ず自分の興味を引く話題が見つかるであろう.またこれまで余り掘り下げていない分野に意外と興味深い話題があることに気付くきかっけになることも期待される.本書が各読者の方々それぞれの専門分野のみならず呼吸器全体にわたる最新の情報源として活用され,すさまじい数の情報の整理に少しでも寄与し,さらに新しい発想へと結びつくことを編集者一同の願いとするところである.

 ご多忙中のところ35編もの玉稿をお寄せいただいた各執筆者の先生方に心から感謝申し上げる.また青木三千雄社長,編集担当の荻野邦義氏他,中外医学社の皆様のお力によって本書が発刊できたことにお礼を申し上げたい.

1998年12月

編集者一同

工藤翔二 土屋了介 金沢 実 大田 健 編集

著者

森 晶夫 臼井一裕 貫和敏博 木村元子 中山俊憲

寺嶋 毅 平井浩一 長瀬隆英 杉浦久敏 一ノ瀬正和

白土邦男 福田 悠 小野眞弓 桑野信彦 大田 健

石原傳幸 菅 守隆 石岡伸一 慶長直人 森田 寛

石橋正義 亀谷 徹 内山巌雄 平潟洋一 河野 茂

杉山公美弥 福田 健 山口佳寿博 青柴和徹 永井厚志

吉澤靖之 光冨徹哉 小林寿光 中山富雄 渡辺 彰

深山牧子 勝沼俊雄 斎藤博久 中西宣文 高崎雄司

金子泰之 伊藤永喜 岡 慎一 野守裕明 岡本浩明

渡辺古志郎 田中紀章 藤原俊義

呼吸器1999 目 次

I.呼吸器系の生物学

 1.遺伝子発現の調節機構  <森 晶夫>  1

遺伝子発現  サイトカイン遺伝子の発現調節  サイトカイン遺伝子発現調節による治療

 2.呼吸器疾患における遺伝子異常  <臼井一裕 貫和敏博>  9

嚢胞性線維症  α1 antitrypsin欠損症  先天性肺胞蛋白症  

肺血栓塞栓症  家族性非定型抗酸菌症  先天性免疫不全症  その他

 3.T細胞のシグナル伝達機構−Th1・Th2細胞の分化と細胞内シグナル伝達−

   <木村元子 中山俊憲>  14

Th2細胞とI型アレルギー  Th1・Th2細胞への分化に関わる分子  T細胞レセプターを介するシグナル伝達  サイトカインレセプターを介するシグナル伝達

 4.好中球の肺内動態  <寺嶋 毅>  23

肺毛細血管内の好中球の集積  好中球の肺血管内皮細胞への接着と血管外へのmigration

 5.アレルギー性炎症細胞とケモカイン  <平井浩一>  36

ケモカインとケモカイン受容体  好酸球,好塩基球とケモカイン  アレルギー性炎症とエオタキシン/CCR3  気道アレルギーにおけるエオタキシンの発現

 6.喘息におけるPAFの役割  <長瀬隆英>  43

PAFの生合成,作用機序について  喘息とPAFに関する臨床的研究の進歩  喘息とPAFに関する基礎的研究の進歩

 7.気道炎症とNO  <杉浦久敏 一ノ瀬正和 白土邦男>  48

肺におけるNOの産生と生理的作用  肺疾患とNO

 8.筋線維芽細胞  <福田 悠>  57

筋線維芽細胞の形態的な特徴  筋線維芽細胞の機能  肺における筋線維芽細胞

 9.癌の伸展と血管新生  <小野眞弓 桑野信彦>  68

腫瘍血管新生は正(促進)と負(抑制)の因子のバランスのもとに制御されている  癌の転移と予後−MMPを標的にした血管新生阻害剤の開発−  癌の兵糧攻め−血管新生阻害剤の開発

II.疾患の病因と病態

 1.呼吸器疾患とアポトーシス  <大田 健>  76

アポトーシスの特徴  呼吸器疾患とアポトーシス

 2.呼吸筋疲労の研究動向とその病理学的裏づけ  <石原傳幸>  84

研究の動向  神経筋疾患の立場からみた呼吸不全

 3.間質性肺炎におけるマクロファージの役割  <菅 守隆>  89

単球/マクロファージの遊走機序  フリーラジカル  リモデリング  Mφとサイトカインネットワーク

 4.分類不能な間質性肺炎(NSIP)  <石岡伸一>  99

NSIPの概念  NSIPの臨床所見  NSIPの治療・予後

 5.びまん性汎細気管支炎の遺伝的背景  <慶長直人>  103

多因子疾患の遺伝要因研究の困難点  DPBの遺伝要因解明のための方法論と最近の研究

 6.ステロイド抵抗性喘息の病態  <森田 寛>  112

ステロイド抵抗性喘息とは  ステロイド抵抗性の機序  ステロイド抵抗性に影響を与える因子  ステロイド抵抗性喘息に対する治療

 7.肺の虚血再灌流傷害−特に再灌流による遠隔肺損傷について−  <石橋正義>  118

虚血再灌流による遠隔肺損傷  遠隔肺損傷と好中球の肺間質・肺胞内への遊走  好中球の肺血管外遊走とヒアルロン酸fragment

 8.神経内分泌分化を示す肺腫瘍  <亀谷 徹>  126

神経内分泌臓器としての肺  gastrin releasing peptide(GRP)  NCAMと神経内分泌性腫瘍  腫瘍随伴神経性症候群と小細胞癌  カルチノイドのMEN1遺伝子異常  大細胞性神経内分泌癌

 9.大気中微粒子の呼吸器への影響  <内山巌雄>  133

大気中微粒子とは  大気中微粒子と死亡率および呼吸器症状との関連  DEPと肺癌との関係  DEPと喘息様病態の発現との関連  DEPとスギ花粉症との関連

III.診断の進歩

 1.肺炎原因菌の遺伝子診断法  <平潟洋一 河野 茂>  140

好酸菌感染症の遺伝子診断  レジオネラ肺炎の遺伝子診断  

真菌症の遺伝子診断  その他の肺炎の原因菌病原体の遺伝子診断

 2.気道炎症の評価法  <杉山公美弥 福田 健>  150

気道より得られる情報  血液から得られる情報  理学・生理学的所見からの推察

 3.肺気腫のCT診断  <山口佳寿博>  159

CT視覚法のための最適撮影条件  CT肺密度法における諸指標の意義  CT肺密度法における諸指標の正常値とその限界値  CTによる気腫病変の検出とその臨床応用  今後の展望−ヘリカルCTによる気腫容積の評価

 4.慢性気管支炎の概念と診断をめぐって  <青柴和徹 永井厚志>  172

慢性気管支炎の分類と定義に関する問題点  慢性気管支炎の新たな分類案  慢性気管支炎における気道炎症所見  慢性気管支炎における素因の検討

 5.ANCAの診断的意義  <吉澤靖之>  180

ANCAとは?  ANCAの作用メカニズム  ANCAの臨床的意義  ANCA測定の感受性と特異性  ANCAと肺病変

 6.癌の遺伝子診断  <光冨徹哉>  186

肺がんの感受性診断  肺がんの早期発見(二次予防)  肺がんのmolecular staging  肺がんの個性の診断  今後の方向

 7.CTガイド下気管支鏡検査  <小林寿光>  194

CTガイド下気管支鏡下生検開発の背景  CTガイド下気管支鏡下生検  CTガイド下気管支鏡下バリウムマーキング  CTガイド下気管支鏡検査の問題点  CTガイド下気管支鏡検査の意義および将来

 8.肺がん検診の有用性と限界  <中山富雄>  202

Mayo Lung projectに関する評価  日本における研究の動向  

がん検診の有効性評価に関する研究班(久道茂班長)報告書  

有効性評価に関する進行中の研究

IV.治療の進歩

 1.わが国における市中肺炎のempiric therapy  <渡辺 彰>  210

市中肺炎とその原因微生物  米国における市中肺炎のコホート解析  市中肺炎診療の英米のガイドライン  わが国におけるガイドラインの必要性とempiric therapyの指針

 2.MRSAの呼吸器感染症の治療  <深山牧子>  218

MRSA肺炎の治療  保菌者への除菌療法  MRSA院内感染対策

 3.喘息における免疫療法の最近の進歩  <勝沼俊雄 斎藤博久>  225

抗IgE抗体によるアレルギー治療  ペプチド減感作療法によるアレルギー治療

 4.肺高血圧症の新しい治療  <中西宣文>  229

prostacyclin以前  prostacyclin持続静注療法  持続prostacyclin投与法以後

 5.睡眠時無呼吸症候群治療の進歩  <高崎雄司 金子泰之 伊藤永喜>  237

nCPAP療法  口腔内装具  手術療法

 6.エイズ治療薬最新の動向  <岡 慎一>  244

HIV感染症に関する研究の歴史  ウイルス量と病状の進行  

ウイルス量を下げる要因  治療に関する新しい展開

 7.縦隔腫瘍に対する胸腔鏡下手術  <野守裕明>  250

解剖  診断と適応  前縦隔腫瘍  後縦隔腫瘍  中縦隔腫瘍  診断のための胸腔鏡手術

 8.肺癌に対する新しい化学療法薬  <岡本浩明 渡辺古志郎>  257

paclitaxel(Taxol, TAX)  docetaxel(Taxotere, DOX)  vinorelbine(Navelbine, VNR)  gemicitabine(GEM)  CPT-11(塩酸イリノテカン)  topotecan(TPT)  amrubicin(AMR, SM-5887)  複数の新規抗癌剤を組み合わせた併用療法  ongoingの第三相比較試験

 9.肺癌の遺伝子治療をめぐる動向  <田中紀章 藤原俊義>  272

がん細胞に対する特異的免疫機構の増強  薬剤感受性遺伝子導入によるがん細胞死の誘導  がん関連遺伝子の発現修飾による抗腫瘍効果

索 引    279