新しい世紀を迎え,20世紀の免疫学の足跡を辿ってみると,血清から細胞へ,細胞から分子へと,周辺分野の成果を巻き込みながら,免疫機構の詳細な解析が大きく進んだことに今更ながら驚きを感じる.疫病の予防という実学から始まったこの学問も,純学問的な展開を大きく遂げながら,多方面に実用的な幾多の果実をもたらしてきた.画期的な恩恵が生み出される気配も感じられる.

 免疫細胞の細胞内シグナル伝達,機能発現にかかわる重要な分子が次々と同定され,その役割が解明されつつあるが,その欠陥が特定の疾患の成因となっていることが明らかにされたものも多い.今年免疫グロブリンのクラススイッチや突然変異にかかわっていると考えられるAID(activation induced cytidine deaminase)が同定され,その異常が常染色体性遺伝の高IgM血症の一因であることが見つかった.この話題は今回紹介するのは間に合わなかったが,他のいくつかの疾患原因分子について解説されている.こうした疾患はいずれ遺伝子治療の対象となり,抜本的治療への道が開けることに繋がろう.

 癌を免疫学的な方法で治療しようという試みは,古くからさまざまの手段でなされてきたが,思うような成果がえられていない.しかしながら近年,ヒトでの腫瘍免疫の標的となりうる抗原ペプチドが次々と同定され,樹状細胞を用いたり,免疫増強分子の遺伝子導入を行ったりして,強い免疫応答を誘導する手段が開発され,夢が現実に近づきつつあると実感されるようになった.ひと頃挫折するかに見えたこの分野に光明がさした気がする.

 生体防御が生物の生存にとって必須のテーマであることを反映して,生物の種を通して共通の機構が存在することは予想できるところである.ショウジョウバエのToll類縁の分子が哺乳類でも微生物を捕捉するマクロファージのレセプターとして使われていることはその一例であろう.植物の感染防御にも類似分子が使われているらしい.幅広い生物学の知識が,ヒトの免疫機構の理解にも重要であることを示している.免疫学の守備範囲は広がる一方で,すべての科学領域を包合していくように見える.しかしそれは本来の免疫学にとって大きな実りとなって戻ってくるはずである.

 21世紀の免疫学の更なる発展への期待を込めて本書をお送りする.

2000年11月

編者一同


矢田純一  奥村 康  佐藤昇志  編集

著者

鳥越俊彦  佐藤昇志  花井順一  安達貴弘  廣井隆親

寺脇正剛  清野 宏  小杉 厚  坂倉純子  安田好文

田中伸幸  原  暁  山崎 晶  斉藤 隆  原 正士

湊 長博  鈴木 登  坂根 剛  稲葉カヨ  尾松芳樹

稲葉宗夫  入江 厚  西村泰治  赤司祥子  三宅健介

村田幸恵  羽室淳爾  尾崎吉郎  伊藤量基  尼川龍一

福原資郎  村田茂穂  田中啓二  伊保澄子  山本三郎

石川 昌  松島綱治  西田圭吾  平野俊夫  竹田 潔

審良静男  西平 順  藤本浩子  田中良哉  南 康博

金森審子  神奈木玲児 秋葉久弥  金森 豊  種田貴徳

鈴木健司  石川博通  桑原一彦  藤村 睦  阪口薫雄

吉田尚弘  垣内史堂  中野英樹  香山雅子  穂積信道

西村泰行  幡野雅彦  疋田 聡  徳久剛史  塚田(大楠)晃三

由井克之  田中和生  竹内 理  審良静男  黒木由夫

佐野仁美  生田安司  珠玖 洋  前田亜希子 大黒 浩

佐藤昇志  山崎浩一  池田英之  佐藤昇志  中田 光

内田寛治  慶長直人  峯岸克行  工藤 純  清水信義

榮 達智  松岡雅雄  吉良潤一


目 次

2001年「免疫」領域のホームページとリンク集  <鳥越俊彦 佐藤昇志>  viii

I.B細胞

 1.TGF-βによるIgAへのクラススイッチ誘導機序  <花井順一>  1

  IgAクラススイッチのメカニズム

  TGF-βスーパー ファミリーのシグナル伝達機構  転写因子PEBP2/CBF

  TGF-βスーパーファミリーとPEBP2/CBFの類似機能

  PEBP2αとSmadの協調作用  今後の課題,展望

 2.CD72によるB細胞活性化の制御  <安達貴弘>  12

  CD72の構造  CD72によるB細胞活性化の抑制

  CD72によるBCRシグナル抑制機構  CD72によるB細胞活性化機構

 3.新しい粘膜免疫誘導システムの存在--腸管におけるB-1細胞からのIgA産生

  <廣井隆親 寺脇正剛 清野 宏>  20

  いままで知られていた粘膜免疫誘導のための循環帰巣経路(CMIS)依存型IgA産生システム

  粘膜免疫に関連する組織には2種類のB細胞が高頻度で存在している

  CMIS独立型B-1細胞による粘膜免疫応答

  T細胞依存性サイトカインによる粘膜B-1細胞の制御

  T細胞非依存性サイトカインによるB-1細胞を中心とした粘膜免疫応答の制御

  今後の展望

II.T細胞

 1.T細胞活性化とLipid Raft--Raftにおけるチロシンリン酸化の制御

  <小杉 厚 坂倉純子 安田好文>  28

  Raftの構造とRaftに局在する蛋白質  T細胞活性化とRaft

  Raftと免疫シナプス

 2.TCRシグナル伝達に関わる新しい分子群  <田中伸幸>  37

  Src型チロシンキナーゼによるTCRζ鎖のチロシンリン酸化

  CskチロシンキナーゼとフォスファターゼによるSrc型チロシンキナーゼ活性の調節機構

  ZAP-70/Sykチロシンキナーゼによるシグナル伝達

  c-CblによるZAP-70/Sykファミリーチロシンキナーゼの負の制御

  Tec/Itk型チロシンキナーゼによるCa2+シグナル伝達の制御

  SLP-76によるCa2+とRasを介するシグナル伝達の調節

  LATによるCa2+とRasを介するシグナル伝達の調節

  新規Grb2ファミリー分子群とシグナル伝達

  TCR刺激後の細胞骨格の再構成と新規同定分子群

  その他の新規TCRシグナル伝達分子

 3.TCRシグナルの負の制御  <原 暁 山崎 晶 斉藤 隆>  48

  CTLA-4  その他のネガティブシグナルに関与する分子--その他の抑制性分子

 4.共シグナルの制御因子  <原正士 湊 長博>  55

  CD28の制御因子  CD2  その他の共刺激分子

 5.Th1細胞分化とTecファミリー非レセプター型細胞内チロシンキナーゼTxk

  <鈴木 登 坂根 剛>  65

  Th1細胞とTh2細胞の分化機構--現時点での理解  TxkとヒトTh1細胞分化

  TxkのThサブセットでの発現とその意義  IFN-γ産生におけるTxkの役割

  Txkの発現と疾患との関与

III.マクロファージ・抗原提示細胞

 1.樹状細胞の分化・成熟・活性化と機能  <稲葉カヨ 尾松芳樹 稲葉宗夫>  73

  樹状細胞分化とサブセット  抗原プロセッシング機構

  樹状細胞の分化成熟と生体内移動過程におけるケモカイン/ケモカインレセプター

  樹状細胞--T細胞間相互作用

 2.抗原提示細胞とT細胞のインターフェースにおける抗原認識の分子機構

  <入江 厚 西村泰治>  84

  TCRによる抗原ペプチド-MHC複合体の識別

  T細胞の活性化に必要なペプチド-MHC複合体の数

  T細胞の抗原認識と活性化にかかわる分子の移動と凝集

  免疫シナプス(immunological synapse)の形成  免疫シナプスの機能

 3.LPS識別におけるToll like receptorとMD分子  <赤司祥子 三宅健介>  94

  LPS認識にかかわるLRR(ロイシンリッチリピート)蛋白

  Tollファミリー分子による病原体認識機構  自己免疫疾患との関連性

 4.酸化型/還元型マクロファージとTh1,Th2細胞の誘導  <村田幸恵 羽室淳爾>  103

  マクロファージ機能とグルタチオン含量  自己免疫疾患とMφのレドックス機能

  MφのdichotomyとTh1,Th2分化の制御

 5.DC1,DC2その分化と機能  <尾崎吉郎 伊藤量基 尼川龍一 福原資郎>  118

  ミエロイド系樹状細胞  リンパ球系樹状細胞  DC1とDC2

  DC1・CD2と疾患

 6.プロテアソームによる内在性抗原プロセシング機構研究の新しい展開

  <村田茂穂 田中啓二>  128

  ユビキチン/プロテアソーム系と抗原プロセシング

  抗原プロセシングにおけるプロテアソームの新たな機能  PA28の機能

  DRiPs-抗原の供給源

IV.NK細胞・NKT細胞

 非メチル化CpG-DNAによるNK細胞の活性化  <伊保澄子 山本三郎>  137

  細菌DNAによるNK細胞活性化の発見  マウスNK細胞を活性化する塩基配列

  マウスNK細胞がCpG-DNAに反応するには活性化される必要がある

  CpG-DNAによるヒトNK細胞の活性化

  ヒトNK細胞とマウスNK細胞のCpG-DNAに対する反応性の違い

  活性化ヒトNK細胞のCpG-DNAに対する反応性  CpG-DNAの作用機構

  まとめと今後の問題点

V.サイトカイン・ケモカイン

 1.Th1/Th2応答制御因子としてのケモカイン  <石川 昌 松島綱治>  147

  自然免疫から獲得免疫への連結  リンパ組織におけるTh1/Th2細胞の局在

  Th1/Th2細胞の再分布と効果部位への遊走  局所免疫のクロストーク

 2.サイトカイン,抗原受容体シグナル伝達におけるGabファミリー分子の役割

  <西田圭吾 平野俊夫>  156

  SHP-2の基質として機能するGab/DOSファミリー分子

  サイトカインシグナル伝達におけるGab1,Gab2の役割

  生体内におけるGab1の役割

 3.STAT1とSTAT3による炎症性サイトカインの産生制御  <竹田 潔 審良静男>  163

  サイトカインシグナル伝達とSTATファミリー

  マクロファージにおけるSTAT3の役割  STAT1/STAT3二重欠損マウス

  STAT1とSTAT3によるマクロファージの機能調節

 4.MIFの基礎と臨床  <西平 順>  169

  分子構造とシグナル伝達  炎症および免疫疾患における役割

  細胞増殖および組織損傷

VI.接着分子・共刺激分子

 1.接着分子の活性・発現制御の分子機構  <藤本浩子 田中良哉 南 康博>  179

  インテグリンファミリー  インテグリンの活性(接着性)制御

  inside-outシグナルによる活性制御

  inside-outシグナルによる接着分子(インテグリン,IgSF)の発現制御

 2.セレクチンのリガンドとその意義  <金森審子 神奈木玲児>  188

  L-セレクチンリガンドの構造と発現に関与する因子

  E-セレクチンリガンドの構造と機能  P-セレクチンリガンドの構造と機能

  すべてのセレクチンのリガンド糖鎖の生合成に影響する因子  今後の展望

 3.OX40/OX40リガンドの生理的役割  <秋葉久弥>  195

  OX40,OX40Lの発現と調節  細胞接着分子としての働き

  OX40Lを介したシグナルの働き

  T細胞活性化におけるCD28/B7とOX40/OX40Lの役割

  Th1/Th2分化誘導とOX40/OX40L  疾患とOX40/OX40Lとの関連

VII.免疫組織

 1.腸管cryptopatch(CP)における上皮細胞間Tリンパ球前駆細胞の発達分化

  <金森 豊 種田貴徳 鈴木健司 石川博通>  205

  クリプトパッチ(CP)とは

  CPリンパ球からの上皮細胞間Tリンパ球(IEL)の発達分化

  CPでのIEL前駆細胞の発達分化  今後の展開

 2.胚中心におけるB細胞機能分子  <桑原一彦 藤村 睦 阪口薫雄>  211

  胚中心(germinal center)とは?  胚中心におけるB細胞成熟

  胚中心で発現する分子群  胚中心で発現が増強する新規核内分子GANP

 3.末梢リンパ組織の発生について  <吉田尚弘>  219

  末梢リンパ組織発生に障害のある実験動物

  遺伝子変異マウス表現型解析から推定されるリンパ組織構築におけるサイトカインの役割

  Peyer板発生にみる末梢リンパ組織形成過程  遺伝子変異マウスにおけるPP形成

  IL-7Rα発現細胞がLTsを産生し,PP形成を誘導する

  腸管のIL-7Rα+細胞(PPi)はどこからきて何に分化するのか?

  リンパ節の発生過程  何がPPiを予定リンパ節領域に集合させるのか?

  おわりに--TNFファミリーサイトカインによる臓器発生誘導

 4.末梢リンパ組織形成におけるリンフォトキシン(LT),BLCケモカイン,SLCケモカイン  <垣内史堂 中野英樹>  229

  LTと末梢リンパ組織形成  BLCケモカインと末梢リンパ節形成

  SLCケモカインとリンパ組織形成

VIII.免疫調節・免疫寛容

 1.Tr細胞によるbystander suppression  <香山雅子 穂積信道>  237

  Tr細胞とその機能  自己免疫寛容とbystander suppression

 2.PD-1受容体と自己免疫疾患  <西村泰行>  244

  PD-1受容体とその発現  PD-1受容体欠損マウスの作製と表現系

  自己免疫病発症におけるPD-1受容体欠損とIpr遺伝子の相乗効果

  BALB/c・PD-1受容体欠損マウスと拡張性心筋症様疾患

  PD-1受容体欠損と末梢免疫自己寛容の破綻

  胸腺細胞分化におけるPD-1受容体の発現と役割  PD-1の分子生物学的抑制機構

 3.IAPによるリンパ球機能の制御  <幡野雅彦 疋田 聡 徳久剛史>  252

  IAPファミリー蛋白  リンパ球のアポトーシスとIAPファミリー蛋白

 4.T細胞サブセットとアナジーからの回復要因  <塚田(大楠)晃三 由井克之>  260

  アナジー誘導とT細胞サブセット  アナジー維持の分子機構

  アナジーの解除要因  アナジー解除の臨床的意義

IX.感染と免疫

 1.経口トレランスの誘導と腸内細菌  <田中和生>  270

  腸内細菌とGALT  経口トレランス

  経口トレランス誘導における腸内細菌の役割  経口トレランスとアレルギー

 2.細菌感染防御とToll-like receptor  <竹内 理 審良静男>  278

  ショウジョウバエのTollシグナル伝達経路  哺乳類におけるTLRファミリー

  哺乳類における自然免疫機構とTLRシグナル伝達経路のかかわり

  細菌感染とTLRファミリー

  TLR/IL-1レセプターシグナル伝達におけるキー分子MyD88

 3.CD14を介する肺サーファクタント蛋白質によるLPS誘導細胞応答制御

  <黒木由夫 佐野仁美>  285

  肺サーファクタント  肺コレクチンの構造  肺コレクチンの生体防御機能

  肺コレクチンによるLPS-CD14相互作用の制御

X.腫瘍免疫・移植免疫

 1.樹状細胞による外来性腫瘍抗原のMHCクラスI経路による提示

  <生田安司 珠玖 洋>  293

  樹状細胞における抗原提示  外来性腫瘍抗原蛋白を用いた腫瘍免疫

 2.癌関連網膜症の自己抗原による腫瘍免疫の誘導

  <前田亜希子 大黒 浩 佐藤昇志>  299

  CARとリカバリン  マウスによるCARの免疫機序の検討

  腫瘍随伴症候群における良好予後と癌抗原  リカバリン異所性発現

  リカバリン特異的CTL誘導とエピトープ  免疫治療に向けて

 3.分泌型熱ショック融合蛋白質による癌拒絶とCTL  <山崎浩一>  308

  熱ショック蛋白質の癌ワクチンへの応用

  分泌型熱ショック融合蛋白質(gp96-Ig)による癌拒絶

  今後の免疫療法における分泌型熱ショック融合蛋白質の展望

 4.腫瘍特異抗原としてのCancer-Testis(CT)抗原  <池田英之 佐藤昇志>  317

  X染色体上にあるCT抗原遺伝子  X染色体上にはないCT抗原遺伝子

XI.免疫疾患

 1.特発性肺胞蛋白症と抗GM-CSF自己抗体  <中田 光 内田寛治 慶長直人>  328

  肺胞ホメオスターシスとサーファクタント

  肺胞ホメオスターシスが障害される疾患--肺胞蛋白症

  肺胞マクロファージの分化・増殖と肺胞蛋白症  ヒト肺胞蛋白症の病因とGM-CSF

  特発性肺胞蛋白症が自己免疫疾患であると考える理由

 2.BLNK欠損症  <峯岸克行>  334

  B細胞レセプター刺激伝達系とBLNK  プレB細胞レセプター

  無ガンマグロブリン血症  BLNK欠損症

 3.自己免疫性多腺性内分泌不全症I型の原因遺伝子AIRE  <工藤 純 清水信義>  342

  APECEDの特徴  APECEDのポジショナルクローニング

  AIRE遺伝子の発現は免疫系組織に特異的か?  AIRE遺伝子の変異

  免疫系組織におけるAIRE遺伝子の特異的発現  AIRE蛋白の構造と機能

 4.IL-12受容体β1鎖欠損症  <榮 達智 松岡雅雄>  350

  IL-12,IFN-γ  IL-12レセプター(IL-12R)  シグナル伝達

  IL-12Rβ1欠損症  近縁疾患

 5.アトピー性脊髄炎,アトピーと運動ニューロン疾患  <吉良潤一>  358

  アトピー性脊髄炎の発見と臨床像  アトピー性脊髄炎の他施設からの報告

  アトピーと脊髄炎との関連を支持する報告  アトピー性脊髄炎の病理報告

  アトピー性脊髄炎と多発性硬化症との相違点  アトピー性脊髄炎の免疫異常

  アトピー性脊髄炎の病態と疾患独立性  アトピーと運動ニューロン障害

  アトピーとその他の神経疾患との関連

索 引    367