作家の故司馬遼太郎は,わが国のバブルの崩壊は第二次大戦の敗戦より長い陰鬱なダメージを日本の社会や経済に与えるだろうと予言し,この世を去ったが,まさに日本は現在,その真っ只中にいるように思われる.中小企業の倒産が衰えず,失業率がじわりじわり上昇し,身近にもリストラの人々を知る.日本の屋台骨を支えてきた大企業の倒産がこれからいくつもあるかもしれないという.

 一方,日本の工業製品も電器製品に代表されるように製造業は国内では空洞化傾向を示し,新興工業国に相当数その場所を移転せざるを得なくなっている.近い将来,右肩上がりのわが国社会を支えてきた自動車産業もそのようになると予測する経済学者も少なくない.為に,人々は世の中の先行きにペシミスティックな空気を感じるのである.

 これらの社会や経済の変化は何なのであろう?大企業を中心に発展してきた,いわば単一化された社会のもろさなのであろうか?単一な社会,経済は強い時には強いが,弱い時にはあっという間に壊れてしまう.強さともろさとは表裏一体である.

 ひるがえって,免疫システムの本態は単一性とは対極をなす多様性にあるわけであり,それが個体を支える基本機構となっているのは我々の知るところである.免疫の事象は多様性をキーワードに日本のこれからの社会の形成にもとても示唆的であるように思われる.

 本編でも過去1〜2年間の研究の進展を中心に様々な免疫の事象が紹介されている.今まで,予想だにし得なかった新たなパラダイムを形成しつつあるものもある.例年のことながら,研究と教育に(あるいは診療に)超多忙な各執筆者にご協力をいただいた.今編でも一読することにより,免疫学の最新の知見と今後の展望を知ることができる.各執筆者に心より感謝申し上げる.

  2002年11月

    編者一同


[編集者]

奥村 康  平野俊夫  佐藤昇志

[著者]

本多伸一郎 渋谷 彰  後飯塚僚  山下政克  中山俊憲

伊藤 靖  樗木俊聡  鵜殿平一郎 本間季里  由井克之

黒木由夫  佐野仁美  岩城大輔  松野健二郎 佐伯隆人

藤本 穣  仲 哲治  三宅幸子  山村 隆  善本知広

筒井ひろ子 中西憲司  山本正文  宇田川信之 須田幸治

高橋直之  織谷健司  四十坊典晴 佐藤昇志  大地 貴

高木 智  緒方正人  西田圭吾  平野俊夫  高井俊行

中村 晃  石川 昌  田中稔之  戎野幸彦  宮坂昌之

一宮慎吾  百田洋之  近藤伸彦  佐藤昇志  清水 淳

坂口志文  松口徹也  鈴江一友  小安重夫  竹之山光広

安元公正  戸田正博  野口雄司  中山睿一  佐藤百合子

井田和功  川口 哲  佐藤昇志  古川鋼一  上田龍三

浅部伸一  池田英之  原田 大  中西勝也  鳥越俊彦

花田俊勝  金城市子  吉村昭彦  長多正美  鳥越俊彦

佐藤昇志  小田 淳  西谷千明  藤田博美  天谷雅行


目 次

I.B細胞

 1.IgMおよびIgAFc受容体の発現と機能  <本多伸一郎 渋谷 彰>  1

  IgMに対するFcR  IgAに対するFcR  Polymeric immunoglobulin receptor(pIgR)

  Fc receptor homologs(FcRHs)

 2.BASH/SLP-76ファミリーアダプター分子MISTによる免疫細胞機能制御

  <後飯塚僚>  9

  MISTとSLP-76およびBASHの機能的類似性と相違

  血液細胞におけるMISTの発現と分化への影響  MISTとマスト細胞機能

  MISTとT細胞機能

II.T細胞

 1.Th2細胞分化とクロマチンリモデリング  <山下政克 中山俊憲>  17

  Th1/Th2細胞分化と転写因子

  Th2サイトカイン遺伝子座におけるクロマチンリモデリング

 2.Th1/Th2分化とpartial agonist  <伊藤 靖>  24

  種々の抗原とヘルパーT細胞のエフェクター機能

  ナイーブ細胞からエフェクター細胞への分化におけるTCRシグナルの役割

  分化したTh1細胞とTh2細胞でのTCRシグナルの違いとエフェクター機能

III.マクロファージ・抗原提示細胞

 1.抗原提示細胞の機能におけるIL-15シグナルの重要性  <樗木俊聡>  32

  DCからのIFN-γ生産とその生理的意義

  DCやマクロファージの機能発現におけるIL-15の重要性

  炎症性疾患とIL-15

  免疫学的記憶やホメオスターシス増殖におけるDCの生産するIL-15の重要性

 2.外来性抗原のクロスプレゼンテーションとHSP

  <鵜殿平一郎 本間季里 由井克之>  40

  クロスプレゼンテーションを可能にするもの  抗原提示細胞のHSPによる活性化

  抗原提示細胞によるHSPの細胞内取り込みは受容体を介する

  CD91を標的としたワクチン療法時代の幕開けはあるのか?  残された疑問点

 3.TLRによるリガンド認識機構  <黒木由夫 佐野仁美 岩城大輔>  50

  TLR4のLPS認識機構  TLR2のPGN認識機構

 4.アロ免疫におけるDCのtraffickingと役割  <松野健二郎 佐伯隆人>  56

  一般のDC trafficking  臓器移植におけるDC trafficking  直接感作の実態

  間接感作の実態

IV.NK,NKT

 1.SOCS1/SSI-1によるサイトカインクロストークの制御と疾患

  <藤本 穣 仲 哲治>  64

  サイトカインのシグナル伝達とSOCS1  SOCS1ノックアウトマウス

  SOCS1とNKT細胞  SOCS1とクロストーク

 2.NKT細胞糖脂質リガンドによる自己免疫性疾患制御  <三宅幸子 山村 隆>  71

  自己免疫疾患とNKT細胞  NKT細胞のリガンド

  自己免疫疾患モデルにおける糖脂質療法

V.サイトカイン

 1.IL-18によるTh1/Th2免疫応答の制御  <善本知広 筒井ひろ子 中西憲司>  78

  IL-18の生理作用

 2.粘膜免疫におけるTNFとlymphotoxinの役割  <山本正文>  89

  粘膜免疫応答のメカニズム  TNFとLT  TNF,LTと末梢リンパ組織

  GALTにおけるTNFとLTの役割  腸管のIgA産生におけるLTα/β伝達経路の役割

  NALT形成におけるTNFとLTの関与

 3.サイトカインによる破骨細胞の分化  <宇田川信之 須田幸治 高橋直之>  96

  破骨細胞形成の分子機構

  活性化Tリンパ球に発現するRANKLは破骨細胞の分化を直接促進する

  LPS(リポ多糖)の破骨細胞分化に対する作用機構  LPSの破骨細胞への直接作用

  RANK-RANKL系を介さないTNFαの破骨細胞形成促進機構

 4.新種のインターフェロンlimitin  <織谷健司>  105

  Limitinは新しいI型IFNである?  遺伝子・蛋白の発現  生理活性

  シグナル伝達経路

 5.肺クララ細胞10kDa蛋白質(CC10)と免疫病態

  <四十坊典晴 佐藤昇志 大地 貴>  113

  CC10/UG分子とsecretoglobin family  呼吸器疾患におけるCC10/UG分子

  腎疾患におけるCC10/UG分子  悪性腫瘍とCC10/UG分子

 6.造血およびB細胞産生を制御する抑制性アダプター蛋白質Lnk  <高木 智>  120

  Lnkおよびそのファミリー蛋白質  LnkによるB細胞産生制御

  Lnkによる造血幹細胞機能制御  lnk欠損によるその他の異常

  Lnkによるc-Kitシグナル制御の分子機構

 7.ERKとp38MAPキナーゼによる免疫調節機構  <緒方正人>  127

  MAPK経路と免疫細胞での活性化  ERK経路と未熟胸腺T細胞の分化

  p38と自然免疫

 8.Gabファミリーアダプター分子のサイトカインシグナル伝達における役割

  <西田圭吾 平野俊夫>  136

  Gabファミリー分子の構造  サイトカインシグナル伝達におけるGab1,Gab2の役割

  生体内におけるGabファミリー分子の役割

VI.接着,共刺激分子,トラフィッキング,ホーミング

 1.Ig-like receptor分子群による免疫細胞の制御  <高井俊行 中村 晃>  142

  B細胞の制御とIgLR  抗原提示とIgLR  Th1/Th2の制御とIgLR

  免疫難病とIgLR

 2.B1細胞トラフィッキングとSLEマウスにおけるその異常  <石川 昌>  151

  腸管免疫におけるB1細胞  病態におけるB1細胞

 3.HEVとリンパ球トラフィッキング  <田中稔之 戎野幸彦 宮坂昌之>  160

  リンパ球ホーミングをつかさどるL-selectinとそのリガンド

  HEVに発現するケモカイン  リンパ球の血管外遊走とHEVのjunction構造の特性

  HEVの遺伝子発現プロファイル解析

VII.免疫組織

 p53関連遺伝子による胸腺上皮細胞の機能調節

  <一宮慎吾 百田洋之 近藤伸彦 佐藤昇志>  170

  胸腺の組織発生と構造  胸腺上皮細胞の特徴と機能  p53関連分子の特徴と機能

  p53関連分子と胸腺上皮細胞

VIII.免疫調節,寛容

 CD4+CD25+T細胞の免疫抑制機構  <清水 淳 坂口志文>  178

  CD4+CD25+T細胞の特性  CD4+CD25+T細胞の免疫抑制にかかわる分子

  CD4+CD25+T細胞の機能操作による応用

IX.感染と免疫

 1.感染免疫におけるIL-15の役割  <松口徹也>  185

  IL-15─その基礎事項  免疫担当細胞におけるIL-15の役割

  ウイルス感染症とIL-15  IL-15と細菌・原虫感染症

 2.感染免疫におけるAPCとサイトカインの役割  <鈴江一友 小安重夫>  194

  病原体を認識するメカニズム─感染防御免疫を起動するAPC

  自然免疫を仲介するAPC─意外と丈夫なRag-2−/−マウス

  自然免疫から適応免疫へ─樹状細胞の遊走

  適応免疫の誘導─樹状細胞がイニシアチブを取る

X.腫瘍免疫,移植免疫

 1.T細胞の認識する肺癌抗原  <竹之山光広 安元公正>  204

  自己肺癌特異的免疫応答の証明  腫瘍抗原の同定

 2.免疫系に認識されるグリオーマ抗原  <戸田正博>  210

  正常中枢神経系における免疫反応  グリオーマ抗原

 3.癌抗原としてのCT抗原  <野口雄司 中山睿一>  218

  MAGE遺伝子ファミリー  NY-ESO-1

 4.染色体転座融合蛋白を標的とした癌治療

  <佐藤百合子 井田和功 川口 哲 佐藤昇志>  226

  T細胞により認識される造血器腫瘍にみられる融合遺伝子産物

  腫瘍抗原としての悪性軟部腫瘍における融合遺伝子産物

 5.ガングリオシドを標的とした癌の免疫療法  <古川鋼一 上田龍三>  232

  癌治療戦略としてのモノクローナル抗体療法の新たな高まり

  ガングリオシドの生理機能に関する最近の研究

  抗ガングリオシドモノクローナル抗体による癌治療の取り組み

 6.HLAテトラマーと癌免疫治療モニタリング  <浅部伸一 池田英之>  241

  HLAテトラマー  癌免疫治療モニタリング

XI.免疫疾患

 1.Alzheimer病,プリオン病に対する免疫療法  <原田 大 中西勝也 鳥越俊彦>  250

  Aβアミロイド蛋白の産生と蓄積  Alzheimer病と炎症

  疾患動物モデルとAβ42ペプチドワクチンの効果  プリオン病と免疫

  臨床治験の結果と今後の課題

 2.CIS/SOCSファミリーと炎症性疾患  <花田俊勝 金城市子 吉村昭彦>  256

  CIS/SOCSファミリー  SOCSと炎症性疾患

 3.自然流産とその免疫学的機構,関与  <長多正美 鳥越俊彦 佐藤昇志>  265

  NK細胞の負の制御機構  NK細胞の正の制御機構

  NK細胞,CD44と自然流産との関連性について

 4.Wiskott-Aldrich症候群蛋白(WASP)と血小板  <小田 淳 西谷千明 藤田博美>  272

 WASPの構造  細胞および個体レベルのアクチン重合とWASP

 WAS,XLT,XLN患者WASP遺伝子の異常と血液細胞の異常の関連性

 5.天疱瘡とDsg3ノックアウトマウス  <天谷雅行>  280

  新しい自己免疫モデルマウスの作成法

  デスモグレイン3を標的とする自己免疫性疾患,尋常性天疱瘡

  天疱瘡モデルマウスの作製  T細胞およびB細胞レベルにおける免疫寛容破綻

索 引  286