免疫学の進歩は止る所を知らず,生物学の重要な一分野としての地位を確立した感がある。一方,生体の恒常性維持,生体防御という免疫の本質は,そのまま医学にとって最も基本的な問題と深いかかわりを持っている。かつては基礎的研究が臨床に応用されるまでには三十年かかるといわれた。現在はラボラトリーとクリニックの距離は極めて短かい。工夫によっては直ぐにでも臨床に応用できる新しい発見がごろごろしているのが免疫学の楽しい所である。

 本書はそのような基礎的な問題から臨床の実際に至るまで,免疫の広い分野に亘って,その年における進歩,トピックスを若手の第一線の研究者に執筆していただいている。本年も話題となった数々の新しい進歩を盛ることができた。読者のあくなき好奇心を満たしてくれることは間違いない。

 免疫に関する厖大な情報を,故人が原典に一々当って取捨することは今や不可能となった。本書を一読していただけばおわかりのように,その方面の第一人者が文献を消化し,自己の仕事を加えて読者に吸収されやすいように料理されてある。毎年少くともこれだけは読み,数年継続すれば免疫学の進歩に追従していけることが保証される。

 免疫学の最前線にあって,一瞬の間も惜しい中を快よく執筆を承諾し,魅力ある論説を展開して下さった執筆者各位に心からの敬意と謝意を捧げる次第である。

 読者の変らぬ支持に感謝すると共に,この有意義な企画を推進された中外医学社の青木三千雄社長,荻野,小川,青木の諸氏に敬意を表する。

1995年11月

編集一同

菊地浩吉  矢田純一  奥村 康 編集  

著者

小野 暁  斉藤 隆  田村敏生  渡部久実  安保 徹  

関 修司  南野昌信  石川博通  烏山 一  石原克彦  

平松隆司  坂野 仁  上口権二郎 鳥越俊彦  佐藤昇志  

中野昌康  空閑聖治  新納宏昭  大塚 毅  高田 肇  

猪子英俊  冨山宏子  滝口雅文  生澤公一  柳原行義  

宮坂信之  中山勝敏  中島敦夫  東みゆき  川島博人  

木梨達雄  高山晋一  加藤和則  池田英之  小海康夫  

八木橋厚仁 和田好正  岩城裕一  小笠原一誠 古賀泰裕  

野々山恵章 吉野 伸  小池竜司

目次

I.T細胞

1.TCR/CD3複合体の分子構築 〈小野 暁 斉藤 隆〉1

 会合,細胞内輸送,細胞表面の発言調節 

TCR発現調節におけるα鎖の役割 TCR発現に対するζ鎖の役割と独自の代謝回転 CD3ε分子の小胞体残留シグナル

2.Th1細胞とTh2細胞における活性化シグナルの相違 〈田村敏生〉9

TCR-CD3複合体を介した活性化1次シグナル伝達:サイトカイン産生に必要なシグナル 活性化2次シグナル伝達

3.NK1.1+T細胞の由来と機能 〈渡部久実 安保 徹 関 修司〉18

intTCR細胞とNK1.1+T細胞 intTCR細胞,NK1.1+T細胞の形態と表面形質 自己反応性禁止クローン intTCR細胞,NK1.1+T細胞のキラー活性 ヒトTNK細胞

4.腸管上皮細胞間T細胞の発達分化と機能 〈南野昌信 石川博通〉25

IELの発達分化 IELのTCRV遺伝子の多様性 IELの機能 IELと小腸上皮細胞(IEC)の機能的連結

II.B細胞・免疫グロブリン

1.B細胞初期分化と代替軽鎖(surrogate light chain) 〈烏山 一〉31

代替軽鎖の構造と遺伝子 B細胞分化におけるSL鎖の役割 μ鎖SL鎖複合体を介するシグナル伝達経路 SL鎖に関わる問題点

2.B細胞系の分化とストローマ細胞 〈石原克彦〉39

骨髄ストローマ細胞 Bリンパ球の初期分化 Bリンパ球分化におけるストローマ細胞の役割 ヒトストローマ細胞の機能分子BST-1とBST-2 ストローマ細胞を用いた実験系

3.抗原レセプター遺伝子のV(D)J組換えの制御 〈平松隆司 坂野 仁〉49

V(D)J組換え反応とそれを担う酵素群(リコンビナーゼ)

V(D)J組換えの制御

III.マクロファージ・抗原提示細胞

1.抗原処理,提示機構における分子シャペロン・ストレス蛋白質 〈上口権二郎 鳥越俊彦 佐藤昇志〉58

抗原処理,抗原提示とその研究の意義 内因性抗原の抗原処理,提示機構 外因性抗原の抗原処理,提示機構 hspによる抗原提示

2.マクロファージとNO 〈中野昌康〉64

誘導型NO合成酵素 NOの産生の調節 ヒト単球・マクロファージからのNOの生成 NOと生体防御

3.IL-10のマクロファージ機能抑制機序 〈空閑聖治 新納宏昭 大塚 毅〉72

形態 表面マーカー サイトカイン産生 エフェクター機能 凝固系機能 脂質代謝 IL-10レセプターを介したシグナル伝達

4.クラスII抗原による抗原提示とHLA-DM 〈高田 肇 猪子英俊〉84

DM抗原分子の性状 DM抗原の細胞内分布とMIIC クラスII分子による抗原提示とDMの役割 DMの機能発現の機構 DMの多型性とその意義

5.HLAハプロタイプとクラスI結合モチーフ 〈冨山宏子 滝口雅文〉96

HLAクラスI分子の構造 クラスI分子結合ぺプチドのモチーフ

IV.サイトカインとそのレセプター

1.IL-4レセプターからのシグナル伝達機構 〈生澤公一 柳原行義〉104

IL-4Rの構成 IL-4Rに会合するシグナル伝達因子 IL-4による遺伝子発現調節

2.インターロイキン15 〈宮坂信之〉112

サイトカインレセプターのredundancy IL-15の遺伝子クローニング IL-15産生臓器と産生細胞 IL-15の生物活性 IL-15レセプター IL-15の関与する病態 今後の課題

3.転写因子IRF-1とインターフェロン 〈中山勝敏〉117

IFNシステムとIRF IRFによる細胞増殖の制御 IRF-1によるアポトーシスの制御

V.接着分子

1.CD80/CD86とCD28/CTLA4の相互作用とその制御 〈中島敦夫 東みゆき〉127

抗原特異的なT細胞の活性化とcostimulatory分子 CD28/CTLA4とCD80/CD86の機能と相互作用 T細胞の分化に関わるCD80/CD86 CD28シグナル阻害による免疫反応の制御

2.リンパ球のホーミングと接着分子 〈川島博人〉139

二次リンパ組織へのリンパ球ホーミングの意義 二次リンパ組織へのリンパ球ホーミングに関与する接着分子

3.インテグリンによる接着の調節機構 〈木梨達雄〉148

インテグリンの構造 インテグリンの機能調節

VI.腫瘍免疫

1.アポトーシスとBcl-2関連分子 〈高山晋一〉156

アポトーシスとBcl-2 Bcl-2結合蛋白によるアポトーシスの制御 Bcl-2関連分子におけるノックアウトマウス

2.細胞間接着分子導入による抗腫瘍免疫能の増強と治療への活用 〈加藤和則〉169

細胞間接着分子(特にCD28/CD80,CD86) CD80,CD86導入腫瘍による抗腫瘍効果 MHC遺伝子導入 抗原提示細胞と癌抗原

3.ヒトメラノーマのCTLエピトープ 〈池田英之〉176

同定されたヒトメラノーマCTLエピトープ 抗原同定の方法論 クラスIとペプチドモチーフ 狭義のCTLエピトープ ヒトメラノーマシステム ペプチドを用いたCTLの誘導(in vitro) ペプチドを用いたCTLの誘導(in vivo)

VII.移植免疫・組織適合抗原

1.移植骨髄の拒絶と生着のメカニズム 〈小海康夫〉184

NK細胞とClassI分子 β-2m欠損マウス骨髄の拒絶 G-CSFを発現するトランスジェニックマウスでの移植骨髄拒絶の抑制

2.新しい免疫抑制剤と移植免疫 〈八木橋厚仁〉190

免疫抑制剤の作用 サイトカインと免疫抑制剤 接着分子と免疫抑制剤 細胞周期と免疫抑制剤 種々の免疫抑制作用をもつ物質 免疫抑制剤の臨床

3.Prostem cell その概念と応用  〈和田好正 岩城裕一〉199

Prostem cellの樹立 Prostem cellの特徴 Prostem cellの臨床応用の可能性

VIII.感染と免疫

1.カセットセオリーによるワクチンの設計 〈小笠原一誠〉204

三分子複合体 カセットセオリー カセットセオリーのヒトへの応用

2.HIVとアポトーシス 〈古賀泰裕〉211

HIV感染による免疫不全 HIV感染細胞のアポトーシス 直接のHIV感染によらないアポトーシス HIV感染個体内CD4T細胞消失の原因

IX.免疫疾患

1.Wiskott-Aldrich症候群の責任遺伝子 〈野々山恵章〉219

Wiskott-Aldrich症候群にみられる異常所見 WASPの構造 WASおよびXLTにおけるWASP遺伝子の異常 WASPタンパクの機能

2.経口トレランスによる自己免疫病の治療 〈吉野 伸〉225

経口トレランスによる実験的自己免疫病の抑制 経口トレランスによるヒト自己免疫病の治療

3.リンパ節欠損(aly)マウス 〈小池竜司〉233

遺伝性リンパ節欠損(aly)マウスとは? alyマウスの特徴 alyマウスの免疫能 リンパ節の形成 alyマウスリンパ球の形質 alyマウス間葉系細胞の形質 alyマウス脾臓の構築異常 alyマウスの原因遺伝子 Lymphotoxinとalyマウス alyマウスの免疫学研究への応用

索引 241