序
細胞内で合成される全蛋白質の実に30〜50%以上が,最終的な正しい高次構造を形成することなく分解されてしまうという報告がNature誌を中心に立て続けに発表された.分解産物の一部は,当然のことながら免疫系のサーベイも受けることになる.これらの研究は私達にとり,この一年最も印象的な研究のひとつであった.このことはすなわち,細胞内で蛋白質の品質管理を司る機構がきわめて厳密に用意されていることを示すわけであるが,逆に翻訳レベル,蛋白質合成高次構造形成レベルで生物は大変な無駄を行っていることも示唆している.これらの過程の中からある一定程度の成熟,機能性蛋白質を創り出しているわけである.まさにこれは,自己認識性T細胞が胸腺での選択機構の過程で,その大多数が死滅していく壮大な無駄の現象を連想させる.無駄が故の,しかし生物にとり最も重要な基本機構と考えられる.いや,多分無駄な機構ではなく,生命の恒常性維持に必須な基本機構なのであろう.
翻って,世の中は経済,社会ばかりでなく研究も教育も効率重視の世界である.私たち科学する者のなかには,今のこのような,場合によっては行きすぎた効率重視の世の中がどこか大変な間違いを犯しているのではないかと危惧するものが少なくない.上の生物現象をみれば当然のことと思える.
免疫学の様々な機構がこの一年も明らかとなった.各著者の御協力により,そのかなりの部分が本書に網羅されている.新たな免疫学の知見を通し,社会にも何らかの貢献ができれば大変素晴らしい.
2001年11月
編者一同
奥村 康 平野俊夫 佐藤昇志 編集
著 者
石合正道 黒崎知博 久保允人 菊地 和 菅村和夫
高浜洋介 鈴木大介 邊見弘明 審良静男 米山博之
松島綱治 樗木俊聡 小安重夫 徳永文稔 原田通成
谷口 克 渋谷 彰 石原克彦 平野俊夫 花田俊勝
吉村昭彦 高岡晃教 岩垣博巳 高橋英夫 田中紀章
義江 修 早川磨紀男 森本純子 上出利光 山田 陽
生田宏一 相奎 李 海天 縣 保年 一宮慎吾
近藤伸彦 百田洋之 佐藤昇志 村上正晃 市井啓仁
坂本明美 徳久剛史 高橋宜聖 鈴木 聡 山口麻奈絵
大石美奈子 仲野 徹 松口徹也 鈴木定彦 若宮伸隆
金関貴幸 氷見徹夫 佐藤昇志 松下麻衣子 河上 裕
田村保明 上田剛生 佐藤昇志 平家勇司 高上洋一
白倉良太 西村孝司 中村 晃 貫和敏博 高井俊行
四十坊典晴 重原克則 阿部庄作 岡崎 拓 本庶 佑
目 次
I.B細胞
受容体とB細胞抗原レセプターシグナル制御 <石合正道,黒崎知博> 1
BCRの構造 BCRシグナル伝達
II.T細胞
1.Th1/Th2分化に関与する細胞内シグナル伝達 <久保允人> 10
Th1分化制御にかかわるTCR複合体とサイトカインレセプターを介したシグナル伝達
Th2分化制御にかかわるTCR複合体とサイトカインレセプターを介したシグナル伝達
サイトカインシグナル抑制制御分子CIS/SOCSによるTh1・Th2分化制御
2.T細胞分化制御におけるGrb2ファミリー分子の機能的役割
<菊地 和,菅村和夫> 19
Grb2ファミリー分子が関与するTCRシグナル伝達 T細胞分化とGads
T細胞分化とGrb2
3.幼若Tリンパ球の生死選択と抗原受容体 <高浜洋介,鈴木大介> 26
幼若Tリンパ球の生死選択 生死選択を決定するTCRリガンド相互作用
生死選択を決定するTCRシグナル伝達
III.マクロファージ・抗原提示細胞
1.Toll-like receptors(TLR)による抗原提示細胞の活性化制御
<邊見弘明,審良静男> 33
抗原提示細胞と菌体構成成分 Toll-like receptorファミリー
TLRファミリーの機能
2.樹状細胞プリカーサー <米山博之,松島綱治> 41
自然免疫と獲得免疫のリンク DC precursorの多様性
DC precursorの生体内分布と遊走 DC precursorと疾患
3.樹状細胞サブセットと自然免疫・獲得免疫 <樗木俊聡,小安重夫> 50
DCの多様性 DCサブセットの機能
4.プロテアソームと小胞体関連分解(ERAD)機構 <徳永文稔> 56
小胞体の品質管理とERAD経路 免疫系蛋白質のERAD
MHC class I抗原ペプチドプロセシングにおけるERADの役割
ミスフォールド蛋白質の凝集とフォールディング病
IV.NK細胞・NKT細胞
1.NK細胞,NKT細胞の標的細胞認識とその活性化制御
<原田通成,谷口 克> 65
NK細胞の標的細胞の認識機構 マウスVα14NKT細胞の標的細胞の傷害
NK受容体の多様性と分子進化
2.NK細胞機能と病態 <渋谷 彰> 76
NK細胞欠損症 NK細胞とウイルス感染症 NK細胞と腫瘍
NK細胞と免疫不全症
V.サイトカイン・ケモカイン
1.Gp130シグナルとその異常 <石原克彦,平野俊夫> 83
gp130の情報伝達機構 変異gp130ノックインマウスの作成
gp130の情報伝達経路の免疫機能における役割 サイトカインと自己免疫疾患
2.SOCS/CISファミリーによるサイトカインシグナルの負の制御
<花田俊勝,吉村昭彦> 91
SOCS/CISファミリーによるサイトカインシグナルの負の制御機構
CIS,SOCS分子群の生理機能
3.シグナル伝達と細胞膜ドメイン <高岡晃教> 99
シグナルクロストークの場としての細胞膜ドメイン
免疫細胞上の受容体と細胞膜ドメイン 「細胞膜ドメイン関連疾患」(MDDs)
4.ヒスタミンのIL-18誘導作用--Th1/Th2細胞間の
クロストーク因子としてのヒスタミン
<岩垣博巳,高橋英夫,田中紀章> 114
ヒスタミンのIL-18誘導作用とIL-18存在下におけるヒスタミンの作用
ヒスタミンとIL-18によるIFN-γ産生のメカニズムとその差異
Th1/Th2細胞間クロストーク因子としてのヒスタミン
ヒスタミン/IL-18に抗腫瘍性は期待できるか? ヒスタミンとIL-18の連関
5.リンパ球トラフィックとケモカイン/ケモカインレセプター
<義江 修> 125
1次リンパ組織とケモカイン 2次リンパ組織とケモカイン
エフェクター/メモリーT細胞とケモカイン B細胞と髄外分化とケモカイン
NK細胞とケモカイン 腸管粘膜とケモカイン 皮膚組織とケモカイン
6.NF-κB活性化にかかわるシグナル伝達研究の新知見 <早川磨紀男> 142
IKKの発見 IκBに対するユビキチンリガーゼの同定
IKKより上流の情報伝達系
7.オステオポンチンと免疫制御 <森本純子,上出利光> 151
オステオポンチンの構造と受容体 オステオポンチンの分布
免疫機能制御とオステオポンチン
VI.接着因子・共刺激因子
移植免疫寛容誘導における補助シグナル分子群の役割 <山田 陽> 158
最近の動向--costimulatory signalと同種移植片拒絶反応
「Conventional」costimulatory signalと同種移植片拒絶反応
臨床前段階のサルを用いた移植実験とcostimulatory blockade
新しいT細胞costimulatory pathwayと移植への応用について
VII.免疫組織
1.IL-7レセプターシグナルによるTCRγ遺伝子座の組換え制御
<生田宏一, 相奎,李 海天,縣 保年> 168
IL-7RとTCRγ遺伝子座の組換え制御機構 Vγ遺伝子の組換え制御機構
2.レーザーマイクロダイセクションを利用した免疫組織の新しい解析法
<一宮慎吾,近藤伸彦,百田洋之,佐藤昇志> 174
レーザーマイクロダイセクションが開発された背景とその概要
レーザーマイクロダイセクションによる解析法
レーザーマイクロダイセクションの免疫組織解析への応用
VIII.免疫寛容・免疫調節
1.メモリーCD8+T細胞の維持 <村上正晃> 180
メモリーT細胞維持への抗原刺激の関与
メモリーCD8+T細胞維持へのサイトカインの関与
2.Bcl6とメモリーT細胞の分化 <市井啓仁,坂本明美,徳久剛史> 187
メモリーT細胞の表面抗原型 メモリーT細胞の機能的特徴
メモリーT細胞分化 メモリーB細胞分化 Bcl6とメモリー細胞分化
3.記憶B細胞レパトアの形成とFasによる制御 <高橋宜聖> 194
アポトーシスによる胚中心クローン選択の調節
胚中心B細胞のクローン選択におけるFasの役割
Fasを介した新しい記憶B細胞レパトアの調節機構
Fasによる記憶B細胞の維持調節 胚中心B細胞におけるFasシグナルの調節機構
4.癌抑制遺伝子PTENと自己寛容
<鈴木 聡,山口麻奈絵,大石美奈子,仲野 徹> 201
T細胞特異的PTEN欠損マウスにおけるリンパ腫の発症とT細胞の分化異常
増殖能とサイトカイン産生能の亢進 胸腺細胞や末梢T細胞のアポトーシス抵抗性
PTEN欠損T細胞における免疫寛容の破綻 胸腺での寛容の障害
末梢での寛容の障害 PKB/Akt,MAPKの活性化
IX.感染と免疫
1.感染免疫とToll-like receptors <松口徹也> 208
PAMPsとToll-like receptor LPSレセプターとしてのTLR
TLR2: 細菌感染におけるマルチプレーヤー 拡大するTLRの関与分野
TLRメンバーの遺伝子発現様式の差 各種細胞におけるTLRの役割
TLR下流シグナルにより活性化される感染防御機構
2.感染防御とコレクチンファミリー <鈴木定彦,若宮伸隆> 217
複合巨大分子コレクチン コレクチンの生理機能 コレクチンと感染症
コレクチンの感染防御における役割に関する研究の今後
X.腫瘍免疫・移植免疫
1.CD4+T細胞腫瘍抗原エピトープ <金関貴幸,氷見徹夫,佐藤昇志> 226
腫瘍免疫におけるCD4+T細胞の役割 腫瘍特異的CD4+T細胞に認識される抗原の同定
これまでに明らかにされたMHCクラスII腫瘍抗原 癌ワクチンの臨床応用へ向けて
2.造血器腫瘍標的抗原と免疫療法 <松下麻衣子,河上 裕> 233
抗体が認識する白血病抗原 T細胞が認識する白血病抗原
3.熱ショック蛋白による癌抗原ペプチド免疫原性の増強と癌ワクチン
<田村保明,上田剛生,佐藤昇志> 244
HSPのレセプターはCD91である
細胞内におけるHSP-ペプチド複合体のprocessing機構
Natural adjuvantとしてのHSPを用いた癌免疫療法
プロテアソームによる腫瘍抗原ペプチドの生成と免疫療法
HSPと樹状細胞を用いた癌免疫療法 ExosomeによるクロスプライミングとHSP
分泌型HSP遺伝子導入腫瘍細胞を用いたワクチン療法
4.ミニ移植とGVT効果 <平家勇司,高上洋一> 251
同種造血幹細胞移植と移植片対白血病反応(GVL効果)
骨髄非破壊的同種移植(ミニ移植)
キメラ状態とGVT効果およびドナーリンパ球輸注(DLI)
造血器腫瘍・固形腫瘍に対するGVT効果 GVHDとGVT効果の免疫学的機序
ミニ移植による治療効果が期待できる腫瘍の条件とは
GVT効果を高めるための試み 今後の検討課題
5.遺伝子操作による異種移植拒絶の制御 <白倉良太> 258
レシピエントにおける前処置,治療 ドナーの改良 伝達感染の危険性
倫理性 臨床応用開始の条件
XI.免疫疾患
1.Th1/Th2バランス制御と免疫病 <西村孝司> 268
Th1/Th2バランス制御にかかわる免疫担当細胞群
Th1/Th2バランス制御にかかわるサイトカインとシグナル伝達
Th1/Th2バランス制御と疾患 Th1/Th2バランスの人為的制御
2.Fcレセプター欠損マウスと免疫異常 <中村 晃,貫和敏博,高井俊行> 283
Fc受容体の構造と機能
FcR遺伝子欠損マウスと免疫異常--自己免疫疾患モデルにおいて--
FcR多型と自己免疫疾患
3.サルコイドーシスと免疫調節,異常 <四十坊典晴,重原克則,阿部庄作> 290
免疫異常 サルコイドーシスと遺伝子異常
4.PD-1欠損マウスと免疫異常 <岡崎 拓,本庶 佑> 298
PD-1の構造とPD-L1/PD-L2の発見 PD-1,PD-L1およびPD-L2の発現
PD-1欠損マウスに発症する自己免疫疾患 PD-1のシグナル伝達経路
索 引 306