序
長年研究をしていると「口惜しきことのみ多かりき」で,次第に鬱積してくる.多くは力仕事で,結論が大体わかっていて,方法論の差で敗れるのだが,中には,やられてみると,発見が目の前にぶら下がっていたのに,見れども見えず,他人にいわれて初めて気がつくことがある.まさに不明のいたすところと恥じ入るより仕方がない.
最近の出来事ではアポトーシスがある.編者の一人は30年前,リンパ球が癌細胞を破壊する現象を位相差顕微鏡映画に撮っていたが,当時の常識とは異なり初めに核の変化がおこり,細胞膜にあまり変化がなくて細胞死が来る事を観察した.染色所見では,古くからkaryorrhexisとして病理学教科書に記載されている変化であった.細胞が死ぬのだから,核に変化があるのは当然と,気にもとめなかった.現在アポトーシスとしてあまりにも有名で,生物学的に重要な現象がそこにあったとは全く思いもよらなかった.視野の狭さ,発想の乏しさを嘆くのみである.
本書は人体まるごとの疾患から遺伝子にいたる,ひろく免疫学の最近の進歩をわかり易く解説してある.毎年少なくともこれだけを読めば,急速な免疫学の進展についていく事ができるように工夫されてある.どうか本書を毎年通読することによって,大局を見渡し,何が重要であるかを見極める目をとぎすましていただきたい.
幸い本年も第一線の若手研究者の執筆をいただいた.本書の意義を理解され,一瞬も惜しい時間を割いていただいた事にお礼を申し上げたい.中外医学社の各位には,この有意義な企画を推進されたことに深い敬意を表するものである.
1996年11月
編者一同
菊地浩吉 矢田純一 奥村 康 編集
著者
大沢匡毅 中内啓光 平峯千春 友成久平 上阪 等
佐藤健人 垣生園子 善本知広 中西憲司 鈴木 元
松下 祥 桑原一彦 河合太郎 阪口薫雄 鎌仲正人
三原祥嗣 鈴木 登 中島日出夫 荒瀬 尚 吉田龍太郎
田中啓二 新原直樹 鵜殿平一郎 稲葉カヨ 稲葉宗夫
西村泰治 辻村邦夫 高橋利忠 小幡裕一 松浦晃洋
笠井 潔 杵渕 幸 勝沼信彦 平野裕之 小野史郎
安部 良 高澤徳彦 東村紀一 菅村和夫 梅原久範
岡崎俊朗 堂前尚親 榧垣伸彦 八木田秀雄 村上正晃
楢崎雅司 樋口雅也 菅村和夫 紅露 拓 高津聖志
中野裕康 岡村春樹 筒井ひろ子 中西憲司 宮園浩平
澁谷浩司 Rishani Wijesuriya 小川 真 于 文功
藤原大美 神奈木玲児 西村孝司 柴垣直孝 濱田洋文
久枝 一 内山順造 古賀泰裕 野々山恵章 森尾友宏
柳原行義 松田浩珍 沢田淳子 松本正博 上野川修一
八村敏志
目次
I.T細胞
1.造血幹細胞の自己複製と多分化能 〈大沢匡毅 中内啓光〉 1
造血幹細胞の純化法 造血幹細胞の自己複製能 造血幹細胞の多分化能
2.ナーシング胸腺上皮細胞とアポトーシス 〈平峯千春〉 13
TNCとナーシング胸腺上皮細胞 胸腺内におけるT細胞アポトーシスの場としての上皮細胞由来TNC/ナーシング胸腺上皮細胞 胸腺内におけるT細胞アポトーシスの場としてのMφ由来TNC/ナーシングMφと貪食専門Mφ ナーシング胸腺上皮細胞株(TNC株)と胸腺リンパ球のアポトーシス
3.T細胞Vβ特異的な正と負の選択,そのリガンド分子と疾患 〈友成久平〉 29
TCRVβ特異的negative selectionとそのリガンド Mtv/MMTV以外のウイルス性SAG SAGと疾患 TCRVβ特異的positive selectionとそのリガンド
4.T細胞リセプター遺伝子レパトワの形成 〈上阪 等〉 36
マウスT細胞レパトワの形成 ヒトαβT細胞TCRレパトワ ヒトCD4/CD8T細胞TCRレパトワ ヒトγδT細胞TCRレパトワ Dual TCRT細胞
5.胸腺内ポジティブセレクション 〈佐藤健人 垣生園子〉 44
胸腺細胞の認識する自己由来ペプチド PSに伴うCD4/8発現調節のメカニズム PSに関与するシグナルの解析 細胞死とPS
6.IL-4産生CD4+NK1.1+T細胞の機能 〈善本知広 中西憲司〉 56
NK1.1+T細胞の特徴 NK1.1+T細胞の機能 生体内primary IL-4産生細胞としてのCD4+NK1.1+T細胞 生体内IgE産生誘導とNK1.1+T細胞 Vα14トランスジェニックマウス 肝内IL-4産生CD4+NK1.1+T細胞の生理的役割
7.T細胞アナジーの解消機序 〈鈴木 元〉 73
末梢リンパ組織におけるT細胞寛容および分化 末梢性寛容導入を阻害する因子
8.T細胞応答におけるペプチドの部分アゴニズム・アンタゴニズム 〈松下 祥〉 81
TCRアンタゴニスト 部分アゴニスト 抗原ペプチド上のTCR siteとMHC site (アンカー) T細胞の選択とアナログペプチド 成熟T細胞とアナログペプチド
II.B細胞
1.sL鎖/μ鎖からの細胞内シグナル伝達 〈桑原一彦 河合太郎 阪口薫雄〉 90
sL鎖/μ鎖複合体の構造 sL/μ鎖の発現 sL/μ鎖を介するシグナル伝達 sL/μ鎖の機能
2.CD40ノックアウトマウスのB細胞分化異常 〈鎌仲正人〉 97
CD40ノックアウトマウスの表現型 体液性免疫の異常の原因 T-B細胞間相互作用とCD40 自己免疫疾患との関係 メモリーB細胞形成とCD40 B 細胞の初期分化とCD40 B細胞以外の細胞に発現するCD40の役割
3.レセプターエディティングによる自己反応性B細胞の除去
〈三原祥嗣 鈴木 登〉 104
免疫グロブリン遺伝子の再編成(rearrangement) レセプターエディティング トリにおけるB細胞分化 全身性エリテマトーデス患者におけるレセプターエディティングの異常
III.MHC非拘束性細胞
1.MHCクラスIレセプターによるNK活性の制御機能 〈中島日出夫〉 114
H-2に対するマウスの抑制レセプター HLA class Iに対する抑制レセプター T細胞上の抑制レセプター
2.NK細胞の細胞傷害機構とFas 〈荒瀬 尚〉 123
NK細胞の活性化機構 NK細胞の活性化制御機構 NK細胞の細胞傷害機構 NK細胞のFasを介した細胞傷害機構の意義
3.Allograft-induced macrophage 〈吉田龍太郎〉 130
移植片拒絶機構を明らかにするための実験系の確立 Specific Killerとしての新しいタイプのマクロファージの発見 移植片拒絶部に浸潤する2種類の細胞傷害性エフェクター細胞 提唱したい移植片拒絶機構
IV.抗原処理・抗原提示
1.プロテアソームと抗原処理機構 〈田中啓二 新原直樹〉 138
ユビキチンとプロテアソーム 免疫プロテアソーム ダンベル型およびフットボール型プロテアソーム 内在性抗原提示の分子機構
2.抗原ペプチドのMHC class Iへの転送分子 〈鵜殿平一郎〉 147
MHC class I分子のassembly TAP結合ペプチドのモチーフ構造 TAPとHLA class I-β2 microgrobulinの会合 熱ショック蛋白による抗原ペプチドの転送 今後の課題と研究の方向性
3.抗原提示細胞の機能と接着分子 〈稲葉カヨ 稲葉宗夫〉 154
T細胞との相互作用における接着分子 樹状細胞の移動(migration)に関与する接着分子 抗原の取り込みに関与する接着(吸着)分子 樹状細胞上のFas-ligand発現
4.MHCクラスII分子と結合ペプチド 〈西村泰治〉 162
MHC-IIの構造 MHC-II 結合性ペプチドの特徴 T細胞レセプター (TCR) とMHC-II・ペプチド複合体の相互関係 MHC-IIの機能
5.γδT細胞への抗原提示分子 〈辻村邦夫 高橋利忠 小幡裕一〉 174
γδ型TCRとαβ型TCRの抗原認識様式の違い γδ型TCRによるMHC分子の認識 γδ型TCRによって認識されるその他の抗原
6.CD1抗原の構造・発現・機能 新しい抗原提示分子としての役割
〈松浦晃洋 笠井 潔 杵渕 幸 菊地浩吉〉 183
CD1抗原の構造 CD1遺伝子ファミリー 2つのCD1クラス CD1抗原の発現 CD1分子の機能
7.カテプシンBによる外来抗原プロセスシングと産生抗体クラスの制御
〈勝沼信彦〉 192
抗原提示機構の多様性-序言に代えて 抗原のプロセッシングと抗体産生の制御 ビタミンB6によるプロセッシングの抑制 抗原プロセッシングとサイトカイン産生の関係 抗原プロセッシングと産生抗体クラススイッチの関係
V.接着分子・補助シグナル分子
1.Th1-Th2バランスの制御と免疫応答 〈平野裕之 小野史郎〉 199
Th 1及びTh 2タイプ Th 1及びTh 2細胞亜集団の誘導とその調節 Th 1及びTh 2タイプと疾患
2.CD28欠損マウス 〈安部 良〉 211
CD28分子 CD28欠損マウス T細胞レパートリーの形成 CD28欠損マウスの免疫能
3.OX40/OX40L系: 新たな免疫応答調節システム
〈高澤徳彦 東村紀一 菅村和夫〉 219
OX40,OX40Lの構造 OX40,OX40Lの発現 OX40/OX40Lの機能 OX40/OX40L 系の疾患への関与
4.細胞接着を介したチロシンキナーゼの活性化
〈梅原久範 岡崎俊朗 堂前尚親〉 227
インテグリン分子と細胞骨格蛋白 インテグリン分子を介したシグナル経路 FAKの構造 FAKに結合するシグナル伝達物質 インテグリンとcostimulatory signal
5.Fasリガンドの発現による免疫応答の制御 〈榧垣伸彦 八木田秀雄 奥村 康〉 236
FasとFasリガンド エフェクター分子としてのFas L Fas/Fas LによるT細胞の制御 Fas/Fas LによるB細胞の制御 Immune-privileged site
6.CD28,CTLA4分子のリガンド,B7-1,B7-2,B7-1aおよびACBMの構造と機能
〈村上正晃〉 246
B7-1とB7-2の同定 B7-1とB7-2の構造 B7-1とB7-2の機能 B7-1aの同定 B7-1aの発現と機能 ACBMの同定 ACBMの生化学的性質 ACBMの発現と機能 応用
VI.サイトカイン
1.gp130を介するシグナル伝達経路 〈楢崎雅司〉 259
IL-6受容体システム gp130分子の細胞内領域の特徴 IL-6刺激で活性化されるJAKファミリーキナーゼ STAT3の活性化機序とその働き Ras/MAPキナーゼの活性化とNF-IL-6 その他の信号経路と未知の問題
2.IL-2レセプターからのシグナル伝達 〈樋口雅也 菅村和夫〉 269
IL-2Rの構造 IL-2Rに会合するチロシンキナーゼとその機能 チロシンキナーゼの下流のシグナル伝達分子群
3.IL-5シグナル伝達におけるレセプターα鎖の役割 〈紅露 拓 高津聖志〉 276
IL-5レセプターの構造 IL-5レセプターの機能ドメイン IL-5レセプターを介して活性化されるシグナル伝達経路 IL-2レセプターとのクロストーク
4.TNFレセプターファミリー受容体を介するシグナル伝達
〈中野裕康 八木田秀雄 奥村 康〉 285
Tumor necrosis factor receptor associated factor (TRAF)ファミリーのクローニング FasやTNFR60と会合するDeath domain (DD)を有する分子群; MORT1/ FADD,TRADD, RIP, FLICE/MACH TNFRスーパーファミリー受容体の下流に存在するその他の分子群
5.マクロファージの産生する新しいサイトカイン IGIF
〈岡村春樹 筒井ひろ子 中西憲司〉 294
IGIFcDNAのクローニングとヌクレオチド配列 IGIFの産生細胞 IGIFの作用 IGIFの検出
6.TGFβレセプターの構造と機能 〈宮園浩平〉 302
TGFβレセプターの種類と構造 TGFβレセプターによるヘテロオリゴマーの形成 TGFβレセプター活性化のメカニズム TGFβレセプターによるシグナル伝達機構 TGFβレセプターと癌抑制遺伝子
7.TGF-βシグナル伝達機構 〈澁谷浩司〉 308
TAK1の単離および構造 TAK1の機能 TAB1の単離および構造 TAB1の機能
VII.腫瘍免疫
1.IL-12の生物活性と抗腫瘍効果
〈Rishani Wijesuriya 小川 真 于 文功 藤原大美〉 315
IL-12の序論 IL-12の生物活性 IL-12の抗腫瘍効果 IL-12の抗腫瘍効果のまとめ
2.腫瘍細胞の細胞接着分子 〈神奈木玲児〉 329
癌細胞どうしの接着: カドヘリン 癌細胞と血管内皮細胞との接着: セレクチンのリガンド糖鎖 結合織成分との接着: インテグリン CD44
3.Local help と癌治療 〈西村孝司〉 341
Local helpの重要性 MHC結合性抗原による能動免疫 サイトカイン療法 養子免疫療法によるlocal helpの導入 免疫遺伝子治療
4.サイトカイン導入腫瘍ワクチン 〈柴垣直孝 濱田洋文〉 355
腫瘍ワクチンとサイトカイン サイトカイン遺伝子導入ワクチン療法における問題点 サイトカイン導入腫瘍ワクチン療法の今後の方向性
VIII. 感染と免疫
1.原虫の防御とγδT細胞 〈久枝 一〉 362
γδT細胞の特性 γδT細胞のリガンドと抗原認識 γδT細胞の機能 原虫感染におけるγδT細胞
2.HIV感染によるT細胞融合とアポトーシス 〈内山順造 古賀泰裕〉 372
ウイルス感染とアポトーシス HIV感染による免疫不全 HIVエンベロープ蛋白とT細胞融合そしてアポトーシス HIVとFasシステム HIV感染個体内CD4T細胞消失の原因
IX.免疫疾患・アレルギー
1.JAK-3 とリンパ球発生異常 〈野々山恵章〉 379
JAK3 の構造と機能 ヒト常染色体性SCID 患者におけるJAK3の異常 ヒト常染色体性SCID患者にみられるリンパ球分化異常 JAK3ノックアウトマウスにおけるリンパ球分化異常
2.ZAP-70異常と免疫不全症 〈森尾友宏〉 383
ZAP-70の構造と機能 ZAP-70遺伝子変異による免疫不全症
3.IgEクラススイッチ機構 〈柳原行義〉 390
IgEクラススイッチの分子機構 IgEクラススイッチに関与するシグナル伝達機構 Cε遺伝子の発現調節
4.アトピー性皮膚炎モデルマウス 〈松田浩珍 沢田淳子 松本正博〉 402
即時型アレルギー誘発モデル 遅延型アレルギー誘発モデル アトピー性皮膚炎モデル NC/Ngaマウスを用いた今後の研究
5.経口免疫寛容の機序と自己免疫疾患・アレルギーの発症抑制
〈上野川修一 八村敏志〉 409
経口免疫寛容の誘導機構 経口免疫寛容による自己免疫疾患・アレルギー反応の抑制
索 引 417