序
多くの方々はご存知と思うが,医学部で卒後臨床研修がはじまり丸3年を経過した.この制度を研修システムとして卒後の臨床研修をとり入れたことはそれなりに評価はできる.しかし,当初予測されていた,いや予測以上の多くの問題点が噴き出し全面中止を含めた早急な改善が切迫している.
それら様々な問題点のなかでも大きなひとつがわが国の生命科学の基礎研究を支える若い研究者の確保があげられる.大学医学部離れが急速に進んだ結果として,大学院医学研究科等で基礎研究を志す大学院生が絶対数で明らかな減少をみせている.わが国の免疫学の進展にとっては,これは明らかに大きなドローバックである.
わが国の生命科学のレベルを世界は評価してくれていることは事実である.実際,世界で最先端をいっている研究が少なくない.臨床に熟練した医師を1年でも早く育て,より良い医療立国は当然である.しかし,加えて世界からより高い評価や尊敬を受けるに,免疫学を含む基礎科学に秀でること以上のものがあるだろうか.
厚生労働省に代表される国は短期的な課題に猛進するのでなく,長期的視点でわが国の人々が真に幸せになる方策を最優先してかじ取りをして欲しいものである.
同時に我々研究者も受け身の取り組みでなく,若い研究者のリクルートと育成をよりシステミックに,積極的に行う必要がある.若い研究者に優れた志をめばえさせるには書物が必須である.本書の各著者がそれこそ力を入れて書き上げた本書はうってつけと考える.今日の厳しい時代だからこそ本書はさらに輝きをもつと考える.
2006年11月
編者一同
[編集者]
奥村 康 平野俊夫 佐藤昇志
[著者]
山崎 晶 鈴木信孝 國澤 純
山野武寿 鵜殿平一郎 北村秀光
村上正晃 笠松 純 笠原正典
今井 純 矢原一郎 名黒 功
松沢 厚 藤野悟央 一條秀憲
山梨裕司 河合太郎 審良静男
猪原直弘 本田賢也 馬場智久
石津明洋 松本直樹 宮城智恵美
加々良尚文 山下 晋 熊ノ郷 淳
東 みゆき 小柴 茂 長島 勉
一宮慎吾 梅本英司 田中稔之
宮坂昌之 烏山 一 山崎 哲
西田圭吾 平野俊夫 秋山泰身
井上純一郎 毛利安宏 松本 満
古賀律子 竹田 潔 廣井隆親
塚越百合子 清野 宏 重原克則
田村保明 佐藤昇志 四十坊典晴
佐藤政芳 西村孝司 工藤千恵
河上 裕 花桐武志 安元公正
西川博嘉 佐藤永一 珠玖 洋
前田 愼 場集田 寿 林 伸樹
中西憲司 高地雄太 田村 裕
瀧口正樹 徳久剛史 篠原正浩
高柳 広
目次
I.T細胞
1.プレTCR介在性シグナリングと胸腺分化 〈山崎 晶〉 1
Lipid raftとpre-TCR pre-TCRと多量体形成能
pTα細胞内領域の機能 pTα細胞外領域の機能と多量体形成
DN細胞の刺激に対する感受性 pre-TCRとリンパ性白血病
2.T細胞抗原受容体シグナル伝達と自然免疫必須因子IRAK-4 〈鈴木信孝〉 8
IRAKファミリーメンバーとしてのIRAK-4
TLRシグナルにおけるIRAK-4の役割 真打ちとしてIRAK-4登場
IRAK-4キナーゼ活性の必要性 IRAK-4の変異によるヒトの免疫疾患
TCRシグナルにおけるIRAK-4の重要性
IRAK-4欠損マウスにおけるT細胞応答能力の低下
IRAK-4はin vitroにおけるT細胞の活性化に必要不可欠である
IRAK-4はT細胞シグナル伝達において,NF-ATではなくNF-κBの
活性化にのみ影響を与える
IRAK-4はリピッドラフト(細胞膜脂質ドメイン)内でPKCθの上流として働く
ZAP-70との会合を通じてIRAK-4は機能する
II.MHC,抗原細胞提示機構
1.抗原プロセッシング機構における分子シャペロンとERAAPの役割 〈國澤 純〉 24
MHC I拘束性抗原提示機構の概略 内在性抗原の由来
抗原プロセッシングに関与する分解酵素群
分子シャペロンを介した抗原プロセッシング制御
2.IFNγによるMHCクラスI発現機構の調節 〈山野武寿 鵜殿平一郎〉 36
DRiPsとCHIP IFNγ誘導性PA28とプロテアソーム
26Sプロテアソームの構造と機能を制御するhsp90
プロテアソーム以外の酵素のMHCクラスI抗原提示への関与
IFNγと小胞体ストレス,およびクロスプレゼンテーション
3.IL-6-STAT3とMHCクラスIIαβ-dimer発現調節 〈北村秀光 村上正晃〉 45
抗原提示細胞の機能 DCsの生体内機能 IL-6-STAT3シグナル伝達経路
IL-6-STAT3活性化によるMHCクラスIIαβ-dimerの制御
4.Variable lymphocyte receptorの構造と機能 〈笠松 純 笠原正典〉 53
無顎脊椎動物の免疫系 VLR遺伝子の発見 メクラウナギ類のVLR
VLRの抗原特異性 VLRの多様性
5.樹状細胞によるクロスプレゼンテーションとERADに関する新知見
〈今井 純 矢原一郎〉 62
クロスプレゼンテーション(CP)とは
クロスプレゼンテーション(CP)を受ける外来抗原の分解経路
クロスプレゼンテーション(CP)を受ける外来抗原の輸送経路
ERADとは ERADの高次生命現象への関与
III.自然免疫から獲得免疫へのリンク
1.ASK1シグナリングのRedoxによる制御と自然免疫応答への関与
〈名黒 功 松沢 厚 藤野悟央 一條秀憲〉 73
MAPKカスケードと酸化ストレス応答性分子ASK1
自然免疫応答におけるASK1の役割
2.免疫機構とDok-1/Dok-2を介した抑制シグナル 〈山梨裕司〉 85
Dokファミリー分子の構造と機能 LPSシグナルにおけるDok-1/2の生理機能
リンパ球におけるDok-1/2の生理機能
3.ウイルス感染制御におけるIPS-1の役割 〈河合太郎 審良静男〉 93
ウイルス感染を察知するセンサー: TLRとRLH
TLRおよびRLHを介するウイルス感染応答性シグナル伝達経路
IPS-1のクローニング IPS-1の機能 IPS-1の生体内での役割
IPS-1とC型肝炎ウイルス
4.Nodファミリータンパク質の免疫応答における役割 〈猪原直弘〉 101
Nodタンパク質と免疫応答 その他のNodタンパク質 Nod関連疾患
5.IRFファミリー分子によるI型インターフェロン産生の制御 〈本田賢也〉 112
IFN-βプロモーターとIRFファミリー転写因子
細胞質受容体によるIFN遺伝子誘導メカニズム TLR経路によるIFN-α/β誘導
6.CD4/CD8 double positive(DP)macrophageの機能
〈馬場智久 石津明洋〉 124
CD4/CD8 DP単球・マクロファージの発見
CD4/CD8 DP単球・マクロファージの分化誘導メカニズム
CD4/CD8 DP単球・マクロファージの機能的特徴
CD4/CD8 DP単球・マクロファージの免疫学的役割と疾患との関連
将来的な展望
IV.NK,NKT
カドヘリンを認識するNK細胞レセプターKLRG1による先天性免疫
(NK細胞)および獲得免疫(T細胞)の制御 〈松本直樹〉 132
KLRG1の再発見: NK細胞,T細胞に発現する抑制性レセプター
KLRG1によるタイプIカドヘリンの認識
NK細胞,T細胞におけるKLRG1の発現 KLRG1の生理的機能
V.サイトカイン
1.Epithelial-mesenchymal transitionにおけるサイトカインシグナルと
亜鉛シグナルの役割 〈宮城智恵美 加々良尚文 山下 晋〉 42
サイトカインシグナルによるEMT制御
サイトカインシグナルと亜鉛トランスポーター
亜鉛トランスポーターとEMT 亜鉛シグナル
2.セマフォリンによる免疫制御 〈熊ノ郷 淳〉 148
クラスIII型セマフォリン クラスIV型セマフォリン
クラスVI型セマフォリン VII型セマフォリン
ウイルスセマフォリン NP-1
VI.接着,共刺激分子,トラフィッキング,ホーミング
B7ファミリー共刺激分子による免疫制御機構の新展開 〈東 みゆき〉 155
共刺激受容体とそのリガンドupdate 末梢臓器における免疫寛容と共刺激
癌細胞におけるB7発現とその意義 制御性T細胞と共刺激分子
B7シグナルによる樹状細胞の機能変化
VII.免疫組織
1.扁桃研究の新展開−扁桃病巣感染症のメカニズム
〈小柴 茂 長島 勉 一宮慎吾〉 164
扁桃の発生 扁桃免疫機構の新展開 扁桃と自己免疫疾患との関わり
2.新規HEV関連分子nepmucinとリンパ球トラフィッキング
〈梅本英司 田中稔之 宮坂昌之〉 172
L-セレクチン結合性糖鎖形成における硫酸基転移酵素の関与
HEV上でL-セレクチンリガンドを形成するコア蛋白質の同定
Peyer板HEVとリンパ球の多段階接着反応
リンパ節HEVに発現する新規シアロムチンnepmucinの同定
NepmucinはHEV上でL-セレクチンリガンドのコア蛋白質として機能する
NepmucinはIgドメインを介してリンパ球の結合を媒介する
3.好塩基球による慢性アレルギー炎症 〈烏山 一〉 180
好塩基球の特徴: マスト細胞との異同
Th2サイトカイン産生細胞としての好塩基球
アレルギーにおける好塩基球の役割
4.肥満細胞の脱顆粒機構 〈山崎 哲 西田圭吾 平野俊夫〉 187
脱顆粒反応における膜融合 細胞骨格と顆粒移行
肥満細胞脱顆粒後の顆粒回復
VIII.免疫記憶,免疫調節,寛容
自己寛容成立におけるTRAF6の役割 〈秋山泰身 井上純一郎〉 195
TRAF6 TRAF6欠損マウスの自己免疫疾患様病態
TRAF6欠損マウスにおける胸腺内制御性T細胞の分化異常
IX.自己免疫
自己免疫疾患発病におけるAIREの役割 〈毛利安宏 松本 満〉 204
AIREの生化学的性状 AIRE欠損マウスの免疫学的性状の解析
X.感染と免疫
1.細胞内寄生性病原体と自然免疫応答 〈古賀律子 竹田 潔〉 212
Trypanosoma cruzi感染における自然免疫応答
Trypanosoma cruzi感染に対する防御においてI型インターフェロンの果たす役割
2.粘膜系好酸球様樹状細胞による免疫寛容制御
〈廣井隆親 塚越百合子 清野 宏〉 221
経口免疫寛容とは? 経口免疫寛容を用いた各種疾患への取り組み
T細胞を中心とした経口免疫寛容誘導・抑制機序 免疫寛容と樹状細胞
粘膜面に存在する新たなCD11c+樹状細胞
粘膜固有層に存在する新たな制御性樹状細胞
3.結核病巣とT細胞免疫応答 〈重原克則 田村保明 佐藤昇志 四十坊典晴〉 231
結核病巣の成立 Dormant stateの結核菌
Dormant stateの結核菌に対する宿主側の免疫応答
XI.腫瘍免疫,移植免疫
1.癌抗原特異的TCR遺伝子導入Tc1,Th1細胞の癌治療への応用性
〈佐藤政芳 西村孝司〉 240
Th1免疫の活性化を考慮した癌免疫療法の理論背景
初期のTCR遺伝子導入実験
TCR遺伝子の導入による癌特異的Th1,Tc1細胞加工法の開発
TCR遺伝子導入の新たな展開
2.Homeostatic expansionと腫瘍抗原特異的T細胞誘導
〈工藤千恵 河上 裕〉 250
腫瘍特異的T細胞のhomeostatic expansion
homeostatic ex-pansion機構を応用した癌免疫療法
3.腫瘍抗原と免疫逃避機構 〈花桐武志 安元公正〉 258
腫瘍抗原の欠失 腫瘍細胞におけるHLA分子の発現異常
腫瘍の免疫逃避の克服
4.Tregと癌免疫応答 〈西川博嘉 佐藤永一 珠玖 洋〉 266
Tregとは Tregは腫瘍免疫応答を抑制する
CD4+CD25+Tregは腫瘍局所に集積する
CD4+CD25+Tregの抑制を克服できるか?
5.炎症と発がん 〈前田 愼〉 277
炎症と発がん初期段階(initiation)
炎症と発がん促進段階(promotion,progression) 獲得免疫と発がん
6.移植の新しい治療戦略 〈場集田 寿〉 286
トレランス誘導の試み
ステロイドやカルシニューリン阻害剤からの脱却を図る試み
XII.免疫疾患
1.気管支喘息病態とIL-18 〈林 伸樹 中西憲司〉 294
IL-18の生理作用 Th1/Th2喘息実験モデルとIL-18
抗原なしにIL-18で誘導される喘息モデル
ヒト型抗ヒトIL-18抗体の作製と臨床応用
2.FCRL3遺伝子と自己免疫疾患との関連 〈高地雄太〉 301
自己免疫疾患感受性遺伝子FCRL3 FCRL遺伝子ファミリー
FCRL3分子と自己免疫
XIII.バイオインフォマティクス,他
1.免疫機能分子のバイオインフォマティクス
〈田村 裕 瀧口正樹 徳久剛史〉 309
免疫インフォマティクス(immunoinformatics)の現状
免疫インフォマティクスが取り扱う各種データ
免疫インフォマティクスに関与するデーターベース・研究支援ツール
今後の展開
2.NFATc1による破骨細胞分化のメカニズム 〈篠原正浩 高柳 広〉 317
NFATファミリー 破骨細胞分化シグナル
破骨細胞におけるNFATc1-破骨細胞分化のマスターレギュレーター
NFATc1の遺伝子発現制御機構
破骨細胞におけるNFATc1の活性化機構−免疫受容体からのシグナル
骨破壊性疾患におけるNFATc1を標的とした治療に向けて
索 引 326