序
世の中は依然として至るところ不穏な雰囲気にあります.世界的なグローバル化が進み,過剰ともいえる競争社会が社会でも経済でも形成されてきています.イラクはまだまだ激しい戦争状態が続いています.世界各地でテロや自然災害が続発しております.日本ではつい最近まではなかったような不可解な犯罪が連続し,社会は先の見えないよどみのカオスにいると言われています.
少なくともこの国はここ10数年の間に社会のシステムは政治が変えるまでもなく自壊的に変わってきています.一時の投機投資で巨万の富者になるシステムも経済グローバル化の典型として存在感を増しています.一生懸命働けば必ずいいことがあるという日本人が誰でも信じてきた社会通念がくずれつつあり,人々に生き甲斐や人生の目的の意味を見失わせています.経済的に一見豊かに見えても年間3万〜4万の人々が自殺に走り,人々が本当に幸せな生活を送れている国なのかというと大きな疑問を抱かざるを得ない国の状況にあります.
こういう閉塞感がただよう社会をどうやって明るい未来ある社会に変えることができるのでしょうか?良い政治の力がそのためには最も必要ですが,もうひとつ,私は社会と政治の形やシステムがいかに変わろうとも,一国の質は志豊かな若い学徒や研究者がどれだけ沢山,しかも多数にいるかということにあると思われます.
21世紀は質を高めた医療の提供が今まで以上に求められる時代です.進化した免疫学が社会に目に見える形で提供されなければなりません.少なくとも免疫学の果たす役割は今まで以上に重要なものとなります.本書がその意味で少しでも役に立つことを願わずにいられません.最後に超ご多忙ななか執筆をいただいた方々に心からお礼申し上げます.
2005年11月
編者一同
[編集者]
奥村 康 平野俊夫 佐藤昇志
[著者]
鈴木春巳 磯部健一 羽根田正隆
石田佳幸 伊藤佐知子 佐藤克明
松山隆美 梶川瑞穂 笠原正典
五十嵐健史 廣橋良彦 鳥越俊彦
石井智浩 中川一路 上原亜希子
高田春比古 瀬谷 司 松本美佐子
高橋清大 稲垣冬彦 高岡晃教
石川栄一 中山俊憲 多田浩之
樗木俊聡 星野友昭 吉田裕樹
宮崎義之 中嶋弘一 田原聡子
渋谷和子 渋谷 彰 寺原和孝
清野 宏 一宮慎吾 小島 隆
山下政克 中山俊憲 安達貴弘
鈴木治彦 米山光俊 藤田尚志
大浦 淳 田村保明 佐藤昇志
花田賢一 佐藤長人 永田 真
能勢眞人 小森浩章 田中 聡
坂口志文 小林淳一 石山玄明
目次
I.T細胞
Tリンパ球分化における運命決定─シングルポジティブへの道 <鈴木春巳>…1
正の選択とCD4・8系列決定 究極のマスター遺伝子,Th-POKの発見
クロマチンの構造変化による転写制御
CD8-SPへの道のり(CD4遺伝子の転写抑制)
CD4-SPへの道のり(CD8遺伝子の転写抑制)
II.B細胞
B細胞の分化─形質細胞への分化とストレス応答
<磯部健一 羽根田正隆 石田佳幸 伊藤佐知子>…12
B細胞分化の全体像 形質細胞の骨髄,粘膜組織への移行
形質細胞分化とストレス応答 長寿命形質細胞
III.MHC,抗原細胞提示機構
1.制御性樹状細胞によるGVHD抑制 <佐藤克明 松山隆美>…20
マウス樹状細胞による免疫応答制御 ヒト樹状細胞による免疫応答制御
制御性樹状細胞を用いた免疫療法
2.MHCクラスIbファミリーの多様性 <梶川瑞穂 笠原正典>…30
MHCクラスIa分子とクラスIb分子
新しいMHCクラスIbファミリーの研究動向
3.腫瘍組織におけるHLA class I down-regulationと免疫逃避
<五十嵐健史 廣橋良彦 鳥越俊彦>…39
各種悪性腫瘍におけるHLA分子の発現と免疫逃避
ペプチドワクチン療法とHLA分子 HLA発現低下の分子機序
aberrantなHLA発現による免疫逃避
4.MHCとフェロモン <石井智浩>…47
鋤鼻嗅覚器官 H2-Mvの遺伝子構成,蛋白質の特徴,発現パターン
H2-Mvの機能 MHCペプチドとフェロモン様効果
IV.自然免疫から獲得免疫へのリンク
1.オートファジー(自食作用)による感染防御─宿主と微生物の新たな戦いの場
<中川一路>…54
オートファジー(自食作用) 感染防御機構としてのオートファジー
オートファジーを介した抗原提示
2.ペプチドグリカンの構造と宿主免疫反応 <上原亜希子 高田春比古>…65
ペプチドグリカンの構造 MDPの活性─NOD2を介するPGNの作用
DAP含有ペプチドの活性─NOD1を介するPGNの活性
NOD非依存的なPGNの活性 TLR系とNOD系の相乗作用
上皮細胞のPGRP
3.アジュバントの作用機序とワクチン適用への基礎研究
<瀬谷 司 松本美佐子>…75
微生物成分と樹状細胞応答の多様性 樹状細胞応答の多様性の分子機構
外来性抗原とcross-priming
4.自然免疫の構造生物学─IRFファミリー転写調節ドメインの構造生物学
<高橋清大 稲垣冬彦>…81
IRF-3の活性化メカニズム IRF-3の転写調節ドメインの構造
活性化機構における二つのモデル IKK-i,TBK-1による活性制御
IRF-3転写調節ドメインとSMAD MH2ドメイン
IRFファミリー転写調節ドメインの普遍的な役割
5.IRF-5(IFN-regulatory factor-5)と生体防御機構 <高岡晃教>…89
IRFファミリーメンバーとしてのIRF-5
IRF-5転写因子とウイルス感染によるIFN産生
TLRシグナルにおけるIRF-5転写因子の役割 IRF-5のその他の役割
V.NK,NKT
NKT系による自然免疫と獲得免疫のリンク <石川栄一 中山俊憲>…99
NKT細胞の特徴 NKT細胞の外来性リガンド,内因性リガンド認識と活性化
NKT細胞を標的とした悪性腫瘍に対する免疫療法
VI.サイトカイン
1.IL-12関連サイトカインによる免疫調節機構 <多田浩之 樗木俊聡>…103
IL-12関連サイトカインとは IL-23と感染防御 IL-23と疾患
2.IL-18 <星野友昭>…110
caspase-1活性を介したIL-18の産生 多様なIL-18受容体(R)複合体
IL-18Rからのシグナル伝達機構 IL-18と炎症性疾患・呼吸器疾患との役割
3.IL-27とIL-12サイトカインファミリー <吉田裕樹 宮崎義之>…118
IL-12サイトカインファミリー IL-27のTh1分化における役割
T細胞以外の細胞におけるIL-27/WSX-1の役割
IL-27による炎症性サイトカインの産生制御
新しいTh細胞集団“ThIL-17”とIL-12関連サイトカイン
4.STAT3 Ser727リン酸化を制御するキナーゼ系とその役割研究に関する最近の進展
<中嶋弘一>…126
IL-6シグナル間のポジティブクロストーク
IL-6/gp130シグナルによるSTAT3 Ser727リン酸化機序
IL-6/gp130以外でSTAT3 Ser727リン酸化に働くキナーゼ系
STAT3 Ser727リン酸化の役割の解析法
VII.接着,共刺激分子,トラフィッキング,ホーミング
リンパ球接着分子DNAM-1(CD226)のリガンドの同定とその機能
<田原聡子 渋谷和子 渋谷 彰>…134
DNAM-1 (CD226) DNAM-1リガンド
DNAM-1とDNAM-1リガンドの機能 DNAM-1のシグナル伝達経路
VIII.免疫組織
1.粘膜M細胞の新機能 <寺原和孝 清野 宏>…142
免疫系における粘膜組織の特殊性 M細胞の発生・分化
M細胞による抗原取り込み機構 M細胞を標的とした粘膜ワクチンの有用性
2.胸腺ストローマをつなぐタイト結合の役割 <一宮慎吾 小島 隆>…151
免疫系とタイト結合のかかわり 胸腺上皮スカフォールドの構造的特徴
胸腺組織のフリーズフラクチャーレプリカ像
胸腺髄質におけるタイト結合関連分子の発現調節機構
IX.免疫記憶,免疫調節,寛容
1.メモリーTh2細胞におけるTh2サイトカイン産生維持のメカニズム
<山下政克 中山俊憲>…157
Th2サイトカイン遺伝子座のクロマチンリモデリングの誘導
Th2細胞分化とヒストンアセチル化 Th2細胞分化とゲノム脱メチル化
Th2サイトカイン遺伝子座におけるDNaseI高感受性領域の誘導
Th2サイトカイン産生能の維持機構
2.メモリーB細胞受容体とシグナル <安達貴弘>…166
メモリーB細胞 B細胞抗原受容体(BCR)を介したシグナル伝達
免疫グロブリンクラスとB細胞活性化 メモリーB細胞の維持・活性化
3.CD8+CD122+制御性T細胞の免疫ホメオスタシス維持における役割
<鈴木治彦>…174
CD8+CD122+T細胞の存在様式 CD8+CD122+制御性T細胞の存在意義
CD8+CD122+制御性T細胞の作用様式
CD8+CD122+制御性T細胞の医療への応用性
X.感染と免疫
ウイルス感染に応答した自然免疫誘導のメカニズム <米山光俊 藤田尚志>…182
I型IFNの発現制御
Toll-like receptorによる細胞外でのウイルス認識とシグナル伝達
RNAヘリカーゼによる細胞内ウイルス認識とシグナル伝達
ウイルス感染細胞内での自然免疫とウイルス増殖のバランス
XI.腫瘍免疫,移植免疫
1.Hsp90-癌ペプチド複合体ワクチンの高CTL誘導性機構の解析
<大浦 淳 田村保明 佐藤昇志>…190
Hsp90の特徴 Hsp90-ペプチド複合体によるクロスプレゼンテーション
Hsp90-癌抗原ペプチド複合体を用いた癌免疫療法
2.プロテイン(ペプチド)スプライシングと腫瘍抗原 <花田賢一>…196
クラスI MHC拘束性抗原の抗原提示メカニズムとT細胞による認識
ヒトでの翻訳後スプライシング 最近報告された翻訳後スプライシング
以前から知られていたプロテインスプライシング
翻訳後スプライシングの生物学的意義について
XII.免疫疾患
1.アレルゲン免疫療法の現状と展望 <佐藤長人 永田 真>…204
気管支喘息管理におけるアレルゲン免疫療法の現在の位置づけ
免疫療法のメカニズム 喘息における免疫療法の新規臨床検討
喘息治療における免疫療法の今後の展望
2.膠原病のゲノム病理─病像多様性のポリジーンネットワーク
<能勢眞人 小森浩章>…211
lpr genotypeとphenotype 膠原病の感受性遺伝子座
膠原病の感受性遺伝子座の特性 膠原病の位置的候補遺伝子
膠原病のポリジーンネットワーク
3.新しいリウマチモデルとしてのSKGマウス─単一遺伝子突然変異が生む
自己免疫性関節炎 <田中 聡 坂口志文>…224
リウマチモデルマウス SKGマウスにおける関節炎発症のメカニズム
ヒト関節リウマチの臨床像とSKGマウスの表現形
ヒト関節リウマチの病因とSKGマウス SKGマウスからみたRA治療の概念
4.免疫系に作用する天然薬物の探索と創薬への応用 <小林淳一 石山玄明>…231
免疫賦活剤 非特異的免疫賦活剤 免疫抑制剤
免疫系に作用する天然薬物の探索と開発 TLRリガンドの探索
索引…239