序
本書は内分泌学および糖代謝,脂質代謝とその異常の最近の進歩,研究の動向を象徴するいくつかの具体的なトピックをとりあげ,それを不偏的且つ客観的立場で解説したものである.昨今インターネットで最新の情報に容易にアクセスできるようになったが,その情報はいわば断片的でときに一面的なデータともいえる.その個々のデータがお互いに理路整然となるように融合させ理解することによってはじめてデータが理知的に解釈され知識として定着することになる.新たなデータの本質を看破し,新規な着想にたどりつくには知識の蓄えがあることが不可欠であることは論を待たない.
日々産出される膨大なデータを単に眺めることは可能であってもそれらをすべて“知識化”することは土台無理である.このような現代的状況にあって,本書は,矢継ぎ早に発表されるデータを精選し,普遍的な事実や視点を教示するものであり,換言すればready-madeの知識を得ることが出来るように意図したものといえ,この点において類書を見ない.
昨今の医学関連のsocietyや出版物は,高度に専門化を遂げたあまりともすれば狭隘な領域の話題に終始し,open-mindedに他領域の進歩を摂取できず,自らの発展を限定的なものにしてしまうという陥穽にはまることがしばしばである.本書は内分泌および代謝という生命維持に直結するきわめて包括的,全人的なテーマを扱っており,しかもさまざまな観点から特定の方向にこだわらずに質の高い基礎ならびに臨床研究を収集したものである.テーマの特質上広範にわたる領域のトピックをとりあげた.おのおの学術論文として大変興味深いものであるが,当然個々の研究における発想,研究手段,思考は当該領域の研究に通底するものであり,相互に触発しあうことが期待できる.
斯界の先端的研究の成果,translationalな研究の進捗状況,まさに生成したてのエビデンス,疾患管理の標準的ガイドラインなど多様なコンテンツも本書を特長づけるものである.バイオサイエンスの研究の最前線で活躍している研究者や内分泌疾患や生活習慣病の臨床に従事している先生方にお役に立つものと確信している.
2006年12月
編集者一同
[編集者]
金澤康徳 武谷雄二 関原久彦 山田信博
[著者]
前川 聡 中川 嘉 島野 仁
内田 亨 米田真康 鎌田英明
浅野知一郎 石原寿光 吉松博信
樋口恵子 林野泰明 福原俊一
山崎義光 為本浩至 川上正舒
川崎英二 江口勝美 宮川潤一郎
難波光義 青木一孝 寺内康夫
田畑光久 尾池雄一 山田哲也
片桐秀樹 横山信治 舘野 馨
森谷純治 南野 徹 小室一成
中村治雄 横山光宏 寺本民生
海老原 健 日下部 徹 益崎裕章
中尾一和 臼井 健 米田俊之
藤川隆彦 吉田昌則 岩崎泰正
大磯ユタカ 大塚文男 山王直子
田原重志 寺本 明 三村 治
木村亜紀子 網野信行 伊藤 充
窪田純久 大和田里奈 高野加寿恵
堀田眞理 宗圓 聰 鳥越総一郎
井上登美夫 田中敏章 藤枝憲二
河村和弘 田中俊誠 上野浩晶
中里雅光 原田美由紀 大須賀 穣
柳瀬敏彦 佐藤直子 緒方 勤
目次
I.糖尿病
A.基礎分野での進歩
1.新たなインスリン抵抗性誘導物質retinol binding protein 4 〈前川 聡〉
新たなインスリン抵抗性誘導物質RBP4の発見
RBP4はインスリン抵抗性を誘導する
RBP4によるインスリン抵抗性発症の分子機構 ヒトにおけるRBP4の意義
2.インスリン感受性調節因子としてのTFE3 〈中川 嘉 島野 仁〉
TFE3 TFE3とエネルギー代謝関連遺伝子群
インスリンシグナリングにおけるTFE3 IRS-2の発現制御
生活習慣病とTFE3
3.膵β細胞機能調節因子としてのp27Kip1 〈内田 亨〉
終末分化器官膵β細胞の増殖による膵β細胞数の調整
膵β細胞増殖を調整する情報伝達系
糖尿病マウス膵β細胞におけるp27Kip1蓄積とその意義
ヒト糖尿病における膵β細胞機能障害の検討
4.血糖調節における視床下部ピルビン酸代謝の役割
〈米田真康 鎌田英明 浅野知一郎〉
視床下部におけるピルビン酸代謝
視床下部ATP感受性カリウム(KATP)チャネルの役割
中枢神経系と肝臓間の糖産生制御
5.インスリン分泌調節におけるmicroRNAsの役割 〈石原寿光〉
miRNAの生合成 microRNA miR-375によるインスリン分泌制御
microRNA miR-9によるインスリン分泌制御
6.生体リズムと代謝調節異常 〈吉松博信 樋口恵子〉
概日リズムと時計遺伝子 時計遺伝子によるリズム形成
メタボリックシンドロームモデルとしてのClock mutant mice
中枢性エネルギー代謝制御 末梢組織における時計遺伝子
Bmal1による脂肪細胞分化と脂質代謝制御 PPARαとClock
時計遺伝子と代謝調節系のクロストーク
神経ヒスタミン食行動リズム調節
B.臨床分野での進歩
1.糖尿病に関する「戦略的アウトカム研究」(厚生科学研究)
〈林野泰明 福原俊一〉
戦略的アウトカム研究の特徴
糖尿病の発症予防のための介入研究(J-DOIT1)
かかりつけ医による2型糖尿病診療を支援するシステムの有効性に関する研究
(J-DOIT2)
2型糖尿病の血管合併症抑制のための介入試験(J-DOIT3)
2.血管合併症のオーダーメイド医療 〈山崎義光〉
オーダーメイド医療 疾患感受性遺伝因子としての遺伝子多型
糖尿病大血管合併症(動脈硬化)の進展メカニズム
動脈硬化感受性遺伝子多型 遺伝子多型と疾患発症
多重遺伝子多型解析オーダーメイド糖尿病血管合併症管理
3.食後高血糖の意義 〈為本浩至 川上正舒〉
食後高血糖と心血管リスク 間歇的高血糖に伴う酸化ストレス
食後高血糖のモニタリング 食後高血糖の是正
4.1型糖尿病の発症予防と初期の進展対策 〈川崎英二 江口勝美〉
1型糖尿病の成因とインスリンの関連
インスリンによる1型糖尿病の発症予防
DPT-1の結果から考えられること
ニコチナマイドによる1型糖尿病の発症予防
1型糖尿病における膵β細胞の疲弊
抗CD3抗体による発症初期の進展対策 膵β細胞の再生・新生
5.新(注射によらない)インスリン投与法開発の現状と糖尿病臨床に与える効果
〈宮川潤一郎 難波光義〉
経肺投与による治療について 吸入インスリン製剤 喫煙と吸入インスリン
II.代 謝
A.基礎分野での進歩
1.オベスタチンの役割 〈青木一孝 寺内康夫〉
グレリン オベスタチン
2.アンジオポエチンと肥満 〈田畑光久 尾池雄一〉
アンジオポエチンとAngptl AGFの同定
AGF遺伝子欠損マウスは肥満を呈する
AGFトランスジェニックマウスは抗肥満の表現型を呈する
血中AGFの抗肥満作用 AGFの抗肥満作用の治療への可能性
AGFの抗肥満・抗インスリン抵抗性作用の分子機構
AGFの発現制御機構 Angptl3,4と脂質代謝 脂肪組織と血管新生: Ang1
3.エネルギー代謝の恒常性維持機構の解析における最近の進歩
〈山田哲也 片桐秀樹〉
血流を脳への入力経路とする代謝・エネルギー調節
末梢神経系を脳への入力経路とする代謝・エネルギー調節: 特に脳への情報伝達
(求心路)について
4.細胞内コレステロール代謝とHDL 〈横山信治〉
HDL新生反応 HDL粒子の生成とコレステロール ABCA1活性の制御
5.血管新生療法の新しい展開 〈舘野 馨 森谷純治 南野 徹 小室一成〉
血管増殖因子を用いた血管新生療法とそのメカニズム
細胞移植を用いた血管再生治療とそのメカニズム
血管再生治療の新しいメカニズム 今後の展開
B.臨床分野での進歩
1.プラバスタチン介入試験(MEGA Study)の成果と意義 〈中村治雄〉
試験の経緯 結果 安全性 意義と考按
2.EPAによる介入試験(JELIS)の成果と意義 〈横山光宏〉
これまでのn-3多価不飽和脂肪酸と冠動脈疾患に関するエビデンスJELISの
概要と成果 JELISの意義
3.高脂血症治療における新しいEBM 〈寺本民生〉
ハイリスク患者同定のエビデンス LDL-Cはどこまで下げることが有効なのか
LDL以外のリポ蛋白に対する介入試験
メタボリックシンドロームに対する介入試験
4.脂肪萎縮症におけるレプチン治療
〈海老原 健 日下部 徹 益崎裕章 中尾一和〉
脂肪萎縮症 脂肪萎縮症モデルマウス
レプチン過剰発現トランスジェニックマウス
LepTgマウスとA-ZIPTgマウスの交配実験
脂肪萎縮症におけるレプチン臨床試験
III.内分泌
A.基礎分野での進歩
1.植物エストロゲン 〈臼井 健〉
エストロゲンと疾患 植物エストロゲンの生化学 イソフラボン
植物エストロゲンの健康への影響 植物エストロゲンの今後の展望
2.乳がんとオステオポンチン 〈米田俊之〉
OPNの分子特性 ヒト乳がんマーカーとしてのOPN
乳がんの進展,転移におけるOPNの作用とメカニズム
3.プロラクチンの生物作用−最近の進歩− 〈藤川隆彦〉
PRLによる摂食行動,体重および脂肪蓄積への影響
脂肪組織におけるPRLの代謝,内分泌作用 脂肪組織から分泌されるPRL
PRLによる膵島細胞の成長とインスリン分泌への影響
PRLによる生殖への影響 PRLによる前立腺細胞でのクエン酸塩産生への影響
PRLによる性行動への影響 PRLによる間接的なREM睡眠の誘導
PRLによる乳腺への影響 PRLの保育行動(母性行動)から考えられる虐待防止
PRLによる不安行動への影響 PRLの脳内作用部位とPRLの新規生理作用
4.中枢性尿崩症の遺伝子治療−モデル動物での試み
〈吉田昌則 岩崎泰正 大磯ユタカ〉
中枢性尿崩症の遺伝子治療−中枢ルートからのアプローチ
中枢性尿崩症の遺伝子治療−骨格筋への直接導入法
AVP遺伝子の発現制御 将来の展望
5.BMP-15のpleiotropic actions−特に生殖内分泌との関わり− 〈大塚文男〉
卵巣BMPシステム研究の背景 BMPリガンドと受容体システム
卵巣BMPシステムの発現様式 卵母細胞から分泌されるBMP-15の多彩な作用
その他の卵母細胞由来BMP分子との比較 生殖内分泌におけるBMP-15の意義
BMP-15の生殖内分泌作用における種特異性
B.臨床分野での進歩
1.下垂体腫瘍の診断と外科的治療−最近の進歩 〈山王直子 田原重志 寺本 明〉
下垂体腺腫の新WHO分類 内分泌学的診断法および画像診断
外科的治療法の進歩 成長ホルモン産生腫瘍の治療目標と薬物療法
プロラクチン産生腺腫の治療 下垂体機能低下症に対する補充療法
2.眼科医からみたBasedow病眼障害 〈三村 治 木村亜紀子〉
Basedow眼症の重症度の診断 副腎皮質ステロイド薬のパルス療法の有効性
眼窩放射線照射 その他の薬物療法 外眼筋(斜視)手術
上眼瞼後退症の新しい治療
3.subclinical hypothyroidism治療の手引き 〈網野信行 伊藤 充 窪田純久〉
定義・頻度・原因疾患
subclinical hypothyroidismと高脂血症・動脈硬化・心疾患
他の合併症と顕性甲状腺機能低下症への進展治療検討報告 治療の手引き
4.神経性食欲不振症とグレリン 〈大和田里奈 高野加寿恵 堀田眞理〉
神経性食欲不振症とは グレリンの作用 神経性食欲不振症とグレリン
5.ステロイド性骨粗鬆症の治療ガイドライン 〈宗圓 聰〉
ステロイド性骨粗鬆症の病態生理
ステロイド性骨粗鬆症における骨密度と骨代謝マーカー
経口ステロイド投与と骨折
ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療ガイドライン
6.PETによる内分泌腫瘍の診断 〈鳥越総一郎 井上登美夫〉
内分泌腫瘍の診断に使われる[18F]FDG以外のPET製剤 副腎皮質腫瘍
副腎髄質腫瘍 神経芽腫 カルチノイド・膵内分泌腫瘍 副甲状腺腫瘍
甲状腺腫瘍 下垂体腫瘍
7.遺伝性低身長の臨床−分子基盤の新展開 〈田中敏章〉
下垂体発生関連転写因子遺伝子異常 GH関連遺伝子異常
IGF-I関連遺伝子異常 ALS遺伝子異常
8.性成熟異常症−最近の進歩 〈藤枝憲二〉
特発性低ゴナドトロピン性性腺機能低下症の成因
GPR54遺伝子異常による低ゴナドトロピン性性腺機能低下症
KiSS-1/GPR54の思春期発来機構への関わり
Kallmann症候群の病因の多様性 今後の展開
IV.生殖医学
A.基礎分野での進歩
1.GnRHと胚発生 〈河村和弘 田中俊誠〉
GnRHの発現 GnRHRの発現 GnRHの胚発育促進作用
胚におけるGnRHのアポトーシス抑制作用
胚におけるGnRHのアポトーシス抑制作用の分子機構
2.グレリンと妊娠 〈上野浩晶 中里雅光〉
胎児の成長に対するグレリンの作用
新生児の成長に対するグレリンの作用 グレリンの臨床応用
3.子宮における機械的刺激とその生理・病理 〈原田美由紀 大須賀 穣〉
非妊時の子宮筋運動と子宮内膜への機械的刺激
妊娠子宮における子宮筋層への機械的刺激
妊娠子宮における子宮頸管への機械的刺激
B.臨床分野での進歩
1.ステロイド産生酵素異常と不妊 〈柳瀬敏彦〉
21-水酸化酵素欠損症女性 21-水酸化酵素欠損症男性
17α-水酸化酵素/17,20-リアーゼ欠損症女性
2.Kallmann症候群の新しい病態 〈佐藤直子 緒方 勤〉
病因 病態 診断と鑑別診断 治療と予後
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