編者の一人,KKは,大学を定年退職し,この機会に本書の編集も辞することにした.私事ではあるがここ半世紀の免疫学の推移との関わりを振り返り,本書の序に代えさせていただきたい.

 1953年,WatsonとClickがDNAの螺旋構造でノーベル賞を受けた時は,KKは教養部の学生であった.BurnetとMedawarがノーベル賞を受賞したとき(1960)は大学院学生であった.恥ずかしながら何れもその内容,その意義は理解できなかった.しかしMillerの新生児胸腺摘除の論文(1961)を読んで追試し,現代免疫学の方向をおぼろげながら手探りすることができた.

 海外留学(1966-69)の時はin vivo技術の免疫学への応用が容易になり,細胞レベルの解析を行った.この頃,免疫グロブリンの分子構造が明らかになり,Porter Edelmanがノーベル賞を受賞し,免疫学はこれで解決したと思った.やがて1971年,第1回国際免疫学会がWashingtonで開催される.この頃はまさにT細胞,B細胞の真っ盛りであった.T,Bに止まらず,そのサブセット,NKその他多種類の細胞のcell interactionが免疫反応を支配するドラマが展開された.その根底にあるMHCの重要性は早くから認識され,Snell,Dausset,Benacerrafは1980年に,またZinkernagelとDohertyは免疫反応のMHC拘束を発見し各々ノーベル賞を受賞した.1975年のK喇ler,Milsteinによるモノクロナール抗体(mAb)の発明(1984年,ノーベル賞受賞)は,物質の同定に限りない力を発揮した.免疫反応の制御には各種サイトカインとレセプター,接着分子とそのリガンドが働いていることも明らかにされた.これらの知識や,BersonとYalow(1977年,ノーベル賞受賞)のラジオイムノアッセイ法やmAbなど,免疫学は科学の他の分野に大きく貢献するようになり,私達も肩身を広くしたものである.利根川(1987年,ノーベル賞受賞)の免疫グロブリン遺伝子組み換え理論は抗体の多様性を明快に説明した.以上の進歩の原動力には分子生物学の驚異的な発展があったことはいうまでもない.とくにMaliceとSmith(1993年,ノーベル賞受賞)のPCRの発明は特筆に値する.

 実際,息つく暇もなく新しい事実が次から次へと発見され,謎が一枚づつベールを脱いで解きあかされてきた.私達の研究生活は苦しいものではあったが,一方,知的な興奮に充ちた半世紀であり,免疫学を選んだ幸せを思わざるを得ない.

 これまでの経験では,最初にこれ一つで総べて解決したと思っていると,瞬く間に多くの因子が発見され,洪水のごとくなる.洪水が引いたあとには,より複雑ではあるが,明快な新しい理論の流れができる.その繰り返しであった.T・B細胞然り,Ig然り,HLA然り,サイトカイン然りである.

 本年も同じように洪水と,整理がくり返されている.このダイナミックな前進が免疫学の本領である.読者はその醍醐味を味わっていただきたい.

 貴重な時間をさいて適切な解説をいただいた執筆者の方々に深い感謝を捧げたい.またこの有意義な企画を推進された中外医学社の各位に敬意を表する次第である.

1998年10月

編者一同

菊地浩吉 矢田純一 奥村 康 編集

著者

永田喜三郎 烏山 一 疋田正喜 大森 齊 河本 宏

桂 義元 吉田謙二 西村仁志 吉開泰信 赤川清子

松岡多香子 松下 祥 松浦晃洋 羽室淳爾 稲葉カヨ

壬生優子 久保充人 森 晶夫 西村仁志 吉開泰信

善本知広 筒井ひろ子 岡村春樹 中西憲司 藤本 穣

楢崎雅司 仲 哲治 友成久平 中野英樹 福岡麻美

木本雅夫 安部 良 小野栄夫 黒崎知博 山下由美

高井俊行 大森 斉 山下由美 高井俊行 大森 斎

橘 和延 川端健二 氏川郁穂 栄川 健 長澤丘司

小柳義夫 姫野國祐 石川浩之 小出幸夫 木下タロウ

鈴木盛一 杉浦喜久弥 森田治雄 池原 進 藤原大美

小幡裕一 高橋利忠 藤田 博 小川道雄 西村泰治

佐原弘益 佐藤昇志 山村 隆 張 本寧 飯島英樹

高橋一郎 清野 宏 小池和彦

免疫 1999 目 次

I.B細胞・免疫グロブリン

 1.B細胞の初期分化  <永田喜三郎 烏山 一>  1

B細胞の分化  B細胞の分化制御機構  プレB細胞レセプターを介するシグナル伝達  プレB細胞レセプターシグナルとB細胞分化異常

 2.成熟B細胞における免疫グロブリン遺伝子再構成  <疋田正喜 大森 齊>  14

B細胞分化とRAGの発現調節  成熟B細胞におけるRAGの再発現  成熟B細胞で再発現したRAGの機能  胚中心におけるB細胞分化

II.T細胞

 1.T細胞初期分化  <河本 宏 桂 義元>  21

胸腺内T細胞分化の経路  T系列への決定  β鎖再構成までの分化  β-selectionの機序

 2.T細胞の活性化とCD40/CD40リガンド相互作用  <吉田謙二>  33

CD40/CD154の分布  T細胞−APC相互作用  T細胞プライミングとCD40-CD154相互作用  CD4 T細胞の分化とCD40-CD154相互作用  自己免疫疾患とCD40-CD154相互作用  感染とCD40-CD154相互作用  その他

 3.The γδ T-cell bridge  <西村仁志 吉開泰信>  41

サーフェスバリアー  ヘルパーT細胞サブセットの分化における役割  NK1.1陽性γδ型細胞

III.マクロファージ・抗原提示細胞

 1.マクロファージから樹状細胞への分化機構  <赤川清子>  48

造血前駆細胞からの樹状細胞とマクロファージの形成機構  単球の樹状細胞への分化機構  樹状細胞の成熟分化と破骨細胞形成に関与する因子

 2.クラスII MHCからのシグナルによる抗原提示細胞の活性化  <松岡多香子 松下 祥>  56

抗原提示細胞内のシグナル伝達  APC機能への作用  T細胞分化に与える影響  DR/DQ/DPは異なるモノカイン産生パターンを誘導する  会合している他の分子によって刺激が入る可能性  DR/DQ/DPによる違い  HLAは免疫応答の質を支配できるか?

 3.CD1分子の高次構造とその示唆する機能  <松浦晃洋>  64

CD1について  マウスCD1の構造  CD1分子のその他の特徴  CD1に結合する分子

 4.Th1,Th2細胞の分化とマクロファージ  <羽室淳爾>  75

マクロファージの機能  マクロファージ機能とグルタチオン含量  MφのdichotomyとTh1,Th2分化の制御

 5.DNAワクチンによる免疫応答の誘導と抗原提示細胞  <稲葉カヨ 壬生優子>  89

DNAワクチンによる免疫応答  DNA由来抗原の提示機能  DNAの免疫賦活活性  DNAによるサイトカイン産生

IV.サイトカイン

 1.IL-4遺伝子の発現調節  <久保充人>  99

染色体上におけるIL-4遺伝子の位置  プロモーター領域によるIL-4遺伝子の転写発現調節  プロモーター外領域によるIL-4遺伝子の転写発現調節  IL-4レセプターシグナル伝達系を介したIL-4の転写制御

 2.IL-5遺伝子の発現調節  <森 晶夫>  107

IL-5とアレルギー  IL-5遺伝子発現調節機構

 3.IL-15の生物活性と産生調節  <西村仁志 吉開泰信>  119

IL-15の生物学的意義  IL-15の産生機序

 4.IL-18の生理機能  <善本知広 筒井ひろ子 岡村春樹 中西憲司>  126

IL-18の産生細胞  Caspase-1はIL-18の前駆体を切断する  IL-18レセプター(IL-18R)  IL-18の生物学的特徴  IL-18の生体防御における役割  IL-18の疾患との関連

 5.STAT-induced STAT inhibitor-1(SSI-1)  <藤本 穣 楢崎雅司 仲 哲治>  139

Janus kinase(JAK)を介する信号伝達  サイトカインの負の制御因子  SSI-1 STAT-induced STAT inhibitor-1  SSIファミリー  SSIファミリーの今後

V.接着分子

 1.B細胞のリンパ組織へのhoming  <友成久平>  150

リンパ節におけるB細胞に特異的血管外遊走の可能性  白脾髄へのリンパ球homing  二次リンパ組織内におけるB細胞特異的migrationの調節機構  A/WySnJマウス

 2.T細胞のリンパ組織へのhoming  <中野英樹>  156

リンパ球の血管外遊走機構: 多段階仮説  第1段階: T細胞とHEVとの初期接着  第2段階: ケモカインによる血管外遊走誘導

 3.CD43分子アイソフォームと機能  <福岡麻美 木本雅夫>  166

CD43分子の発見とその特徴  CD43分子の構造  CD43分子のアイソフォーム(115kDと135kDの2つのアイソフォーム)  CD43分子量の不均一性  CD43分子の機能  CD43分子135kDアイソフォームの機能

VI.免疫制御

 1.CTLA-4によるT細胞の制御  <安部 良>  176

CTLA-4分子  CTLA-4の機能  CTLA-4ノックアウトマウス  CTLA-4のシグナル伝達機構  CTLA-4の発現と活性化抑制機序  抗CTLA抗体投与による免疫応答への影響  CTLA-4と疾患との関連

 2.FcγレセプターによるB細胞の制御  <小野栄夫 黒崎知博>  184

IC(Initiator)とFcγRIIB(Sensor)について  SHIP(transducer)について  SHIPの下流(effectorとtarget)について

 3.Killer-cell inhibitory receptor(KIR)によるNK細胞の制御  <山下由美 高井俊行 大森 斎>  192

KIRの構造の多様性と作用機構  ヒトKIR(p50,p58,p70/140)の構造とリガンド特異性  マウスLy49ファミリーの構造とリガンド特異性  ヒトCD94/NKG2ヘテロダイマーの構造とリガンド特異性  NK細胞制御活性をもつ可能性のある分子  非抑制性の分子群とNK細胞の制御

VII.感染と免疫

 1.ケモカインレセプターとHIV感染  <橘 和延 川端健二 氏川郁穂 栄川 健 長澤丘司>  203

ケモカインとは  ケモカインレセプターとHIV感染  ケモカインレセプターに作用する薬剤  HIV感染や発症に対する防御効果をもつ遺伝子の発見  Coreceptorとしての機能に重要な領域  Coreceptorと細胞内シグナル伝達  Coreceptorの種特異性

 2.CD4+Tヘルパー細胞へのHIV感染  <小柳義夫>  210

HIVEnv蛋白質の結晶構造解析  gp120の構造とCD4との結合  gp120に対するウイルス中和抗体の結合部位  ケモカインレセプターとの結合部位  ウイルス粒子上のgp120の構造

 3.原虫の防御とHSP  <姫野國祐 石川浩之>  217

HSPとは  HSPの機能−宿主寄生体相互関係における機能は?  微生物のストレス応答とHSP  宿主マクロファージへのHSP65の発現と細胞内寄生性原虫に対する防御免疫  原虫の病原性(エスケープ)に関わるHSP

 4.細菌感染症に対するDNAワクチンの展望  <小出幸夫>  225

DNAワクチンとその接種法  DNAワクチンによって誘導される免疫応答  細菌感染症に対するDNAワクチン

VIII.移植免疫

 1.異種移植拒絶反応と補体制御因子  <木下タロウ>  236

Discordant xenotransplantationにおける超急性拒絶のメカニズム  補体制御因子と自己細胞の保護  ヒト補体制御因子を発現するトランスジェニックブタ  急性拒絶−超急性拒絶の次の問題

 2.移植細胞へのFasリガンド遺伝子導入による拒絶反応の制御  <鈴木盛一>  243

FasL発現によるimmune privilegeの獲得  FasL遺伝子導入による移植片の拒絶  FasL遺伝子導入による拒絶反応の制御

 3.門脈への異系細胞の注入によるトレランスの誘導  <杉浦喜久弥 森田治雄 池原 進>  249

一般的トレランス誘導の機序  同種異系細胞の門脈内投与によるトレランス誘導の機序

IX.腫瘍免疫

 1.B細胞とTh2サイトカインによる腫瘍免疫の制御  <藤原大美>  257

担癌状態の免疫動態  担癌宿主の免疫機能を抑制する種々の機構  液性免疫応答components(B細胞およびTh2サイトカイン)による抗腫瘍免疫の制御

 2.SEREXによる癌抗原の同定-現状と展望  <小幡裕一 高橋利忠>  270

方 法  SEREXで同定された癌抗原  CT抗原  分化抗原  遺伝子異常に起因する癌抗原  SEREXによる胃癌抗原の同定の試み

 3.腫瘍拒絶抗原としてのp53  <藤田 博 小川道雄 西村泰治>  281

p53の構造と機能  p53の細胞内局在と細胞内代謝  p53と発癌  p53の生物活性からみた癌抗原としての可能性  癌患者におけるp53に対する免疫応答  マウスにおけるp53特異的免疫応答  p53特異的ヒトCD4+T細胞の解析

 4.この一年間に分離された腫瘍拒絶抗原とその免疫治療  <佐原弘益 佐藤昇志>  293

新たに同定された腫瘍拒絶抗原  抗原ペプチドを用いた免疫治療

X.自己免疫,アレルギー

 1.NK,NKT細胞による自己免疫性脳炎の制御  <山村 隆 張 本寧>  300

NK細胞,NKT細胞の機能  EAEの発症と調節機構  NK細胞,NKT細胞によるEAEの調節  NK,NKT細胞の調節機構  ヒト自己免疫病の発症とNK細胞,NKT細胞

 2.Sjogren症候群の臓器特異的自己抗原の検出とその成立機序  <斎藤一郎 林 良夫>  307

原発性Sjogren症候群疾患モデルマウスと臓器特異的自己抗原の同定  120kDα-フォドリンの発現機序  EBV再活性化と120kDα-フォドリンによる病態の成立機序

 3.TCRα鎖欠損による炎症性腸疾患  <飯島英樹 高橋一郎 清野 宏>  314

TCRα鎖欠損マウスに発症するIBD様病変  TCRα鎖欠損マウスでの抗体産生の亢進  TCRα鎖欠損マウスにおけるTh2型CD4+,βdimT細胞の増加  炎症性腸疾患におけるCD4+,βdimT細胞が産生するTh2型(IL-4)サイトカインの役割  CD4+,βdimT細胞と外来抗原との関わり

 4.C型肝炎ウイルスと唾液腺炎  <小池和彦>  321

Sjogren症候群  Sjogren症候群とC型肝炎  HCVエンベロープ遺伝子トランスジェニックマウス  Sjogren症候群とHCV