IT革命ということが盛んにいわれて久しい.医学における現代の革命はゲノムの解読や今後の応用ということになる.生命科学の世紀といわれる所以である.なかでも,内分泌代謝学は生命科学の世紀において,感染症における抗生物質の発見とともに,主要なホルモンの発見と根治的治療への応用により先駆的役割を果たしつづけている.インスリンの発見は多くの糖尿病患者を救命しつづけており,最近では患者さんの立場にたった新たなインスリン製剤へと発展している.新しい生理活性物質も続々と発見されており,その領域も肥満,食欲,神経調節,循環動態,老化,再生医療など様々な分野へ発展している.

 からだの機能についていえば,臓器の働きとともにそれを支える内分泌,代謝などの調節機構の精妙な情報処理により健康は維持されている.診療においても,臓器主体の診療と調節機構を主体とする診療形態が存在して,二極化と協調のあいだを行きつもどりつしているように思われる.臓器を主体とする診療ではテクノロジーの進歩とともに臓器へ直達する技術が先鋭化して,診断・治療のみならず移植や再生医療までが関心の対象となっている.一方,調節機構の異常を主体とする診療では多くの画期的な診断法や治療法が発見されているが,根治的治療法は糖尿病や肥満などの生活習慣病では依然として不充分であり,対症的な診療を継続する場合がしばしばである.ITにたとえれば,ソフトとハード,ネットワークと末端機器の関係に似ている.当然のことながら,システム全体の正常な機能にはどちらも相補的かつ欠くことのできない主要なパートナーである.あえてITをたとえとして持ち出したが,健全な診療や教育機能を維持するためには,臓器主体の診療では臓器を支えるネットワークを意識した診療,ネットワーク主体の診療ではネットワーク異常により生じる臓器障害を意識した診療を心がけるべきであり,二極化のなかで密接な交流と相互評価が望まれる.このような環境のなかで内分泌代謝学は,内分泌臓器を中心とした診療・研究やネットワーク異常としての内分泌代謝異常に関する診療・研究のみならず,内分泌代謝異常にもとづく臓器障害まで全身をくまなく関心領域としており,今後の医学において先導的役割を果たすことが期待されている.

 本書では,多くの専門家の御尽力により,最近のトピックスのみならず,内分泌代謝領域の進歩や最新の主要文献が網羅されている.編集者一同,本書が日常の臨床や教育のみならず,最新の研究の一助になることを期待している.

  2001年12月

    編者一同


[編集者]

金澤康徳  武谷雄二  関原久彦  山田信博

[著者]

島野 仁  中里雅光  木下 誠  寺本民生  柴 学

齋藤 康  池上博司  荻原俊男  堀川幸男  武田 純

荒木栄一  吉里和晃  堺 弘治  加計正文  中田正範

矢田俊彦  金澤康徳  森田 豊  久具宏司  堤 治

武谷雄二  足立雅広  高柳涼一  後藤公宜  柳瀬敏彦

名和田 新 青木元邦  森下竜一  荻原俊男  鍋島陽一

篠原隆司  篠原美都  井上大輔  松本俊夫  塚本和久

小竹英俊  及川眞一  谷口敦夫  粟田久多佳 太田孝男

内田 亨  春日雅人  西村理明  田嶼尚子  小田原雅人

鹿住 敏  芳野 原  植田浩平  岡 芳知  奥田諭吉

新藤英夫  多和田眞人 北野滋彦  荒木信一  羽田勝計

橋本重正  川上正舒  高野加寿恵 肥塚直美  齋藤由美子

蔭山和則  須田俊宏  佐藤哲郎  森 昌朋  田坂慶一

田中 実  石川三衛  本多一文  村上正巳  伊藤光泰

難波裕幸  山下俊一  佐藤幹二  青木一孝  関原久彦

柴田洋孝  猿田享男  此下忠志  宮森 勇  村上英之

島本和明  田中啓幹  峯岸 敬  中村和人  篠崎博光

諸橋憲一郎 平田結喜緒 渡辺 毅


目 次

I.トピックス

 A.代 謝

  1.糖・脂質代謝における転写調節機序  <島野 仁>  1

   PPARα: エネルギー枯渇時の転写調節因子

   SREBPファミリー: 脂質合成転写調節因子

   LXR: コレステロール異化系の転写因子  転写因子間のクロストーク

  2.成長ホルモン分泌と摂食調節に機能する新しいホルモン--グレリン  <中里雅光>  7

   グレリンの発見  グレリンのGH分泌促進作用  グレリンの摂食亢進作用

   グレリンのその他の生理作用

  3.酸化LDL測定の意義  <木下 誠 寺本民生>  14

   酸化LDLの形成とその作用  酸化LDL濃度の測定  酸化LDLと薬剤

  4.CETP阻害薬--HDLを上げることの意義  <柴 学 齋藤 康>  20

   CETPの作用  CETP欠損症患者と動脈硬化

   CETPトランスジェニックマウスと動脈硬化  CETP阻害薬の特徴

 B.糖尿病

  1.1型糖尿病の発症関連遺伝子  <池上博司 荻原俊男>  26

   ゲノムスキャン  ヒト1型糖尿病遺伝子  モデル動物における解析

  2.2型糖尿病の発症関連遺伝子  <堀川幸男 武田 純>  32

   単一遺伝子異常による糖尿病--MODY遺伝子のその後

   多遺伝子異常による糖尿病

  3.インスリン抵抗性の新しい分子病態  <荒木栄一 吉里和晃 堺 弘治>  39

   脂肪細胞とインスリン抵抗性  筋肉組織でのインスリン抵抗性

  4.インスリン分泌の分子機構  <加計正文 中田正範 矢田俊彦>  46

   インスリン分泌機構  膵β細胞の発生・分化・再生

  5.膵臓移植の現況  <金澤康徳>  55

   膵臓移植の歴史  膵臓移植の技術的進歩  膵臓移植の新しい展開

   世界での膵臓移植の現状

 C.内分泌

  1.胎児期における卵子数調節機序  <森田 豊 久具宏司 堤  治 武谷雄二>  59

   始原生殖細胞の分化増殖とアポトーシス  胎児期における卵子数調節機序

  2.coactivator病--新しい疾患概念  <足立雅広 高柳涼一 後藤公宜 柳瀬敏彦 名和田 新>  66

   コアクチベーター病  コファクターの異常を伴う疾患

  3.hepatocyte growth factor(HGF)の臨床応用  <青木元邦 森下竜一 荻原俊男>  75

   HGFと血管内皮細胞  循環器疾患とHGF--臨床応用

  4.klotho遺伝子--臨床的意義  <鍋島陽一>  81

   ヒトの老化と統合システムの破綻  klothoと生体恒常性の維持

   klotho遺伝子研究と疾患研究

  5.精子幹細胞研究の現状とその展望  <篠原隆司 篠原美都>  86

   これまでの成果  精子幹細胞研究の展望

  6.骨代謝と脂質代謝  <井上大輔 松本俊夫>  91

   骨芽細胞と脂肪細胞分化の相互制御  レプチンによる骨代謝制御

   スタチンの骨形成促進作用

II.代 謝

 1.高脂血症

  a.成因・病態  <塚本和久>  97

   ABC遺伝子と核内受容体(シトステロール血症,Tangier病,コレステロール逆転送)

   LDL受容体,脂質代謝関連酵素(原発性脂質代謝異常)

   抗酸化作用(HDL,アポ蛋白A群)  スカベンジャー受容体  その他

  b.治 療  <小竹英俊 及川眞一>  103

   一般療法  薬物療法  特殊療法

 2.プリン代謝異常  <谷口敦夫>  109

   痛風・高尿酸血症  先天性プリン代謝異常  プリン代謝,尿酸代謝

 3.先天代謝異常症  <粟田久多佳 太田孝男>  114

   ライソゾーム病の酵素補充療法  4型ムコリピドーシスの原因遺伝子

   ヘモクロマトーシスの新しい原因遺伝子

III.糖尿病

 1.成 因

  a.糖尿病の発症機構  <内田 亨 春日雅人>  118

   1型糖尿病  2型糖尿病

  b.疫 学  <西村理明 田嶼尚子>  123

   診断  合併症  死亡

 2.病 態  <小田原雅人>  128

   インスリン様成長因子(IGF)  IGF-IとIGF-II

   IGF familyとインスリンのシグナル伝達

   インスリン,IGFs/インスリン受容体,IGFs受容体ノックアウトマウスにより明らかになったこと

   dominant negative IGF-I受容体の過剰発現による,インスリン受容体,IGF-I受容体の機能欠損マウスの結果

 3.治 療

  a.食事療法  <鹿住 敏 芳野 原>  134

   小児肥満の予防におけるトピックス

   2型糖尿病の発症率に及ぼす生活習慣の改善の長期効果

   食事中の脂肪酸構成のインスリン感受性に与える効果  食塩制限  抗酸化物

  b.薬物療法  <植田浩平 岡 芳知>  139

   経口血糖降下薬  新しいインスリン製剤

  c.運動療法  <奥田諭吉>  145

   疫学的成績  運動の代謝内分泌学的効果  糖尿病の病態と運動の適否

 4.合併症

  a.神 経  <新藤英夫 多和田眞人>  152

   検査  成因および成因的治療の試み  感覚障害(特に痛み)に対する対症療法

  b.網膜症  <北野滋彦>  156

   基礎研究  臨床研究

  c.腎 症  <荒木信一 羽田勝計>  162

   糖尿病性腎症感受性遺伝子に関する検討  糖尿病性腎症の成因

   糖尿病性腎症の治療

  d.動脈硬化症  <橋本重正 川上正舒>  167

   糖尿病における動脈硬化症(糖尿病性大血管障害)

   糖尿病が動脈硬化を加速する機序  動脈硬化症の予防

IV.内分泌

 1.視床下部-下垂体

  a.成長ホルモンとGHRH  <高野加寿恵 肥塚直美 齋藤由美子>  173

   グレリン  先端巨大症  成長ホルモン欠損症の診断と治療  基礎研究

  b.ACTHとCRF(CRH)  <蔭山和則 須田俊宏>  180

   ACTH  CRF(CRH)  Cushing病

  c.TSHとTRH  <佐藤哲郎 森 昌朋>  186

   TRH  TSH

  d.ゴナドトロピンとGnRH  <田坂慶一>  193

   GnRH分泌調節  下垂体GnRHレセプター

   下垂体ゴナドトロピン分泌とGnRH作用

  e.プロラクチン  <田中 実>  197

   プロラクチンの分泌と発現調節  プロラクチン受容体  プロラクチンの作用

  f.バソプレッシン(AVP)  <石川三衛 本多一文>  202

   バソプレッシンの合成と分泌  バソプレッシンの作用

 2.甲状腺

  a.甲状腺機能亢進症  <村上正巳>  208

   遺伝子異常による甲状腺機能亢進症  Basedow病の病因遺伝子

   subclinical hyperthyroidism  甲状腺機能亢進症の治療

  b.甲状腺機能低下症と甲状腺炎  <伊藤光泰>  214

   先天性甲状腺機能低下症  甲状腺機能低下症と中枢神経

   甲状腺機能低下症とエネルギー代謝  橋本病と免疫応答

  c.甲状腺腫瘍  <難波裕幸 山下俊一>  222

   基礎研究  臨床研究  放射線誘発甲状腺癌  髄様癌

 3.副甲状腺ホルモン  <佐藤幹二>  228

   副甲状腺ホルモン  副甲状腺機能低下症

 4.副腎皮質

  a.副腎アンドロジェン  <青木一孝 関原久彦>  234

   抗糖尿病作用  抗動脈硬化作用  膠原病に対する作用  神経に対する作用

   抗骨粗鬆症作用  その他

  b.糖質コルチコイド  <柴田洋孝 猿田享男>  239

   糖質コルチコイドの作用調節  副腎皮質ステロイド産生調節  Cushing症候群

   副腎インシデンタローマ,subclinical Cushing症候群  副腎腫瘍の治療

   Addison病

  c.レニン-アンジオテンシン-アルドステロン  <此下忠志 宮森 勇>  245

   遺伝子発現調節  プロレニン変換酵素  遺伝子多型に関する最近の知見

   高血圧治療ガイドラインにおけるACEIとARB

   ACEI,ARBに関する最近の大規模臨床試験

 5.副腎髄質  <村上英之 島本和明>  253

  adrenomedullin(AM),proadrenomedullin N-terminal 20 peptide(PAMP)

  leptin,orexin  angiotensin II(Ang II)

  pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide(PACAP)  cerebellin

 6.性 腺

  a.男 子  <田中啓幹>  257

   アンドロゲン受容体  AR遺伝子と前立腺癌の再燃

   AR遺伝子のCAG三塩基反復配列

  b.女 子  <峯岸 敬 中村和人 篠崎博光>  263

   FSH受容体の遺伝子変異と卵巣機能  LH受容体について

   最近の基礎的研究の進歩

 7.性分化・発達の異常  <諸橋憲一郎>  268

   生殖腺の性分化に関与する転写因子  生殖腺の性分化に関与する細胞増殖因子

 8.心血管ホルモン  <平田結喜緒>  273

   ウロテンシン-II(UII)  アドレノメデュリン(AM)  エンドセリン(ET)

   Na利尿ペプチド(NP)  NO

 9.エイコサノイド  <渡辺 毅>  282

   アレルギー・免疫分野の動向: 分子機構から臨床へ

   動脈硬化発症・進展におけるエイコサノイド・PAFの意義

   発癌とCOX-2及びCOX-2特異的阻害薬

   生理作用の分子レベルでの解明: 骨・腎・内分泌と生殖

索 引  289